第十六話 自分の知らない物語だってある
ドナト・クエスト⋯⋯
妹とはレナリーのことか⋯⋯
なら、レナリーも⋯⋯いや、向こうは大丈夫だ。マグノリアがいる。
ドナトは大きく踏み込んで、剣を上段から振り下ろす。
鋭い。
流石と言える。ただの力で生み出す速さでは全くない。それだけのブレの無い剣筋。
私は踏み込んで、相手の死角の位置に入り込んで避ける。反撃は⋯⋯できない。すでに剣を横薙ぎにしてきている。私は屈んで躱し、爪で喉を狙う。
しかし、剣で弾かれてしまう。
⋯⋯っ!
弾かれて、よろめいた隙をついて、ドナトは剣を振り下ろしてくる。今度はこっちが爪で剣を弾き、私は後ろに退く。仕切り直しだ。
ドナトは強い。実践だけでなく、型の修練も行ってきたことが分かる。そして、読み合いの強さだ。彼の対応が一歩先を行っているのはこちらの動きを予想しているからだろう。それだけの経験を積んだのか、またはそういうアビリティを持っているか。
残念ながらステータスを確認することはできなかった。どうもステータスの確認を阻害する装備をしているらしい。
相手に自分の手の内を見せないというのはかなりのアドバンテージを得られることになる。私も基本的には相手からはステータスが確認できないが、逆に私もできないとなるとなかなか厄介だ。
「それだけ動けるなら『破龍の剣』でもやっていけるだろう! 他の皆もあれだけ動けるんだ! 悪いようにはならない⋯⋯はずだ」
「ドナトがそれを言うの? 人質を取られているのに? ドナトこそ私たちと来なよ」
「それが⋯⋯それができたら⋯⋯」
「それが答えだよ」
苦悩がありありと窺える。
『破龍の剣』として活動をするのは嫌だが、人質を取られているためにままならない。それがよく分かる。
待遇自体は悪くはないのだろう。それは想像できる。だから、ドナトが言っていることも半分以上は合っていると思う。私が『破龍の剣』に下れば、それなりにはいい思いができるだろう。
ただ、自分の待遇がどうかで自分の道を決めてきた訳ではない。こちらに来る前も今も。それはドナトも同じなのだろう。
爪に書かれた術式に魔力を流し、魔術を起動する。
不可視の弾丸と斬撃を同時に放つ。
ドナトは難なく避けてしまう
聞いていたのか⋯⋯?
連絡用の魔術器があっても不思議ではない。いや、むしろあると見るべきだろう。
ドナトの行動の監視も魔術器で行っているのか? ん⋯⋯? 監視⋯⋯?
「はぁ!」
っと。気を抜き過ぎた。
気付いたらドナトが目前に迫っていた。袈裟切りだ。私は横に跳んで躱すが、返す刃が追ってくる。ぎりぎりでまた爪を使って弾く。
軽い! 予想していたのか!
ドナトは腕だけ上に弾かれながら距離を詰めてきて、蹴りを放ってくる。
無理矢理後ろに跳んで、腹に当たった蹴りの威力を殺す。もちろん、体勢を崩し、後ろに転んでしまうが、受け身をとってすぐに起き上がる。起き上がると同時に不可視の弾丸を放つ。
当たりはしないが、牽制にはなった。ドナトの動きが止まる。
私はその隙をついて一気に距離を詰める。
本当なら魔術が決め手になるならそれが一番なのだが、相変わらず牽制ぐらいにしかならない。なので、どうしても近接戦にならざるを得ないが、能力値的に厳しいのはもう分かっていることである。
ただ、ここまで距離を詰めてしまえば、剣ではなく、拳の距離だ。
「ふっ」
私は大きく踏み込んで、腰をねじり、体全体を使って掌底をドナトの腹に打ち込む。鎧通しではない。ただ、魔力は込めてある。
魔力を使って身体能力を強化することは可能だ。ただし、筋力が低いと身体を壊す可能性がある。
私が込めた魔力をは上限ぎりぎり。骨が軋む。
「ごぁ」
決定打にはならなさそうだ。
ドナトは私と同じく受ける直前に後方に跳んで威力を殺したみたいだ。
ドナトは転がりながら距離を取り、体勢を直す。
私は追撃をするために離された距離をまた詰める。
しかし、ドナトが体勢を直してしまうほうが早かった。
やりづらい⋯⋯
「はぁはぁ⋯⋯ふぅ⋯⋯」
「降参はしてくれないかな?」
私もしつこい奴だな。我ながらそう思う。
「できないと言っているだろう!」
「⋯⋯?」
ドナトは不思議な構えをした。いや、構えが不思議というわけではない。確か⋯⋯八相の構えとか言うやつだ。
ただ、動作がおかしい。妙にカクカクしている。ロボットの様に。ロボットというよりコマの少ない映画やアニメと言うべきか。
な!
気付いたら目の前に剣があった。
体を思いっきりひねる。躱しきれない。浅くではあるが、頬を斬られた。
ひねった勢いを使ってドナトを蹴り飛ばす。堅い。防がれた。
「なんだよそれ?」
速い。ありえないくらい速かった。
モーションが一切見えない。気付けばもう斬られそうになっていた。
冗談じゃないぞ。
「避けたか⋯⋯流石だな。いや、俺が未熟なだけか」
ドナトは今度は剣を水平に構えた。突きのための構えだろう。そして、先程と同じようにカクカクとしている。
「これは父に教わった剣技でな。むしろ、父が俺に教えてくれたのはこれぐらいだが。はぁ⋯⋯今まで、避けた奴は母と妹ぐらいだったよ」
レナリーはあれを避けられたのか。
⋯⋯不思議ではないか。獣人の五感は人よりも優れている上に、レナリーは獣人の中でも希少な銀狼族の血を引いている。私では捉えられなくても彼女にはできるだろう。
それにこの剣技の絡繰りは何となく理解している。
多分、ドナトの剣技は構えの無い剣の一種だ⋯⋯と思う。人は初動を見て相手の動きの次を予想する。そのため、自然体から繰り出される一撃は極めて避けづらい。ドナトの剣技は初動を悟らせない剣を突き詰めたものなのだろう。まぁ、完成していないのが幸いかな。完成した剣は多分構えは必要ない⋯⋯はずだ。確証は無いのでどうとも言えないが。
ただ、分かっても、防ぎようがない。
これ以上は本気で命のやり取りになる。
「ちっ。とっとと降参しろ! マサキならしばらく来れない。だから!」
「何度も言わせるな!」
相変わらず目の前に来るまで反応できない。
ドナトはもう私の首を狙ってきている。
完全にもう覚悟を決めている。私とは違って。私はこんなときでもできれば殺さないようにしている。全く。とんだお人好しになったものだよ。このままだと、殺されるというのに。だけど⋯⋯
それがどうした。
あまり多くの時間を共有したわけではない。だから、おかしなことを言っているのかもしれないが、私はレナリーと過ごした数日は嘘ではないと思っている。それに、私はマグノリアのことを結構信頼している。それだけでなく、皆もいるしね。
ほら来た。
<条件を満たしました。君主の魔眼を発動します>
瞬間、世界は広がった。
視界は夜にも関わらず、色鮮やかになり、音は虫の息まで聞こえてきそうだ。風が運ぶ匂いもよく分かる。
これは多分レナリーの見ている世界だ。
確信はない。しかし、『君主の魔眼』の効果で起こったということは間違いはないだろう。
レナリーのアビリティ、『超感覚』を共有したのだろう。
私はマサキとの戦闘時にマグノリアのアビリティである『不死性』を手に入れた。別にマグノリアから『不死性』が消えたわけではないので、私は共有すると呼んでいるが。
条件は分からない。ただ、私は信頼とかそういうのだと勝手に思っている。
つまり、今、レナリーの方は解決したということだ。さて、後はこっちだな。
「レナリーがこっちに向かっている。レナリーは私たちと一緒に来るみたいだ。お前もどうだ?」
「くどい! そんな嘘をつくな!」
強化された聴覚で足音を聞いている。レナリーを含んだ皆だ。
そして、他にもレナリーとドナトを監視するものの正体も分かった。
ドナトは今も剣をこちらに向けている。
まぁ、今の敵対関係はレナリーがこちらに来れば終わる。なので、少し、おとなしくしてもらう。
「嘘じゃないさ。ドナト、お前はしばらく私に守られていろ」
私は仮面を外した。
反応は劇的だ。目を合わせた瞬間にドナトの動きが止まる。
このことは聞いていなかったのかな? 多分、『破龍の剣』と連絡を取れる魔術器かアビリティなどを持っていると思っていたのだけど。もしかしたら、レナリーとは連絡が取れないようになっていたのかもしれない。
「もうあんまり動けないんだろう。その剣技、どうもかなり負担がかかるみたいだしね」
これは最初のほうに気付いたこと。
明らかに段々と攻撃の精度が落ちて行っていた。避けにくいのに変わりはなかったけど。
おっと、来たみたいだね。
「お待たせしました」
マグノリアがぺこりと頭を下げる。どことなくどや顔になっている気がする。
「兄さん、私はご主人様を信じようかと思います」
レナリーたちが来たときにドナトは力が抜けたのか座り込んでしまっていた。
そんなドナトに対してレナリーは淡々と話した。
「今まで枷になってしまって本当にごめんなさい。勝手だとは思ってる。でも⋯⋯その⋯⋯」
淡々とした口調から段々と感情がこもっていき、最後のほうは言い淀み始めた。
そんなレナリーの様子を見て、ドナトは目を瞑り、息を深く吸ってゆっくり吐いた。
「⋯⋯レナが決めたなら⋯⋯構わない。けど、『破龍の剣』にずっと追われることになるぞ。あいつらの執着は異常だ」
「覚悟の上だよ。兄さんが私の扱いが悪くならないようにがんばっていてくれたのは分かっていた。でも⋯⋯もう縛りつけたくないし、皆を騙すのも苦しい。それに、皆と暮らすのは数日とはいえ楽しかった」
兄妹は静かにそして苛烈に話始めた。私の想像通りなら話すことすらできていなかったのだろう。どれほどの期間だったかは分からない。例えその時間が短いものだったとしても話したいことはたくさんあったはずだ。今は兄妹で十分話せばいい。
私はその場から離れた。
さて、後始末をしておこう。
「レナリーが信じてくれると言うのだから、それぐらいの働きはさせてもらうよ」
戦闘中に気付いた。
そもそもどうやって監視しているのか分からなかった。どんな方法にしても難しいはずだ。
平時ならカレンもいるし、気づかれる。だけど、今ならドナトもレナリーも違和感なく監視できる。
もし、レナリーが裏切っているのだとして、どうして冒険者の試験を受けるのか分からなかった。うやむやにしやすいからかとも思ったが、それは違うだろう。なにせ、評価のために常に監視されているのだから。
しかし、一つの可能性に思い至った。
冒険者の試験を受けるを受けるよう指示されていたのではないかということだ。
ドナトとレナリーが『破龍の剣』に忠誠心なんて抱いていないの一目瞭然だ。私たちへの今回の行動は『破龍の剣』を裏切らないかの審査の意味もあったのだろう。
そして、それらを一括して監視するにはこの試験がうってつけだった。なにせ、監視すると明言しているから。
『超感覚』を共有したとき、今まで分からなかった監視の正体を補足できた。
虫だ。多分術式が書かれた虫がこの試験の監視の正体だ。
同時に違和感も覚えた。少し、いや、かなり密度が違った。評価のための監視ならもっと均等にならなくてはならないはずだ。
私たちの周りには監視が多すぎた。
そして、今確信を得られた。
「ここのギルドは『破龍の剣』とどのような関係が?」
「おや? 気付かれていましたか」
私が問いかけると、木の陰から、緑のローブの男、ハロート・クエンターが現れた。
こいつがこの場にいなければ、そして、明確な敵意を向けてこなければ私は確信するところまでいかなかっただろう。せいぜい疑うぐらいだ。
「ああ。誤解しないでください。冒険者ギルドウィズベルト支部は『破龍の剣』と関係ありませんよ。関係を持っているのは私個人のほうです」
あくどい顔してやがる。
「私を支部長にしてくれると言ってくれましたからねぇ。そのためならこの程度の協力はいくらでもしますよ。ふふふ。あと一歩です。あと一歩。邪魔な支部長はもう消えましたからねぇ」
「そんな上手くいくと思うのか?」
「少しの失敗はありましたが、問題なんてありません。あなたと彼らを始末して終わりです」
さて、こいつをお縄につかせて今回のことは終わりだ。
「いきますよ」
周りの虫の音が大きくなった。虫を使うアビリティかスキル、魔術だろうか?
大群が襲い掛かってくる。
だが、一瞬で燃え去った。
「!」
「なにっ!?」
誰だ? 『超感覚』で気付けなかった。
「ありがとうと言うべきでしょうね」
燃えるようなまっ赤な髪を腰まで伸ばした女性だ。きつい印象を与えてくる声音に反して顔立ちはおっとり系だ。手には槍を持っている。
「ようやく尻尾をつかませてくれたわ」
その人は恐ろしい速度でハロートに近づき両足を槍で貫いた。そして、首を掴んだ。
「投降しなさい」
少し駆け足になりすぎたでしょうか?