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幕間 歴史の胎動~とある紅の仔の邂逅~

マグノリア視点のお話です。本編とは関係はありますが、読まなくても大丈夫です。

 私は少し人里離れた所に住んでいました。

 誰とも関わらない生活だったわけではありません。ちゃんと友達と呼べる人もいました。ただ、特殊な家族だったのは確かです。

 父は軍人でした。そのせいか、あまり家には帰ってきませんでした。それでも母を、私を愛してくれているのは確かでした。私は父が帰ってくるときに持ってくるお土産が楽しみでした。

 母は⋯⋯よく分からない人でした。日が出ている時間は起きていることが少なかったように思います。その理由はステータス魔法を教えてもらってから分かりました。いえ、本当に幼い頃は母が吸血鬼だと知っても、自分と生活が違う理由は分かっていませんでした。


 そんな特殊な家族でしたが、特に問題なく、穏やかに暮らしていました。

 陽気な父に、苛烈ながらも優しい母との暮らしは充実していて幸せでした。

 父と母だけではなく、家から少し離れた小さな町の人たちも私によくしてくれました。たまに町に買い物に行って、町の子たちと遊んで帰る。これも私の楽しみの一つでした。

 町には父と母とも行きました。買い物ができるような店はもう閉じている時間でしたので、美味しい料理を食べることのできる酒場などが主な行先でした。

 母は町では有名だったようです。凄い美人でしたから。普段はとても涼やかな美貌を魅せながら、笑うとあどけない少女のようで。父は私は母に似て美人になると言ってくれましたが、とてもそんな自身はありませんでした。


 そんな穏やかで暖かい日々は終わりをむかえていきました⋯⋯


 私からすればそれは唐突でした。しかし、今思うと、それは緩やかなものだったのかもしれません。

 私が九か十歳ぐらいのある日のことです。

 父が帰ってきました。それだけならよかったのですが、父の表情はいつもの暖かみを帯びた笑みではなく、真剣そのものでした。

 それから⋯⋯ゆっくりと⋯⋯私の日々は変わっていきました。今だからこそ分かることです。そのときは身の回りの変化に気付いていませんでした。


 母は夕方には目を覚ますようになりました。そして、私に様々なことを教えてくれるようになりました。世界について、歴史について、種族について。それから、大剣の扱い方、魔術。

 私は母との時間が増えてただ嬉しかった。夜は寝る時間まで母から学び、昼は母に教わったことの復習。私は無邪気に、楽しくてたまらないと励みました。新しい知識、今までできなかったことがだんだんとできるようになる喜び。私はただそれだけで努力していました。

 母がどんな思いで私に教えていたのかも知らないまま⋯⋯


 父はますます家に帰ってこなくなりました。少し寂しかったですが、母と以前よりも接することができたので、気にしないようにしていました。それに、頻度は少なくなりましたが帰ってきてくれますし、いつも大きな手で撫でてくれます。


 成長するにつれて、教わることも高度になっていきました。

 魔術もだんだんと躓くことが多くなってきました。母は十分だと褒めてくれましたが、私は悔しかった。それから、ますます魔術の勉強に励みました。そんな私を見て母は、息抜きのためか、魔物を狩りにキャンプに連れて行ってくれるなりました。

 そのときは息抜きだと思っていましたが、よくよく考えれば、母は私に生きる術を教えていたのだと思います。いいえ、それだけではなく、今まで教わった全てが。

 魔術だけでなく、世界の情勢などもより深く教わりました。そのくらいの頃に種族や、今住んでいる国のこと、(ハーフ)について、そして、転異者のことを聞きました。

 母は繰り返し気を付けろと言っていました。その頃くらいになると、私でも国内での母と私の立場の危うさは分かっていました。特に『破龍の剣』は恐いと思ったのを覚えています。


 父は帰ってこなくなりました。私の住んでいる国、アルトロンが東の統一に乗り出したのです。戦争をしたわけではありません。多分、東の各国が示し合わせたのでしょう。しかし、それを黙って見ているほど、南、北、西は呑気ではありません。当然争いが起きます。

 東は『破龍の剣』⋯⋯転異者の力を借り、瞬く間に南、北、西の軍を破りました。その動揺の中で、東は統一されました。

 私にとっては遠い場所の出来事のようでした。ただ、父が心配でした。母の顔にも少し影が落ちるようになった気がします。


 結局⋯⋯父は帰ってきませんでした⋯⋯


 統一からしばらく経った頃、『破龍の剣』が(ハーフ)を集めているという噂が聞こえてくるようになりました。 その頃から、母は全く笑わなくなりました。まるで、常に警戒しているようでした。


 そして、その時が来ました。


 もうすぐ日が沈む、そんな時間。母は急に飛び起き、私に『アイテムボックス』を押し付けてきました。

 そして⋯⋯


 --その中には装備、野営に必要な物と食料が入ってる。逃げなさい。西に行けば⋯⋯ま、何とかなるでしょう。愛しているよ。生きてーー


 そう言って母は私を外に放り投げました。

 あまりに急です。意味が分かりませんでした。ただ、家の方からは火の手が上がっているのが見えました。何が起こったかは理解できました。『破龍の剣』に私のことがばれたのでしょう。

 私は西に向かって走り出しました。


_______



 あの頃から一年ほど経ち、私は十五になりました。そして、西まで、あと一歩というところまで来ました。

 本来なら、そこまで時間はかからないのですが、やはり、逃げながら、隠れながらでは恐ろしく遠回りになります。西側に進むほど追及は厳しくなっていきました。それほどまでに欲しい戦力なのでしょうか? 

(ハーフ)というのは⋯⋯


 この一年は私を戦士にしました。常に身と心を削り、魔物と人と戦う日々。そして、ようやく、西までの最後の砦、惑いの森に着きました。もうすぐ⋯⋯そう思ったから油断していたのでしょう。罠にかかりました。


 向こうからすれば私の行先など分かっているのでしょう。それを失念していたのです。

 私の体が急に重くなりました。多分、聖属性の術でしょう。そして、三人の男が姿を見せました。

 そこからは戦闘です。男たちの個々の力は弱体化した私よりも弱いくらいでした。しかし、その連携と、初めから持久戦にするつもりの戦い方によって、じわじわと劣勢に追い込まれてきました。

 フードを被った小柄な男が私にナイフを投げ牽制し、片手剣を持った男が鋭くきりこむ。そして、斧を持った男が重い一撃を放つ。

 厳しい戦いの中、私はとうとう膝を折りました。


「そろそろ観念してくれたかよう。お嬢ちゃん」


 斧を持った男が話しかけてきます。私はなけなしの力を振り絞り、大剣を杖替わりにして立ち上がります。ただ、もう戦う力なんて残っていませんでした。

 それでも、こんな所で終わったら、逃がしてくれた母に、死んでしまった父に申し訳が立たなかった。その思いを叫んだ。少しでも自分の力になるように。


 叫んだとき、その人は現れました。


 混じりっ気の無い純粋な透き通るような白色をした髪。ふと見えた横顔は一瞬、男性か女性か分からなくなるような中性的な美しさがありました。

 呆気に取られた私ですが、すぐに気を持ち直して、ステータスを確認しました。


<ステータスの確認ができませんでした>


 つまり、私の前に現れたこの人は転異者ということです。

 私の頭の中は怒りで塗りつぶされました。憎くないわけがありません。私の幸せだった日々を奪ったのは『破龍の剣』。それを造ったのは『破龍剣聖』。そして、『破龍剣聖』は転異者です。

 理性はこの転異者は『破龍の剣』とは関係ないと分かっています。しかし、感情は理屈ではありません。どうしようもない感情を抱えたまま現れた転異者に目を向けました。

 その転異者は私に背を向けていました。そのとき、私はその転異者が何をしているのか分かりませんでした。なぜ、これほどの敵意を向けている相手に背を向け向けているのだろうと思いました。

 ふと、男たちの方を見たとき、気付きました。


 ーーこの人は私を守ろうとしているーー


 怒りしかなかった私の頭の中は真っ白になりました。

 正気を取り戻したとき、男たちはいませんでした。そして、私を守ってくれた転異者はふらふらし始め、ついには倒れました。

 私は慌てて駆け寄りました。そして、顔を見て、ただ眠っているだけだと分かったとき、私はとても安心したの覚えています。


 目の下に隈のある寝顔を見て私は不思議な気分になりました。何かが自分から流れ出ている、それなのに、暖まってくる。

 視界が歪むような気がしました。そして、頬を暖かいものが流れ落ちました。それはしばらくの間とまっりませんでした。


 安全な場所に移動した後、野営の準備を始めます。彼はまだ起きません。生きてはいるようですが、流石に不安にもなります。

 彼が起きたのは野営の準備が終わった後でした。そのとき、私は


 「目は完全に覚めているようですね。よかったです⋯⋯」


 と思わず言ってしまい恥ずかしかったです。私は随分とこの人を気にかけてしまっています。一度助けられたくらいで我ながらちょろいです。

 その後は気を取り直して、自己紹介とお礼を行いました。失礼ではなかったか不安です。


「あ、ああ。初めまして。私は久野玉兎。こちらこそありがとう。みっともなく倒れた私を助けてくれて」


 驚きました。

 外見からして堅い人だと思っていました。いえ、外見ではありませんね。雰囲気です。引き締まったような雰囲気があるのですが、話すと思ったより気さくです。


 食事をしながら話してみると、やはりと言うべきでしょうか。彼は転異者でも転異したばかり。

 私は⋯⋯申し訳なかったです。

 私からすれば、彼らは、『破龍の剣』は私の人生を奪う敵です。しかし、彼からすれば、この世界で生きるのに最効率の手段です。

 それに、私は怖かったのです。半吸血鬼だと知られたときの反応。私を助けてしまったことによって立場を危うくしてしまったことへの反応。彼の顔が軽蔑や落胆に変わってしまったらと思うと⋯⋯


 彼はとても賢いようです。上手く誘導されてしまいました。ただ、まだ怖いです。どうしても言い淀んでしまいます。なので、少し、時間をいただきました。彼は特に何も言わずそれを許してくれました。きっと、私の心の機微などお見通しなのでしょう。


 とうとう話す決意ができました。それでも、怖いものは怖いのです。かなり遠回りな話をしてしまいました。そうして、徐々に徐々に覚悟を固めていきました。

 もちろん。私はそこまで強くはないので揺らいでしまいます。しかし、彼は巧みに話を進めていきます。


 私は覚悟を今度こそ決めて自分のことをそして思いを話しました。


 私は自分を『破龍の剣』に売ってしまう案も話しました。

 彼と話していると、もういいかな、とそんな風に思えてしまいました。彼に嫌われるのはとても怖かったんです。


 彼は急にしかめっ面になり額を叩いてきました。やはり怒っています。そうですよね。こんな恩をあだで返すような女は嫌ですよね。

 

「マグノリア、今更だけどしっかりお願いするよ」


 でも、ギョクト様と離れたくはないかな⋯⋯


「ついて行ってもいいかな?」


私は今言われたこと理解できませんでした。ゆっくりとその言葉を呑み込みました。


私は⋯⋯私は⋯⋯




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