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後編

「これは銃です。そしてこっちは剣です。あなたはどっちがいいですか?」

「どっちって……」

戦闘技能付与(アサルトチューニング)を施されていない時点で前者以外ありえませんけど。人形なら反動なんて無視できるでしょう」

「私に武器を持たせて何をしたいんだい? あねうえさま?」


 にっこり微笑むことが多いけど、その九割が仮面であることを私は知っている。心から笑えない生活が続いてるのは事実だけどさ、もうちょっとなんとかならないものかな。せめて私の前でくらいどうにかしてほしいね、まったく。


「言うまでもありません。もちろん戦争です。これ以上『魔女』に好き勝手させるのも何ですから喧嘩売ってきますね」

「…………私がこんなこと言うのはおかしいって思うんだけどさ、お姉ちゃんは死んだ方がいいと思うよ」

「指揮官は戦場に出ません。私は死にません」

「……私は?」

「さあ?」


 あまりにも酷すぎる。スプーン一杯でいいから愛が欲しいねっ!! 前払いじゃなくてもいいからさ! せめて成功報酬でよくできましたの愛が欲しいんですけど!


「え? ベッドで愛でて欲しいですって?」

「それは過剰すぎるよ!」


 ◇


 これから戦場に向かうという気持ちのせいか、昔の本当にどうでもいいことを思い出したよ。

 あの時とは違って今は愛がある。私はセラが大好きだ。だから何とかなる。いや、何とかしてみせる。なんとかならなかったらどうしよう……。いや、やめようそういうネガティブ思考は。考えたり言葉にしたら現実に影響を与えそうで怖いからね。


「おはようございます、セラ」

「あっ、おはようございます……今日はお早いお目覚めなのね」

「昨日までたっぷり睡眠取っていたから眠れなくて」

「寝すぎです。あんなに長く眠るのはもう許しません」

「大丈夫、そんな予定はありません」

「それならばいいのです」


 セラは私に微笑みを見せ、そのままキッチンエリアへと歩いて行った。

 歩いて、ね。昨日はあんなに痛がっていたのに僅か一日でなんとかしましたか。ふむ……。


「セラ、足はもう大丈夫なんですか?」

「ええ、1日休んですっかり良くなりました」


 休んで、ね。

 勿論それが嘘であることを私は知っている。この目で見てしまった事実はもう書き換え不可能だ。


 でも、私が黙ってさえいれば「今」を継続することができる。たとえ偽りだったとしてもセラとの幸せな生活を続けることができる。まだ言わなくてもいいんじゃないだろうか?

 だってまだ1日だ。たったの1日で幸せを崩壊させる必要がどこにある? いずれ真実がセラの口から語られるんだろう? セラだっていつまでも嘘をつき続けることが不可能であることを自覚してないはずがないんだ。


 人間は時間とともに変化する。あの小さかった姫様が10年で胸以外が立派に成長したように。しかし私のような人形は不変だ。どれだけ時間が経過しようと内部の劣化はあっても外見が変化することはない。

 だから、いつまでもこのままでいることは無理だ。変化しないことに私が疑問を持たないはずがないんだから。でも、セラには心の準備期間が必要だと思う。


 思うけど、私はこうも思うんだ。後顧の憂いはさっさと断つべきだって、ね。

 そんなわけだから悪いけど、準備を待たずに引き金を引かせてもらうよ、セラ。


「流石マイスター。自分の足もしっかり直せるんですね」

「ええ、それはも……う……えっ!?」


 振り向いたセラが顔に張り付けていたそれは驚きと怯えの入り混じったような表情だ。アレを目撃したことを口にすれば、こう言う顔するだろうと予測することは簡単だった。

 問題はこれからだ。いくつかのパターンは考えてみたけど、どれを実行してくれるか分かったものじゃない。セラの性格を考えるとこの場で状況説明、というパターンAはないような気がするんだ。


「昨日までたっぷり睡眠取っていたから眠れなくて」


 さっきとまったく同じことを口にして、


「夜中になってもずっと起きていたんです」


 更に違う言葉を付け加えた。


「あ、ああああぁぁぁぁ……」


 両手で頭を抱えたセラは、震えた声をひねり出し……。

 その場で崩れ落ちてくれれば楽なのになぁという私の思いをぶち壊し、キッチンの小さめの窓をぶち破って外に飛び出したんだッ!! 片手にキュウリを持ったまま!!


 うおおおおおおおーい!? 姫様は昔からおてんばだったさ。でもこんな行動は初めて見たよ!! そりゃそうだろう。お城の窓なんて破っても意味ないし、そもそも人の体で窓を破るなんてできるものなのか!? どう考えても人形ならではだよねっ!?


 あー、セラの作った朝ごはんを食べてから言えばよかったな! 今更後悔しても遅いのは分かってるさ!


 慌てて追いかける。

 この際靴はいてないなんて些細な問題だ。というか……この窓通り難いよ! ぺったんこなセラは余裕でいいねっ!? 余裕がない時ですらこれだ。今だけでもアホな思考は破棄したいねっ!

 昨日セラが言ってただろう。この先は崖だって。

せめて道なりに山を下ってくれてるのならよかったのに。よりにもよって崖だよ崖。最悪の事態が脳裏をよぎり嫌な汗が流れる。


「待ってください、セラ!」

「待ちません、ごめんなさい!」


 本当に足直ってる……! 破損状況は分からなかったけど、ちゃんと人形技師(マイスター)してるなあ!! ちょっ、キュウリは投げるものではありません!! しかも結構早い。このままだと追いつけないかもしれない!


「セラ、何をするつもりですか!」

「わたくし、貴女を騙していたんです。もう終わりです、知られてしまった以上、わたくしはっ……!」


 ああもうやっぱり想定パターンDか! 一番確率高いと思ってたよ!! 柵があると言っていた崖に到着してしまった。とはいえセラが即身投げしなかったのは幸いだ。まだ説得の余地はある。


「セラ、待って!」

「ち、近付かないで! 近付いたらわたくし身投げします!!」

「セラが飛んだら、私も後を追いますよ!!」

「そ、そんな脅迫卑怯です!」


 自分の行為を棚に上げないで欲しいな、まったく。


「セラ、落ち着いて話をしましょう」

「で、でもっ!」

「セラッ!!」

「わたくし……正しくはセラではなくて人形なのよ!」

「それでもいいから落ち着こう!」

「……騙してたこと、怒らないの!?」


 始めからセラが冷静だったのなら怒ったかもしれないさ。でも、そんな泣きそうな顔で言われてちゃうとなぁ……。とにかく、すべてはセラの話を聞いてから判断することにした。


 私だって落ち着いてるように見えるかもしれないけど昨日から多少は混乱してるんだ。なんだよもう、セラは姫様じゃなくて人形って、ビックリ仰天だよ。

 あれ、じゃあ、私は誰とキスとかしてたのさ!? 誰とお風呂はいってたのさ!? とかね。


 まあ、そんなの今はどうでもいい。私は昔からそういう並列思考は得意なんだ。お前は誰なんだーと叫んだりしたら「うわああああん」とジャンプするかもしれないし。まずは落ち着いて話をできる状況を作るべきだろう。


 セラがニセモノだった場合、私がどうするかの解は既に出ている。昨日あれだけ考えたわけだし当然だ。……でも、セラの性格は言うまでもなく、記憶も本物っぽいんだよね。まあ、とにかくセラの話を聞くことにした。


「直せなかった……。貴女をわたくしが直してあげたかった……」という言葉から始まる真実の告白を。


 ……私はあの時、最後にセラを守れてよかったと思った。勿論あれでお別れなんて嫌だったさ。でも、あの人はともかくセラを守って死ぬのなら本望だ、とね。でも、それは、セラの心を縛ってしまう結果になっていたのですね。


 私がいなくなることでセラが悲しむことは分かっていた。でも、私は心のどこかでセラなら大丈夫だと思っていた。私がいなくなっても、一人で生きていってくれると思っていた。


 確かにセラが私の後追って自殺するようなことはなかった。でも、セラは私を直す、それだけのために人形技師(マイスター)を目指してしまった。常識的に考えるのならたったの2年で修得できるような技術ではない。きっとかなりの時間を無駄にさせてしまったんだと思う。


 私さえ、私さえいなければ……。セラにはもっと違った道だってあったはずなのに!


「セラはバカです! どうして私なんかのために自分の一生を犠牲にしたのです! セラは人形ではないんですよ! セラは生に限りある人間なのに……人間だったのに!!」

「どうして分からないのですかっ!! わたくしは貴女のことが好き。心から愛していました! それなのに……貴女がわたくしよりも先にいなくなってしまなんて! わたくしは貴女のいない世界に希望なんて見出せなかった! 戦火が広がり、人形技術の大部分が失われてしまった時……わたくしも修理不能となった貴女の後を追おうと思いました。 ですが……。そんな折にエヴィンが1冊の本を持ってきてくれたのです。それは人形技術を学ぶのに必要な教科書。人形技師のタマゴを生み出すためのマニュアル」


 もしかしてアレか。あの魔導書か! 私も見たことがあるけど、教科書なのに専門用語ばっかりであっさり投げたっけ。エヴィンのやつ……。セラにそんなものを渡したってことは……。ああ、きっと、私とセラがキャッキャウフフな関係だったことはばれてたんだろうなぁ……。

 それを王に報告しなかったことはありがたいけど、マニュアルの件で感謝なんてしない。セラの人生を縛り付けてしまった呪いの本。それを与えた存在にどうして感謝できようか!!


「直せる人がいないのなら、……わたくしが直すしかないでしょう?」

「セラ……それは口で言うほど簡単じゃないよ」

「分かっています。身をもって分かりました。ですが他に誰もいないのです。わたくしが愛する人の不治の病を治療する、それしかないと思いました」


 そうだよなぁ……セラの気持ちは痛いほどに分かる。私が人間でセラが人形、それでセラが壊れてしまったら……私はきっと修理しようと奮闘しただろう。

 たとえ、何年かかろうとも、セラが再び目覚めることだけを信じてひたすらに。セラの辿ったであろう道筋を想像すると胸が痛いですセラ。


「たくさん勉強し、たくさん実践しました。そしてわたくしは一人で新しい人形を作り出せるような立派な人形技師(マイスター)になれたつもりです。それでも、貴女を直すことはできなかった。……50年です。それでも時間が足りませんでした」


 だから、とセラフィーナは続け、


「自分の心と記憶を人形の体に移すことを決めました。わたくしも人形ならば、時間という枷を外すことができます。魔法石への記憶転写だけならばそんなに難しいことではありませんでしたし……。ですが、心……精神、魂はそんなに簡単ではありませんでした」


 そんな方法がある、という話を私は知っているけど、まさか……。だってそれは……古代魔法だろう?


 ――「マリア。お前が決めなさい。このまま治療を続けるのか、移植を行うのか」

 ――「私は……どんなに辛くても生きていたい。元気な体になって海を見たいんだ」


 あれを一から組み立てたのだとしたら、それはとんでもない才能だよ。魔法国家フランベルの魔法使いどもが尻尾を巻いて逃げるくらいには凄いことだ。その才能……セラが現代魔法使いになっていればと思わずにはいられないね。歴史に名を残す魔法使いにだってなれただろうに。


「心を人形に移すには……人間のわたくしが死ぬ必要がありました。なぜなら心はたったの1つだけ。記憶とは違いコピーできるものではありません。文字通りに移す必要があったのです」


 セラの認識と私の認識に若干の差があることが分かったけど、結果的に意識を人形に移植するという点は同じだ。元の体が空っぽになるという点はは同じだ。


「じゃあ、もしも失敗していたら……」

「ええ、無駄死に……だったのでしょうね」


 ――「実は君の場合、体力的な問題で成功率は五分五分だったんだがね」


 いつかの言葉が脳裏を掠めた。


「それでも、わたくしは自らが設計した人形……外見だけはリアそっくりの人形にわたくしを殺すように命じたのです」

「……!?」

「これだけ時間をかけても貴女を直せなかった贖罪、という意味もあったのかもしれません。でも……もう、その時のことは思い出せません……。ただただわたくしは暴走していたのでしょう。手段を選んでいるほどの余裕はとうの昔に失われていました」


 そんな……どんな理由があったとしても私が愛するセラを手に掛けることなんてないのに。どうしてセラの、姫様の作り出した人形は生みの親(マイスター)を手に掛けるような真似を……! ……命令だからだろう。分かってる。命令権限がある者には逆らえない。それゆえに人形だ。


 殺したくはなかっただろう。

 それでも体が勝手に動いてしまう。

 それは、一体どんな気持ちだったんだろう?


 セラ、そこはほら、もっとスマートな魔法を構築できなかったんですかっ!? それともそんなにも追い詰められていたんですか……セラ。


「あの子は……エアはもういません。貴女が目覚める少し前にここから飛び降りたのです。わたくしの、せいで……」


 昔から何かと優遇されている私には、理解の及ばない現象だ。でも、その時の気持ちを想像することはできる。なりきって考えることはできる。私がセラを殺してしまったら、……私はきっと自分自身を許せないだろう。


 セラは自分がちゃんとエアを見てあげなかったからと言うけど、それだけが原因だったとは思えない。

 きっとエアは、生みの親を殺してしまった自分が許せなかったんだ。だから、大義名分を得ることができたエアは飛び降りたんだろう。すべては私の推測にすぎないけど。

 ……ああ、どうフォローしてもセラのせいであるという事実を書き換えられない。エア、私は一度君とちゃんと話してみたかったよ。私の……妹ちゃん。

 私の病弱な妹設定を補強していたのはきっとエアだったんだろね。セラ関係でお礼とかいろいろと言いたかったよ。でも……私はごめんとは言わないよ。セラの隣は私のポジションだ。泣こうが喚こうが欲しいのなら力ずくで奪ってみせることだね!


 ――「移植を行ってしまえば、遠くない未来、君は誰も知り合いのいない世界を生きることになる。本当にいいんだね?」

 ――「それでも今よりはずっと希望があるとは思うんだ」


「リア、結果はどうあれあの50年はわたくしが自ら選び、歩んだ人生です! 途中退場してしまったリアに文句を言われる筋合いもなければ、気にする必要だって微塵もありません!!」

「ひめさま……」

「とにかく、賭けはわたくしの勝ち。人間であったセラフィーナが死ぬと同時に、人形のセラフィーナが目覚めました。それがわたくしです」


 ………………。


 ――「君の元の体はカセドラルに安置されている。見に行ってみるのも面白いかもしれないぞ」

 ――「私にそういう趣味はないよ。というかそういう情報はいらなかったよ」


「わたくしはセラフィーナが生きているうちに達成できなかったリアの修理。その意志を継いだのです。ですから、わたくしの行動に文句が言えるのもまたわたくしだけです。リア……貴女が気に病むことなど何もないのです」


 はたしてこのセラフィーナは本当に心を移植出来たのか。それは私には分からない。少なくとも私の知る方法では直接的な死は必要なかったんだから。

 そしてセラ本人にも分からないんだろう。答えが出せなくて、だから私の追及に恐れをなしたセラはログキャビンから逃げ出したわけだ。とんでもなく派手な方法でね。自分を本物だと確信がもてるのなら逃げる必要はないはずなんだから。


 セラ自身まったく考えなかったとは思えない。長い間の葛藤もあったんだと思う。本当に自分は人間のセラフィーナと同一人物なのか、と。もしかしたら思い込みだけの人形なんじゃないのか、と。

 しかしそれを考えても無駄だろう。人間のセラフィーナは死んでしまったのだから。確かめる方法は人形のセラフィーナが目覚めた時点ですでに存在しなかった。だから不安に思いながらもそうだと信じて動くしかなかった。


 セラ……。なんて可哀想なセラ……。


「わたくしは本物のセラフィーナではありません。しかし、貴女を想う気持ちは本物です。本当に心を人間のセラフィーナから受け継いだのか、たまたまわたくしの目覚めが重なったのか。それは分かりません。それでもわたくしはセラフィーナ。貴女の声を聴いてみたかった。貴女と触れ合ってみたかった。貴女と……もっともっと、恋をしたかった!」


 もう、ひとりぼっちにしないでよっ!!

 セラはそう言った。なるほど、それは確かに本心だったんだろう。


 後は私がどう返答するか。それに全てがかかっている。ここでセラを否定すれば、全ては終わるだろう。仲良く谷底ENDもまあ、ある意味ありかもしれないけど……。所詮はある意味であって、二次案と言ったところかな。

 私はハッピーエンドが良いって宣言したよね。そもそもこのセラフィーナはどうして身投げなんてしようとしたんだろうか。


「セラ、どうして飛び降りようなんて考えたんですか?」

「え、え……? どうしてって、わたくし本物のセラフィーナとは言えないのですよ? わたくしは貴女の知ってるセラフィーナとは明確には別人。一緒になどいられるわけがありません」

「それは貴女が勝手にそう思っただけでしょう」

「……え、あ……そうですが、わたくしを……受け入れてくれるのですか」


 ぽかんと口を開けるセラフィーナ。そういう顔もできるんだ。話を聞かずに暴走するところは間違いなく姫様だよね。


「私の愛した姫様は死にました。なら、私が次の恋を見つけて何が悪いのですか! たまたま次の恋人が前の恋人にそっくりだったというだけの話じゃないですか!」



 リアの言葉を聞いて、体中に電撃が走ったかのような衝撃を受けました。そういう考え方も、あり、なんでしょうか。リア……ありがとう。


 ……今なら、エアの気持ちが痛いほどよく分かります。



 仮に姫様が生きていたとしよう。そこに姫様のそっくりさんセラが現れる! これは私の時代が来たってことじゃないかっ!! 私がやったーな展開になるだけの話だよ。ふっふー、セラが二人ってどんな美味しい状況だよ!! セラハーレムやったね!! もしかしてもっと増えるかなって期待しちゃうね! その分、暴力も斜め45度の上昇率かもしれないけどセラの愛なら受け止めるさ!


 クールになれ、リア。

 まあ、あれだ。姫様の心を移植してるわけだし、セラフィーナは姫様だよ。違ったとしても別にいいさ。ここまでそっくりな人間は双子でも存在しない。そう私は思うんだ。


 セラだと思ってキスとかいろいろした子が実は別人でした。ということになってはいるんだけど、私の心は間違いなくこの人はセラだと認識している。本物のセラは怒るかもしれないけど、それは、もう仕方ない。自分そっくりの人形に作業を引き継がせたセラが悪いんだってことで。

 そもそもだ。姿形が同じだからと言って、誤認するかは分からないよ。中身も同じだったからこそ、私はセラと姫様を同一視できたんだ。私は心の移植ってやつは成功したと思う。セラには分からなくても、私には分かる。貴女は私の愛した姫様で間違いありません。何せ姫様が好きで好きで仕方なかったこの私が言うんだからさ。


 にしても、セラの人形ボディって姫様の再現率高すぎだろう?

 あの体の柔らかさにかつての姫様と同じ良い匂い。唇の瑞々しさに瞳の輝き。そして何よりも声だ。ここまでの複製に成功した個体を私はたったの一人しか知らない。

 現代魔法の域を超えてると思うのは私だけかな。明らかに古代魔法の領域に足を踏み入れてるよ。もしかして、私のブラックボックスを解明できたのかな。だとしたら嬉しい。


 ――マリア。気分はどうだ? おかしなところはないか?

 ――体の調子が凄くいいね。これが、そうなんだ。今なら全力で走っても大丈夫そうだよ。


 とにかく、外見は姫様で心も姫様だ。断言する。誰がなんと言おうと絶対だ。

 でも姫様は頑固なところがあるからなぁ……。姫様と長い時を一緒に過ごした私の言葉を聞いても、セラ自身が信じられないという可能性も十分にある。仕方ないなぁ、まったく。その辺はショートカットして次に進もう。チェックメイトだよ、セラ。


「セラフィーナは死にました。なら、貴女はセラフィーナではありません」

「……はい」


 セラが悲しそうな顔をしながらうつむく。

 恋の終わり、……そんなものを連想したのかもしれない。確かに別れ話みたいな切り出し方だけど、私が言いたいのはそういうことじゃないんだ。


「変な勘違いをしないでください。これはある種の決別なんです。私も、貴女も」

「……どういう意味ですか?」


 セラが顔を上げて問いかけてくる。


「同じ名前だと被るでしょう、ということです。さっき私が言った新恋人理論で行くのならセラと呼ぶのはダメです。だから……貴女はこれからフィーナと名乗って下さい」

「フィーナ……一度も、お城では一度もそんなふうに呼ばれたことは」

「だからです。実の両親ですら略称はセラだったことを私は覚えています。もう、王族のセラとは決別しましょう。貴女はただの一般人、そして私の新しい恋人フィーナです」

「フィーナ……わたくしは、セラフィーナではなくて、ただのフィーナ……」


 ゆっくりと近付いて、せ…いや、フィーナを抱きしめた。セラとは違って抵抗はまったくなかったかな。ああ、比較とかダメだろう私。今後は、フィーナだけを愛することを誓います。


「フィーナ」

「……はい、リア」


 潤んだ瞳のフィーナがゆっくりと目を閉じた。勿論私もだよ。そして私達は自然な流れで唇を合わせ、お互いの唇の感触確かめ合う。これが幸せの味ってものなのかな。いろんな不安から解放されたこともあって一気に胸が熱くなった。しかしフィーナの目じりから涙が零れ落ちことで一旦顔を離してしまった。


 フィーナが瞼を上げ、目だけで抗議してくる。ああもう可愛いなぁ……。

 と思った途端にフィーナがぐいっと顔を近づけてきて、驚きつつ再び今度はゆっくりと深く唇を重ねた。フィーナからのキスとはなんとも感慨深い! 今後もこう積極的だと嬉しいんだけどね!


「帰ろうか、フィーナ」

「そうですね、リア」



 第三者から見て、これが本当にハッピーエンドなのかどうかは保証できない。けど私達にとってはハッピーエンドなんだと思う。


「ええいっ、起きなさいリア!!」

「あ、あと4分」

「そこは5分がセオリーでしょう、……ではなくて!」


 あれから、無駄にたくさんの時間が経過した。私達はともに人形だ。ゆえに同じ場所に延々留まっていることはできなかった。

 ログキャビンでの生活には思うところがたくさんあったので名残惜しかったけど、フィーナは慣れているのかあっさりとしたものだった。

 フィーナが一緒ならどこにでも行くよ。でもね、フィーナ。火をつけて燃やすのはどうかと思うんだ。


 うん、フィーナは元姫様のはずだけど、ぶっ飛んだ進化を遂げているね。というか燃やす、燃やされたというのが好きなのかなもしかして!?


 数年おきに引っ越しを繰り返す、そんな生活。まあ、悪くない。毎回燃やしまくってるわけじゃないとわかってこっそり安堵したのはフィーナには秘密だ。

 ある意味かつては恋人と一緒に出来なかった大冒険を実際にやらかしてるわけだから楽しくないわけがなかった。お城の窮屈な生活から、一気にフリーダムになったものだ。いいね、こういうの。


 その繰り返しの中で、私もまたフィーナ同様に人形技師(マイスター)と同等の技術を修得した。できてしまったんだよ。これは興味深い。


 モノである人形に魔法は使えない。私はきっとこれを彼女に伝えればそれだけでよかったんだろうね。人形技術が魔法技術である以上、それは体が人形であっても彼女は「人間」であるということなんだ。心は確かに彼女本人のものだったってことさ。こんな重要なこと忘れてるなんてどうしようもないな私は。


 私が技術を修得したのは言うまでもなくフィーナを修理するためだ。パーツ単位でのメンテナンスならまだしも、フルメンテなんてどうやったって1人では無理だからね。私の場合は自動修復がきく範囲でも、フィーナの場合はそうもいかない。古代と今では技術力に差がありすぎだ。

 しかも今の技術はフィーナが手探りで見つけたものばかりという有様。やれやれだ。フィーナに私と同等の機能をくっ付けられるようになるはまだまだ先のことだろう。


 ん? 私が一体何者なのかって? 昔いろいろあってね。詳細を語る必要ないだろう? 面倒だしね。


「フィーナはそろそろ全身調律した方がいいかもしれませんね」

「調律って……わたくしは楽器ですか!」

「時々良い声で鳴いてくれますからね。主に夜に」

「ちょっ……!?」


 真っ赤になったフィーナが再起動するまであと何秒か。

 そして私がフィーナの暴力にさらされるまであと何秒か。


「フィーナはカワイイですねぇ」


 昔から、何も変わってないのさ。私達は。いいじゃないか。変わらなくても。お互いが幸せなら無理に変わる必要なんて何もない。


「リィィィーーーアァァァ!!」


 衝撃とともに目の前を星が、飛んだ…!


 最早日常だよね、これ。

 うむ、好きな人に叩き起こされるなんて最高の目覚めじゃないか。

 うん、自重? 私の辞書にそんな文字があったのは病弱な体を持っていた大昔のことさ。もうかすれて読めない。


 私達はずっと一緒だ。お互いが壊れて倒れるその時まで。それでいいよね、フィーナ。

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