謎の少年
「またやってきます。それでは……」
飛鳥は寺院を静かに後にした。
夕日に照らされ綺麗になった墓石は飛鳥の背中を、
おもむろに誇らしげに見守っているように思えた。
飛鳥は一息付くため、街を一望できる休憩所のベンチへと腰をかけた。
勢いよくペットボトルの水をあおった。
「ふぅ~。こんな一日も悪くない。この後は数学の宿題をやってと……。
廻る特務警察でも見て。二十三時には就寝かな。明日も先生の所で朝から稽古だ」
雄大な夕明けに開けた景色が一望できる素晴らしいスポット。
飛鳥以外いない隠れた名所。
彼のお気に入り。
こうして、独り思い耽るのは彼にとって大事な時間。
一時間ほど、何も考えず頭を空っぽにして気分をリセットした。
「さて、そろそろ帰宅しようか。……!」
「おや。随分とお疲れのようだね。剣持飛鳥君?」
飛鳥が身体を伸ばしていると後方から声をかけられた。
いくらリラックス状態とはいえ、飛鳥が気配に気づかず、
ここまで見ず知らずの“人間”の接近を許したことがない。
彼は立ち上がり後ろを振り返った。
「……。僕に何かご用でしょうか?」
「ハハ。そんなに身構えないでくれよ。キミこそ、人類の救世主でありながら、
こんなところで道草を?」
いつしか、日は落ちていた。夜空には煌びやかな星々が映し出されている。
この日は満月。
月光が二人を照らしている。
「と、特に用があってここに……。僕はそんな立派な存在ではないですよ!」
「おやおや、警戒は無理もないね。これは失敬。礼節にかいていたよ、飛鳥。
僕の名前は御子柴湊。ついこないだこの街へと引っ越して来たんだ。
こうして、周辺を散策しているんだ。今日はたまたま、キミと出会えた。
とっても嬉しいよ!」
湊と名乗る者は無礼を詫びて、飛鳥へと一歩接近した。
二人の目線が合った。
白銀の髪にシュッとした面立ち。
飛鳥に負けず劣らずの美少年顔? 中世的な顔立ちだった。
美少女でも通用する程に透きとおった肌で瞳の紫色がとても印象的。
「だから、友達になって欲しい。飛鳥よろしく」
「えっ。は、はい……!」
微笑し湊は飛鳥に手を差し出した。
飛鳥も彼からの友好的な申し出に驚きつつも、笑顔で応じた。
出会って数分の間に彼らは固い握手を交わした。
「ありがとう飛鳥。そう重く考えることもないさ。キミはやり遂げたんだ。
きっと、彼らも天国から応援しているよ。だけど、これからもキミの戦いは続くだろう。
また、会える日を楽しみにしているよ」
「ちょ、ちょっと! 急に何だよ御子柴君。意味ありげなこと言い残して……」
ふと、飛鳥が通っていた寺院へと目をやった湊。
感情が読み取れない。
飛鳥に意味深な言葉を残して風のように去って行った。
飛鳥は無意識に湊の妖艶な瞳へ吸い込まれてしまいになっていた。
飛鳥は両手で頬を叩き己を律し正気に戻った。
「また会えるか……。【御子柴湊】覚えておこう」
そそくさと夜道の坂を下り彼は帰路に着いた。
「ただいま~」
『おかえり飛鳥』
自宅は明かりが照らされていた。彼が玄関を跨ぐと「おかえり」と返答があった。
多様性の世の中で、両親が共働きで家族全員が揃って食卓を囲むのは現代では珍しいかも知れない。
飛鳥にとっては、数十年振りの穏やかな家族との時間が戻った。
「先にご飯を食べるかい? それともお風呂にするかね?」
「今日は先にお風呂入ってくるよ!」
制服を脱ぎシワが付かないように丁寧にハンガーへかけて、飛鳥は風呂場へと向かった。
その間、飛鳥の父、十三博士は料理を温め直した。
「お、今日は飛鳥の好物であるハンバーグなのね? あなた♡」
「そうだよ、渚。今日はスーパーのスパルアニアで牛肉と豚肉が特売だったのさ。
だから、合挽きのハンバーグを作ってみたのさ。どうかな?」
地球――日本に平和が訪れたことによって、
NETEROでの勤務は一般的な公務員のような形態へと落ち着いた。
これまで十三は研究者として、人類を防衛するNETEROでの副指令として
職務を全うするあまり息子の飛鳥と向き合う時間がほとんど取れなかった。
父子家庭で子供を孤独にさせていた。
本来であれば、十三は飛鳥から恨まても仕方がない。
それでも、飛鳥は父を恨む訳でもなく尊敬し敬っていた。
飛鳥はいつしか父の悲しみや虚無感を労われる心が優しい青年へと成長していた。
「美味しそうよ~。食べられないのが悔しいわぁ」
「君が戻ってから、私の家事や料理の腕は格段に上がった。その……ありがとう渚」
料理をしながらも、少し照れくさそうに十三は渚へと感謝の言葉を口にしていた。
十三は絶望の中、神にもすがるように研究に没頭し、
飛鳥と紅蓮丸を繋ぐエンゲージリンクシステムの生体コアである渚を現世へと呼び戻した。
先の戦いでも愛息、飛鳥を献身に支え最後は紅蓮丸と共に地球の破滅を防いだ立役者。
そんな、剣持家は止まっていた数十年の歯車が動き出し、家族の時間を取り戻せていた。
「ふぅ~。いい湯加減でした。風呂は命の洗濯☆ って、ヤツだね。……」
干渉に浸りつつも夫婦の時間に没頭し、十三は飛鳥に気付かずにいる。
飛鳥はパジャマ姿にバスタオルで髪を乾かしながら、茶々を入れた。
「僕はお邪魔でしたかな?」
「お、飛鳥。上がっていたのか。何を馬鹿な事を! 食事にするよ」
息子のシニカルな笑みを余所に、十三は料理を食卓へ運んだ。
「飛鳥。今日はあなたが好きなハンバーグよ。
母直伝の合挽きハンバーグよ。コピー忍者の如く、お父さんに技を盗んでもらったわ♡」
レシピを忠実に再現していた。
分量や焼き方は完璧に仕上がっていた。
ただ、一つ今までと決定的に違う要素があった。
それは物理的な要素は排除された母親の愛情だった。
「美味しいッ! 小さい頃、母さんに作ってもらったハンバーグと一緒だよ。父さん!」
「大袈裟だなー、飛鳥は。まぁ、私一人の力ではない。今後も渚の力を借りて、料理の腕を上げていくさ。世界は平和になったことだし、男性も家事や料理をやらないとな飛鳥?」
未来の世界でも男性の家事や料理はまだ浸透していないようだ。色々と耳が痛い。
たださ、独身の男はよ家事や料理はやる。いや、やらざる得ない。
それでもゴミ屋敷はNO。いつの時代も清潔感は欠かせない。
「そうだね、父さん。文武両道を極めつつ、星を取れるようなシェフを目指そうかな」
飛鳥は右手でOKマークを作りやや独特な三つ星を示し両親の笑いを誘った。
その後も一家団欒の時を過ごし時計の針は二十二時を回っていた。
「お、もうこんな時間だ。明日も先生の所で朝練だ。
今日はもう寝るよ。二人ともおやすみなさい」
『おやすみ、飛鳥……』
自室に戻る足取りで歯を磨き終え、ベッドへと倒れ込んだ。
右手を後頭部に当て、左手は顔に翳してロボットアニメの王道な迷える主人公スタイル。
飛鳥は眠気眼で幻影のような映し出された湊を思い出しつつ、夢の中へと落ちて行った。
睡眠は深く一度も起きることがなく、飛鳥は朝日を迎えた。
軽食を済ませて軽い足取りで自宅を出た。
「おはようございます、先生ッ!」
「おはようさん、飛鳥ハン」
朝から元気な飛鳥を神代大文字は快く受け入れた。
彼が目まぐるしく日々、成長していくことが嬉しく思っていた。
彼女にとっても、飛鳥の剣技は目を張る物がある。
ただし、今日の飛鳥の一太刀には切れがない。
普段ならば藁や竹を愛刀・紅蓮刀で切断した際、対象物は綺麗に真っ二つになっていた。
しかし、今日は切断後、断面にわずかに凹凸があった。
一瞬だけ余分な力が加わったことによって、切れ味が落ちたことを意味する。
脱力。
無駄な力は剣技において、マイナスに働く。
円運動によって、対象物を断裂させる。
神代大文字は気づいていたが、飛鳥も刃で斬り裂いた瞬間、違和感を覚えていた。




