表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

中編

 人形の技術はニーエンベルグ国の固有魔法だ。


 というより、人形技師(マイスター)を他国が育成してないだけと言うべきかもね。人形に力を入れるより新しい魔法の研究に力を入れるべきだ、ってことなんだと思うよ。

 フランベルなんて魔法使い達が年中競い合っていて、毎年新しい魔法が発表されるのだとか。

 停滞しつつあるニーエンベルグ国は他国を見習って、新しいものに目を向けることで成長をしていくべきなんじゃないのかな。人形ばかりに拘り続けているこの国のあり方は絶対に古いよ。私が言うのもなんだけどさ。


「リアは人形なのよね?」

「そうですよ、姫様」

「人形と人間って何が違うの?」


 人の形をまねて、適当な科学と精密な魔法で生み出された人の代替物。それが人形だと昔聞いた気がする。でもそれは昔の話であって、今の人形とはまた違う気がするんだよね。

 ま、あり方やスタンスはいいとして、人工物であるという点を除けばあまり人間とは変わらないのかな。ただ生き物ではないから寿命はない。死ぬことはない。メンテナンスさえしっかり行っていれば永久的に稼動するはずだ。


 一言で説明するのなら、歳をとらず死なない人間……かな。特に古代魔法製の人形はね。


 私を始めとした古代魔法製の人形は、その精度がかなり高くて分解でもしない限り人間と見分けはつかない。食事も摂れるし、眠ることだってできるし、夢もみるし寝言も言う。当然のように完全防水なのでお風呂だって大丈夫さ。

 現代魔法製でも一流の人形技師(マイスター)が作り出せばそういう風になるみたいだけど、間接部や見えない部分で手抜きする人形技師(マイスター)も多いね。それに細部に拘ればお金がかかる。ロマンを追求しようとしても、現実はシビアだそうだ。人形にどんなロマンを追求しているのかは知らないけど、これは一応公爵様の言である。


 当然人形は魔法技術なわけだから、人形技師(マイスター)になるためにはある程度魔法の才能が必要だ。現代魔法とは違って複雑な式をいくつも持つ古代魔法。それら古代魔法で人形を生み出した昔の人形技師(マイスター)達の技術は間違いなく今の人形技師(マイスター)を上回っているだろう。

 簡略化されている現代魔法では実現至っていない機能が古代魔法製の人形にはくっついていることも多いしね。

 一つあげるとすると、私にも馴染みのある自動修復機能だ。人間と同じように傷が勝手に治るんだ。人間でいうところの骨折、つまりは骨格がへし折れていても治ってしまうんだから恐れ入る。


 やれやれ。これらをどうやって幼い姫様に説明すればいいのやら。きらきらと目を輝かせている姫様をどうやって丸め込めばいいのやら……。

 そもそも私は現代魔法製人形の知識は本で得たものと、エヴィン達から聞いたものしかないんだよ。ニワカなんだよ。いや、そこまで専門的なことを解説する必要はないよね。まさかの超天才幼女だったら私みたいな教育係なんていらないはずだ。


 とまあ教育係の任を引き受けて、一週間。ついに難問にぶち当たったのですよ。


 ◇


「セラ、足は大丈夫?」

「まだちょっと痛みますが、2、3日もすれば治るでしょう」

「そっか……私のせいだよね。ごめん」

「それはもういいです。リアなので諦めています」


 本当にすみませんでした。今は反省してます。

 あれから家に戻って、セラの作った意外と美味しい夕食を食べました。大きな木製のテーブルに野菜中心の料理がいくつも並べられたのを見て感動したよ。姫様時代に料理なんてしたことなかったよね?

 私が覚えているのはイチゴイチゴと騒いでいたことくらいだしねえ……。私が眠っているうちに逞しくなったようで、とても嬉しいですよセラ。


「そんなお年寄りみたいなことを……」

「私は古代の人形ですから、実年齢を考えれば十分に老人」

「中身はいつまで経っても悪戯好きの子どもみたいなものですが」

「……これからセラと一緒に成長していこうかと」

「わたくしは十分に大人ですっ!!」


 セラが「嫌い」以外の鋭い一撃を放ってくる件をどう思いますか奥さん。もしかして遅れてきた反抗期? 私のこの胸で優しく包み込んであげますよ。


「セラの手料理を食べる機会が訪れるなんて、私はとても感動しています」

「そこでほろりと涙の一粒でもこぼしてくれれば百点満点の合格でしたのに」


 夕食のあとまったりしながらセラとお話してました。時事ネタなんかはほとんど使えないはずなのに話題が尽きません。基本はセラが一方的に喋って、私が茶々を入れるといういつも通りのパターン。とは言え多少言葉には気をつけます。私はもうセラを一人にしないって誓ったんだから。


「それで……リア、その」

「なんですかセラ?」

「ですから、わたくし足を痛めてますし、何かあるか分かりませんので……」


 夕食からおよそ1時間経った頃、セラが恥ずかしそうに何を言い出しました。

 核となる部分がすっぽりと抜け落ちているので何が言いたいのかハッキリしませんが、セラが頬を赤くしてる状況から推測すると何を言おうとしているのかが予測できます。三つくらいは。


「だから、わたくしと一緒にお風呂にはいりなさい! っああ、言っちゃった言っちゃった!!」


 やっぱりおふろキター!

 でも自分でそれを言って、恥ずかしくなって、私に背を向けてきゃーとか叫んでいるのはどうかと思います。元王族という意味でも。 とはいえ、セラがこんなことになりながらも言ってくれたんだ。私の答えなんて初めから決まっている。


「喜んで入らせて頂きます!」


 後にセラは語った。この時の私は無駄にいい笑顔してたと。

 「だが断る」とネタ的には言ってみたかったけど、さすがに自重した。じゃあ一人で入りますと言われたら勿体無いしね。


 ふふふふふふふふふふ……。この後は全部私のターン。なにせセラとお風呂は初☆体☆験!

 かつての私は名目上は教育係……兼お付きのメイドみたいなもの。さすがにお風呂にご一緒するとのは無理でした。ちくしょう、せめて露天風呂なら覗く手段が、あ、いや、なんでもない……。王族専用のでっかい風呂なんていらないだろう! 税金の無駄遣いだよ! まったく……。しかし、私の夢がついに叶う時がきた! それが今だ!


 そのはずだったんだけどなぁ。


 ……どうしてこうなった。

 いや、私がそう思っていたのだから、セラだって似たようなことを思っていたとどうして気付かなかったのだろうか? 脳内でヒャッホーとか言っている場合ではありませんでした。


 お風呂は広かったよ。

 広いといっても先に言った王族専用のそれとは比べ物にならないけど、ちょっとは泳げるくらいの広さはあった。一般家庭にこんなサイズのお風呂があったらビックリするね。この大きさは貴族様のそれだと思う。

 ……つまりさ、お風呂だけが無駄におっきいんだよ。建物のスペースの1/3はとってるんじゃないだろうか。セラがお風呂に拘るタイプだとは知らなかった。

 勿論バスタブなんかじゃなくて、これは……埋め込み式とでもいうのかな? 洗い場を掘ってお湯を満たしたような形だ。こんな山の上にどうやってこれほどのお風呂を作ったのか謎だよね。それにセラは足を痛めているというのに一体どうしてお湯が張ってあるのか。それはお風呂を見てすぐに理解したよ。

 入る前は現代魔法の応用かなと思ったんだけど、なんとここのお風呂は源泉かけ流しの温泉だったんだ! どこからそんなものを引っ張るお金が出てきたのか不思議だよねっ!!  あれかな。宝物庫から価値の下がり難くて、世界共通どこでも使えるキンピカ金属を持ち出したのかな、かなっ!?


 まあ、それはいいとしよう。私も人二人で溢れてしまうような小さいバスタブよりは広い方がいい。セラと一緒なら狭くてもいいような気がするけど、大は小をきっと兼ねてくれるさ。


 で、どうしてこうなった? 逆パターンとはさすがの私も予想してなかった。

 私はいつだって狩る側だと思ってたのに、まさか狩られる側になるとは……!? 獲物というのはこんな気分だったのかっ!!


 もうみなさんお分かりだろう。

 現在、セラに襲われているリアです。


「人聞きの悪いことを言わないで下さい。そんなことを言うとこうですよ」

「って、うわっと、ちょっ、……あっ、まってぇ……んふっ」

「ただ体を洗っているだけなのにその反応はなんですか?」


 セラは一体どんな風に自分の体を洗っていたのですかと小一時間問い詰めたい!!


「素手で、後ろから手をまわしてするような行為ではないかと…んんっ、せ、セラそこはダメ、やめて~~~!!」

「どうしてこんなに胸があるのですか? 納得いきません」

「ま、まないた……」

「えい♪」

「あっ……あん……ぅん……」


 もう、このままでいいかも。いっそのことこのまま一線を越えてしまっても……?


 ……勿論そんなことにはならずにセラのターンは終了。しかし、このなんとも言えない悶々とした気持ちをどうしてくれようか。

 はっはっはっはっは、やり返すしかあるまい。まさかセラがやっておいて、わたくしはいやーと拒否するわけがないだろう。抵抗はするし、鉄拳も飛んできそうだけど。さすがにスープレックス級の大技はないと思いたいね。


「というわけで」

「……?」

「私の番です。散々私を弄んだんです、まさか逃げたりしませんよね……セラフィーナさぁん?」

「え、えっと、……も、もちろん……よ?」


 引きつった笑顔でそんなこと言われてもね……。


 一歩セラに近付いたら、一歩後退された。

 ………………逃げてますよね? ここは私のことが嫌いなんですねーと泣くところでしょうか?


 ぐいぐい近付いたら、どんどんバックして最後には足を滑らせて湯船に落っこちた。まさか本当にこうなるとは。


「……ナイス、ドジっこ」

「ぶはっ、し、死ぬかと思いました……」

「観念しましたか?」

「……はーい」


 それからは至福だったね。予想に反して抵抗しないで耐えるだけのセラを蹂躙する! 凌辱する!

 ん? ……あれだ表現がおかしい。もっとソフトだよ。蹂躙とかいうと嫌がってる娘を無理矢理推押し倒してるみたいじゃないか。むしろさっきのセラが私にした行為がそれに近いと勝手ながら思う。

 とにかく、合法的にセラの胸を触りまくったりしたわけです。この国の法律なんて知りませんが。ぺったんこ、まないた。しかしそれはゼロに非ず!! 最高です。もう、……死んでもいいです。


 私はセラにされたことをやり返しただけなので何も悪くない。


「はぁ~……リアの怖さを思い知りました」


 二人で湯船につかっていたら、セラが私に恐怖を覚えたなどと言い始めた。なんという誤解。私はセラに恐怖じゃなくて快楽を提供するつもりだったのに。……とか言ったら距離をとられそうだったので黙っておきました。


「それはこっちのセリフです。セラの裏人格というものを垣間見た気がします」

「何を言っているのですかリア……もう二度と一緒にお風呂なんて入りません」

「ええっ!?」

「って、言ったら悲し――」

「………セラがそう言うのなら仕方ありませんね。足も3日あれば完治するようですし。明日からは一人でも十分でしょう。お城にいた頃だって別々でしたし、今日だけが特別だったのです」


 敢えてわざと言った。後悔も反省もしない。そう簡単にリアクオリティは変質しないのです。


「え、ちょっ、リアーッ!?」

「先ほどセラに自重を促されたばかりですし、良識ある行動を心掛けるようにします」

「あの、リアさん……? わたくしの話を……」

「さて、セラ。体も温まったことですし、あがりましょうか」

「ううっ……」


 涙目で私を見るセラにキューンとなった私を誰が責められようか。これはやっぱりあれだよね、萌えってやつでいいんだよねっ!? 古代から残っている萌え文化最高です! この好きとも愛とも違う不思議な言葉の正体に近づけた気がするよっ!


「もうリアなんて知りませんっ!! 勝手にすればいいんですっ!!」


 セラは湯船から飛び出して、お風呂場から出て行ってしまった。はぁ……。乙女心は複雑ですねえ。

 ……ちょっと頭を冷やす意味も兼ねてもうちょっと湯船につかってよう。冷えるどころか温まってるとかいうつっこみはなしの方向でお願いしたい。物理的な意味じゃないので。


 ……少し、一人で考えたいことがある。……あったんだけどさ。

 ガタン、ドンと音がした。


 さて、このログキャビンには私以外に誰がいる?

 セラだ。それ以外には誰もいないはずだ。誰かいたとしたらそれは侵入者だ。……こんな山奥で? どちらにせよアウトだ。後者なら未だにセラを狙っている敵の可能性があるし、前者ならそれはやっぱり足のせいで転倒したとしか思えない。動けっ、私!


「セラっ!」


 お風呂場から飛び出すと、すぐのところでセラが倒れていた。


「うんっ……走ったせいで足が」


 ホント、私って学習しないな。またセラに無理させてしまった。ちょっと考えればこうなりそうなことくらい分かったはずなのに。そこは素直に反省しよう。


 でも、セラと一緒で楽しかったらどうしてもお城にいた頃みたいに接してしまうんだよね……。


 ……さて、女の子が倒れています。どうやって運びますか。

 

 答え:お姫様だっこ


「ちょっ、リア!? は、恥ずかしいのでやめてください!」

「大丈夫ですよセラ。さっきもしたじゃないですか。それにお風呂ではもっと恥ずかしいことをお互いにしたじゃないですか」

「うわああぁぁーん、それとこれとは別でしょう! 歩けます、わたくし歩けますから! 後生ですから降ろしてえぇ~!!」


 い・や・だ♪


 セラをベッドまで連れていったら、伝説の左が鳩尾に入りました。

 ぐはっ……コレは痛い。私は人形なのに……なんで人間と同じ弱点持ってるんだろうか。どう考えても手間がかかるだけの無駄機能だよね? 古代魔法はもうちょっと効率を重視すべきだと思います……。


 痛みで動きたくないこともあるので、このままセラと一緒に寝てしまうと言うのはどうだろうか。お互い服を着てないけど、なんかもう些細な問題な気がしてきた。


「セラ?」

「さようなら、リア。貴女はもっと反省しなさい!」


 真っ赤な頬を膨らませたセラに部屋から叩きだされました。


「………………ふむ。確かにセラなんだよねえ」


 今ので床で寝ろと言われた時のことを思い出したよ。

 あ……そういえば、私はどこで寝ればいいのさ。そういう大事な話を何もしてないことに今気付いた。とはいえ、セラに聞きに行くのはちょっと気まずい。全裸でウロウロしてるわけにもいかないので目覚めた部屋に行ってみたら、私サイズの服がちゃんと準備してありました。ナイスですセラ。


「寝ている間に下着のサイズも測られてたのかな?」


 ブラを片手にそう呟かずにはいられない。



 ◇



「うううぅぅぅ~~~~~~~~」


 い、いきなりお姫様だっこだなんて……。

 わたしくにも心の準備というものがあったりなかったりするんです。いえ、あるんです! それなのにリアったら、もう!!


 たしかに足が痛くて歩くのも辛い状態でした。でも、なんの躊躇いもなくあんなことをするなんて。べ、べつに嫌というわけではありません。ありませんけどわたくしにだって羞恥心はあります。どうしてリアは平然とああいう行動ができるのでしょう? わたくしには分かりません。……だって、裸。あうううぅぅぅ……。


 ふぅ、少し落ち着きました。

 そう言えばリア用の服がどこにあるかとか何も言ってません……だ、大丈夫ですよね? まさか明日の朝まで全裸でいるなんてことは、さすがにないと思いたいのですが。


 リアですし!!

 放置しておくと何を仕出かすか分かりません!


 様子を見に行きましょうか? うぅ~ん……。ですが意地が、プライドが。心に引っ掛かるものがあるのでドアノブに手をかけてもそれを回すことができません。あうあう、わたくしのバカぁっ! いっそリアが再び顔をださないかなぁと期待してしまいましたが、現れません。むむむぅ……。


 まさかログキャビンを飛び出しているなどということはないと思いますが……。


 ぽて、と硬いベッドに倒れ込み天井を眺める。天井をくり抜いて夜空を眺められれば最高でしょうね。……リアが、隣にいてくれるのなら尚のこと。


 リアが戻ってきてくれたのはとても嬉しいのです。でも、リアは目が覚めたばかりだというのにあまりにも自重がなさすぎます。あれで不調がでたりしたらどうするのですかっ!

 もうっ、昔っからわたくしに心配ばかりかけて……。もっと、自分の体を大切にはできないのでしょうか。


 ……それとも、自覚がない?

 リアだけにあり得そうです。リアを修復したのはわたくしなのです。元々古代魔法でありブラックボックスの塊だったリアを解析して、それを見よう見まねで修理したのです。不具合があってもおかしくありません。あの頭脳はとても難しい構造をしていましたので、どこかにミスがある可能性だって……。言いたい、そう言ってしまいたい。ですが、それをリアに教えて不安にするなんてこと……できるわけがありません。


 まさか……復元をミスして自重するためのリミッターがはずれてる……? いいえ、前々からあんなだったような気がします。そうです、リアは昔から……ああいいう性格でした。わたくしとは違った意味でリアは素直ではありません。


 リアは昔から本心を別の何かで覆い隠すのが得意でしたね。


 痛みが引かない足をさすりながら考えてみる。実はわたくしの足が痛いようにリアも不具合でどこか痛いのかもしれません。はたしてそれをわたくしに伝えるでしょうか? リアならわたくしが不安になると思って隠してしまうかもしれませんね。ですが、それが原因となってまた壊れてしまうのは嫌です。ですから、明日にでも追求しておくことにします。



 ◆



 二週間、たったの14日前のこと。

 その日は風が強く、いつもは緩やかな雲の流れが三倍近い早さだったことを覚えています。

 それは日が最も高くなる時間帯のこと。わたくし達は裏手にある崖付近で言い争いに近いことをしていました。


「エア、本気で言っているのですか? いくらなんでも怒りますよ?」

「マイスターセラ、私は本気です。本気で言っています」

「どうして……」

「もう、いいじゃないですか。私の役目は近々終わります。なら、もういいじゃないですか」

「ダメよっ、確かに貴女はリアではないわ。でもエアという個人なのよ!」

「ずっと……考えていたんです。私は……マイスターセラの一番にはなれません。

 姿形はリアさんと同じで、声も同じだとマイスターセラはいいますけど。やっぱり別人の私ではダメってことでしょう。どれだけ姿が似ていても、マイスターセラは私ではなくてリアさんに向かってしまう。もう、ほとんどリアさんが直っている以上、私はいらないじゃないですか」


 エアは私がリアを模して作った人形。

 ただリアのブラックボックスを再現することはできなかったので、中身はわたくしの知る人形技術ですけど。


 そういう意味を持たせたくはありませんでしたが、結局のところ壊れたリアの代替物となっていたのは事実です。


 わたくしの心の支えとして……でも、リアじゃ……ない。

 形も声も同じ、でも中身が違う。性格が違う。


 ――こんなの……リアじゃない。


 ずっと一緒にいてもむなしくなるだけ。

 いっそのこと、まったく違う形にすればよかったのです。それなら……エアをリアと重ねることなんてなかったのに。


「もう……私が耐えられません。こんなことならいっそ……生まれない方がよかった。

 どうして私を作ったんですか……マイスターセラ。私に心がなければこんな葛藤なかったのに」


 その結果がこれ。

 エアを通してリアを見てしまうわたくしと、それに気付きながらもわたくしと一緒にリアの修理を行っているエア。なんとも、救いのないことをしています。


 わたくしは……。


「私はただ……マイスターセラの愛が欲しかっただけなのに。その愛は全部眠っているリアさんに持っていかれてしまう……羨ましいです、妬ましいです、憎いです……」


 ごめんなさい、エア。

 でもわたくしは……。


「マイスターセラ!」

「エアッ、わたくしは貴女のマイスターではっ……」

「マイスターセラ。それは矛盾です。それを言ってしまったら、貴女はなんのためにリアさんを直してるんですかっ!  受け継いだ使命ですか、上位者からの命令ですかっ! 違うでしょう! 貴女が、リアさんを好きだからでしょう!」


 それはっ……!


「逃げないで、マイスターセラ」

「わたくしは逃げてなど……!」

「道を間違えないで下さい。貴女が求めているのはリアさんです。それ以外の誰であってもダメです! 私みたいな紛い物の戯言に耳を傾けて、進むべき道を間違えないで下さい」

「で、でも……」

「それが……私の最後のお願いです」

「エアッ!」

「私はオリジナルがいる以上不要な存在です。いいじゃないですか、私のことなんて忘れてしまってリアさんとすごせば。だからもう……終わりにしましょう。さようなら……マイスターセラ、私は多分貴女のことが好きでした」

「あっ……」


 手を伸ばしたところで無意味。

 あっさりと柵を乗り越え……エアは崖下へとその身を投げたのです。


「わたくしを……」


 リアの続いてエアまで……。


「わたくしを一人にしないでよおおおぉぉぉぉぉ!!」


 両手と両膝を地につけてわたくしは泣き続けました。

 これはわたくしの罪。わたくしがしっかりしていればこんなことには……。


 エア……。

 いっそのことわたくしも、貴女と同じ場所に……。


 立ち上がり、一歩、また一歩と柵へと近付き、


 ――「それが……私の最後のお願いです」


 思い留まりました。

 リアも、エアも、最後の時にわたくしのことをばかり考えてくれて……。わたくしにあんなことを言っておきながら自分は身投げだなんて、ずるい……。でも、遺言みたいなものを残された以上悲しんでもいられません。


 いつまでも、泣いているわけにはいきません。

 崖下を覗き込んでみましたが、エアらしき影は確認できませんでした。高すぎます。無事……ということはまずないでしょう。


 エア……。

 リアと同じ顔で微笑むエアの姿が脳裏を掠めました。


 今まで、長い間ありがとう。それと、バカだったわたくしを許してください。

 あと……こうなった以上はリアと最後まで一緒にいます。もう悲しみは……いりません。


 あと一歩のところまできているんです。

 わたくしのためにも、エアのためにも、必ずリアを直します。だから、ごめんなさい。


 そしてさようなら、AIR(エア)


 早く目を覚ましなさい、RIA(リア)



 □



「直せなかった……。貴女をわたくしが直してあげたかった……」


 セラ……。


「でも、無理だった。

 努力さえすれば、目標さえあれば、わたくしが頑張りさえすればきっとリアは目を覚ます。

 そう自分に言い聞かせてわたくしは人形技術の修得に励みました」


 セラは言った。

 戦争で技術のほとんどが失われた、と。

 人形のそれはそんなあっさりと消えさるようちっぽけなものだったんだろうか。

 いや、そんなことはなかったはずだ。


「……それでも、辿りつけませんでした。

 わたくしが、……わたくしが初めから貴女の言うことをきいてさえいれば、貴女がこうなることなんてなかった! わたくしのワガママさえなければ、貴女が死んでしまうことなんてなかったのに」


 そしてセラは告白する。この偽りの真相を。


 ◇



 予感みたいなものはあったんだ。もしかして、ってね。だからこの可能性は無意識下、心の奥底ではあるって思ってたんだ。本当にやれやれだよ。

 この私が天井を見上げながらため息をつくことになるなんて思いもしなかった。やってくれたよセラ。まったく、ホント……バカなんだから。私にバカって言わてしまうようでは、お姫様としてはダメでしょうに。


 目が覚めてからセラと一緒に過ごした時間は半日に満たない。その僅かな時間の中で疑問というかおかしな点がいっぱい出てくる辺り詰めが甘いというか、セラらしいというか。


 眠っていた間のことは私には分からない。

 だから全てはセラの言葉で補完するしかない。

 セラの口から出てきた幻想を信じる以外に方法がない。


 そう、幻想だ。セラは私に嘘をついている。


 たったの二年間の出来事。


 姫様が人形技師(マイスター)になるまでの期間。



 ここはどこだ?

 本当に従者が一人もいないなんてあり得るのか?

 姫様が一人暮らし? バカな……。

 しかもこの位置。なんでこんな人がこなそうな山の上に家があるんだ?

 あの温泉は一体何さ?


 姫様が安定した生活を手にするまでの期間。

 山の上での暮らしになれるまでの期間。


 人形、料理、洗濯、農業。各種道具の使い方他。

 一介のお姫様があらゆるスキルを修得するには、圧倒的に時間が足りないと思うんだ。


 そうだ。「二年」じゃ何もかもに手を出すには短すぎる時間だ。


 さてと、

 じゃあこの幻想をぶち破って、真実に辿りつくとしようか。


 こんなことをせずにぬるま湯に浸かっていたかったんだけど、こればっかりは確認しておきたい。こればっかりはなあなあで済ませたくないんだよ、セラ。……ひめさま。




 セラフィーナ。

 私の目覚めを喜んでくれた君は……一体誰なんだろうね?



 ◆



 リア。わたくしの大切なヒト。

 たとえ体が人形でも、その心はきっとわたくし達とは何も変わらない。何度も素直に慣れずに殴ってごめんなさい。結局ニンジン食べられなくてごめんなさい。あ、でも、イチゴを取ったことだけはずっと覚えていますからね。


「姫様、存外器が小さいですね」

「リアのイジメに耐えきれなくなってそろそろ爆発しそうなのです」

「それ、実際に爆発して木端微塵になるの私だよね」


 サッとわたくしから離れ、大げさに防御の姿勢をとるリアに対して叫ぶように否定する。


「いくらなんでもそこまでしませんっ!」

「何かするという言質をとってしまった……どうしようか。明日の朝食ニンジン増量サービスは如何ですか?」

「却下します。イチゴを増量してくれたら許しましょう」

「ふむ……」


 翌日、ニンジンパーティが開かれるのではないかと内心びくびくしていましたが、そんなことはありませんでした。ニンジン同様イチゴの数にも変化はありませんでしたが、心の中ではホッとしていたのです

リアが変なことをしていなくてよかった、と。

 広いテーブルの上に料理を広げて、わたくし一人だけで食事をする。王族の食事とは……なんとも寂しいものです。これでリアが後ろに控えていてくれなかったら、わたくしは泣いてしまっていたかもしれません。


 一人は、嫌。


 どうせ後ろにいるのなら、一緒に食べればいいのにと何度思ったことでしょうか。そのように言えば、「王族の方と席を共にするわけには……」と真面目な返答を返すのです。

 この嘘つきっ! わたくしの部屋で食事を摂る時は平然と食べているではありませんかっ! ええ、分かっています。分かっていますとも! わたくしが食事をここで摂る以上、体面を気にしないわけにはいきません。

 それでも、わたくしは……。


「姫様、イチゴ増量サービス中につき……デザートにストロベリーキッスでも?」

「ぶううぅっ……!?」


 りりりりりり、リアーッ!?

 リア以外に誰もいないことを理解していたはずのなのに、周りを確認してしまったではありませんかっ!! わたくしが真面目にいろいろと考えているのにどうして貴女はそうなのですかっ!

 メアリーでもミシェルでも誰でもいいのです! この娘の爆弾発言を封じてください! お願いします! わたくしが直接手を下す前に誰かリアを止めてええええええ!!


「姫様、あまり考えすぎると体によくありません」

「貴女のせいです!! ……ところでリア。この惨状、どうしてくれるのですか?」


 あまり言いたくはないのですが、先ほどのわたくしが盛大に吐き出した料理のことです。


「姫様のご命令があればこのリア、舐めとることも辞さない覚悟です」

「そのような変態チックな命令はいたしません! いいから片付けなさい!」

「ごめん」


 むううぅぅぅぅ……。こういう時ばっかり素直に行動して……。普段からそうしていただければ。


 でも、


 リアがこんなふうに友達感覚ではなく、ただの使用人だったとしたら、毎日はきっと楽しくなかったのでしょうね。はあぁぁ……。慣れてきています。リアの行動に慣れてきているわたくしがいます。なんということでしょうか……。


 この胸中に広がるもどかしい思いは一体何なんでしょうねっ!? やはり二、三発リアを殴っておくべきだったかもしれません。


 先ほどまでいつもようなやりとりをリアと行っていましたが、今はわたくし一人だけ。

 このプールのように広い浴室にわたくし一人だけ。

 これだけスペースがあるのならば、一人と言わず十人二十人だって入れるでしょうに。どうして王族専用スペースなのですか……リアと、リアと一緒がいいなぁ……。


 腰まで届く長い髪を自分で洗いながら、夢想してしまいます。

 自分ではなくて、リアが優しく撫でるようにわたくしの髪を洗ってくれる光景を。

 リアが泡立てたスポンジを持ってわたくしの体を洗ってくれる光景を。


 ……リアなら手が滑ったなどと言い、胸などを触ってくるかもしれませんが、そ……それくらいならば見逃してあげても。わたくしの望みが叶うのであれば安すぎる対価でしょう? リアと一緒にお風呂。……いつか、そんな日が訪れてくれるといいのですが。


 わたくしが小さな頃は、母も一緒でした。しかし今では病気療養という理由で離宮にこもりっぱなし……。あまり顔を合わせる機会もありません。父は父で何かと忙しいようですし、わたくしには兄弟姉妹もいません。家族なのに、どうして一緒にいられないのでしょうか。


 本当に、リアがいてくれて助かっています。

 肩書きは教育係ですが、もしかするとわたくしが寂しくないようにとくれたの『人形』だったのでしょうか。だとすれば少しばかり悲しく思います。父は、リアをモノとしかみてなかったということなのですから。


 しかしそのお陰でリアに出会えた言うのであれば、複雑な気持ちながらも感謝はしましょう。


 わたくしの部屋にバスルームを設置すると言うのはどうでしょうか? とちょっと前に提案したことがあります。

 しかしエヴィンに却下されました。要約するとお金の問題。


「ああもうっ、リア、どうにかしてお金をかき集めてきなさい! これはわたくし達の未来のためなのですっ!」


 と、言ってみたものの、ここにはわたくし一人だけ。リアは当然として、メイドの一人すらいません。ここから出れば同性の近衛騎士がいますが、どれだけ叫ぼうと、どれだけ歌おうとわたくしの声が外に漏れることはありません。逆に言えば何らかの方法でわたくしが暗殺されても、誰も気付かないということです。


 はぁ……。

 リアと流しっことかしてみたいなぁ……。


 わたくしが、一般家庭いえそこまで望まなくても、せめて貴族の娘として生まれていたのなら、きっとその程度のワガママは許されたのでしょう。どうして、わたくしは王族などに生まれてしまったのですか…。


 どうして王族とはこんなにもしたいことができないのですが?



 ◆



 リアのいない生活に耐え切れなくなったわたくしは、リアそっくりの人形を作りました。

 生み出してしまいました。

 彼女はリアではありません。ですが彼女が動いている姿を見ると、かつてのリアを思い出せます。記憶を劣化させないためにもこれはきっと必要なこと。


 ……エア。

 貴女はエア。リアではなくてエア。大丈夫。リアとエアの区別はつきます。

 きっと……大丈夫。



 ◆



「貴女は床ででも眠ればいいんですっ!」


 と言ったのは確かにわたくしです。

 ですが、本当に床で眠っているなんて……! この部屋にはソファだってあるのに。もうっ……。もしかして……『命令』と判断したのでしょうか。それなら、少し……寂しいですね。主従という関係がわたくしとリアの関係を邪魔するというのなら、わたくしはそんなもの捨ててしまってもいいと思います。


 リアは硬い床で眠っているにも関わらず、寝苦しそうな感じはなく、むしろニヤけていました。夢の中でわたくしを辱めているのかもしれません。………むうぅぅ。どうせなら現実世界で! とは口が裂けても言えませんが、夢の中で実行されるのもそれはそれで嫌です。


「せら……かわいいしたぎですね」


 ……な、なんて寝言!? わたくし自身に対しての言葉ではないと分かっているのに、カアァッと顔が真っ赤になったのが分かります。


「……いいよね」


 なにがですかっ!? 夢の中で貴女はわたくしに何をしているのですかっ!! ………興味津々で次の寝言を待っていたのですが、


「せら、そっちのベッドにいってもいいですかぁ……」


 も、もうっ! 仕方ありませんわね! そんな可愛らしい声でお願いされたら拒否などできません。というわけで、眠っているセラを抱き上げてわたくしのベッドに運びました。

 はぁ……。一緒に眠るのが普通になりすぎていて、隣にリアがいないと眠れない……なんてことはありませんわ。そこだけは勘違いしないように。ほ、本当ですよ?


 ある日「わたくしに10倍の愛を下さい!」と言ったら、唐突にディープなキスをされました。驚きと恥ずかしのあまり殴ってしまいました。その時直接伝えられませんでしたがごめんなさい。


 最近は何かとリアに手をあげてしまう自分に嫌気がさします。殴ってしまう原因は多分にリアが有していますが、口でのやり取りで手を出すのは間違っているのでしょう。議会では議論が白熱しても大乱闘にはなりませんし。


 ……今回は口でのそれではありませんが、わたくしが求めて、恥ずかしがって、殴っているのでリアに責任はありません。はぁ……。


 素直になれなくてごめんなさい。

 こんな暴力ばっかり振るっているようなわたくしを見捨てずにいてくれてありがとう。

 そういうところも大好きですよ、リア。



 ◆



 リア、リア、リア。わたくしの大切な大切なリア。

 時間が無限にあれば、わたくしが貴女を直してあげれたのに。

 時の流れとは酷いものです。結局……わたくしにはリアを直してあげることができませんでした。

 それだけが、わたくしの心残り。


 仕方がありません。

 わたくしは勝負に負けた、ということなのでしょう。


 後は、「貴女」に任せます。

 ですから、リアを、必ず。



 ◇



 こんな夜中に何をやってるかと思えば……。


 あれからセラには一言も声をかけずに寝てしまおうと思って硬いベッドに寝転がっていたのだけど、セラが気になって気になって……とてもじゃないけど眠れなかった。足を痛めてるセラはちゃんと着替えを済ませることができたのかな。ちゃんと眠っているのかな? 明日ちゃんと起きてくるよね?

 そんな風に4時間くらいあーだこーだ考えていたわけさ。そしたら、セラの部屋から決して小さくない音が不定期に聞こえてくることに気付いた。

 こんな時間にセラが何かしてるのか? そう思ってセラの部屋をこっそり覗いたのが間違いだった。

 いや、……これでよかったのかな。私自身軽い性格しているからね。ショックを受けたわけでもなく、ただああなるほどと思っただけ。


 想像での補完もあるとはいえ疑問の50%以上が一気に解けたよ。


 セラは私が覗きこんでいることに気付きもせず、作業に没頭している。木製のテーブルの上にいくつかの道具を広げてそれは行われていた。

 今は青白い光を纏ったドライバーのような道具を素早く動かしている。私が聞いたのはこの時に発生しているキリキリという音だったらしい。


 セラが行っていたのは「足」の「修理」だ。

 テーブルの上にあるそれが「足」であることは分かるんだけど、誰の「足」なのかは分からない。分からないけど、推測するのは簡単だろう?

 足の痛みを訴えていたのははたして誰だったか。古代技術の塊である私とは違って自動修復がない今の人形は、こうやって直さなければずっとそのままだ。だからこんな遅い時間に、こっそりと。


 私に気付かれないように直すしかない。


 睡眠不足はお肌の天敵ですよ、セラ。

 私は何も見なかったことにして、その場を離れた。


 さて、

 楽しいの楽しい追求タイムは朝になってから。

 今は大凡の行動パターンでも予測して、予め対応でも考えておこうかな。


 今までにその場のノリで行動することが多かったけど、さすがに今回それはダメだ。対応を間違えると最悪の展開になりかねないからね。

 ノーマルエンドはいいけど、バッドエンドだけは御免だよ。



 結局、私は一睡もしなかった。


 さて、


 姫様ではなく、「セラ」の攻略戦を開始するとしよう。私が望むのはハッピーエンドだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ