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Gear-16 ハジメテのキモチ

 一晩ぐっすり眠って元気を取り戻したカナタと、看病にやや疲れたミサキは、博物館へ出勤するレイと共に家を出た。本日の目的はロクロウに話を聞くことであるが、彼の働いている食堂の開店時間まではまだ時間があるようだった。店の前で営業時間の看板を確認して、二人は顔を見合わせる。


 困った表情を浮かべるカナタに対して、ミサキはいつも通りの涼し気な顔のままだ。


「混雑時の待機用に椅子が出ている。そこで待てばいいだろう」

「こんな寒空の下で待ってたら風邪ひきますって。ラジオで雪虫が飛んでたって言ってたじゃないですか。もう冬の足音だって聞こえてるんですよ」

「君は保護者か何かなのかな」

「ミサキさんまで倒れたらどうするんです」


 それに……。と言って、カナタはメッセンジャーバッグからスイを取り出した。翡翠色のカワセミロボットは小刻みに震えている。


「カナタ! 寒イネ!」

「なんだと……。その子には温度を感知する機能まで付いているのか」


 覗き込むミサキに向かって、カナタはスイの右足の部分を指し示す。


「蒸気機関で動くのではなく、ねじを回して動くので体の仕組み自体は旧式なんです。でも、思考機関を始めとした内部の機能がどれも最新鋭のもので、この足に内蔵されている温度計もその一つです。……といっても、この足に気が付いたのは今朝なんですけどね」


 気温が下がっていることを感知したところで、動きに支障が出るわけではない。持ち主に「暖かくした方がいい」と告げることだけが目的だ。その後どうするかはカナタ次第である。


 開店前の店にお邪魔してしまおうか、外で待っていようか。二人が考え込んでいると、準備中の札が掛かっていた戸が開いた。箒を手にしたロクロウが出てくるところだったが、カナタとミサキを見て足を止める。


「お、一昨日の探偵さん?」

「やあ、ロクロウ君。君にもう少し話を聞きたくて来たのだけれど」


 箒を握りしめながら、傷痕を隠すように袖を押さえる。


「ちょっと待っててください、店長に訊いてきます」





 店主の許可が下り、開店までの時間で対応してもらえることとなった。店先の掃除を店主に任せてしまったことを気にしている様子のロクロウに案内され、二人はスタッフルームへと通される。


「あの、まだ僕に何か」


 ロクロウはネズミのおもちゃを弄びながら、恐ろしい物を見るようにしてミサキに問うた。カナタへ向けられる視線はそれよりもきつく、まるで凶悪犯を前にして怯えている人質である。一昨日ユウスケが説明をしたものの、まだ疑いは晴れていないようだった。


 首を動かしたミサキの髪がさらさらと揺れる。


「襲われた時のことについて詳しいことを教えてくれないだろうか」

「この間も答えたじゃないですか」

「もっと詳しくだよ、君。何か、今になって思い出したことなどはないか」


 ミサキに迫られ、ロクロウは少し視線を逸らした。すると、追い掛けるようにしてミサキがその視線の先に回り込んだ。


 質問というよりも尋問だな。そんな感想を抱きながら、カナタはメッセンジャーバッグを撫でつつ様子を見守っていた。自分には謎解きなんてできない。助手というのも肩書だけだ。ほんのり赤みを帯びた瞳が小さく揺れたが、それは誰の目にも映ってはいなかった。


 しばらく考え込んでいたロクロウが、「あっ」と言って手を打った。情報を期待してミサキの目が輝く。


「そういえば、確か……。『思ったよりもガキだったな』みたいなこと言ってた気が……」

「他には?」

「他? えっと……。すみません、ちょっと思い出せないです」

「そうか。無理言ってすまないな。ありがとう」


 ミサキはロクロウから一歩退く。そして、流れて垂れて来ていた髪を掻き上げながら振り向いた。動きにやや遅れる形で、髪が一瞬宙を舞う。


 メッセンジャーバッグの肩紐を掴む手に僅かに力が入った。時々、ミサキの仕草や動きに見惚れてしまう自分がいることにカナタは気が付いていた。綺麗な黒髪、薄い桃色の唇、平均よりやや大きめの胸。黙っていれば美人なのだ。新聞社にいた頃、芸能面を担当している記者に最近はやりの新劇女優の写真を何枚か提示され、それを見たカナタが好みの女の子として指差したのは長いストレートヘアの女優だった。すなわち、ミサキはカナタの好みなのだ、とても。


 高鳴る鼓動を抑え込むように、カナタの手にどんどん力が入って行く。メッセンジャーバッグの中から主を見上げるスイは少々不安げである。


「カナタ」

「うあっ、は、はいぃ!」

「……話、聞いていたか?」


 ミサキは胡乱な目でカナタを見る。肩紐から手を離し、カナタは小首を傾げて見せた。


「君、それで私の助手を名乗るとはいい度胸だな」

「なりたくてなったわけじゃないですけどね。……すみません、聞いてませんでした」


 溜息をつき、やれやれといったジェスチャーをするミサキにカナタは再度謝る。


「ロクロウ君からこれ以上話は聞けないから、博物館へ行って久坂さんに会いに行こうと言ったんだ」

「分かりました」

「ではロクロウ君、お仕事頑張りたまえ」

「失礼します」


 スタッフルームを後にし、店主に挨拶をして店を出る。落葉を躍らせている凩に体を震わせながら、カナタは博物館へ向かって歩き出そうとした。しかし、ミサキが付いて来ない。不思議に思って振り返ったところで、キャスケットの鍔を思い切り引っ張られた。頭を引かれる形になり、体も合わせて動く。


 目を丸くするカナタに顔も体も近付けて、ミサキは胡乱と怪訝と懐疑を混ぜ合わせた目を向ける。


「時々呆けたような面を晒しているな君は。私を見ていてそんなに楽しいのか、少年よ」

「へっ?」

「生憎私はお子様に興味なんてないよ。一丁前に色目なんて使うな」

「いっ、色目なんて使ってませんよ! 人のことを変質者みたいに言わないでください!」

「ほお? どうだかね」


 にやりと笑うミサキから目を逸らし、カナタはメッセンジャーバッグの肩紐を握った。キャスケットから離されたミサキの手が重ねられる。飛び上がりそうになるカナタを見てミサキがさらににやにや笑う。


「君、落ち着こうとするとここを掴む癖があるな」

「……んぅ」

「君も年頃の男の子だからな。女を見て色々と思うことはあるだろうさ」

「な、ないですよ」


 博物館を通るバスの本数は少ない。食堂も開店前だ。道行く人などおらず、そこにいるのはカナタとミサキだけだった。長身の女が小柄な少年を威圧していても、気に留める人などいない。


 向かい合った二人の間を、尻に白い綿を付けたような雪虫がふよふよと飛んで行った。雪虫が目の前にいると、喋った時に飲む危険があるため白い姿が消えるのを待つ。そして、空に混じって溶けるように見えなくなったのを合図にカナタが口を開いた。


「確かにミサキさんは美人です」

「き、君、随分さらっと言うんだな。照れるじゃないか。褒めても何も出ないぞ」


 カナタから手を離し、ミサキは誤魔化すように髪をいじる。


「顔は綺麗だし、その、胸も大きいし……。寝てる時とか結構胸元開けてるんで気になる時もあります。一昨日のホテルもそうだし、事務所でもそうです。でも、決して、断じて、ミサキさんに色目なんて使ってませんからね」

「ふむ」

「しいて言うなら、たぶん、重ねているだけだと思います……」


 カナタの声は終わりにかけて小さくなっていった。両手で肩紐を掴み、視線を彷徨わせる。きょろきょろと動いていた赤みがかった瞳が一点を捉えたのを見て、ミサキもその先を向く。


 葉がほとんど落ちた木の上に、一羽のカラスが留まっていた。黒光りする羽をこれでもかと見せつけている。


「軍のお祭りってあるじゃないですか。戦車が展示してあったり、音楽隊の演奏があったり」


 声にミサキは振り向くが、カナタはカラスの方をじっと見たままだ。二人の視線は交わらない。


「小さい頃、父と一緒に見に行ったことがあったんです。その時、真っ黒な鳥の部隊がいたんです」

「聞いたことがある。確か、カラス型ロボットの飛行艦隊なんだよな」


 自由自在に空を飛びまわり、相手の頭上から砲撃を行う鳥型ロボット兵器は戦闘面でも空軍の花形ではあるものの、平和な時代においては専ら航空ショーが彼らの仕事場だった。色とりどりの鳥達が空中で織り成す芸術に、人々は感嘆の声を上げる。空軍には普通の鳥も所属しているが、カラフルな煙幕で青いキャンバスに絵を描くことはロボットにしかできない。そして、鳥型ロボットの中でも際立った統率力を持っているのがカラスの部隊だと言われている。


 オトヤに連れられて、幼いカナタは空を舞う黒を見上げた。機動力、動作性、どれも素晴らしいと幼いながらに呟くカナタのことを、オトヤは将来有望だと微笑みながら見ていた。


 ショーの後で設けられた子供を対象としたロボットとの交流会の際、本物の鳥とロボットの鳥とを見比べていたカナタに声をかけてきたのが、一人の女性軍人だった。長い黒髪は、彼女が連れているカラスロボットにも負けないくらい美しい。陸海空どの軍においても、ロボット部隊には人間もしくは通常の動物が彼らの管理をするために配属されている。カラスの部隊を任されているのだと語る彼女の黒に、カナタは見惚れた。


「なるほど、それが蟹沢少年の初恋か」

「んんっ……! そんなにはっきり言わなくてもいいじゃないですか。でも、まあ、たぶん、そうです。ミサキさんの髪もとっても綺麗だから、あの人を重ねてしまっているんだと思います」

「しかし君、花札のほとんどが黒髪だぞ。道行く女達に日々恋情を抱いているのか」

「とんだ変態野郎ですね! そんなわけないでしょう。髪だけじゃなくて、純粋にミサキさんの顔が好きなんですよ」


 そこまで言って、カナタは沈黙した。みるみるうちに顔が赤くなっていく。ミサキも目をぱちくりとしてそれを見ている。そして、にやりと笑った。


「君、やはり私のことを」

「……顔が、ですよ。顔面が好みなだけです」

「それはそれでなんだか振られた気分だな」

「も、もう! この話はもういいでしょう。さっさと博物館へ行きましょう」

「ははは、照れるな照れるな」

「そもそも、ミサキさんにはシュウイチさんがいるじゃないですか。横取りなんてしませんよ」

「はは、は……。はあ!?」


 どうしてシュウイチさんが出てくるんだ! と赤くなりながら声を上げるミサキから逃げるように、カナタは博物館へ向かって駆け出した。








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