第三話 異世界に来た人はだいたい美少女に出会う
まるで人形のようだ。肩まである金髪はさらさらとしていて梳けば抵抗が一切無いことを想像させる。目鼻立ちは整い過ぎるほど整っている。華やかというよりは涼やかな美貌と言えるだろう。年は十四、五歳ほど。まさに美少女。まるで人形のようだ。
何の感想かって? 目覚めたときに目の前にある顔に対する感想だ。
確か⋯⋯そうそう。あの筋骨隆々たちが去った後、眠気に抗うことができずに寝てしまったのだ。今の状況は何故か件の少女に膝枕をされ、顔を覗き込まれているといったところだ。おいしい⋯⋯じゃなかった。どうなってんの?
「目は完全に覚めているようですね。よかったです⋯⋯」
涼やかな声だ。ただ、見た目よりも幼い感じがする。いや、幼いではなく甘い感じだろうか。特に後半の部分。そう。まるで思わず言ってしまったかのような。あ。口を抑えている。かわいい。あ。赤くなってる。かわいい。⋯⋯なにを考えているんだ私は。
「--こほん。初めまして。マグノリア・スカーレットと申します。先程はありがとうございました」
件の少女、もといマグノリアは誤魔化すように咳払いをして、自己紹介と感謝を伝えてきた。咳払いをする仕草もなかなかかわいい⋯⋯っと。そうじゃない。慌てて身を起こし、湧いて出てきた邪な考えを振り払いながら返答する。
「あ、ああ。初めまして。私は久野玉兎。こちらこそありがとう。みっともなく倒れた私を助けてくれて」
本当に恥ずかしい。助けようと突っ込んで逆に助けられる結果となる。恥ずかしすぎる。恰好悪すぎるだろう私。はあ⋯⋯まあ、目標は達成したからいいかな。
そう。人に出会えたのだ。それもとてもかわいい⋯⋯げふんげふん。善人そうな。
「みっともないなんてことはないですよ! 本当に危なかったんです。とても助かりました。それに、倒れるほど疲れていたのに助けてくれて嬉しかったです」
なんとも救われるお言葉です。どうやら本当に善い子のようだ。こんな子がどうして狙われていたのだろう? かわいいからか? あの戦闘力か? どちらもありそうだな。
⋯⋯気づくとすでに夜になっていた。寝起きが強烈で気づかなかった。まさか一日過ぎてるとかないよな。さっきマグノリアが先程と言っていたので多分それはないはず。
よくよく周りを見ると、景色が変わっている。森から出たようだ。すぐそばには湖らしきものがある。他には、テントにたき火。生活力もあるらしい。いや、サバイバル力か。おっ。たき火で串に刺した肉が焼いてある。
「え、えっと⋯⋯その⋯⋯ギョクト様。お腹空きましたか? 」
肉に目線が行っていたことがばれたみたいだ。仕方ないじゃないか。だって、一日半も何も口に入れてない。流石にお腹が空く。そんなときに、目の前に食料があれば否応なく目線が行く。
ん? 何か違和感がある。いや、違和感というほど大きなものでもないか。ただ、そう、こう重要そうで、別にそうでもないような。そんな些細なもの。ただどうにも大事に思えてならない。
「どこかお加減悪いのですか!? ギョクト様! 」
お、おっと。考え事をしていたら心配されてしまった。深刻な顔でもしていただろうか?
「大丈夫だよ。うん。ちょっとお腹空いちゃってね。スカーレットさんは⋯⋯」
ここだ。これが違和感の正体だ。様をつけるほど丁寧なのに下の名前で呼んでいる。それの意味するところは⋯⋯
「ごめんごめん。えっと⋯⋯紛らわしいこと言っちゃったね。玉兎のほうがファーストネームなんだ」
「そ、それは。し、失礼しました! では、ヒサノ様
「別に玉兎と呼んでくれてかまわないよ。それに様なんてつけなくていい」
「では、ギョクト様、私のこともマグノリアとお呼びください」
やっぱり勘違いしていたか。小さいことだけど、こういうのは正したほうがいい。まあ、経験則というやつだ。勘違いを気付いて放置するのは嘘をつくのとなんら変わらない。特に、これから信頼関係を築いていきたい相手にはなおさら気を付けなくてはならない。だが、これが本当に違和感の正体か? まだ、なんか、魚の小骨が喉に刺さったような感じが取れない。
「分かったよ。マグノリアさん
「マグノリアとお呼びください」
「マグノリアs
「マグノリアとお呼びください」
「⋯⋯マグノリア、私のことも様なんてつけずに玉兎でいいよ」
「いえ、それはなりません」
「⋯⋯」
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就寝中。テントの中で。一つのテントに二人で。美少女と一緒に同じテントで。ドキドキする。これは理性と本能の戦いだ。昼の戦いよりも激しい。くっ、まさかこんな伏兵がいるとは⋯⋯
辛くも理性が勝利を収めた。マグノリアとの会話が衝撃的すぎて本能がそれどころでなかったのも大きい。衝撃的というか理解不能というか。不利益がある話ではない。むしろ、この世界に来たときから有った懸念がなくなった。
それは食事中、結構芯のある子だなと思いながら、勧められるがまま食事をしていたとき。そう。ずっと疑問に思っていたはずなのに当たり前のようにスルーしていたことだ。
「そういえば、マグノリアさん、どうして日本語を話せるの? 」
よくよく考えれば普通はあり得ないことだ。日本ではない土地で日本語が通じるということは。それも今のところ出会った全ての人が。さっきからの違和感は多分これに通じるものだと思う。私の予想では日本と同じような文化の発達があった国がここら辺に在る。ただ、それならファーストネームなどが有る意味が分からないが⋯⋯
「日本語とは何でしょうか? それと、マグノリアでお願いします」
うん。そりゃそうだ。こちらからすれば日本語だが、あちらからすればまた別だ。
「ん、あっと。いや、ごめん。ええっと、マグノリアはどこの国の言葉を話しているの? 」
「国の言葉? 暗号ということですか? 私はどこかの国に所属しているわけではないので、流石に国のトップが使う暗号は分かりません」
どういうことだ? まるで話が噛み合わない。なぜ国の言葉が暗号になってしまうのだろうか?う~ん。ん。なんとなく思いついたような。
「ねえ、マグノリアさ⋯こほんこほん。マグノリア、言葉の通じない人に会ったことはある? 」
「? ありませんよ。そもそも種族権が認められるのは話せることが前提ではないですか」
種族権? また謎の言葉だ。今は無視しよう。
それよりも、多分私の思いつきは正しいことが分かった。全く意味が分からないが、理解はした。
この世界では言語が統一されているんだ。統一と言うと語弊がある。多分だが翻訳されるというのが正しい。自分が伝えたいことや相手に伝えたいことが理解できる形になるということなのだろう。子供が言葉を覚える過程はどうなるのかとか、語彙とかはどうなるのかという疑問はあるが、この疑問は放っておく他ないだろう。マグノリアの口ぶりからこれは疑問の余地のない世界の真理なのだろう。うん。もう気にしないでおこう。
「その⋯⋯ギョクト様、もしかしてギョクト様は転異されたばかりなのですか? 」
そうだ。もう一つの聞きたかったこと。確かに筋骨隆々は私のことを転異者と呼んだ。つまり、周知の事実になるくらいは私みたいなのは居るのだろう。
「⋯⋯そうだね。私はこちらに来てまだ二日も経ってない。逆に聞いてもいい? どうして私が異世界から来たことを当然のこととおもっているんだ? 」
「⋯⋯そ、それは⋯⋯」
「ステータス確認という言葉に関係が? 」
「っ! 知っていたんですか? 」
「いや。なんとなくそう思っただけだよ」
確度は高いと思う。筋骨隆々たちが顔色を変えたのもこの言葉を言ってからだ。
今、ためしに言ってみたが何も起こらない。私の知らない条件がある? それとも私には使えない?
「はい。その通りです。その⋯⋯ただ⋯⋯」
「ただ? 」
「明日でも構いませんか? かなり長い話になると思うので」
結局私はその提案を呑んだ。理由としては、まだ疲れが残っており眠たかったから。そして、信頼関係を作りたいから。なにより、もう少し一緒にいたいと思ってしまったからというところだろう。
それに、何も知らないうちに殺してしまおうということではないようだ。なら明日聞いても問題ないだろう。
私は明日のことを考えながら意識を手放した。