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幕間 歴史の胎動~とある銀閃の邂逅~

いつもお読みいただきありがとうございます。

このお話は本編と関わりはありますが、読み飛ばしても、多分問題ありません。

 それなりに幸せな暮らしをしていたと思う。

 周りに私と兄以外で暮らしている人もいなかったので、他人との関わりが全くない暮らしではあった。けれど、充実はしていた。

 両親は事故で亡くなってしまった。

 両親が死んでしばらくは何も手につかなかった。悲しくて仕方が無くて。ふとした時に思い出し、また泣いてしまう。

 それでも、少しずつ癒えていった。優しい兄に支えられて、両親はもういないけど、日常に戻っていった。

 兄さんは魔物を狩ってお金を稼いでくれた。そして、辛いときは傍にいてくれた。私は兄さんと暮らしているその時に確かに幸せを感じていた。閉じてはいた。いつかは変化してしまうことも分かっていた。だけど、こんなときが続くようにとは願っていた。その願いは全く思いもよらない出来事で崩されてしまったのだけれど。


 その日の朝はいつもと何も変わらない朝だった。本当に何の違いもなくて⋯⋯

 いつも通りに起きて、いつも通りに朝食を作って、いつも通りに兄さんを見送って、いつも通りに掃除をして⋯⋯

 その日の唯一の変化は唐突にあいつが来たことだ。


「ごめんくださ~い」


 あいつーー『輝氷の聖騎士』はそんな間延びした声で、まるで気易い隣人のように訪ねてきた。

 私は何一つ警戒することなく玄関の扉を開いた。

 そして、気絶した。


 私が目を覚ましたとき初めてそいつの顔を見た。

 どことなく恐怖を感じた。

 別にそいつの顔が醜悪だったわけではない。むしろ整っている。

 別にそいつの表情が怖かったわけではない。むしろ笑顔で親しみやすい。

 目が怖かった。

 満たせない渇望を秘めた目。それが心底恐ろしく思えた。


 そいつは私を捕まえることが目的だった。理由はすぐに分かった。そいつは『破龍の剣』に所属している。『破龍の剣』が私のような半を集めているのは聞いている。それが結構強引なやり方だということも。

 私は油断していた。ここは西だったから。最も『破龍の剣』にとって活動し難い場所。だけど、動けない訳ではない。

 

 私は起きてはいたが、ダメージのせいか動くことができなかった。

 そいつは私を馬車に運んでいる途中だった。どうもそれほど長い時間気を失っていたわけではないらしい。

 その時に兄さんがちょうど帰ってきてしまった。

 正直私は助かったと思った。兄さんは強い人だったから。でも、『輝氷の聖騎士』はその強い兄さんを上回った。

 兄さんは最初から全力だった。父から教わったという剣を使い、最初から殺しにいっていた。しかし、勝てなかった。『輝氷の聖騎士』の防御技術は兄さんの剣よりも強かった。

 そして、兄さんは私を人質に取られ、『破龍の剣』に所属することになった。

 辛かった。

 逃げようとした。

 逃げられなかった。

 私は兄さんのことを持ち出され、何も行動することができなくなっていた。

 別に、酷い扱いをされたわけじゃない。食事も三食出たし、理不尽に殴られることも襲われることもなかった。

 それでも辛かった。兄さんがやりたくもないこともやらされていると思うと特に。


 どれくらい経ったころだろうか? 私の他に捕らえられた人がきた。エルギルという少年だ。彼はこの状況に全く思うところがなさそうだった。諦めたという感じではなかった。まるで、それが自然なことだと思っているかのようだった。

 それぐらいからあまり間を置くことなく人は増えていった。

 アマリア、クロウス、カレン。彼女たちが来たころから、私は『破龍の剣』から監視することを命じられた。兄さんを握られているので、従うほかなかった。

 アマリアやクロウスが懐いてくるのはとても⋯⋯心苦しかった。


 私が諦めを感じ始めたぐらいのことだ。あの『輝氷の聖騎士』が敗れたのは。

 驚いた。そして、興味を持った。倒したのはどういう人なのだろう、と。

 私はもちろんそのときも『破龍の剣』から指令を受けてはいた。でも、期待もしていなかったと言えば嘘になるだろう。


 その人との出会いは印象的なものになった。

 容姿は恐ろしく整っていた。まるで、幼い頃に母がよく語って聞かせてくれた物語の王子様のようだった。

 そして、目が合ったとき、この人に仕えなければという気持ちが私の思考を占拠した。

 私は⋯⋯いえ、私たちは思わず跪くことになってしまった。

 跪く私たちを見て、その人はあたふたしていた。少しその様子がかわいいと思ってしまったから、ご主人様と呼んでいるのは内緒のことだ。


 私は『破龍の剣』の命令で、その人ーーギョクト様と一緒にいたマグノリア様についてを報告していた。

 ウィズベルトに近づいたときに、冒険者の試験を受けるように誘導しろとの命を受けた。その試験中に皆を確保するらしい。それも、兄さんと協力してだ。

 これは仕方のないことなんだ。どうしようもないんだ。そんな風に自分に言い訳をしながらその命令に従った。

 このとき、私は気付いた。どうも私は数日一緒に過ごしただけだというのに居心地の良さを感じてしまっている。だからこそ、辛い。兄さんを縛りつけている現実も辛いが、それを少しは忘れることができた今を裏切らなければいけないことも辛かった。

 伝えてしまおうかとも思った。けど、どこで監視しているのかも分からない。それが怖くて何もできなかった。

 私の軽率な行動で兄さんが死ぬかもしれない。もう覚悟を決めるしかなかった。


 誘導は順調だった。ご主人様は疑うことをしなかった。疑問には思ったかもしれないが、なにも尋ねてくることはなかった。それが心苦しかった。

 兄さんとも再開したが、会話は許されていなかった。不自然には思われなかっただろうか? 

 

 そして、始まった冒険者の試験。

 兄さんはご主人様と距離を詰めていっているようだった。私にはその理由は分からなかったけど、なにか思うところがあったのかもしれない。

 ただ、勝負の案は私にとっても良かった。勝つために皆が本気で狩りをする。そうすると私は余計なことを忘れることができた。

 夜になればまた苦しくなるのだけれど。

 だから、早く始まって欲しかった。これ以上苦しくなる前に。一緒に過ごす時間が長くなるほど辛いから。

 相変わらずの明るい時間を過ごすうちに私は今の自分が演技なのか本当なのかが分からなくなる。


 私にはどのタイミングで作戦が実行されるかが分からない。それでもこれが想定外だというのは分かった。

 私は個々の実力を測るために二つに分かれるよう提案した。その結果自分が危機に陥っているのだから因果応報というものなのだろう。

 いるだろうと話してはいた。確信もあった。けれど、会うとは思わなかった。こんなにも早く出てくるなんて思ってもいなかった。

 知能も予想以上の高さだ。戦闘前に大量の戦力を投入して、奥様と分断されてしまっている。負けるとは思わないけど、すぐに来れるとも思わない。

 エルギルと私だけで魔族と相対しなくてはいけない。

 しかし、私は魔族の不意打ちを受け怪我をしてしまった。それも、すぐには動けない怪我を。

 エルギルは一人で相手をしなくてはならない。しかもエルギルは私を見捨てない気だ。足手まといを抱えて戦えるはど甘い相手ではないはずなのに。

 私としてはむしろここで死んでしまったほうが楽になれる気すらする。だから見捨てられたほうが⋯⋯裏切っているのに庇わられるのは酷く苦しいから。

 だから、エルギルに私は言った。ここは退きなさい。私を置いて行っていいから。と。

 しかし、彼は無言でケラウノスの雷霆を起動した。

 彼がそれなりに怒っているのを理解した。

 エルギルは私を庇いながら応戦する。分が悪いのはすぐにわかった。なにせエルギルの攻撃はなかなか当たらない。相手の速度が高いからだ。

 一発当てることができればこちらの勝利だ。でも、魔族はかなり警戒してしまっている。木々を飛び回り、攻撃を当てさせない。

 ケラウノスの雷霆は牽制以上の効果を出せていない。いや、この速度で動く相手だとエルギルとの相性は悪い。だから、牽制できているだけいいのかもしれない。ただ、雷霆は消耗も激しい。そんなにこの状況も続かない。

 それを分かっているはずなのにエルギルは私は見捨てない。

 ただ、エルギルが見捨てなくても結果は変わらない。ほら。予想よりも遅かったけど、私に狙いを定めてきた。

 私は覚悟をしていた。いたのだけど、恐ろしいスピードで何かが来て、魔族を吹っ飛ばしてしまった。

 ご主人様だ。

 ああ。なるほどと思った。エルギルは知らせるために雷霆を使っていた。

 でも、助けてもらう義理なんて私にはない。そのはずなのに、どこか嬉しく思う自分がいる。そんな自分に嫌悪感も覚えるのだけど。

 ご主人様が来てからあっという間に魔族は討伐されてしまった。

 ほっと一息をつくけれど、私はこれから裏切らなければいけない。


 始まりは分かりやすい形だった。

 兄さんがやってきた。これ以上ない始まりの合図。このときばかりはもう少し遅れてきても良かったのにと思った。

 兄さんは心配しているという形できた。いや、本当に心配しているのかもしれない。見ていれば分かった。ご主人様と兄さんは相性がいい。出会ってそれほど、それこそ数日も経ってないのに友人のようだ。もともと、ご主人様はその雰囲気に似合わずフランクだ。それこそ出会って数日で家族のように振る舞えるほど。

 それに加え、兄さんも明らかにご主人様を気に入っている。だからこそ気の置けない友人のように接している。

 兄さんは今何を考えているの⋯⋯

 私は表情に出ないように振る舞うのが難しかった。料理係で本当に良かった。あまり対面せずにすむ。

 そして、兄さんがご主人様を連れて行った。

 時間だ⋯⋯


 もう、エルギル、カレン、アマリア、クロウスは寝ている。後で、睡眠薬を使って、より深く眠らせておこう。

 後は奥様だけ。

 私は奥様の後ろから短刀を首に突き付けた。


「奥様、申し訳ありません。おとなしくしていただいてよろしいですか?」


 あまり傷つけたくはない。

 こんなことしたくなかった。こんなこと⋯⋯でも、仕方ないじゃない。どうしようもなかった。どうにもならなかった。だから⋯⋯


「一応聞いておきます。レナリーさん、どういうおつもりですか?」

「私は『破龍の剣』の所属ですのでと言うとお分かりになりますか?」


 奥様はゆっくりと頷いた。

 ご主人様と行動するきっかけになったのも『破龍の剣』がらみと聞いているし、あの『輝氷の聖騎士』とも戦っているのだから分からないはずがない。


「嘘ですね」


 一瞬思考が停まった。


「失礼。そういう意味ではありません。あなたが『破龍の剣』の命令に従っているのは確かでしょう。しかし、あなたは本心から従っているわけではありませんね。ドナト様に関係が?」

「⋯⋯鋭いですね。何故お分かりに?」


 もともとかなり鋭い方だとは思っていたけど。


「ふふふ。あなたもギョクト様と同じで結構分かりやすいですよ。多分、ギョクト様以外は分かっていると思いますよ。あの子たちもなかなか敏いですから」


 え⋯⋯?


「分かっていたならどうして?」

「誰にでも触れられたくないことはあるでしょう? 言ったではありませんか。あの子たちも敏いのです」


 ⋯⋯!

 どうして?

 私は首を振って、余計な思考を振り飛ばす。


「⋯⋯分かっているのなら早いです。ドナトは兄です。そして、きっとご主人様はここに助けには来ません。こう言うのも変ですが、お願いします。私の言う通りにしてください」


 そうだ。私は私がやるべきことをやるだけだ。

 やらなくちゃいけないんだ。やらなくちゃ。


「あまり手荒いことをしたくはありません」

「一つお聞きしたいことがあります」


 奥様は気付けばこちらを向いていた。

 

「?」

「なぜ泣いているのですか?」

「!」


 それは⋯⋯気付かなかった。

 頬に手を当ててみる。確かに濡れている。


「自分が思ったよりも苦しんでいることをご自覚ください」

「やめてください」

「自分で思っているよりも”今”が大事なものになっていることをご自覚ください」

「やめて!」


 私は”昔”に帰ることができるだろうか? 

 完全に元に戻ることはできないだろう。

 たった数日なのに⋯⋯どうして?

 自分の思考が散り散りになっていくのが分かった。


「不思議な魅力がありますよね。ギョクト様は」


 体が動かない。

 やるんだ。じゃないと兄さんが。

 なのに、体が動かない。


「信頼してみてはどうですか? きっと、あなたもドナト様も助けてくれます」

「私は裏切り者だ。もう決心はついているんだ」

「なら、どうして震えているんですか?」

「それは⋯⋯それは⋯⋯」

「少し休みましょう。もう気を張る必要はありません。誰もあなたを裏切り者だなんて思っていません」


 そこまでだった。

 私は短刀も持っていられなくなり、涙も止めようがなくなった。

 


 私はその後、自分のことを奥様に話した。

 今までのことを全て。

 その話が終わったとき、皆がいつの間にか起きていて、私のことを抱きしめてくれた。

 私はこのとき確かにこのぬくもりを大切なものだと思ったんだ。  

 

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