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たばこ屋

たばこ屋


(登場人物)

おばあちゃん

おじいちゃん

(たか)(ゆき)

高岡

あずさ

サラリーマン

若林

青年


宅配人

組合員A



駅前の2階の遊歩道でたばこ屋がやっている。

たばこ屋のシャッターは閉まっており、両隣の店も閉まっている。

遊歩道を跨いだ向かいの手すりには小さな棚の上に灰皿、小さなキャンプ用のイスがポツンと置かれている。


遊歩道に向かう途中の連絡橋の上で組合員の人たちが「消費税十%増税」への撤回演説を行っている声がする。


連絡橋の方から二人来る。


高岡     取引先はこの先だな。

あずさ    はい。

高岡     しかし9月になってもまだまだ暑いな。

あずさ    はい、早く涼しい季節になってもらいたいものです。あ、先輩。歩きタバコ。ダメなんですよ。

高岡     ここはいいんだよ。

あずさ    はい?

高岡     ほら。

あずさ    張り紙? 『愛煙者様。こちらの灰皿を御利用下さいませ。「ポイ捨て0」にご協力お願いいたします。』


高岡は上着を手すりにかけ、タバコを一服した。


あずさ    へぇ、いまどき珍しいですね。駅前にこんな親切に用意されているなんて。

高岡     向えのたばこ屋の営業策略だよ。

あすさ    ……あぁ、なるほど。目敏く見つけちゃって、それにさっきまで全然歩いてたじゃないですか……。

高岡     ん? なんか言ったか?

あずさ    いえ、別に。にしても今回の契約上手くいきますかね。作家さんとの契約なんて行ったことないですし……。

高岡     初めての試みだからな、だが決して相手にとっても悪い条件じゃないんだ。相手だって宣伝範囲が広がるのは決して悪いことではないし、小旅行をもっとポピュラーなものにする為にはいいコラボだ。自信をもって契約取りに行くぞ。

あずさ    はい。私たちの契約している旅館は実績共に評判の良いものばかりですものね。頑張っていきましょう。


連絡橋から「2014年4月、消費税が5%から8%になり、政府は『景気は大幅に改善された』と発表しましたが、私たちの暮らしをとりまく社会状況はますます苦しくなっていくばかりです。」と演説の声が聞こえる。


高岡     確かに消費税増税はうちの会社にも痛手だが、だからこそ安い賃金で羽を伸ばせる機会ってのが必要になるんだ。小旅行をもっとポピュラーなものにする為にもこの契約はしっかり取るぞ。

あずさ    はい。

高岡     よし、行くか。

あずさ    あ、先輩、また上着忘れてますよ。それにブレスケアちゃんとしてくださいよね。


二人去る。

向かいのたばこ屋のシャッターが開きおばあさんが出てくる。シャッターが開いた先には『カウンセリングします。無料。』の張り紙。おばあさんが開店の準備をしている間に中から大学生くらいの男が出てきて道路中央の花に水をやり、向かいの灰皿を変えている。


貴幸     なんでポツンと灰皿一つおきっぱなの? なんかあるじゃん。いかにもそういうの、っていうのがさ。これ、水洗いするの?

おばあちゃん あぁ、そうだよ。

貴幸     えぇー……。


宅配人来る


宅配人    すみません、こちらお受け取り印鑑おねがいします。

おばあちゃん 貴幸ぃー。ハンコー。

貴幸     どこだよばあちゃん。

おばあちゃん おじいちゃんに聞きなー。

貴幸     はいよ。……はい。

宅配人    ありがとうございます。


宅配人去る。 結構なダンボールの数。


貴幸     意外と多いな。

おばあちゃん 今が仕入れ時なんだよ。

貴幸     増税前ねぇ……。ねぇ、ばあちゃん。たばこ屋って儲かんの?

おばあちゃん まぁ、そんなにだね。

貴幸     そりゃそうだよな。今時タバコなんてコンビニで済ますし。


組合員A来る。演説が終わったようだ


組合員A   すみません、セブンスターマイルド3カートン下さい。

おばあちゃん はい、13800円だよ。

貴幸     儲かんじゃん。

組合員A   見ない顔の兄ちゃんがいるな。兄ちゃん、たばこ屋は儲かるぞ、俺なんかはずっとこの店で買ってる常連だからな。

貴幸     へぇ、そうなんですか。

組合員A   それにな、タバコ屋は既得権があるからこのあたりのコンビニじゃタバコは販売できねえんだよ。

貴幸     あぁ、そう言えば、そこのコンビニでタバコって売ってないわ。

おばあちゃん はい、ありがとね。

組合員A   おばちゃんお孫さんかい?

おばあちゃん あぁ、そうだよ。

組合員A   いいな兄ちゃん。将来は安泰だな。

貴幸     そうかもしれませんね。

組合員A   じゃ、ありがとよ。

貴幸     ありがとうございました。


組合員A去る。 


貴幸     っていってもなぁ、今時タバコなんてナンセンスだって言われるし、規制もドンドン厳しくなるし全然安泰なんかじゃねぇよ。

おばあちゃん 確かにそうかもしれないねぇ。

貴幸     それに、何というか、まずこの雰囲気、何とかなんないの? こんな皿とか飾っちゃって、じいちゃんの趣味丸出しじゃんか。いかにも常連の客の店って感じだし、これじゃぁ若い子達頼みにくいよ。タバコも何あるか分かりにくいし、若い人の需要って大事だよ。ライターはあるけど……ブレスケアとかも置いたら?

おばあちゃん ブレスケア?

貴幸     口臭対策に取るエチケットだよ。

おばあちゃん あぁ、はいはい、いらないんだよそんなの。貴幸。表掃いてくれ。

貴幸     はいはい。まぁ、毎日ぼーっとしながらでも食っていけるんだからいい商売っちゃいい商売か。

おばあちゃん ただ楽な商売だなんて思われたくないよ。

貴幸     つってもおばあちゃん。毎日お客さん来るまでずっとテレビ見っぱなしじゃないか。いい気なもんだ。

おじいちゃん だったら貴幸、すぐにでもこの店継げばいいんだ。

貴幸    じいちゃん。ぎっくり腰なんだから出てくんなよ。悪化したらどうすんの? 困るの俺なんだからな。

おじいちゃん なぁにそんな無理はせんさ。

おばあちゃん いいから爺さん奥に引っ込んどきな。

おじいちゃん わかぼうが来た時にわしがいなければ寂しがるだろうに。


おじいちゃん店内の見えるところの席に座って新聞を読む。


貴幸    ……ったく、こんなんでもやっていけるってんだから少しは希望も持てるってもんか。

おばあちゃん 貴幸。あんたはいったいどんなお仕事に就きたいと思ってるんだい?

貴幸     まぁ、とりあえず、メーカー。中流企業とかでもいいから、この時期になったら大手もほとんど終わってるし、とりあえず内定とらないと……。

おばあちゃん あんたも大変なんだね。

貴幸     そうだぜ、俺だって安くないよ。


女がやってくる。


女      ピアニッシモ、グラシア。

おばあちゃん はい、450円。


女、向かいの喫煙所でタバコを吸う。


貴幸     意外と儲かってるんだな。そうだな、どこも内定決まらなかったら俺この店ついでもいいよ。

おじいちゃん 貴幸、お前には無理だ。うちのタバコ屋をやりたかったらカウンセリングが出来なきゃな。

貴幸     カウンセリング? カウンセリング……ってこれか。え!? これホントにやってんの? ずいぶん前から張ってるけど。

おばあちゃん 昔も今も、申し出られたら、わたしゃ相談に乗ってるよ。

貴幸     相談ったって、こんな一タバコ屋のばあさんに誰が相談するんだよ。例の若森さんって人だけでしょ。それで来てるのって。

おばあちゃん そのおかげで若ちゃんと知り合えたんならそれでいいじゃないか。

貴幸     若ちゃんねぇ。

おばあちゃん はい、貴幸、次は番台教えるから、じいさんちょっと奥詰めて。


貴幸、店の中へ。


サラリーマン電話しながら登場。


サラリーマン はい、その件に関してはですね、まだ、明確なお返事が出来ないんですよ。ですが増税前の駆け込み需要の割合は8%の時にも5%増量でしたので、はい、はい、そうですか、ではまた、よろしくお願いします。


サラリーマンその場に座り込み一服。


サラリーマン 失礼いたします。株式会社ホーリンスの坂田でございます。この度は依然お話しさして頂いた寝屋川ホールについての資料を送らさして頂いたのですが、無事お手元にお届きでしょうか?

貴幸     ばあちゃん、種類大杉。なんか表みたいのないの? 早見表みたいなの。

おばあちゃん そんなの全部覚えてるからないよ。

貴幸     もう、ビギナーにやさしくないな。


サラリーマン、電話をしきりに繰り返しては、一服しながらiPhoneを頻りに操作している。


貴幸     全部書くしかないか。


男来る。


男      あの……たばこ……下さい。

貴幸     はい。

男      ……。

貴幸     あの……どんなタバコですか?

男      白い……

貴幸     白い……。キャスターですか、それともセブンスター?

男      あ、これです。

貴幸     あぁ、キャビンの1㎜ですか。

おじいちゃん おぉ、わかぼう! 

貴幸     わかぼう!?

おばあちゃん わかちゃん、今日はずいぶんと早いねぇ。

若森     うん、大分早く目覚めたから。……それよりも聞いてよ。雇ってもらえることになったんだ。

おばあちゃん へぇ、それはよかった。

おじいちゃん よかったの、わかぼう。

貴幸     へぇ、それはよかったですね。僕も今、就職活動してるんですよ。何かアドバイスとかってありますか?

若森     そうだね……。とりあえず……熱意……かな……。

貴幸     ……熱意ですか。

若森     うん、やっぱり熱意が一番大事だよ。うん。

貴幸     は、はぁ。

おじいちゃん わかぼう。今日は時間があるのか?

若森     うん。明日からだから。

おじいちゃん そうか、なら、入っておいで、一局打つぞ。


若森、おじいちゃんと中に入っていく。


貴幸     わかぼう、俺より一回りも上のおじさんじゃないか。

おばあちゃん わかちゃん、はい、お茶。

若森     ありがとう。

サラリーマン 検討していただいたうえで、はい、はい、畏まりました。何かございましたら私、坂田まで連絡の方お願いいたします。

貴幸     ……はぁ



夕暮れ時、サラリーマンの男と女はいなくなっている。

貴幸が手すりの前でタバコを吸っている。

駅から「只今、3番乗り場に電車が、7両編成で到着いたします、黄色い線の内側にお立ち下さい」とアナウンスが聞こえる。


貴幸     ……ふぅ。あの人、いつまでいるんだよ……。


貴幸もう一服吸おうとする所に、若森、おじいさん、おばあさんが出てくる。


若森     ありがとうございました。

おばあちゃん 何かあったらいつでもくるんだよ。

若森     はい。

おじいちゃん わかぼうぐらいしかワシの相手になる奴はおらんからのぉ、いつでもくるがよい。

若森     はい。


若森、手すりの方に行ってタバコを吸おうとする。


貴幸     ……どうも。

若森     ……貴幸君は……今、仕事を探してるんだよね。

貴幸     ……はい。

若森     ……やっぱり、熱意は大事だよ……熱意が一番。

貴幸     ……はぁ。

若森     ……自分はここで働きたい。そういった気持ちが一番大事だ。そしたらきっと伝わるから……。

貴幸     はい……。

若森     では、僕は……。おばあさん、本当にありがとうございました。

おばあちゃん またね、わかちゃん。


若森去る。


貴幸     なんなんだ? あの人は。

おばあちゃん 貴幸、ありがとうね。あんたもご飯食べな。

貴幸     本当だよ。3人で勝手にご飯食べだしちゃって。

おじいちゃん 貴幸―飯食ったらあれ頼むわ、高いとこには手が届かんくてのぉー。

貴幸     はいはい、わかったわかった。


貴幸奥に入る。

高岡、あずさが出てくる。

高岡、手すりに上着をかけタバコを一服する。


あずさ    ……いい景色ですね。

高岡     え?

あずさ    ここ。

高岡     あぁ、そうだな。

あずさ    仕事上がりの一服はさぞ美味しいことでしょう。

高岡     嫌味か、それ。

あずさ    ……いえ。でも息の抜ける機会というのは大切ですからね。

高岡     ……そうだな。

あずさ    ……カウンセリング? 先輩カウンセリングやってるんですって。

高岡     へぇ……よくこんなこと思いつくもんだよな。

あずさ    そうですね。サービス精神か……。

高岡     何かしらの誇りをもってやっているんだろ。

あずさ    誇り、ですか。でも結局は資産を回せないとやっていけないでしょうに。

高岡     でもそんなもんに振り回され続けてもドンドン息苦しくなっていくだけだってことだ。

あずさ    どうやったら認めてもらえるのでしょうか。

高岡     さぁな……。あずさ、お前はこの後本社に戻らなきゃならないんだろ?

あずさ    はい。

高岡     俺はこのまま直帰するから先いってろ。

あずさ    はい、畏まりました。


あずさ去る。高岡タバコの本数を確認した後、たばこ屋に向かう。


高岡     セッタライトで。

おばあちゃん はい、460円。おや? なんだか久々の顔だね兄ちゃん。

高岡     お、ばあちゃん、俺のこと覚えてんの?

おばあちゃん あぁ、なんとなくね。

高岡     へぇ、一時期しょっちゅうここでタバコ買ってたもんな。初めてここで買った時のことは忘れねえよ。

おばあちゃん へぇ、なにかあったかねぇ?

高岡     俺、その頃全然タバコの事わかってなかったからとりあえず聞いたことがあるセブンスターって頼んだら、ばあさん14㎜渡してきやがってよ。

おばあちゃん それはセッタって言ったあんたが悪いよ。

高岡     それはそうだけど、あんなガキに出すかよ普通。

おばあちゃん そんな客、沢山いるからわかんないよ。

高岡     あの時はキツかったな。これ、あん時からずっと張ってるよな。

おばあちゃん あぁ、そうだねぇ。

高岡     頼む人いる? これ。

おばあちゃん まぁ、たまにね。

高岡     そっか、じゃぁばあちゃんよ、ちょっと頼んでみてもいいか? そのカウンセリング。

おばあちゃん そうかい、わかったよ。よっこらしょ。


おばあちゃん立ち上がろうとする。


高岡     ばあちゃん?

おばあちゃん ちょっと一服でもしようかね。あんたもどうだい?

高岡     なるほどな。


おばあちゃん、高岡、手すりの方へ向かう、おばあちゃんそこにあるキャンプ用のイスに腰掛ける。


高岡     お、セッタ。流石だな。たばこ屋のばあちゃん、体には気―つけろよ

おばあちゃん わかってるよ、若い奴とは違うんだよ。なめんじゃないよ。

高岡     そいつは悪かったわ。

おばあちゃん ……ふぅ。

高岡     ……ふぅ。

おばあちゃん でも、久しぶりで嬉しいもんだよ。

高岡     え?

おばあちゃん 久々だからねぇ、こう言ってくる人が来るってのは。人の話を聞くってのはいいもんさ。

高岡     そうなのかい。

おばあちゃん あぁ、そうだねぇ。人が悩んでいる事なんてのは大抵、少し人に話してみれば自分で答えを見つけたりするもんなのに、どうも今の子はそれを軽視しているように思えてね。

高岡     そうかもな。

おばあちゃん まぁ、若いうちは大いに悩んで考えたらいいさ、わたしゃその一部でも聞かせてもらえたら、それが日々を過ごすいい暇つぶしになるってもんさ。

高岡     おいおい、なかなか身もふたもないこと言うな、ばあさんよ。

おばあちゃん 私だってこれは趣味でやってるようなもんだ。全部おんぶに抱っこなんてことはしないよ。


女やってくる、ちょっと距離を置いて一服する。


高岡     はは、すっげぇいさぎ良いばあさんだな。てっきり何かしらのポリシーって奴を持ってカウンセリングします。なんてやってんのかと思ったぜ。

おばあちゃん ポリシーならあるよ。勿論一つ一つ説明していけばキリがないほどののぉ。でもその結果私は上手くやってると思ってる。あんたはどうなんだい?あんたはどんなポリシーを持って仕事に励んできたんだい?

高岡     ポリシーか……。俺はとにかく会社の為になるように利益を出すことを考え努めた。そしてだんだん結果もついてくるようになって周りの人にも認められるようになってきた。だが今、行ってる交渉がちょっと上手くいってなくてな。まぁ、よくある話なんだが。

おばあちゃん どの様にうまくいってないんだい?

高岡     御社のやりたいことが見えない。と言われてしまった。そりゃやりたいことは利益を上げることだけど俺だってポリシーはある。今流行りのコラムが旅館先にあれば、お客様は喜んでもらえると純粋に思った。だからだ。決して悪い話ではないだろうに。

おばあちゃん よくわからんが、物事のいい悪いだなんてのは、こちらが決めることではなく相手が決める事だろう。

高岡     あぁ、確かにそうだな。でもわからないな。何が不満なんだろうか。

おばあちゃん お宅が相手のポリシーがわからんように相手だってお前さんのポリシーがわからないんだろう。

高岡     俺のポリシーがわからない。純粋な金儲けがわからないってか? でも、そうか。相手さんは特別金儲けのためだけに働いているって訳じゃないってことか。うん、でもそうか。別の分野で働いている作家なら尚更そうか。俺が提案した条件で作品を読んでもらうっていうこの状況は、本当にその作品を楽しむ事のできる場じゃないってことか。俺の説明じゃ利用されてるようにしか感じないってことか。どんな環境なら楽しんでもらえるだろう。相手の立場になって……そうか相手の立場か。

おばあちゃん ……ふぅ。

高岡     ……ふぅ、ばあちゃんタバコはうまいか?

おばあちゃん そりゃそうだよ。こうして誰かと話しながら吸うタバコは格別さ。

高岡     そうか、ありがとなばあちゃん。なるほどな、これがばあちゃんのポリシーであり、カウンセリングってやつか。

おばあちゃん はて、わたしゃ何か特別なことでもしたかのぉ?

高岡     でもなんとなくばあちゃんのポリシーって奴はわかったぜ。

おばあちゃん そうかい、私も伊達に長年たばこ屋の娘なんてやってないからね。

高岡     はは、あぁ、違いねえ。ありがとよ、ばあちゃん。いいカウンセリングだった。

おばあちゃん はいよ、ちょい、あんた、上着忘れてるよ。

高岡     おう、わりぃ、ありがとよ。そんじゃ。

おばあちゃん はいよ。


高岡去る。

貴幸、いつの間にか食事から戻ってきて、二人の会話を聞いてたみたいだ。


おばあちゃん あら、貴幸、じいさんの用は終わったんだね。

貴幸     あ、あぁ、まぁね。

おばあちゃん じゃぁ、あれを頼むよあの。

貴幸     あれじゃわかんないって……もう。


おばあちゃん去る

女、二人が吸っていたところでタバコを吸う。

頭にタオルを巻いた青年が出てくる。


青年     あの……

女      ……。

青年     ピースライトのボックスを3つ買ってく下さいませんか?

女      ……。

青年     年齢確認出来るもの……忘れちゃって。

女      ……何個って?

青年     ピースライトのボックス3つです


青年500円玉を3枚差し出す。女、受け取り買いに行く。


女      すみません。

おばあちゃん あ、はーい。

女      ピースライト3つで。

おばあちゃん はい、1380円だよ。


女受け取り、少年の所に向かう。おばあちゃん奥に戻る。


女      ここでは吸わないでね。

青年     はい、ありがとうございます。


青年、駆け足で去る。

女、再度一服する。



またしても夕暮れ時、貴幸が手すりでタバコを吸っていた。

店から若森が出てくる。おじいちゃん、おばあちゃんが出てくる。


おじいちゃん 今日はワシの完敗だったのぉ。

若林     おじいちゃんは何をしたいのかがわかりやすい。

おじいちゃん なんじゃと、わかぼうのくせに、言うようになったのぉ。

若森     もう負けませんよ。

おじいちゃん じゃあ、今度負けた方はご飯抜きだからのぉ。

おばあちゃん わかちゃん、別に手を抜いてやる事はないからね。

若森     ええ、そのつもりです。

貴幸     若森さん、もう帰るんですか?

若森     はい、明日も仕事なので、もうこんな時間に尋ねられることも少なくなりそうですね。

貴幸     そうですね、じゃんじゃん稼いでください。

若森     はい、貴幸さんも……

貴幸     わかってます。熱意を持って。ですよね。ありがとうございます。熱意をもって頑張ります。

若森     はい、でわ。

おじいちゃん またの、わかぼう。

若森     はい。


若森去る。


貴幸     ばあちゃん、俺休憩貰うからね。今日中に返さなきゃいけないDVDが……

おばあちゃん はいはい、わかったよ。


貴幸一旦店の中に一旦入り出ていく、おばあちゃん、奥でテレビを見に行く。

高岡とあずさが来る。


あずさ    先輩、また一服しますか?

高岡     あぁ、そうだな。


高岡、上着を手すりに掛け一服する。


あずさ    それにしても、わからない。こっちがこんなに条件を合わせていってるのに

高岡     足りないところがあるんだろう。どうしても上手くいきそうになかったら、この話は諦めることも考えていかなければいけない。

あずさ    なぜですか、こんなにもいい条件なのに。

高岡     言い条件かどうかは相手が考えることだ。こっちは相手が乗り気になる条件を出していくしかない。

あずさ    そうかもしれませんけど。

高岡     相手だっておそらく、ここがこのように気に入らないと明確な要求があるわけではないのだろう。ただ、相手にとっていい条件ではない。相手は必ずしも乗らなければいけない仕事でもないんだから安直には行動しないさ。相手は想像できないこっちが出来ることだってあるはずだから、まずは相手の立場になって相手が好意的に取れる物を探さなくては。

あずさ    確かにそうなんですけど、想像にだって限界がありますよ。そもそも作家さんとの契約も初めてですし、私、本なんて書けませんし。……じゃぁなんですか? 本でも書いてみろとでも言うんですか?

高岡     なにもそこまでは言ってないだろ、けど、それぐらいの気持ちは必要かもしれない。作家にとってはお客様に楽しんで読んでもらうことが一番のはずだからな。

あずさ    でも、利益を生み出せないとそれまででしょうに。

高岡     あずさ、まず、そこから違うかも知れない。私たちが思っているほど経営中心な人しかいないという考えは間違っていると思うべきだ。

あずさ    そんな、だって当たり前のことでしょう?

高岡     その当たり前が違うから今回上手くいってないんだろ。その為にも相手のことを知るために寄り添っていかなければならないんだろ。こっちが本でも書くような気持ちで。最初に言い出したのはお前じゃないか。

あずさ    そうですけど……

高岡     まぁ、こればっかりは煮詰めて考えても答えが出るもんじゃない。もっと広い視野から物事が見れるように、リラックスして長期戦のつもりで行こう。

あずさ    はぃ……。

高岡     あずさ、俺は明日までに確認したいことがあるから一旦会社に戻る。お前はこのまま直帰しろ。

あずさ    はい。

高岡     まぁ、煮詰めすぎず、今日はゆっくり休め。俺はもう行くぞ。

あずさ    はい、わかりました。


高岡去る、手すりに上着を忘れっぱなしにしている。


あずさ    あ、先輩、上着……。


高岡、既にはけきっている。

あずさ、上着を抱きかかえる、そこで何やらポケットに入っているのに気付く。


あずさ    ……セブンスター?


あずさたばこ屋に向かう。


あずさ    ……すみません。

おばあちゃん あ、はーい。

あずさ    あの、セブンスター下さい。

おばあちゃん はい、セッタね、ボックス?

あずさ    ……セッタ?

おばあちゃん あ……。ライトでいいかい?

あずさ    はい。

おばあちゃん はいよ、460円。


あずさお金を払って手すりの方に向かう。おばあちゃん直ぐに奥に戻る。あずさ、高岡のライターでタバコに火をつける。


あずさ    うぇ、すごい、煙。口の中が気持ち悪い。あ、だめ、ちょっと、くらくらするかも。


あずさ、タバコの火を消した後、景色を眺める。


あずさ    あぁ……何やってんだろ。私。


貴幸、イヤホンで音楽を聴きながら帰ってくる。手にはまた違うDVD。

貴幸、あずさを見つけ、荷物を置いて戻ってくる、しどろもどろした後に、手すりの方に行きタバコを吸いだす。


あずさ    ……はぁ。

貴幸     ……ふぅ。

あずさ    ……。

貴幸     ……あの。

あずさ    ……はい?

貴幸     ……一本いります? よければ。

あずさ    あ、いえ、私、非喫煙者ですので……

貴幸     あ、ごめんなさい。失礼しました。

あずさ    ……。

貴幸     ……。

あずさ    ……あの。

貴幸     はい?

あずさ    やっぱり、一本もらってもいいですか?

貴幸     えっ。

あずさ    たばこ。

貴幸     はい。


貴幸、あずさに1本よこして、ライターで点けてあげようとする。


貴幸     あ、えっと、吸って下さい、タバコを。

あずさ    げほっ、

貴幸     あ、すみません、大丈夫ですか?

あずさ    げほっ、いえ、え、すごい、きもちわるい。

貴幸     大丈夫ですか?

あずさ    はい、大丈夫。頭が、クラクラする。

貴幸     ほんとに大丈夫ですか?

あずさ    はい、いえ、少し、大丈夫じゃないかも、すみません。

貴幸     とりあえず、深呼吸して。

あずさ    はい。……はぁ、こんなに……

貴幸     ゆっくり深呼吸して。

あずさ    はい、……すみません、大分マシになってきました。こんなにも頭がクラクラするなんて、気持ち悪い。

貴幸     初めは無茶しちゃいけませんよ。

あずさ    はい、すみません。

貴幸     大丈夫ですか?

あずさ    はい、大丈夫です。

貴幸     何か、あったんですか?

あずさ    いえ、吸ってる人の気持ちを味わってみたいな、と思いまして、何事も経験ですから。

貴幸     だからって、そんな無茶しちゃダメですよ。

あずさ    そうですよね。ごめんなさい。

貴幸     何か……相談……乗りましょうか?

あずさ    ……え?

貴幸     えっと、あの、その、実は僕、たばこ屋の息子なんです、ほら、そこの、カウンセリング。

あずさ    あぁ、あの……。

貴幸     はい、あの、その……なんかあったのかな……って思って……。

あずさ    ……ふふ、ありがとうございます。

貴幸     いえいえとんでもない。

あずさ    でも、大したことでもないんです。ただ、体験してみないとその人の気持ちとかわかんないな、と思いまして、その人に怒られたんです。何事も相手の立場になってみないとわからないって。

貴幸     そんな、だからって、吸ってもいなかったのにタバコを吸うだなんて。

あずさ    いえいえ、これは私が勝手にやったことですから、でも、思った以上にわからなかったな。すごい気持ち悪いだけだよ。

貴幸     そんな、無理に周りに合わせることも無いと思いますよ!

あずさ    え?

貴幸     タバコなんてそりゃ吸わなきゃいいに越したことないと思いますし、規制だってドンドン厳しくなる一方だし、そもそも体に悪いし、そんな、その人がどんな人かは知りませんけど、みんな、頑張った結果、その……お仕事? だってされてるんだと思うし、そんな自分を否定しちゃダメですよ、頑張って来たことに自分で自信をもって下さい。

あずさ    ふふ、ありがとう。優しいんですね。

貴幸     僕だって、今、就職活動してるんですけど、結局は自分が頑張って来たこととかを思い出して、企業にアピールとかしてるし、誰だって何かしら頑張ったことがないなんてことはないと思うんですよ。だから、自分に自信をもって。

あずさ    ふふ、そっか、今、就職活動中なんだ。大変なんだね。

貴幸     え、あ、はい……。

あずさ    でも、そうだよね。私も今旅行会社に勤めてるんだけど、大学時代、いろんな旅行先の幹事をやってきたことがきっかけになってるし、その中でもっといい旅館なんかを沢山の人に紹介できたらって思ったのがきっかけだし、そうやって就いた今の会社はとてもやりがいがあって楽しくやれてる。ありがとうね。なんか元気出た。

貴幸     あ、いえ、そんな。

あずさ    君はどんな会社に就きたいの?

貴幸     え、とりあえず、中小でいいんでメーカーを……

あずさ    そんな曖昧じゃ駄目よ。もっと自分の好きなことを掘り下げて、しっかり考えないと今しか出来ない事なんだから後悔するよ?

貴幸     ……はい。

あずさ    とにかく、自分を信じて頑張ってね。私も頑張るから。

貴幸     はい。

あずさ    ありがとう、いいカウンセリングだったよ。就活頑張ってね。

貴幸     あ、はい。

あずさ    ありがとうね。


あずさ、上着をもって去る。

貴幸見送った後、店の方に行く。


貴幸     はぁ……なぁ、ばあちゃん。

おばあちゃん はぃ? なんだい?

貴幸     カウンセリングって、難しいな。


貴幸の電話が鳴る


貴幸     はい、はい、え、あ、はい、そうですか、わかりました、ありがとうございます。 



朝、サラリーマンがタバコを吸いながら頻りに電話をしている。

貴幸シャッターを開ける、慣れた手つきで灰皿を交換し、花壇に水をやる。


おじいちゃん 貴幸、ありがとうな、おかげで、もうすっかり良くなった。今日で病院に行くのも最後じゃろ。

貴幸     とか言って、ちゃんと定期的には行くんだよ、病院。

おじいちゃん ほいほい。

宅配人    すみません、宅配物です。

貴幸     はい、こちらで。

宅配人    ありがとうございます。

おじいちゃん けど、貴幸がいなくなるとこれを運ばなくちゃならんとなると嫌になるのぉ。

貴幸     一個一個はそんなに重くないんだから、無理しなきゃ大丈夫だよ。

おばあちゃん こないだも無理して一遍に運ぼうとしたから痛めたんだしのぉ。

おじいちゃん そんな、キツイこと言うなよ。

貴幸     ねぇ、ばあちゃんはいつからカウンセリングなんて始めようと思ったの?

おばあちゃん これはじいさんが言い出したんだよ。

貴幸     え? じいちゃんが。

おじいちゃん あぁ、そうだよ、当時、ワシはここのたばこ屋によくタバコを買いに来ていた会社員での、よくばあさん目当てで買いに行ったもんだよ。それで仕事の愚痴とか色々聞いてもらっていたもんさ。

おばあちゃん あぁ、そうだったね、当時は私もここの手伝いしかすることも無くてね。じいさんが話してくれる外の世界の話は大層面白いと思ったもんだよ。

おじいちゃん いやいや、でも、あの時ばあさんが話を聞いてくれていなかったら、ワシはよう生きていけんかったと思うわ。

おばあちゃん 私も、こんなしがないたばこ屋の娘相手にいろいろ気をかけて頂いて本当に感謝してるよ。

貴幸     はいはい、それでカウンセリングでも始めたら? とでも言ったんですね。なんだよまさかこんなのろけ話聞かされるとは思わなかったよ。

おじいちゃん ばあさんのカウンセリング力は天下逸品だからの。

貴幸     そうかい、でも、確かに大したもんだとは思う。

おばあちゃん 結局、貴幸はどんな会社に勤めるんだったかの?

貴幸     この間内定貰えたところはサプリメントを作る会社。まぁタバコ吸うのにも健康第一だからね。けど、まだ、ゆっくり考えるつもり。

おばあちゃん そうかい。

貴幸     ねぇ、もし俺がさ、本気でこのたばこ屋継ぎたいって言ったら継がしてくれんの?

おじいちゃん それは無理だな。お前はカウンセリングなんて出来やしない、立派なカウンセリングが出来る嫁を捕まえてこなきゃ、この店は潰れるしかないの。

貴幸     なんだよ、俺じゃ無理だって、言うのかよ。

おじいちゃん お前には相手を受け入れる器が足りん、揺れさざめかぬ湖のように穏やかな心が必要なんじゃよ。

貴幸     そうかい、俺にはそんな寛大な心が足りませんよ。

おじいちゃん とにかく早くいい嫁連れてこい。そして早くばあさんを安心さしてやれ。

貴幸     はいはい、努力しますよ。

おばあちゃん まぁ、その気があるなら、叩き込んでやらんでもないよ。

貴幸     ホントに?

おばあちゃん 優れた嫁の見分け方をの。

貴幸     そっちかよ!

組合員A   すみません、セブンスターマイルド2カートン下さい。

貴幸     はい、9200円になります。ありがとうございました。

おばあちゃん&おじいちゃん ありがとうございました。





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