第一話 プロローグ
私の名前は久野玉兎。性別は男性。年は十九歳。家族構成は母、私、弟、妹。今は大学に通っている。それなりに名前を聞く地方の大学だ。普通の人生だと思う。ここまでは。そう。普通に大学生であったはずなのだ⋯⋯
母はよくできた人だったと思う。身内贔屓もあるかもしれない。しかし、客観的に見てもそう言えるはずだ。
父は妹が生まれてから一年ほどして亡くなった。交通事故らしい。らしいというのは当時六歳の私には理解できなかったからだ。ただいなくなってしまったことを悲しんでいた。しかし、誰よりも大変だったのは母だっただろう。まあ、それが本当の意味で分かったのは一人暮らしを始めてからだったが⋯⋯
母は、そう、よくできた人だった。お金の問題はなかった。なぜなら母は大手企業の幹部だったからだ。それだけでなく、不謹慎な話だが保険で相当な額がもらえたらしい。だから、なによりの問題だったのは時間だった。しかし、母は三人の幼い子供を育てる時間を忙しいなかで、しっかりと作っていた。今にして思えばかなり無理をしていたのではないかと思う。あの頃の自分が少し憎らしい。いや、今はその話はいいだろう。ともかく、そんなできた母の背中を見ながら育った私は、いや、私たちは順当に育った。弟は父に似て(母談)なかなかワイルドな顔立ちの正義感の強い人に育ち。妹は母に似て多才な美人さんだ。おまけに弟と妹は家事もプロ並みだ。私はお世辞にも上手いとは言えないので素晴らしい限りである!
これで、私の家族がいかに優れた人物であるかが分かっただろう。いや、分からないはずがない! 母の素晴らしさはともかく、思えば弟と妹は幼い頃から⋯⋯ と、いけないいけない。少し話が長くなってしまった。これから私の身に起こった不思議な話をしよう。
冬のとても寒い日の夜。確か⋯⋯雪が降っていたはずである。一人暮らしをしている人なら分かるだろう。スーパーのお惣菜が半額になる時間だ。私は⋯⋯そう。考え事をしながら帰路についていた。
母はなんでもできる人ではあったが、もちろん苦手なこともあった。電子機器だ。特にスマートフォンが大の苦手であった。しかし、有用性も認めており、会社でも用いるため使えはした。とは言え苦手なものは苦手なので、家族からのメールの返信は気を抜くためか妙な文体になってしまうことが多々(というよりほとんど)あった。なので私たちは暗黙の了解としてあまり母にメールを送らない。実家に居る弟と妹はいいが。一人暮らしの私は母に連絡しなくてはいけないことがよくある。なので、紆余曲折の末、私は毎月必ず一枚以上は手紙を書くことになった。まったく、母は随分と心配性である。
まあ、つまり、私の考え事とは母への手紙の内容である。そのせいだろうか? 私は変化の前兆を見逃してしまった。いや、前兆なんてものは無かったのかもしれない。
最初に感じた異変は光である。そう、急に眩しくなったのである。何かが光ったと、そう思った。しかしそれは間違いだった。強いて言うなら光り続けているが正しかった。何が? 太陽がである。つまり、昼になっていた。一瞬で。さっきまでは確かに夜だったのにである。
昼になった。最初に認識したのはそれだったが、段々と状況が呑み込めてきた。踏みしめていた地面はアスファルトではなく土に変わっており、一年慣れ親しんだ街並みは木々に変わっていた。つまり、その、なんだ。そういうことである。
拝啓お母さん、どうやら私は異世界に来てしまったようです。