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第八話 傲慢の理由

 マサキはただまっすぐに剣を振り下ろしてくる。私は足をずらし、剣の軌跡から体を外す。そして、マサキの目に指を突き入れる。

 マサキは大きく後方に跳び、私の目つぶしを躱した。騎士というには随分と野性味のある動きだ。


「うわっ! 危ない。びっくりした。来たばかりにしては動けるし、危ないことするし。君、何してたの?」

「おかしな道場に通ってただけだよ!」


 マサキが跳び退いた瞬間に術式を書く。放つのは不可視の斬撃だ。

 マサキは察知したようで、剣で防ぐ。耳障りな金属音が響く。どうやらあの剣はかなり上等なもののようだ。

 続けざまに不可視の斬撃を放ち、牽制する。しかし、マサキは今度は躱した。余裕で。


「やっぱり妙に戦い慣れてる感じがあるね。普通、魔物はともかく、人を相手にしたら最初は萎縮しちゃうものなんだけど」


 不可視の弾丸を放つ。肩に当たった。マサキは少しのけぞった。マサキは勘で見えない攻撃を防いでいたらしい。斬撃と弾丸の違いは見抜けなかったようだ。


「へぇ~。こんな魔術も使えるんだ。優秀なんだね。今度はこっちから行くよ」


 マサキは体をねじり、大きく横に剣を構える。そして、振り抜く。なんと斬撃が飛んでくる! 私は体を伏せて躱す。かなりぎりぎりだ。あんな遠距離攻撃があるとは。

 伏せたために隙を作ってしまった。マサキは一気にこちらへ距離を詰めてくる。不可視の弾丸を連続でいくつか放つも、マサキは躱し、または剣で受け、足を止めない。

 距離を詰められると不利になる。今でさえ全く攻撃が通用しない。それなのに、近接戦になれば術式を書く隙が無くなる。なんとか距離は保ちたい。だが⋯⋯


「魔術師って感じだけど近接戦もできるんだよね。油断できないな~」


 顔に浮かんだ笑みに大変腹が立つ。だが、確かに格上だ。

 距離は完全に詰められてしまう。先程の大振りとは違い、袈裟斬りをしてくる。足を踏み出し、体を転換して、躱す。マサキは振り下ろした剣をそのまま横薙ぎにする。私は最低限の高さで跳ぶ。そして、顔面に突きを入れる。マサキは籠手で守る。それを見て私は後方に下がり、不可視の弾丸を放つ。剣で切り払われてしまった。


「恐れいるよ。全く当たらないや」


 こっちもだ。頼みの綱の魔術は当たらない。こっちの体術が有効打になるとも思えない。

 マサキは最初の一撃も含め、あまり深追いしてこないように感じる。何故だろう? 明らかにこっちは格下だ。警戒する理由があるとは思えない。第一印象だがマサキが慎重に慎重を重ねるような奴だとも思えない。

 あ⋯ああ。分かった。マサキは私の魔眼を警戒しているんだ! 正直に言って、私もどんな効果があるのかは分かっていない。だが、警戒してくれているなら使わせてもらおう。

 不可視の弾丸と斬撃を同時に放つ。当たらない。弾丸は剣で受け、斬撃は躱してしまう。

 当てるなら斬撃だ。多分斬撃は少なくないダメージを与えられる。だから斬撃だけは避けているんだ⋯⋯と思う。

 しかし、そんなに甘い相手では無い。


「そろそろうざったくなってきたよ!」


 こちらに向かって三度剣を振る。斬撃が三つ飛んでくる。流石に大きく跳んで躱すしかない。

 やはり、マサキは距離を詰めてくる。さっきとは格段に速度を上げてきている。


「ふっ」


 大振りではあるが隙の無い一撃。そこに重さをものともせずに、攻撃をつなげてくる。一つ躱しても、終わらない。私は一つも当たるわけにはいかない。そのため反撃に移れない。術式を書くことができない。

 こちらも目を突き、頸動脈を狙い、喉に打撃を入れる。だが、悉く躱される。

 ここで効いてくるのは装備の差、ひいては能力値の差だ。私は武器を持っていない。正確には持てなかった。防具の類も同様だ。マサキの攻撃はどれも当たれば決定打になるが、私の攻撃は鎧があるので、顔にしか意味がない。マサキもそれが分かっている。だから余裕で避けられてしまう。

 マグノリアのアイテムボックスに余りの武器や防具が無かったわけではない。むしろ高等なものだった。高等なものしかなかった。

 マグノリアが普段使っている大剣ーー『キズナ』という銘だそうだーーは大剣自身に破壊範囲を広げたり、威力が上がったりする効果があり、鎖のほうも伸縮自在だ。防具にもいろいろな効果があるらしい。こういう効果がある装備を高等な装備と呼ぶが、高等な装備には能力値が要求される。筋力がA以上とかだ。もう分かっただろう。私はマグノリアの持つ装備品は装備できなかった。マグノリアの持っているものは基本的に高い筋力を要求するものばかりだからだ。これが能力値の差だ。

 実を言うと装備の面だけではない。もう一つ私の筋力が低いために弱点がある。多分、それにもマサキは気付いている。

 剣を振るう速度が速くなってきている。私の手数は段々と少なくなってしまう。躱すだけで精一杯だ。

 そして、躱しきれず少しずつ傷も増えてきていた。


「つらそうだね。はは。どうやら自分の速度を生かしきれないようみたいだね」


 そう。これが弱点だ。私の速度はSだ。しかし、その能力値は今のところ相手の剣を見切ることと、術式を書くスピードにしか生かされていない。本来なら、私自身も速く動けるはずだ。だが、ここで筋力が邪魔をする。筋力は体の丈夫さの数値でもある。私が本気の速度で動くと体がもたない。だから相手の剣を見ることはできても体がついてこない。


 しばらく近接戦を続けたが⋯⋯駄目だ。勝てる要素が無い。今まだ立っていられるのは肉体操作のスキルのおかげだろう。

 致命傷はなんとか避けているが、傷が増えていく。動きがどんどん鈍くなっていく。

 気付けば、マサキの顔から笑みが消えていた。なかなか倒れない私を見て業を煮やしているのかもしれない。

 私はここで倒れてしまうわけにはいかない。私が死ねば、こいつはマグノリアを連れていくだろう。それは認められない。守らなくては。


「なんでお前笑ってるんだ?」


 さっきからの嘲笑ったかのようなものではなく、真剣味のある声をマサキは出した。笑っている? 私が? どうして?

 確かに私の顔は笑みを作っていた。分からない。私は戦闘を喜ぶような趣味は無いはずだ。あったら道場では凄い笑顔だったろうからな。

 だから本当に分からない。本来なら気にしなくてもいいこと。だけど⋯⋯だけど、自分の根幹に関わることのような気がした。

 ふとそのときに思いつく単語があった。『傲慢の魔王』。私は自分で言うのもなんだが謙虚な方だ。だから、こんな称号を贈られる理由が分からなかった。しかし、今なら分かる。

 私は今マグノリアを守っている。そして、守っていることに歓喜している。


 思えば私は何かを守って生きてきた。ずっと。弟と妹を。級友を。見知らぬ誰かでさえ。自己満足だって分かっていた。それでも手の届く範囲でいいからそうしていたかった。道場に通い始めたのも、暴力が必要になる場合があると思ったから。

 私は気付いた。気付いてしまった。私が何かを守る理由は自己満足よりも醜い。私の欲望に直結しているものだ。何かが自分に守られているということはそれは自分のもの。そんな気になれるから。問答無用で守るという行為は相手を自分より格下だと断定してしまう行為だ。なんて傲慢なのだろう。

 でも今はいい。喜んでいる。別に今はどうでもいいことだ。初めから自分がお綺麗な人間だとも思っていなかった。醜くても構わない。これだけ絶望的でも心が折れない理由がそこにあるなら、それでいい!


<特定の条件を満たしました。君主の魔眼を正常に発動します>


 声が聞こえた気がした。左目が熱い。生温かいものが左頬を流れる。血だ。


「何だよ。それは!」


 マサキに隙ができる。私は片目を即座に潰して、距離をとる。


「ぐぅあああああああああ! クソが! 殺す! 殺す! 絶対に殺す!」


 さっきまでの余裕が消えている。剣に魔力が集まり、氷を纏っていく。

 私には有効打になる攻撃方法が無い。しかし、あくまで可能性だが、ダメージを与えられるかもしれない方法を思いついた。元の世界ならこんなのできるわけがないと思っていた技。しかし、魔力があり、肉体と魔力の操作に強力な補正をしてくれるスキルもある。だからできるかもしれない。試す価値はある。いや、やってみるしかない。


 私は覚悟を決めた。なんとなく大丈夫だと思える。

 私はまっすぐマサキに突っ込んだ。体が自壊する速度だが、ここで決めるつもりだ。問題ない。

 マサキは一瞬目を見張り、剣を振り下ろした。肩口からばっさりとやられた。しかし、目算を誤ったようだ。体はつながっている。まだ死んでない。致命傷ではあるが、どうでもいい!

 足を強く踏み込み、魔力を右手に集める。そして、思いっきり鎧に掌底を叩きつける。

 

 鎧通し。それが技の名前だ。道場で見せてもらったことがある。今確かに手ごたえはあった。


 マサキはかなり吹っ飛んだ。もう立ち上がることができないようだ。私も動けないが⋯⋯


「ぐ⋯⋯くふぅ。はぁはぁ⋯⋯クソ! 覚えてろよ。絶対に殺してやるからな」


 マサキは何か術式の書いてある紙を取り出した。そして、紙に吸い込まれてしまった。多分どこかに移動したのだろう。紙はマサキがいなくなってから燃えだした。

 私はそれを見届けた後、意識を手放した。



_______



 頭が重い。気を失っていたようだ。またか⋯⋯

 目の前に美少女がいる。またか⋯⋯


「心配したんですよ。死んだかとも思ったんですよ。でも、本当によかった⋯⋯本当に⋯⋯」


 少しの罪悪感が浮かんだ。でも、今はいいか。素直に役得としておこう。

 私は泣いているマグノリアを落ち着かせた後、進むことにした。

 それと、気になることを確認してみる。私の予想だと⋯⋯


「『ステータス』」


名前:ギョクト・ヒサノ

種族:元始鬼種

性別:男性

年齢:19

称号:傲慢の魔王 転異者

能力値:筋力 F

   体力 S

   速度 S

   魔力 SS

   精密 S

アビリティ:君主の魔眼 王者の魔眼 完全状態異常耐性 不死性

スキル:黒魔術Lv10 魔力操作Lv10 肉体操作Lv10


 やっぱりだ。能力値が上がっている⋯⋯ことではない。アビリティだ。不死性が追加されている。多分マグノリアのアビリティだろう。

 マグノリアにこのことを話し、確認してもらうと、マグノリアから不死性が消えたわけではないらしい。仲間のアビリティを自身に適用する。それが『君主の魔眼』の効果のようだ。目である必要性とか、どこまでできるのかという疑問はあるが、まぁ、いいだろう。おかげで助かったし。


 しばらく行ったところに馬車が止まっていた。


「あいつの馬車かな」

「おそらくは」


 戦利品として頂いてしまおう。盗賊みたいに見えるが、喧嘩を売ってきたのはあっちだ。文句は言わせない。

 馬車の中を見ると、そこには⋯⋯


「なんじゃこりゃ⋯⋯」

「空間を拡張する類の魔術器ですね。魔力を空気中から取り込み、半恒久的に作動するものですね。珍しいです」


 明らかに馬車の外見と中身が一致しない。なんと、馬車の中には部屋まである。うわー。凄すぎだろう。

 とりあえず中に入る。空間を拡張か⋯⋯素晴らしいな。ん⋯⋯空間?


「もしかして私も似たようなことができる⋯⋯?」

「可能だと思います。この魔術器は空間魔術で作られていますが、黒魔術でできないとは思えません」


 一度試してみるかな。

 マグノリアといろいろ話ながら、部屋を見ていく。キッチンなんかもあった。使われていない部屋がほとんどだが。

 私は少し変わった扉を見つけた。部屋の中に扉があるのだ。そんなもの他の部屋には無かった。開けてみると、そこには五人ほどの少年、少女が居た。


 そして、五人は私の顔を見ると、一斉に跪いた。


 どうなってんの⋯⋯?


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