幕間 歴史の胎動~とある兄妹の邂逅~
読んでいただきありがとうございます。
前話で一章は終了です。
今回は番外編のようなものです。本編と関わりは多少ありますが、読み飛ばしていただいても問題ない⋯⋯と思います。
「う~。寒いね。いな兄」
「冬だからな」
それは寒い夜だった。時間はよく買い物に行く人なら分かるだろう。肉が半額になる時間だ。
「今日何を作ろうか?」
「鍋にするか?」
「ん~。でも、今日はお母さんいないし、二人だけだからな~」
「別にいいだろ。すぐできるし」
俺の家族は母、兄、俺、妹だ。父親はいない。俺はあまりよく覚えてないが事故だったらしい。その内、母は出張。兄は大学生で一人暮らしだ。なので、今日家にいるのは俺と妹の二人だ。
母はできた人だ。会社の重役でありながら俺たちの面倒を見てきた。だけど、どうしても出張などで、家に帰れないことはあった。そのときのために家事は一通りできる。
「うさ兄ちゃんとご飯たべてるかな~」
「確かに不安だ」
うさ兄とはもちろん兄のことだ。名前が玉兎なので、妹の華陽はうさ兄と呼んでいる。ちなみに俺は稲焔なので、いな兄だ。
兄の家事スキルは壊滅的だ。あれはできないと言うより呪われている。料理を作れば必ず失敗する。どれだけレシピに忠実でも(時間すら一秒の狂いもない)まずくなるか、爆発するかだ。正直現実で爆発するとは思ってもいなかった。洗濯機を回せばエラーを起こし、洗濯物を干せば風で飛ばされる。
家庭ではそんな兄だが尊敬できる人だ。誰かを守る。それを体現している人だ。俺はあんな人を目指している。
「うさ兄なら、上手いこと女の人を捕まえてるかもしれないけどね」
「否定できない」
兄はイケメンでもある。童顔。女子と間違われるような中性的な美貌。たれ目な顔と合わず、引き締まった貴公子のような雰囲気。しかし、話をしてみると気さく。もてないわけがない。だが⋯⋯
「兄とつきあえる人っているのか?」
「あ~。いないかもね」
兄は結構残念な性格をしている。ラノベ、マンガ、アニメが大好き。人は堕落のために努力するとは兄の言葉である。
「うさ兄って、女の子に夢を見ている所があるし、お眼鏡にかなう子もそういないだろうね」
華陽曰く兄はそうらしい。
兄は優しい子がタイプだそうだ。華陽から見るとそんな人いないと言えるほどの。
「兄のことだ、楽しくやってんだろう」
「ははは。確かに。うさ兄はマイペースだしね」
本当に。自分の思う通りに行動する自分勝手なところがあるのに、妙に人望があった。
華陽と会話しながら家に帰る途中、それは起こった。
最初に感じた違和感は光だ。強烈に何かが光ったように感じた。いや、それは正しくはない。なぜなら眩しいままだったからだ。
「いな兄⋯⋯どうなってるの?」
気付けば昼になっていた。それだけじゃない。周りは森だった。何が起こったのか分からない。
「いや⋯⋯分からな⋯⋯!」
華陽なのか⋯⋯? 髪色が変わっていた。黒から赤みのある金髪に。よく見ると、目の色も黒ではなく、緑になっていた。だが、確かに面影がある。
「どうしたの? え! いな兄?」
俺もなのか? いったい何が?
華陽と現状を確認した。
俺の容姿も変わっているらしい。特に髪と目の色だ。髪は茶色に。目は緑っぽい感じだそうだ。華陽は詳しくなんと言っていいか分からないとのことだ。
「う~ん。森だね」
「森だな」
最初は混乱したが、今は落ち着けている。華陽がいてくれてよかった。一人なら冷静になれなかった。だが、問題が無くなったわけではない。
「そもそもここはどこなんだ?」
分からない。こんな所は家とスーパーの間にどころか、俺の暮らしている町には無い。少なくとも、かなり遠くの場所だ。しかし、移動したなんて単純なことではないことは明白だ。夜が昼になり、容姿が変わるなんて普通じゃない。
「あ~。うさ兄がよく読んでた異世界転生かもよ」
「異世界か⋯⋯ありえなくはないな。転生ではなさそうだけどな」
むしろ異世界のほうが納得しやすい。
現状、異世界であろうとなかろうと、やばいのは変わらないが⋯⋯
「ん~。どうするいな兄? このままだと餓死しちゃうよ」
非常にまずい。買い物帰りだったおかげで水はあるが、食料は火が無いので食べられない。本当にやばい。
「そうなんだが⋯⋯動いたとしても動かなくても生存率は変わらない」
ここは森だが、俺と華陽が立っている場所は道になっている。つまり、人が通る可能性があるのだ。あくまで可能性だが。近くに人の住んでそうな所があればいいが⋯⋯
このとき、どの判断が必要だったか分からない。結果的には悩んだままで上手くいった。だから、待つが一番正しい判断だったのかもしれない。死ぬほど怖い目にあったがな⋯⋯
華陽とこれからどうすべきか話し合っていたときだ。それは現れた。
最初に木々がなぎ倒される音を聞いた。かなり近くで。そして姿を見せた。
それは巨大な熊だった。
「うわー。大きいね。なんていう種類の熊だろう?」
「流石に地球にいる大きさじゃないな。どうやら異世界で決まりのようだ」
人間圧倒的な危機のとき、案外冷静なものだ。
「ピンチだね」
「ピンチだな。逃げられるとも思えん」
万事休すか⋯⋯一周回って冷静な心境だが、どう考えてもいい手が浮かばない。
「やるだけやってみるかな」
気付けば、華陽は日本刀を構えていた。
「それ、どこから?」
どこから取り出したんだ? 意味が分からない。
「さあ?」
華陽も分かっていないようだ。異世界だ。そんなこともあるだろう。
少しの可能性が見えただけでも僥倖だ。華陽は剣道をやっているからな。俺は兄と華陽と違い、武道はやってないが、囮ぐらいにはなるだろう。
俺と華陽が覚悟を決めた。そのとき、熊は口を開け、そして、真っ二つになった。
「え?」
「は?」
今度こそ意味が分からん。現れたと思ったらすぐに倒れた。いったい何がどうなっているんだ!
困惑していたが、人がいるのに気が付いた。この人が熊を?
それは女性だった。それも美人な。その人は俺たちに気付いたようだ。
「む? お前たちは誰だ?」
これが、俺たち兄妹と、エルロイ王国第一王女、アリシア・エルロイの出会いだった。