表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編小説

おじいちゃんだってできるもん

作者: 生気ちまた

 ○ おねえさんスイッチ○


 あ……あたまから水をかぶる

 い……いいことしない

 う……ウズベキスタン

 え……えっへん

 お……おかしいですよ



 トイレに張られたA4の紙を見て、私は絶句した。わけわからん。




 私の名前は浅井皆実。先祖代々この街で暮らしてきた浅井家の長女である。

 あまり容姿に自信はないけれど、お友達はみんな「ちっちゃくて可愛い」と言ってくれる。それが褒め言葉なのか罵倒なのかはさておき、高校生にして身長149センチというミニマムな身体を、私はあまり好んでいない。どこにいってもバカにされるし、いじられるしで大変迷惑なのだ。

 そんな小学生のような肉体を持つ私だが、一応おねえさんではある。

「おねーちゃーん、やってやってーっ!」

 ドタドタと走り回る我が弟、哲也。9歳にしてこの落ち着きのなさは異常だ。お菓子の食べすぎでテンションを高騰させてしまっているのだろうか。

 哲也はお弁当サイズのダンボール箱を抱えていた。お弁当といってもコンビニ弁当ぐらいの大きさだ。助六じゃなくてもっと大きいハンバーグ弁当ぐらいのサイズ。染料たっぷりの赤いソーセージが嫌いだからあんまりコンビニ弁当は食べないけど、例えるのに適したものがそれしかないのだから仕方ないじゃない。

 ダンボール箱には『あ』『い』『う』『え』『お』の五文字が書き並べてあった。セロハンテープでおざなりに張られたストローはアンテナのつもりなのだろうか。哲也の作った図画工作にしてはまあまあ上出来だ。

「この箱、良く出来てるね」

「そんなお世辞はいいからーやってーっ!」

 お世辞っておいおい。おねえちゃん、ワガママを言う子供と賢しいだけの子供は嫌いだぞ。

 そもそも、その箱で何をやれっていうんだ。

「てっちゃんがこのボタンを押したら、おねえちゃんはその通りの動きをしてーっ」

「ボタンってその『あいうえお』のこと?」

「そうそう。トイレに表を作っておいたでしょ。事前に台本はチェックしてよね!」

 哲也は腰に手を当てて私を叱りつけた。

 全くもう……最近になって急に偉そうなこと言うようになったんだから……。

 こうなったら仕方ない。帰ってきてそうそう華麗に大便も決めたことだし、少しは付き合ってやろう。



 * * *



 さて、ここでおねえさんスイッチについて軽く説明をしておきたい。

 先ほど哲也くんが説明した通り、基本的にはボタンに合わせた動きを強いる遊びである。


 ところがどっこい、この遊びは本来『子供とお父さん』『子供とおじいさん』にのみ認められたものであり、『弟と姉』の2人でこの遊びをすることはNHKにより固く禁じられている。

 日本神話がヒルコの存在をもって近親婚の危険性を後世に伝えているように、血の繋がった異性が遊ぶことは本来危険なことなのである。

 つまりは「おねえさんスイッチ、『お』、お互いの身体を」といった不埒な行為をせめて姉弟および兄妹間だけでも禁止する――それがこの禁忌の存在価値であり、NHKがこの決まりを制定した理由であった。

 禁忌を破った者にはもちろん罰が下される。

 ああ、今にもNHKによる迎撃電波が通信衛星からピンポイントで射出されることだろう。それを浴びた彼らは……ああああ。

 全くもって怖ろしい話である。



 * * *



 バチバチバチッ

 全身に軽く電気が走った。冬場でもないのに静電気だろうか、痛くはないけどあまり気分の良いものではなかった。

 それは弟も同じだったようだ。よくわからないといった顔で私を見上げている。おそらく私と同じ体験をしたのだろう。

「……まあいいや、おねーちゃん、続きしよう!」

「あ、うん。良いんだけどね……」

 哲也の言葉に私は少し戸惑った。

 あれからしばらく遊んでやったのだが、『い』の「いいことしない」や『え』の「えっへん」はともかく、さすがに『あ』の「あたまから水をかぶる」だけは強固に断っていたのだ。いくら夏とはいえ制服の上からかぶるのは勘弁してもらいたい。

「いっくよー。おねえさんスイッチ、『あ』!」

「だからそれは無理だってば」


 あれ。おかしい。

 口では断っているのに、なぜか身体は炊事場に向かっている。

 そしてバケツを用意して右手は蛇口をひねっている。

「えっちょっ……待って……」

 たっぷり水を蓄えたポリバケツ。

 私はそれを庭先に運び、上空に放り投げて盛大にぶちまけた。


 バシャーン!


 ナイスコントロールで私の頭上に降り注いだ大量の水道水は、私の身体を濡らし、道行く人の視線を私に集結させた。

 自分で言うのも何だが、下着が透けてしまい大変恥ずかしい。せめて黒系のセーラー服ならごまかせたかもしれないのに、うちの学校はブレザー採用校でしかも夏服だからなあ……。

 そんなこんなで身体の自由を取り戻した私は逃げ去るように家の中に戻った。




 今日はもう外出する用事もないだろう。

 早めにパジャマに着替えた私は、庭の物干し竿にポロシャツを引っかけていた。すっかりズブ濡れになってしまった私の制服は、力強くしぼったこともあってシワシワだった。明日までに乾いてくれるかなあ。

 おやつにバナナを食べつつ、フローリングの縁側にお尻をのせて、全ての元凶である『おねえさんスイッチ』のダンボール箱を観察する。

「……一見、何の変哲もないただの産業廃棄物」

 しかしながら先ほど私を水難に遭わせた、罪深きおもちゃである。

 隣にはトイレから剥がしてきた『例の紙』もある。哲也によってあいうえお作文が刻まれたA4サイズの白い紙。

「ちょっとやってみるか」

 私はダンボール箱を膝の上に置いた。

 バナナを片手にボタンを押してみる。おねえさんスイッチ、『う』。

「ウズベキスタン!」

 ボタンを押すと同時に私は身体の自由は奪われ、その代わり中央アジアの国名を唱える変な人になってしまった。しばらくして元に戻ったが、どうやらこのおもちゃ、本物らしい。

 はてさてどうしたものか。こんなものがあっても自由が制限されるだけで何も面白くない。不用意に『あ』とか押してしまった日には、またさっきと同じ悲劇を繰り返すハメになるわけだし、かといって他の文字も役に立ちそうに思えない。そもそもどういう感性でこんなわけのわからん内容にしたんだ哲也は……。

 こうなったら物置小屋にでも置いておくか。そうすれば誰も触らないだろうし。

 決心した私はバナナの熟した部分を庭に吐き出し、ダンボール箱とA4の紙を持って物置へと向かった。


 物置には従兄弟がいた。

 浅井克也。私のお父さんのお兄さんの息子さん。私より4つ年上なので、昔から「あんちゃん」と呼んでいる。なかなか容姿端麗な男なのだが、それを過剰に自覚している節があるため、基本的にあまり好きな人間ではない。

 大学に入るまではもっと良い人だったのになあ。変にモテたんだろうなあ。

「……どうした皆実。俺の顔に何かついてるか?」

「いや、別に」

「まさか俺に見とれたのかあ?」

「あんちゃんなんかに興味はありません」

 こうやってすぐに自意識過剰な台詞を吐く。これだからあんちゃんは……。

 うぬぼれ屋の従兄弟を押しのけ、物置の奥にある汚らしい机の上に『おねえさんスイッチ』を置く。あいうえお作文の書かれたA4の紙も4つ折りにして本体の下に挟む。

「ゲホゲホッ」

「おい、大丈夫か?」

 窓から差し込む太陽の光が舞い上がるホコリの波を映し出していた。

 空気中に漂う、無数のダニの死骸その他の不純物。もちろんこれは太陽光のあたるその一地区のみの話ではないだろう。おそらくはこの物置全体がこのホコリに毒されており、私もまたそのホコリを大量に吸ってしまっているに違いない。

 うええ、気持ち悪う。

 こんなところにいたら身体を壊してしまう。私は逃げ出すように物置を出た。


 ふと、哲也の存在を思い出した。

 そういえばさっき水をかぶってから見ていない。もしかして私に対して悪いことしたなあとか思っちゃって、どこかでグスングスン泣いていたりするのだろうか。

 ああ、いいんだよ哲也。もうスイッチは処理したからね。おねえちゃんは人を許してあげられる偉いおねえちゃんだからね。だから出てきておいで。

「てーつやーくーん、どーこにいるのかなー?」

「ど、どこにもいないよー!」

 トイレのほうから聞こえてきた、心細そうな鼻声。

 予想通り泣いているようだ。私は居間を抜けてトイレに走った。


 ガチャガチャガチャッ


「……哲也、カギを開けてくれる?」

「やだーっ!」

「泣いてるんでしょ? おねえちゃんが慰めてあげるよ?」

「ぜったいにやだーっ!」

 なぜか拒絶されてしまった。

 さすがに小学生ともなるとおねえちゃんのハグを恥ずかしく思うのだろうか。

 強い不快感を覚えた私は、トイレのドアノブに鍵を差し込んだ。浅野家のトイレは外からでも開錠できるように設計されている。ドアノブの中央にちょっとした窪みがあり、そこに細いものをひっかけてグルリと回すことで鍵本体の太い金属を引っこ抜けるのだ。

 そんな具合で私は扉を開ける。

「……!! カギかけたはずなのにー!」

「伊達に長生きしてないのよ……人生の先輩を舐めないでちょうだい」

「だめ、見ちゃだめ! 絶対に見ちゃだめ!」

「恥ずかしがらなくても良いのよ、哲也のあそこなんて小さいころから何度も見てるんだから……」

 そう。小さいころから何度もおむつを替えてきた。

 私にとって哲也は子供のようなものである。だからそんなに隠さなくても大丈夫。むしろ隠されると見たくなっちゃうし、ダメとか言われると余計に興味をそそられるから逆効果。

「えいやっ」

「ひ、ひいーーーーっ!」

 軽い気持ちで哲也のズボンとパンツを剥ぐと、そこには見慣れた象さんがおらず、どこか憂愁の念を抱かざるを得ないような下半身が存在していた。

 うわあ、なんか懐かしい。そういや私も9歳ぐらいの時はこんなんだったっけ……。

 あれ。

 あれれ。

「……哲也だよね?」

「おねえちゃーーーーん!!」

 ガッシリと抱き合う我ら浅井姉弟。いやもう姉妹なのか。

 ええい、そういう問題じゃない!

 とりあえず哲也を病院に運ぼう。まずはそれからだ。

 弟を抱きかかえたまま居間を通ると、物置から帰って来たらしいあんちゃんがいた。その両脇には古そうな雑誌が挟まれており、どうやらあんちゃんは祖父の隠したエロ本を発掘したらしい。俗っぽい従兄弟である。

 スルーして玄関に向かおうとする我々を、あんちゃんはなぜだか阻もうとしてきた。

「ちょっと邪魔なんだけど、あんちゃん!」

「まあ待て。病院に行く前に1つ話を聞いてくれ。哲也のあそこがなくなっちまったんだろう?」

「え……あんちゃん、何でわかったの?」

「まずお前の抱きかかえている哲也はズボンを履いていない。そしてパンツも履いていない。これが確実な証拠。そんでもって物置に置かれたあの『おねえさんスイッチ』の存在。やっちまったみたいだな、哲也は」

 私は哲也を床に降ろし、トイレに走ってジーパンとパンツを取ってきた。赤い顔をしている哲也にそれらを渡してしまえば、もうそれで済む話だ。

 戻ってきた私と着替える哲也を交互に眺めて、あんちゃんはニヤッと笑った。どうも哲也が着替えているうちにお話を聞かせようという魂胆のようだった。私はそれを静観の構えで迎えた。

 あんちゃんは雑誌をテーブルに置き、ゆっくりと喋っていった。


「……なあ哲也、あんちゃんには友達がいるんだ。村田って奴なんだがまあまあ良い奴でな。そいつは高校の時、哲也と同じことをしちゃったんだ。そう。哲也みたいに『おねえさんスイッチ』を作っちゃったのさ。それでまあ、おねえさんはおねえさんで酷い目にあって、村田本人もまた哲也と同じような目にあっちまった。そりゃビックリしたぜ、夏休みの終わりごろに相談された時は。冬休みが始まる頃にはまた別の相談を受けちまったけどな……まあそれはそれで良い。とにかく、そんなこんなで来月、俺は村田と結婚する」


「いやーーーーっ! てっちゃんはあんちゃんと結婚したくないーーっ!」

「ちょっとあんちゃん、哲也泣いちゃったよ!」

 よっぽど嫌なのだろう。わんわんと泣き叫ぶ哲也は、あんちゃんから隠れるように私の後ろまで走ってきた。

 あ、でも困るなあ。その体勢だと涙も鼻水も全部私の服に付いてしまうんだ。腰のあたりがすごくスースーするんだ。いくら姉弟とはいえ汚らしいしやめて欲しいな。

 突然の結婚宣言はともかく、どうやら『おねえさんスイッチ』を発動させると、弟は女の子に、姉はスイッチの奴隷になってしまうらしい。まさか村田兄さんと村田姉ちゃんが同一人物だとは思ってなかったけど、よくよく考えれば確かに似てるし、あんちゃんの話にウソはなさそうだ。

 しかし、そうなると私はどうすれば良いのだろう。

「……あんちゃん、哲也のことどうしよう」

「あんちゃん、てっちゃんはやっぱりひどいことになっちゃうの?」

 私達の問いに対して、あんちゃんは何も答えてくれない。ただおもむろに走り出し、物置からホコリのついたダンボール箱とA4の紙を取ってくるだけで、その後は古びた雑誌を読むだけで何もしてくれなかった。



 ○ おねえさんスイッチ○


 あ……あたまから水をかぶる

 い……いいことしない

 う……ウズベキスタン

 え……えっへん

 お……おかしいですよ



 まさかあんちゃんはこれらの『機能』を使って、哲也を元に戻せるとでも言いたいのだろうか。

 ヒントはくれそうにないし、やってみれば何かわかるかもしれない。

 とにかく哲也と一緒に使ってみよう。

「じゃあいくよ……おねえさんスイッチ、『い』!」

「いいことしない?」

 ただでさえ魅力に乏しい身体をしている私が、艶かしく四肢と腰つきをくねらせて、空中の誰かを誘惑する。あまりの滑稽さに哲也も笑いだした。私はちょっと寂しい。

「えっと、次だよ……おねえさんスイッチ、『え』!」

「えっへん!」

 腰に手を当てて、偉そうなポーズ。あるいは体育の時間、2列縦隊の先頭に立つ私のポーズ。コンプレックスを刺激されるようであまり面白くないが、哲也はご機嫌だった。涙をぬぐい去って、すっかりニコニコしてくれている。

「ふふふ、3つ目……おねえさんスイッチ、『お』!」

「おかしいですよ!」

 まるで気がふれてしまっている人間に対して言うような台詞。有無も言えぬまま迫真の演技をかましてしまった私だったが、哲也はノリノリで次のスイッチを選んでいた。

 こういう風に元気を出してもらえるなら、やってる甲斐もあるってもんだ。

「続きまして……おねえさんスイッチ、『う』!」

「ウズベキスタン!」

 出ました中央アジアの共和制国家ウズベク。首都はタシケント。ソビエト連邦の元構成国。

 なぜあえて国の名前を選んだのか、非常に興味があったのだが残念ながら聞こうとした時にはすでに次のスイッチを押されていた。

「ラストはもちろん……おねえちゃんスイッチ、『あ』」


 ザッバーン!


 玄関先で水の入ったバケツを頭からかぶった私は、道行く人の目線を肌身に感じつつ、お家の中に逃げ帰った。部屋に戻り、ビショ濡れになってしまったパジャマと下着を取り替えて、濡れた衣服はまた物干し竿にひっかける。これで2セット目、お母さんが帰ってきたらどう言い訳しよう。

 バスタオルで髪の毛を乾かしながら居間に戻ると、哲也はイスに座ってテーブルのプリンをもぐもぐと食べていた。あんちゃんが冷蔵庫から出したのだろうか、しかしあんな機嫌の良さそうな顔を見てしまえば、私のプリンなのにとは言い出せない。

 ちょっと疲れたので、私も腰かけることにした。

 あんちゃんは相変わらず雑誌を眺めていた。よく見ると古い鉄道雑誌のようだった。私は祖父への印象を改めた。あんちゃんも居間でエロい本は読まないよね。

「……ゆっくりしてるとこ悪いが、結局わからなかったのか?」

「そりゃだってあんちゃんが教えてくれないんだもんよ」

「全く、皆実はそれだからダメなんだよな。お前はさあ、今どういうことをしたわけよ?」

「どういうことって、めちゃくちゃに濡れて、乾かして、濡れる前は……」


 あ。


 なるほど、そういうことか。

 スイッチは私を勝手に動かしてしまう危険な装置。

 それを逆手に取れば、私を自由自在に使うことができるはずだ。

 つまるところ……。

「哲也、このA4の紙を書き換えちゃえば良いんだよ!」

「この紙を違う風にしちゃうの?」

「そうそう。たとえば……『お』を『おんなのこを殴ると殴られた子がおとこのこになっちゃうスーパーパンチ』みたいな感じで書いちゃえば……」

「もどれる、てっちゃんは元にもどれるの!?」

「その通り!」

 私の自信あふれる言葉を聞いて、哲也は満面の笑みを浮かべた。

 うわあ、やべえ女の子かわええ!

 もし失敗しても別にいいや、何かすごい、すごいよ哲也!

 私の心の声を無視して、哲也は電話下の引き出しからケシゴムと鉛筆を取り出し、テーブルに置いたA4の紙を修正し始めた。



 ○ おねえさんスイッチ○


 あ……あたまから水をかぶる

 い……いいことしない

 う……ウズベキスタン

 え……えっへん

 お……おおっこれは良いパンチだ、きっとこれを受けた奴は性別が変わってしまうだろうボディーブロー



 私には哲也のセンスを理解できそうにないが、何はともあれこれで修正は終わった。

 わざわざ間を取る必要もないだろう。私は哲也にスイッチを押すよう促した。

 黙って首を縦に振る哲也。

「…………おねえさんスイッチ、『お』!」

 スイッチから流れ出る衝動を受け取った私は、目の前にいた哲也の腹部を思いっきり殴った。

 あまり腕力のない私だが、さすがに9歳児をふき飛ばせるくらいの威力はあったようだ。居間から飛んでキッチンの床に転がった哲也は痛そうにお腹をさすりながらも、片手でズボンとパンツを脱いでさっそく確認に入っていた。

「あ、あるよ! おねえちゃん、てっちゃんのあそこ、あるよ!」

「あるのね、復活したんだね哲也のあそこ! やったーっ!」

 共に走り出し、居間の真ん中で固く抱き合う私と哲也、浅井姉弟。

 その横であんちゃんも笑っていた。

 ありがとうあんちゃん。あんちゃんのヒントのおかげで何とかなったよ。

 みんな幸せ。みんな幸せで万々歳。


「おい……克也!」

「ちょっ何で由紀が今ここに!?」

 驚いたようなあんちゃんの声。

「あ、村田姉ちゃん?」

 私も玄関のほうを振り向くと、そこには村田姉ちゃんがいた。実は村田兄さんだった人だ。

 ちょっぴり正装っぽいリクルートスーツを着ていて、何だか凛々しく見える村田姉ちゃんだったが、なぜだか怒っているようでコブシを握りしめながらあんちゃんに迫っていた。もしかして結婚前に別れ話を切り出すとか、そんな流れだろうか。

 私は野次馬のように2人の会話を眺めていた(哲也はひたすら困惑していた)。

「……おい克也、お前さあ、こういう解決法知ってたならさあ、言えよなあ!」

「いや、だってほら……結婚するんだぜ、俺たち」

「ああそうだろうよ。今日だってそのために克也の親代わりになってくれてるおじさんとおばさんに会いに着たんだからなあ」

「そうだろ。だからもう良いじゃん、由紀は可愛いし、さ」

「可愛いって言ったら機嫌良くなると思うなよ、だいたい結婚するのは由紀とお前であって、僕とお前じゃないだろ!? お前はいつもいつもそうだ、隠しごとばっかりしやがって、大学でモテたからって調子乗るなよ、克也!」

「わかったから落ち着けって!」


「……ずいぶんと口の悪そうな娘さんねえ」

「ちょっとアレだなあ、うん」


 口論している男女の間に、うちのお父さんとお母さんが帰って来た。お父さんの両手には寿司屋の袋が握られている。きっと本来は4人仲良くご飯にするつもりだったのだろう。

 うん。どうやらここから先は面白い話ではなさそうだ。

 私は哲也を連れてドタドタと2階へ上がった。

「……ねえ哲也、お金とか欲しくない?」

「え、どういうこと?」

「だからね、たとえばこの『え』のところに『えんぴつで金額を書いた紙を銀行員さんに渡すと、おねえさんのあまりのアジアンビューティー的美しさに惚れ込んじゃってその金額分を現金でくれる』とか書いてさ……」

「そうすればお金がざくざくもらえるの!?」

「ええ。哲也のゲームも買い放題だよ?」

「やったーーっ! おねえちゃんだいすきっ!」

 本日何度目かの抱擁。ニコニコと抱き合えば、自然と幸せな笑みがこぼれてくる。


 下の階からは相変わらず心ない怒号が聞こえてくるが、浅井家の将来は安泰だろう。

 私と哲也……そしてこの『おねえさんスイッチ』があるかぎり。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] お金ザクザク(´・ω・`)
2014/03/24 19:20 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ