3.夏の少し前
昼休み屋上。
「せっつん助けて!」
「嫌だ、断る」
「聞いてもいないのに!?」
「どうせ、成績がやばいと妹との楽しい楽しい夏が過ごせないって言いたいんだろ」
「そうです勉強教えてください!」
六月下旬、期末テストまであと1週間が切ったところで忍にテストを助けてくれと懇願される。
「お前が普段から復習しないのが悪い」
「勉強と同時に色々とこなせるせっつんがおかしいんだよ!」
「なら、おかしい人間に教わることは何一つないだろ?」
「うわあああああああ、せっつんが虐めるぅぅぅぅ!」
テスト一週間前になって勉強を詰め込もうとするのがこの男。
勉強は日々の積み重ねが物を言うと言うのに、一夜図け状態で一気に学ぼうとするのが間違っている。
そもそも一日で学んだことの2割程度しか人間は一度に覚えられないのだから復習は必須だ。それに伴い次回以降の流れを確認すると言う意味でも予習もしたほうがいい。
「く、完璧超人め」
「できないことの方が多いぞ俺は」
「嘘だッ!」
威嚇するように言うセリフじゃないからそれ。
「ったく、今度甘いもの奢れよ?」
「ありがとう、せっつん」
○○○
「華がない!」
「口より手を動かせ」
「だって、だってだぞ。こんな男二人で勉強とか誰得だよ、ベーコンレタス好きな女子以外特がねえよ!」
勉強始めて早1時間。
すでに忍は音をあげていた。
「今女に会えないのと、夏休み妹に会えないのどちらがいい」
「今で!」
「なら勉強しろ」
「へーい。ここ、どうやってと解くの」
「そこはだな…」
……黙々とシャーペンが紙の上を走る音と、紙を捲る音。そして時計の独特の一秒一秒を刻む音が妙に大きく聞こえる。
そろそろこいつも限界か。
「休憩にしよう」
「うっし!」
「飲み物用意してやる何がいい?」
「コーラ」
「はいよ」
そう言って部屋を出て一階のリビングへ---向かう前に一つ釘を刺しておく。
「人の部屋をあさるなよ」
「う、うっす」
今度こそ移動をする。
コーラの他に何か茶菓子用意するか。
確か、凪ちゃんが昨日焼いてくれたクッキーが……。
「あれ、雪菜君誰か来ているの?」
部屋着のジャージ姿の椎名さんが後ろで眺めるようにこちらを見ていた。
「中学校の時からの友達に勉強教えるのにちょっと」
「ここで赤点取ると夏休みほとんど遊べないもんね~」
「毎度あのバカの面倒見るの疲れてきました」
「そこは人徳ってことで大人しく最低限教えておけばいいの。それで赤点取ったら自業自得と笑ってあげればいいんだから」
「そうですね」
…何故だろう詩音さんのブラックな面が一瞬現れた気が。
「こんな時もう一人優秀な講師が居たら便利なんですけどね」
「え、それじゃ私が見てあげようか?」
「…良いんですか?」
「そう言う意味で言ったんじゃないの?」
疑問形に疑問形で返すことに失礼を感じながらもそう返すと、驚くことに了の文字が出た。
本当にいいのでしたらお願いしますと頼むと彼女は着替えたら雪菜君の部屋行くね、と答え足早に去っていった。
アイツも華がないと言っていたのだからこれでやる気を出すだろう。多分。
でもアレ、ロリコンに姉属性ぶつけたらどうなるんだ?
何だかんだで部屋に詩音さんが登場すると凪ちゃんの時のように挙動不審に会話を始め、それなりに会話が進み始めたら俺の黒歴史を吐こうとし始めたのでアイアンクローをかまし、黙らせた。
○○
「よっしゃあ、赤点回避!」
「そりゃよかったな」
職員室前の廊下には今回の期末テストの順位が学年別に貼り付けられており、一位から終わりまで書かれている。これは毎度毎度、書道部顧問の先生と古文の先生が手書きで書いている物であり、50位以下はちょっと字が雑になる。
名前と順位、そして点数が書かれその下に赤点があるものは赤で点数が書かれている。
「安定だなせっつんは」
そう言って忍が見るのは一番右側、一位の所だ。
「それくらいしかやることもないからな」
部活にも委員会にも入っていないつまりそれはどういうことか。
自由な時間が多い。
つまり、勉強する時間が多くできるのだ。
「城山雪菜!」
「…またか」
「またとは何よ、またとは」
そう言って現れたのは、お嬢様、金髪、美乳、ツインテール、ツンデレ、ニーソックス等のギャルゲーヒロインの多くの要素を兼ね備える風紀委員会副会長の四条星加。
新入生代表挨拶を熟すも、一年度最初のテストで俺に敗北。
その後やたらと敵視してくる奴であり、基本ボッチで何処か典型的なキャラ。
忍的には「貧乳属性があったら惚れてた」とのこと。
今回のテストは2位の人である。
「ケアレスミスさえしなければ勝ってたんだからね!次こそ勝つわよ!」
「お、おう」
「何よ、そのやる気のない返事は。ふんっ!」
一方的に言ってきて一方的に去っていく。それがアイツのスタイル。
此処1年はずっとこのスタイルを貫いている孤高の少女で、そんな彼女に踏まれたいと願う変態どもで組織されたファンクラブ通称「3SF(四条星加様に踏まれたい)」があるとかないとか。
○○
20:30
とある屋敷のすぐ近くの公園に俺は呼び出しをされていた。
当然のことながら忍ではない。
「ねぇ、雪菜私頑張ったよ」
「お疲れ様」
「頭、撫でてよ」
「はいよ」
突然後ろから抱きつかれるのは今に始まった事ではなく5年近く前から繰り返された2人だけのテストのお疲れ様会。
頭を撫でてくれと差し出された頭はいつも学校で見かけるツインテールは無く金色の真っ直ぐな綺麗な髪。
「雪菜」
「何、星加」
「また負けちゃったね」
「兄が妹に負けることは無いんだよ」
返事をしながら頭を撫で続ける。
「やっぱ叶わないな雪菜には」
「お前に負けてる部分の方が多いけどな」
俺とよく似たつり気味の目はどこか優しそうに見える。
「友達の数も学力も負けてるのに?」
「星加の維持の強さにはいつも負けてるよ」
「…私が意地っ張りだっていいたいの?」
「言いたいんじゃなくてそう言ってるんだよ」
「ばーか、雪菜のバーカ」
「お前より学力高いのにか?」
「雪菜の山と私の山がちょっと違っただけよ」
いつも確認してるじゃない。
と言いつつ、星加はメールのメッセージを見せる。
俺が、テスト前日にだいたいここが出るだろうと予想したものであり、それの返答の彼女の予想は一ページ違っていた。
「そんなんじゃ、いつまでたっても俺には勝てんぞ」
「いいよ別に。こうやって慰めてもらえるから」
「ただ頭撫でてるだけだけどな」
「それが私の癒しだからいいのよ」
そう言って星加はいつもと変わらない1時間経過した21:30分に屋敷へと帰っていった。
「またね、雪菜」
「またな、星加」
旧姓 四条雪菜と四条星加は同じ日、同じときに生まれた所謂双子である。
両親の離婚で滅多に会えなくなったけれども時々顔を会せる、その程度の兄弟関係。
今となっては兄妹としてくれしたのは今まで生きてきた内の半分以下。
これからもその割合は低くなるが、どうにもこの反省会はまだまだ続きそうだった。