由実 『ふたり』のはじまり
受験期を書くのが辛かったのでもう大学編です。
「えーっ、由実って料理できなかったの!?」
「う、うん……」
大学に入ってから、理紗と二人暮らしをすることになった。それはつまり、これからの暮らしを、全部自分たちでやらないといけないわけで。
「もう、由実ってば……。うちも得意じゃないし、一緒に特訓しよ!」
「う、うん!」
新しい生活で、いきなり現れた試練。でも、理紗となら、「楽しい」って思える気がする。
家のものを大体そろえて、二人で料理するようになったのは、新学期が始まって最初の週末になった。今日のメニューは、一通りの切り方ができて、作りおきも利くカレーだ。
「包丁使うときは、ねこの手にするんだよ」
「でも、間違って切っちゃわないかな……」
「大丈夫だよ、ほら、見てて」
と包丁を手に取り、にんじんをとんとん、と切っていく理紗に、きゅん、と胸が鳴った。なんか、大人っぽくてかっこよくて、理紗だけ、大人になったような気分がする。
「由実も、やってみて」
「う、うん」
その綺麗な包丁さばきに、ちょっと見とれてしまったとは言えない、まな板の前に立つと、なんか緊張してきた。
「肩の力抜いて。緊張すると、うまく動かせなくなるから」
と後ろから抱きしめられる。
「ぴゃあっ!」
思わず変な声が出てしまう。包丁を持っていたら、取り落としていたかもしれない。
後ろから手の位置を直されたり、私の手を包むように一緒に包丁を持ったりすると、さっきとは別の意味でどきどきしてきた。
理紗一人のときの何倍も時間をかけてにんじんを切り終わると、次は玉ねぎだ。
先っぽと根っこの部分を切ってもらって、皮をむく。それを半分に切って、丸くて滑りそうなのを気をつけながら包丁を入れていく。と思ったら涙でぼやけていく視界。目がしみて集中力が鈍って、ふと左手の人差し指に感じた鋭い痛み。
「っったぁ……」
涙を拭くと、切れた指に赤い線が走っていた。
「由実?大丈夫?」
「理紗……、指、切っちゃった……」
「ちょっと見せて」
と言われて、左手を差し出す。
――ちゅっ
傷口を吸われた、と気づいた瞬間に、体がぽっと熱くなる。
「ちょっ……、り、理紗っ」
「絆創膏、取ってくるっ」
そう駆け出した理紗の横顔も赤い。理紗も、ドキドキしちゃったんだ。そう思うと、胸の鼓動が、ほんのちょっと収まったような気がする。
絆創膏を貼った後は、また新しい傷を作らないで材料を切り終わった。
「「いただきまーすっ」」
わたしと理紗で初めて作った料理。具材も厚さがバラバラで、隠し味もない市販のルウなのに。
「あ、おいしい……」
「本当だ。今まで食べた中で、一番おいしいよ!」
「えへ、そうかな……」
まだ全然うまくできなくて申し訳ない、という気持ちもあるけど、理紗にそんなことを言われると、気持ちが舞い上がってしまう。
「でも、……理紗と一緒に、食べてるからかな」
お皿に目線を向けたまま、ぼそっと呟くと、
「ゆ、由実、そんな事言うなんて反則……っ」
カタンと皿にスプーンがぶつかる音。前を見ると、顔中真っ赤になった理紗がいた。わたしも、言ったことを思い返すと、あまりにも甘くて恥ずかしくなる。
「でも、二人でいれるの、嬉しい……!」
いつも聴くより甘い理紗の声。その声に優しく引き込まれる。
「うん、わたしも、嬉しい」
舞い上がって、どうにかなってしまいそうな心をこらえるみたいに、ただスプーンを動かしていて。気がつくと、もう食べきっていた。ふたりで一緒に洗い物をして、それからソファーに並んで座ってテレビを見た。くっつく理紗の肌から、甘くていい香りがする。
「ねえ、由実」
「なぁに?」
「今日、がんばったごほうび……!」
そう言われた次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられる。柔らかい理紗の温もりに包まれて、頬が自然と緩んだ。
包む腕が、少し緩んで、理紗と、目が合った。テレビの音なんて聞こえなくなるくらい、私の心は、理紗の中に包まれていく。
「ありがと、理紗……っ」
もっと、理紗に触れたくなって、ちょっと背筋を伸ばして、理紗の唇に唇を重ねる。
「もう、由実……」
唇の上で囁かれた声は、心でわたあめみたいに溶ける。言われたわけじゃないのに、愛してもらえてることが、触れる指の優しさで感じる。
理紗のキスは甘くて、ほんのりとカレーのにおいがする。「幸せ」という感情が、頭の先からつま先まで包み込んでいくみたいだった。
これから、理紗と二人で作る暮らしが、ずっとずっとこんな風にいられると信じられた。
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