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Gear-18 ヤマアイのムラ

 タニカワ村。山間の小さな集落である。


 旧式のロボットが改札に立っている駅舎を後にして、カナタとミサキは舗装されていない道を進む。畑の傍を通りかかった時、野菜がたっぷりと入った籠を抱えた移動販売のロボットが道行く人に声をかけているのを見付けた。籠の中からトマトを一つ取り出してカナタに差し出してくる。


「コンニチハ。コンニチハ。トマトハイカガデスカ? 美味シイ、トマトデスヨ」


 食品を扱う手元は綺麗に磨かれてぴかぴかしているが、土の上を歩く足元は少し汚れていた。金属製の体に麦藁帽子とエプロンを纏い、ロボットは籠を抱えている。


 クラムボンの災厄から幾星霜、イーハトヴの機械文化は所謂田舎町にもすっかり浸透していた。しかし、道行くロボットの姿はあれどその景色は古の色を濃く残している。見渡す限りの田園風景。木造建築が多く目に付き、大きな煙突や歯車の姿は全くと言っていいほど見えない。煙や湯気、蒸気が浮かぶくすんだ空など見る影もなく、青々とした美しい天井が緑色の山を囲んでいた。


 畑の上を駆ける風がミサキの長い黒髪を撫でる。


「折角だから買ってやったらどうだい?」

「コンニチハ。コンニチハ」

「こんにちは。美味しそうな野菜がたくさんあるんだね」


 カナタが挨拶を返すと、ロボットはこくこくと頷いた。


「温度ヤ湿度ヲ調整シ、管理スルコトデイツデモ新鮮デ旬ナ野菜ガ採レルノデス!」

「そっか。大型機械が目立たないのは地下にあるからなんだね」

「うん? どういうことだカナタ」


 謎には強いミサキも機械には疎い。日常生活で使う範囲くらいしか把握していないのだ。詳しいことは技術者に任せておけば良いのだから。


 珍しく疑問符を浮かべたミサキに対し、カナタは得意げな笑みを浮かべた。メッセンジャーバッグの紐を肩にかけ直し、ロボットの後ろに広がっている畑を指し示す。


「畑の地下に機械が埋め込まれているんですよ。さっき彼が言っていたように、温度と湿度を管理・調整できる機械です。都市部に近いところだとそれらの機械は畑の上に設置されているんですけど、ここでは地下に隠してあるようです。おそらく景観を守るためかと」

「ふむ、なるほどな。前時代的に見える景色の裏に技術をしまい込んでいるのか。確かにこの村の景観は残しておく価値がありそうだな。これがイーハトヴの本来の姿なのだろうから」

「はい。古い資料でしか見ることのできないような街並みがこうして残っているのは、とても大事なことだと思います」

「タニカワ村ヘヨウコソ! 田舎ダケレド、イイトコロデスヨ!」

「うん。立ち寄れてよかったかも。……それじゃあ改めて、トマトを二つ貰おうかな」


 ロボットは「毎度アリィ」と言ってトマトをカナタに渡すと、胸元に付いているハンドルを引っ張った。ずるりと飛び出してきた箱のような部分には小銭がじゃらじゃらと入っている。


「オ代ハコチラニオ願イシマス」

「お仕事お疲れ様」

「マタノオ越シヲオ待チシテオリマス」


 ロボットに手を振り、カナタは歩き出す。様子を見ていたミサキもすぐにその後を追った。


 人間もロボットも動物も、皆一所懸命にそれぞれの仕事をこなしつつも村に流れる空気はどこかのんびりとしていて温かい。時間に追われ、機械がひしめく都会とは切り離されているようである。畑が珍しいのか、スイはメッセンジャーバッグから少しだけ顔を覗かせて外を眺めていた。その嘴の先を撫でながら、カナタはミサキにトマトを一個差し出した。


「ミサキさんもどうぞ」

「おや、ご馳走してくれるのか」

「いつもお世話になっていますからね。んー、駅弁も残っていますし、どこかで座って食べたいですね」


 野菜を売っているロボットと別れて数分。振り返ればまだ彼の姿が分かる。駅から一直線に来たため、駅舎もその向こうに小さく姿を見せていた。同じ列車に乗り合わせていた客達はどこへ向かったのか。ロボットと話をしている間に置いて行かれてしまったようである。もとより彼らの後を付いて行く予定もなかったため、そのことは特に問題ではない。


 カナタは駅弁を入れている袋に一緒にトマトを入れて辺りを見回す。畑と、その間に点在する農家の家が見える。緩やかな坂を上って行った先にこぢんまりした住宅街や公共施設があるようである。


 畦道に佇んでいる道案内のロボットが二人のことを見ていた。ポーラ市にはやまねこはかせという猫型ロボットが配置されていたが、タニカワが置いているものはカカシ型のようだ。畑に馴染んでいる。駅にいた者と同じく、背中に大きなねじが付いていた。野菜売りのように蒸気機関を用いたロボットもいるが、ねじまき式の者も随分といるようだ。


「駅にいた子は見るからに古くて年季が感じられましたが、この子はあえて旧来のねじまき式を用いているようですね。これもきっと景観維持のためでしょう。格好もカカシだし」

「君は本当に機械が好きだな」

「スイもそうなんですよ。駆動装置は昔ながらの物だけれど、製造された時期も、その他の内部機械も、新しい物を使っている。そこには作り手のこだわりが感じられますよね」

「私にはよく分からないな……」


 カナタは道案内ロボットに声をかける。すると、ロボットは口の部分から折り畳んだ地図を吐き出した。


「オ弁当ヲ食ベルナラ、ココノ公園ガオススメダヨ!」

「ありがとう。お仕事頑張ってね」


 では行こうか、というところで地元の人らしき犬が駆けて行った。少し行ったところで踵を返し、戻ってくる。


「やあやあ、ここの人じゃあなさそうですね」


 犬は毛むくじゃらの顔で二人を見上げる。


「タニカワではどっどっと風が吹くから気を付けるんですよう」

「風?」


 ミサキが小首を傾げた直後、一陣の風が畑の上を駆け抜けて行った。ミサキの髪が大きく広がり、カナタもキャスケットを押さえる。二本足で立っていた犬は前足を下ろし、四つの足で踏ん張っていた。カカシロボットは風に任せてぐるぐるとコマのように回っている。


 畑に生えている作物か、家か、山か、木か。何かに反響でもしているのだろうか。どどど、どどど、という唸るような音が人やロボット、動物達を飲み込んでいく。まるで怪物か何かの叫び声のようであった。


 ほんの刹那だったのか、遥かに長い時間だったのか。風が止んだ後に残されたのは髪や毛をぼさぼさにされた人々だった。無傷なのはロボット達だけである。


 髪を手櫛で整えながら、ミサキは犬を見下ろす。


「犬氏。これはよくあることなのかな」

「はい、タニカワの名物ですよ。どどどどどって音が聞こえたでしょう。あれはここいらの山に暮らしている神様の声なんだって言われてます。小僧っ子の神様だとか、なんだとか」


 風の後に雨が降ることもありますからねえ。と言って犬は去って行った。


 カナタはキャスケットを被り直し、メッセンジャーバッグの中を覗き込む。


「スイ、驚いただろう。大丈夫かい」

「平気! カナタモ大丈夫?」

「うん」

「カナタ、雨だ。雨が降り出したぞ、犬氏の言っていた通りだ!」

「えぇっ、傘なんて持ってませんよ!」

「ポーラで折り畳めるものを買っておくべきだったな。これから先も雨に打たれることはあるだろう」

「そうですね。でも冷静に話している場合ではないですね」


 ゆっくりと降り始めたかに思えた雨は一瞬にして豪雨へと変貌した。カカシロボットが被っている笠を大きく広げる。


「どこかで雨宿りをしなきゃ」

「もう既にびしょ濡れなのだがな……」

「アソコニ木立ガ見エルデショウ。ソコニハ神社ガアルノデ雨ヲ凌ゲルト思ウヨ」

「ありがとう!」


 駅弁とトマトの入った袋を守りながら、カナタとミサキはロボットに教えられた木立を目指して歩き出した。駅前から続く畑と丘の上の住宅街との中間に位置する木立には、畦道に向かって大きくてそれでいて質素な門がそびえていた。トリイと呼ばれる神社特有の門である。


 遥か昔、クラムボンの災厄よりもずっと昔。この地に人や動物が暮らすよりも前。イーハトヴの地を作ったという伝説が残る神々。彼らが実際に存在していたのか、存在していたとして本当にこの地を作ったのか。真偽は不明であるものの、現在では土地や物事に宿る守護者の形で人の支えとなっている。彼らを祀る建物こそが神社である。


 トリイの脇に立っていた若い女がカナタとミサキに気が付く。


「まあ、大変。ささ、どうぞどうぞ」


 トリイを抜けると境内全体が大きなドームで囲まれていることが分かった。見上げるカナタに対して、雨が降るとドームを広げるのだと女性が説明をする。いつもそうしているとのことで、今回も二人の他にも雨から逃げて来た者が幾人かいるようである。


 イーハトヴの伝統衣装である着物を纏った女性は、肩に載せた狐のロボットを撫でながら微笑む。


「雨が止むまでゆっくりしていってくださいね」


 弁当を食べてもいいかとミサキが訊ねると、女性は境内に置かれているベンチの場所を示す。


 トリイの外では激しく地面に打付ける雨の音が絶え間なく響いていた。




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