第十四話 あくまで想定外、しかし、前哨戦
一週間に一度は投稿すると言っておいて過ぎてしまった⋯⋯
雷はいまだに放たれている。
一つ安心することと、一つ厄介な事実が分かる。
安心することはエルギルがまだ生きていることだ。厄介な事実はケラウノスの雷霆を使っても仕留められない相手であることだ。もしかしたら、魔物の大群が相手なのかもしれないが、それだけなら放たれた雷は一つだけだったはずだ。
ケラウノスの雷霆は本来対軍兵器と呼んでもいいものだ。戦術級と言ってもいいだろう。ただただ一撃の威力が強く、その威力を以て敵を屠る。なので、ゴブリンとオークの大群ぐらいなら一瞬で終わる。
しかし、今何度も放たれている。その理由は当たってないからぐらいしか思いつかない。つまり相手はかなり速く早い個で間違いない。それも速度だけではない。少なくともエルギル一人は相手にできる強力な相手だ。
私は森を駆けた。全力でだ。
カレンとアマリア、クロウスより先行する形になるがやむをえない。彼女らならゴブリンとオークに遅れをとらないだろう。今は一刻も早く着くことを優先したい。
この速度で動くと身体がもたない。しかし、今はカレンに治療の魔術をかけてもらっている。この術式は自己治癒能力を大幅に引き上げ、継続的に身体を治すことができる。正直身体がとても痛い。当たり前だ。壊れた筋肉が治り、また壊れては治りを繰り返しているのだから。
ただ、今はこの痛みは気にならない。いや、気にしない。戦場で痛みを意識していては命取りだ。それが理由で、道場でそんな訓練も行った。あのときは戦場に行く予定はさらさら無いと不満しかなかったが今は大助かりだ。
エルギルの姿を見つけた。そして、その周りを飛び回る影も。
エルギルはケラウノスに雷を纏わせたままだ。一振りごとに光と轟音が放たれる。
エルギルの近くではレナリーが倒れていた。意識はあるみたいだが動けそうではない。エルギルはレナリーを庇いながら戦っているようだ。
⋯⋯って、まずい! 野郎、標的をレナリーに変えやがった。
本当なら、着いたらそのまま戦闘に移れるように速度を調節していたのだが、それをやめる。
自身の出せる最高速度で走る。
奴はレナリーに腕を振り下ろす寸前だ。
それでも、間に合う!
私はそのまま走りながら、その速度、そして、相手の腕を振り下ろす速度まで余すとこなく使い、投げ飛ばす。
痛っ!
腕が軋む。思ったよりも力強い。それでも投げ飛ばす。
相手が魔族ならできることがある。普通の魔物には何の意味も無い。しかし、種族となったならば⋯⋯
「『ステータス』『確認』」
名前:
種族:半豚鬼
性別:男性
年齢:4
称号:統率者 森の脅威 禁忌 魔族
能力値;筋力 SS
体力 B
速度 S
魔力 D
精密 C
アビリティ;縦横無尽 強力 調和の混血
スキル:統率Lv8
半豚鬼か⋯⋯
緑の体表と魔物の従え方を見る限り、ゴブリンとオークの子供か⋯⋯
こいつやマグノリア、レナリー、アマリア、クロウスなどの半は基本的にどちらかの形になるらしい。そこのオークやレナリーはとても分かりやすいだろう。
レナリーは銀狼の獣人。オークは緑だがそのままオークだ。
完全に半分ずつ血が混じっているのに表面には片方だけがでる。おかしな話だと思う。ただ、今はひたすら厄介だ。
オークは力の強い魔物だ。ただし、本来動きの遅い魔物だ。
こいつは速い。これが半ということだろう。自身の弱点を覆す。そして、多分こいつの親のゴブリンも相当だったに違いない。
ゴブリンは冒険者にとって初級の魔物だ。しかし、ゴブリンが弱いとは一概には言えない。群れれば脅威になるし、強い個も生まれやすい。
ある意味こいつはオークとゴブリンにとっての強い個だ。
警戒している。
急に投げられたのだから当然だろう。多分こいつは今まで自分よりも強い存在がいなかったのだろう。エルギルとの戦いも妙に慎重だったようだし。
雷霆を使っているエルギルにはそれほど余裕があるわけではない。倒そうと思えば倒すチャンスはあったし、最初からレナリーを標的にしていればもっと簡単に事は終わっていただろう。
こいつは信じられなかったんだ。自分が苦戦しているということが。だからぎりぎりまでエルギルを狙った。そして、自分が傷つくのを恐れて無理矢理に勝利をもぎ取る覚悟も無かった。そのおかげで間に合った。
「エルギル、まだ行けるか?」
「あと一発なら⋯⋯いや、二発なら」
「一発を必ず当てろ。隙は作る」
年上として恰好つけないとな。
エルギルも随分と無茶をしている。短期決戦が望ましいが⋯⋯
動いた!
やはり速い。跳び上がり、木から木へと移っていく。驚いたことに木が揺れない。ただ、速度はこっちが上だ。目で追える。
木を跳んでいくうちに速度が上がっていく。これは助走か。
かなりの速度に達したとき、とうとうこちらに攻撃を仕掛けてくる。体当たりだ。恐ろしい威力を秘めた。オークの見た目通りの重量に見合わないスピード。こいつ賢くなってやがる。レナリーを巻き込む軌道だ。避けるわけにはいかない。
私は右足を一歩斜めに踏み込んで、その足を軸にして回る。そのときに、相手の速度に合わせて触れ、相手の軌道を横に逸らす。
木がいくつか吹っ飛ぶ。
「う⋯⋯」
思わず声が漏れる。
私が思ったよりも重く、速かった。小さな誤差だったかもしれないが、それだけでも相当なダメージだ。右腕の骨が折れたか、ひびが入ったか。幸いカレンの術式がまだ効いている。すぐに治るだろう。
腕の痛みなんて今更だ。トオカキに書き込まれた術式である不可視の弾丸を放つ。
多少の傷はつくが決定打にはならない。しかし、確かにひるんでいる。やはり、痛みの経験が少ない。
本当なら遠距離から魔術で倒せるといいが、今使える魔術に強力なものがない。仕方がない。虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。私は距離を詰めることにした。
エルギルはちゃんとそのときを待っている。だから、私はエルギルが必ず当てられる状況に持って行かなくてはならない。そのためには多少の怪我ぐらい覚悟しよう。
近接戦は不利ではある。なにせ私は渾身の一撃でないと効果が無いのに対し、相手の攻撃は私に一撃でも当たれば決定打になる。私は全て躱さなくてはならない。
だからどうした。そんなものいつものことだ。むしろこいつの相手はマサキよりも楽だ。
何一つ技がない。フェイントも入れず、全てが全力で大振り。一時間でも一日だって躱し続けられる。私は焦らず隙を伺う。
腕に軽く手を当て、逸らしていく。苛立っていっているのが分かる。段々と雑になってきた。ただ力を込めればいいわけではない。逆に遅くなっている。
魔力を込めた爪で切り付ける。浅くしか傷つかないが効果は出ている。焦りが生まれていっている。
苛立ちと焦りを煽る行動をとり続け、そして⋯⋯
来た!
体重を思いっきり乗せた、体勢を大きく崩す一撃だ。
振り下ろされた腕を掴んで横に引く。そして、無視できないほどの隙を作りだす。
私は大きく後ろに跳ぶ。
「いまだ!」
轟音。見る暇も無く魔族は消え去った。
あっけないものだ。
⋯⋯話すことはできたのだろうか? 可能ではあったと思う。けど、話し合うのは無理だっただろう。あの目に有ったのは多分憎しみや、またはそれに近いものだ。
相変わらずこの世界は分からない。変な理屈が普通に通ってしまっている。私が別の世界の住人だったから気になるのだろうか?
何が条件で知性を得るのだろう? 魔族の称号だって気になる。
はぁ⋯⋯
今考えても仕方ないか。
「流石だね。エルギル。レナリーは大丈夫かい?」
「申し訳ありません。ご主人様」
レナリーの傷もすぐにどうこうなるようなものではなさそうだ。良かった⋯⋯
「カレンももうじき来るから安心して。えっと⋯⋯マグノリアは?」
「ここです。すいません。遅くなりすぎました」
どうも⋯⋯いや、やはりと言うべきか、マグノリアは分断されていたようだ。
大量のゴブリンとオークのところに突っ込んだら、囲まれたらしい。そして、エルギルとレナリーが動けないでいるうちに奴はエルギルに不意打ちを行ったらしい。それをレナリーがかばってああなっていたそうだ。結構危なかったみたいだ。
カレンたちももう近くに来ているようだ。この一件はもう解決かな。軽い気持ちで試験を受けたのに大変なことになってしまった。
今日はもう休んでしまおう。疲れたし、お腹も空いた。
あっ! そういえば魔族を倒したのに塵になってしまった。
また減点か⋯⋯
まだ夕暮れには早い時間。だけど、少し暗くなってきた気がする。