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Gear-12 エキとオミヤゲ

「おそらく、長谷川君は科学技術省の元職員と間違えられたんだろう」


 ロクロウの店を後にして、カナタ、ミサキ、ユウスケはポーラ駅へ来ていた。ハナゾノへの帰りの汽車を待つ間、三人は待合室の一角で話をしている。


 『白象計画』に関係があるとされる一連の事件の被害者の内、現時点で最後に殺害されたのは科学技術省の元職員の男性である。彼の花番は紅葉に青短冊。ロクロウの花番と同じだ。


「しかし、それは推測に過ぎないだろう、警部」

「ああ、そうだ。けれど、彼は全く心当たりはないと言っていた。ポーラの警察がすでに捜査しているんだよ。怪しい人物もいない、周囲の人々も何も分からない。そこで俺に声が掛かった。例の事件と何か関係があるかもしれないから、と。警察の上層部も花番の一致に注目しているんだよ」


 計画的な犯行をする犯人がターゲットを間違えるとは思えない。そう言うミサキに対しユウスケは同意を示す。しかし自分は仕事だから上に言われたことはしておかないといけないのだと苦笑した。


 考察や捜査は二人に任せておくしかない。カナタはスイの背中のねじを回しながら様子を見ていた。きょろきょろと周囲を見回し、念のためキャスケットを深く被り直す。そしてその場から離れると、駅構内に備え付けられている公衆電話の受話器を手に取った。硬貨を入れ、金星ヴィーナスの電話番号に合わせてダイヤルを回す。数年前までは電話交換手によって繋げられていたが、今は自動で相手に繋がるようになって非常に便利である。


 呼び出し音が数回鳴った後、シュウイチが出た。


「はーい。ハナゾノチェリストバー金星です」

「もしもし、シュウイチさん。カナタです。まだポーラにいるんですけど……」

「カッ……」


 シュウイチが途端に小声になる。


「カナタ君? ミサキは一緒なのか?」

「え。ええ、そうですけど」


 つられてカナタも小声になる。受話器越しに伝わってくる店内の様子は、何やらざわついているようだった。「誰からですか?」とシュウイチに訊ねる声がある。


「今金星に帰ってこない方がいい」

「はい?」

「警察が来てるんだよ。なんでも、ミサキが連続殺人事件の容疑者を匿っているとかで……」

「えぇっ!」


 カナタの大声に、構内にいた人々が何事だろうかと振り向いた。ミサキとユウスケも会話を中断する。金星に警察が来ている。つまり、ミサキの探偵事務所はとっくのとうに暴かれて、聞き込みの末警察が金星に辿り着いたのだろう。シュウイチにこれ以上迷惑はかけられないと、カナタは受話器を握る手に力を入れる。


「シュウイチさん、『何も知らない』で通してください。どうしても無理そうだったら、ミサキさんもシュウイチさんも僕に脅されたってことにして下さって構いません」

「まさか、カナタ君……。いや、君は悪い子じゃないはずだ。きっと何かの間違いだね」

「……お世話になりました」


 カナタは受話器を置く。メッセンジャーバッグが小さく動いて、スイの不安そうな声が聞こえた。


「カナタ、ドウスルノ」

「……大丈夫。大丈夫だ」


 待合室に戻ると、ミサキが立ち上がって近付いてきた。カナタは無意識にメッセンジャーバッグの肩紐を握った。スイには大丈夫だと言ったものの、カナタも不安だった。


「カナタ、何があった」


 ミサキは覗き込むようにカナタを見る。長い睫毛で縁取られた目は少し震えていた。いつも自信ありげな彼女にしては珍しく動揺しているようだ。そんな彼女のことをユウスケは心配そうに見遣る。


「金星に今から帰るって電話したんです。そしたら、警察が来てるって……うわっ」


 ミサキが勢いよくカナタの肩を掴んだ。冷静さは失われ、取り乱しているのがカナタにも分かった。


「シュウイチさんは無事なのか」

「何か聞かれても『知らない』って言ってって言いましたけど」

「そうか……」

「ミサキさん?」

「無事なら、いいんだ……。シュウ君……」


 視線を伏せ、ミサキは自分を落ち着かせるように自らの体を抱いた。カナタはかける言葉を見つけられずにそのまま彼女を見つめていた。しばらくして、顔を上げたミサキに額を小突かれる。


「何じろじろ見ているんだ君は」


 小さな悲鳴を上げて額を抑えるカナタから目を逸らしたミサキは、眉間に皺を寄せて口を尖らせた。想像していたよりも強かった痛みに耐えるカナタは、照れ隠しをするような彼女の姿に気が付いていない。ミサキは誤魔化すようにわざとらしく咳払いをして、ベンチに座り直した。その時、ユウスケと目が合う。


 イーハトヴに住む人間ハナフダのほとんどは濃い茶色の瞳を持っている。ミサキはもちろん濃い茶色であるし、カナタはやや赤みが強いものの花札らしい茶色である。しかし、ユウスケの瞳には青が差していた。異邦人バックギャモンの血が混ざっているのかもしれないとカナタが以前言っていたことを思い出したミサキは、じっくりと彼の目を覗き込んだ。が、すぐにユウスケの手で遮られてしまう。


「番条さん、俺を見つめてどうしたんだい? 見惚れられても困るんだけれど」

「そんなんじゃないさ。私は男に興味はないのでね」


 すると、ユウスケは小さな男の子が小さな女の子をからかうように笑った。


「シュウイチさんとやらにはとても興味があるようだけれどねえ」

「はっ、はあっ!?」


 ミサキは飛び上がるような勢いで立ち上がると、わたわたと手を振り動かしながら待合室の奥にある売店へ駆け出した。菓子でも買ってこよう! と言い残して。


 額をさすりながらカナタはミサキの後ろ姿を見送る。


「警部、あまりミサキさんをいじめないでくださいね。拗ねて推理しなくなりますよ」

「それは困るな。蟹沢君、シュウイチさんとは誰なんだい」

「事務所を出た後、お世話になっていたバーのマスターです。ミサキさんの知り合いらしいんですけど、たぶん、幼馴染か何かだと思います。よくしてくれたので、僕も心配です」


 ユウスケは低く唸る。


「君達の協力者ならば、俺の直属の部下に保護を頼んでおこう」


 園原ユウスケ警部は三人の従順な部下を持っている。はやしハヤト、林フウタ、林ホヅミの三人兄弟だ。いずれもユウスケより年上であるが、三人は年下の上司のことを慕っていた。一連の殺人事件についてユウスケが怪しい動きをしていることも把握しているし、カナタとコンタクトを取っていることにも気が付いている。しかし、それでも三人兄弟の刑事は園原警部には何か考えがあるのだろうと周囲には黙っているのだ。


 感謝の意を述べて大きく頷こうとしたカナタだったが、何か思いついたのかその動きが止まった。


「あの……。どうして警部はそんなに僕達のこと……」

「君達のことじゃない。君のことだよ、蟹沢カナタ君。俺は君を……」

「……え?」


 そこへミサキが戻ってきた。袋入りの煎餅を手にしている。小麦粉を原料とした煎餅で、外側に大きく広がる「みみ」が特徴的である。イーハトヴ北部ではこの煎餅を汁物の具にする地域もあるという。紙袋から一枚取り出し、カナタに差し出す。


「あ、ありがとうございます」

「警部も食べるか?」


 さくさくと頬張るカナタを見て、ユウスケも煎餅を受け取った。生地に練り込まれた胡麻の香りがほんのりと漂う。ミサキが口にするのを見てからユウスケは煎餅を齧った。


「二人はこの後どうするつもりなんだ。バーには戻れないだろう。教えてくれればサポートもできると思うが」

「シュウイチさんのことは警部の部下の方が助けてくれるそうです」

「そっ、そうか。ありがとう警部……!」


 その時のミサキの顔のことを、カナタは今までで一番の笑顔だと思った。しかし、そんなことを言って更に攻撃されてはたまらないので黙っておく。ぱあっと輝かせた顔をすぐにいつもの余裕たっぷりな微笑に変えて、ミサキは腕を組んだ。煎餅の袋はカナタに渡されている。


「一度事務所の様子を見たいのだが」

「それは俺が行こう。どこを確認すればいいか教えてくれ」

「ありがとう。助かる。後でメモにして渡すよ。……そうだな、私達は……。もう少しポーラに留まろうか」


 レイには金星の電話番号を伝えているため、このままではシュウイチに迷惑をかけてしまう。それに、ロクロウのこともちょっと気になるから。構わないだろう? と、圧力をかけるようにミサキはカナタに問うた。


 ハナゾノへ帰るユウスケにメモ書きとシュウイチへの土産であるポーラのソーセージを託し、カナタとミサキは蒸気機関車を見送った。もくもくと煙を上げながら遠退いて行く汽車を眺める二人は大きな問題に直面しているのだが、この時点ではまだ気が付いていない。


 今晩の宿をどうするか。そのことを微塵も考えていない二人は、能天気に売店で煎餅の追加を購入していた。今度は豆煎餅である。












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