第3文節 若さのことといじめのことと
まだまだダークな話は続きます嫌な人はお引き返しを――心よりの忠告
若さについて
若さとは刃物を突きつけられた状態である。刃物は言う、このまま老いるか、あるいは美しいまま死ぬか、と
世の慰みはこうして生まれた
また若さとは自分自身を燃やしている状態のことである。燃やし方を誤れば、一生を失うことだろう
また若さとは才能である。ただし必ず夭折する。いや夭折し続ける才能である
いじめについて
『いじめをなくしましょう!』 というかけ声ほどむなしく響く言葉はない
いじめをなくすということは人間が人間を辞めることと同義である。犬猫でも母親の乳を巡って兄弟間で簡単にいじめを行い血を分けた兄弟を飢え殺す。同じほ乳類である人間が――それも赤の他人に対して――行わない理由などどこにあるというのだ?
しかしいじめられることに理由など無くそしておそらく意味など無い。自省して己をさらってみたところで無駄だ。できることはあらゆる手段を使って逃走することである。大人にできることはその逃走を手助けすることだけだ
生き延びられればそれだけで君はいずれ勝利する。心の弱い人間は君が生きて存在すると言うことだけでおびえ、おののくであろう。そうでない人間もいずれ人類の宿痾であるこの問題に苦しむことになるだろう。だから早まってはいけない。いじめによる自殺はあらゆる逃亡の中で最悪の手段である。撤退戦を生き抜け! そしてそれを糧とせよ! それだけで君は戦上手になる
いじめに傍観者など存在しない。少数のいじめられている者と多数のいじめている者がいるだけである。当然傍観者は後者に入る。――たまに鈍感な者がいるにはいるが、そういった人間は社会性を失っているだけだ
いじめに抵抗! 君は立派だ。賞賛に値する。だが賢くやりたまえ。状況を的確に判断し、相手の弱点を狡獪に狙え。そのとき経営も戦略も戦術も最早すべては会社や企業や軍隊のためではなく己のためだけにある。己の全知全能をかけてこの状況を運営せよ
いじめは対象を頻繁に変える。今日いじめていた人間が明日いじめられる側になることなど珍しくもない。もし対象を延々と変えないのならば君が抵抗――あるいは逃げなかったからかもしれない
いじめに対して正面から戦おうと考えることはその人の単なるいじめへの復讐心から出ることが多い。頼るのも良いが復讐者の人形にならない様に気を払いたまえ
逃走することだって簡単ではない。親、親族、友人などのしがらみが君の行く手を阻むであろう。しかれども逃走せずには未来はないのだ。誇りを持って逃走せよ!
大人になってからもいじめられる? 当たり前だ。いじめは子供だけのものだと思ったか? 戦いは粛々と続くのだ。自分が大人だというのなら、頭を使ってその理不尽と戦いたまえ。そうでなければ逃走せよ!
いじめられた側はいじめたられたことをいつまでも覚えているものだがいじめた側も案外いじめた人間のことを覚えている。私のことを言えば、道で会ったら叩き殺してやりたい奴もいて、こいつになら殺されても仕方ないなと思う人間もいる
その人間のことを思い出すと夜も眠れないほど恐ろしく、後ろめたい。これが延々続くのだ。まるで拷問のようだがその人間は、おそらくまだ、まだ、足りないと思っていることだろう。それでいいのだ! 私は死ぬまでこの苦しみと共にある。あらなければならない! それが私への罰である




