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蟷螂《上》 ~通常編~

『……本日午後三時、五か月前に崩落したきり、地震、台風洪水と、自然災害による被害によって復興が進んでいなかった、白木丘トンネルの中から、若い男性と女性とみられる死体が発見されました。死体はほとんどが白骨化しており……』



 本番お疲れーぃ。

 ニュースを読み上げる時用の、澄ましたポーカーフェイスは取っ払った。世の中には相変わらず事件があふれているが、それでも私は心を痛める。命はみな等しい重みをもっていて、それが失われたら悼む。当然のことだ。


「ねえー、見た? 聞いた? さっき涼ちゃんが読んでたニュースの続き」


 涼ちゃん、と私のことを呼ぶのはこの局内に一人、山下めぐみ。同じ所属のニュースキャスターで、私の先輩にあたる。私がでるような地方情報番組なんかじゃなくて、もっと大きな番組の、いくつものレギュラーを確保している憧れの先輩なのだが、私が唯一毎日出られるこの番組が撮影されるスタジオで、彼女の仕事があったときは、必ず私のところに来てくれる。そして、一緒にご飯を食べに行くのだ。

 年もほぼ同じで、ほとんど友達あるいは姉妹のような付き合い方をしているのだが、それでも先輩であることには変わらないので、


「お疲れ様です」


 と、先輩の言葉を聞く前に、先回りして言う。タイミングを逃すからだ。


「うんうん、お疲れお疲れ。……でね?」


 急に声を潜めたので、少し耳を寄せる。


「さっき涼ちゃんが読んでたニュースあるじゃん? ……あれね、続きがあるの」


 聞きたい?

 同性の私から見ても魅力的な、真っ赤なルージュの唇が囁いた。


「見つかった男女のね、男の方」


 眉を顰め、そして、


「左手と両足が何者かに刃物で切り取られて無かったんだって。しかもね? その手と足、どこにあったと思う?」


 まるで見当がつかない。


「あのね? 女の方のね、胃の中から見つかったの」


 は? と、意味のない言葉が漏れてしまう。脳が理解を丸投げしているようだ。よくあることじゃあないか。ないか。そうかそうか。


「しかも、どうやら指とか一本一本切り取って、骨からはがしてたらしいよ」


 異常。退屈な日常を彩るにしても、スパイスの摂取過剰は体に悪い――


「喉が乾いたら、傷口から滴る水を飲んでたみたいなんだけど」


 おかしなことがあるの。

 これ以上は正直耳を塞ぎたいのだけれど。同じ女――いや、人間として。もしそのトンネルの、その事件が本当にあったとして、その女が生きながらえようと一緒にいた男を「食べていた」のだとしたら。私は、この世界を見限るかもしれない。そんな奴がいる世界で一秒でも長く息をしていたくない。いや、もう死んだのか。死んでいるのか。それなら大丈夫だ。そんなクズ以下は、死んで当然なのだ。死体を(・・・)切り刻み、更に喰らうなど、死者の冒涜などという言葉を以てしてもまだ――


「あのね? どうやら、血を飲むために、喰われた男の方、ずっと生きたまま(・・・・・)だったらしいの。切り口がライターで焼いて止血してあったのが確認されているわ。痛かったのでしょうね……。私はそんなの嫌だよ。女の頭が(・・・・)おかしかったとしか――」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 すさまじい寒気とともに鳥肌が立つ。胃の内容物がせり上がり、吐き戻しかける。でも、さすがに、と、かろうじて残る社会人の理性だけでトイレへ駆け込み、結局、胃が空っぽになるまで吐いた私のことを、先輩は待ってくれていた。


「ごめんね? ちょっと猟奇的過ぎたよね……。涼ちゃんがそんなに嫌がるとは思わなかったの」


 いえ、いいんです、というジェスチャー。まだしゃべると喉が震え、胃酸を吐きかける。

 めぐみ先輩は、とっても良い人だ。だから、これくらいのことでわざわざ謝ってくれなくとも……とも思うが、それこそ言葉にできない。


「ねえ、これから、どっかに食べに行く予定、どうする?」


 先輩の笑顔に、今は泣きつきたい気分だった。

 本日二十一時、《下》 ~異常編~


 予約投稿しております。それで完結ですので是非。

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