Gear-17 シンパイなシャソウ
博物館に入ったカナタを出迎えたのは、山猫ロボットやまねこはかせのパーゴ君だった。来館者を記憶する機能が付いているため、パーゴ君が発した言葉は「マタ来テクレテ嬉シイ!」である。案内に特化したやまねこはかせの能力を見て、カナタは関心の溜息を漏らす。
「こんにちは、パーゴ君」
「ヨウコソ! ヨウコソ!」
「学芸員の久坂さんいるかな」
カナタが訊ねると、パーゴ君はくるくるその場で回り出した。
「久坂サンハ、オ客様ニ展示物ノ解説ヲシテイルトコロデス!」
「えっと……じゃあ、ロビーで待っててもいいかな」
「イイデスヨ!」
もう一つおまけに一回転してから、パーゴ君はカナタから離れて行った。案内を必要とする来館者を探してロビーを巡回し始める。他のやまねこはかせも数体わらわらわらわらと走り回っているのが見える。
近くにあったベンチに腰を下ろしたところで、ミサキが博物館に入って来た。やまねこはかせに歓迎されながらカナタに歩み寄る。
「久坂さんは?」
「お客さんの対応をしているそうです」
「では待つとするか」
カナタが座っているものの一つ隣のベンチに、ミサキはすとんと腰を下ろす。その動きに合わせて魅惑の黒髪がうねった。
食堂の前での会話が嫌でも思い出され、カナタはミサキの方を直視することができなかった。軽率な発言はすべきではない、恥ずかしい思いをするぞ、と自分に言い聞かせながらスイが入っているメッセンジャーバッグを撫でる。主人の気持ちを分かっているのかいないのか、カワセミロボットは言葉を発さずに小さく鳴くだけである。
沈黙したまま座る二人のことを他の来館者が不思議そうに見ながら通り過ぎていく。
ほどなくして、レイがロビーへやって来た。カナタ達の姿を見つけると嬉しそうに笑顔を浮かべ、うろうろするやまねこはかせの間を縫いながら駆け寄ってくる。
「お待たせしました! どうでした?」
「ここでこれ以上調べることは難しそうだ。追手が来てややこしくなっても君に迷惑をかけてしまうだろうし、我々はそろそろ移動しようと思う」
「なるほどなるほど。では、科学技術省の飛行船を追ってイシオカに?」
「そうだな」
元々ポーラを訪れたのはアカヤらしき人物が搭乗していると思われる飛行船について調べるためである。そして、飛行船マニアであるレイから得たのは件の飛行船がイシオカへ向かったという情報だ。金星へ帰還できなくなったりカナタが熱にうなされたりというトラブルに見舞われて数日留まっていたが、この街での目的は果たされている。
カナタは携帯用の鉄道路線図を広げる。寂しげなホテルのフロントで仕入れたものだ。
「本当は一度ハナゾノに戻りたいんですけど……」
「それは私も同意見だが……」
金星と事務所のことが気がかりだった。しかし、今ハナゾノに戻るのは危険すぎる。カナタが警察に見付かる可能性はゼロではないし、ミサキが尋問される可能性も大いにある。
「お二人の事情については詮索しませんけど、一気にイシオカへ行くよりは途中で情報を集めながら行った方がいいんじゃないでしょうか。着いてから何かあっても困ると思いますよ」
「久坂さんは優しいな」
「ここで貴女達が怪しいと大声で喚いてもいいし、不利になるように間違った情報を提供したっていいんです。でも、それこそ僕まで巻き込まれては困りますからね。蟹沢君には鳥を修理してもらった恩があるし」
ベンチに広げた路線図に一同は目を落とす。わざとらしく眼鏡のブリッジを押し上げてから、レイはとある街を指し示した。
ポーラからイシオカへ向かう丁度中間地点に位置しているちいさな市である。あと少し規模が小さければ町であっただろう。名前はホシノ。ロボットの部品に使われることもある希少な鉱物が採掘される山を有しており、小さいながらも力強い街だ。
ホシノ市か、とミサキが呟く。
「鉱山関係者や技術者も多く訪れる街です。情報はある程度集まると思います。それに、科学技術省の施設もありますし……」
「ミサキさん、僕ここに寄りたいです!」
路線図から顔を上げてカナタはミサキの方を向いた。声につられて首を動かしたミサキの目の前でカナタは目を輝かせている。うきうきわくわくといった様子のカナタに若干圧倒されながら、ミサキは冷ややかな視線を向ける。冷たい風を装わなくては、探偵は助手の高揚感に飲まれてしまっていただろう。
垂れて来ていた髪を軽く掻き上げ、ミサキは小さく息を吐く。
「君、それはホシノの鉱山に興味があるからだろう。目的を忘れてくれるなよ」
「忘れてませんよ。久坂さんの言っている通り、ここに寄る価値はあると思います」
「分かっている。分かっているとも。君がただ一時の欲望に流されない少年だということは。けれど、そんなにキラキラした目で見つめられたらまるで説得力がないぞ、少年」
「えっ!? そんなに嬉しそうな顔してますか僕」
「あぁ、とっても」
メッセンジャーバッグから顔を出したスイが「カナタ図星!」と声を上げた。
「別に浮かれてなんていませんからね」
「分かった分かった」
レイに別れを告げ、カナタとミサキはポーラ駅から汽車に乗り込んだ。
目深にキャスケットを被りつつ、カナタは車窓を眺めている。スイもメッセンジャーバッグから顔を覗かせて外を見ていた。そんな背中を見守ってミサキは穏やかな笑みを浮かべるが、それはカナタの目には映らない。
車内には親子連れが乗り合わせているらしく、小さな子供と母親と思しき女性の声が聞こえていた。あとどれくらいかかるのか、と問う子供に対して母親はまだまだかかることを伝えている。
秋も深まり日は短くなってきている。日が暮れるまでにホシノに着くだろうか。
「カナタ。昼食の駅弁はこちらに置いてあるから食べたくなったら教えてくれ」
「分かりました」
ミサキは自分の弁当を膝に載せて蓋を開けた。シンプルな幕の内弁当である。
「あっ、雪虫……。ミサキさん、僕たちいつまでこうしているんですかね。答えに辿り着くことはできるんでしょうか」
「さあな」
最初の事件が起きてからどれほど経っただろうか。カナタには随分と長い時間が過ぎ去ったように感じられていた。新聞社に警察が来て、疑いの目を向けられて。ユウスケの機転により逃げ出せたが、その代わり更に疑われることとなってしまった。ミサキに出会い、事の真相を求めて歩き回り……。
実際には二ヶ月も経っていない。しかし、秋から冬へと変わりつつある景色は不安に駆られる少年の心を焦らせた。窓ガラスにぶつかった雪虫が白い痕を残していく。
窓に反射するミサキが弁当を食べているのを見ながら、カナタはスイの背中のねじを回した。
「そろそろ僕もお弁当食べ……」
車窓から視線を外した直後だった。不穏な音を立てて汽車が急停止する。あまりにも急だったため、乗客達はぐわわんと大きく揺さぶられたような感覚を覚えた。ミサキは食べていた弁当を死守し、カナタも床に落ちんとしていた弁当を押さえる。
同じ車両にいる子供がぎゃんぎゃんと泣き出したのを合図に、乗客達はにわかに騒ぎ始めた。何が起こったのだと怒りを露わにする中年の男。パニックになり叫び出す若い女。泣き続ける子供。
「な、なんですか……?」
「分からない。怪我はないか、カナタ」
「大丈夫です。ミサキさんも怪我はありませんか」
「問題ない」
この状況では弁当を食べている余裕はないだろう。蓋を閉め、二人は弁当を袋にしまう。
ほどなくして車掌が入って来た。曰く、この先で信号トラブルがあったとのこと。乗客達は先程よりは静かになったが、未だにざわめきは収まらない。
「お客様にはタニカワ駅で降りていただいて……」
カナタとミサキは顔を見合わせる。
二人が乗車しているものは特急列車である。ある程度の大きさの街を結んでいるこの汽車は小さな村や町の駅には停車しないことがある。タニカワ駅もその一つ。
「そんな田舎で降ろされてどうしろっていうんだ!」
「イシオカまで行きたいんですけど」
「何があったんですか」
カナタは路線図を広げてミサキに見せる。
「タニカワはここですね。タニカワ村」
「まあここで喚いてもどうにもならないし、今日はこの村で一休みしようか」
車掌を取り囲むようにして質問攻めにしている数人の客を一瞥して、ミサキは言った。