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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
木の葉を隠すなら森の中
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5

ズドン、パカッ、プシュ


僕がお昼ご飯を作るのに必要な時間を最大限有効に活用したいと、ファムの要求に応えるかたちで始まった魔術の訓練を口で表現した場合、大部分の人がこんな風に言うのではないかと思う。


「ズドン」は少なくない魔力を利用して作られた障壁にそれ以上の魔力をぶつけてむりやり穴を開ける音。

「パカッ」はエルが出来た穴の中に投げ込んだフラッシュバンの炸裂音。本来強烈な爆音が発生するはずだったそれは、小さな穴から漏れるようにして出てきたせいが妙に軽く馬鹿っぽく聞こえる。

「プシュ」は突入員と化したファムが障壁内部に設置されたターゲットへ風穴を開ける際に利用するようになってしまった氷柱の射出音。


室内への突撃を滑らかに行うための下準備をキッチリこなすエルと比較するのはさすがにアレだが、射撃精度や各種魔術の選択速度といった弱点を凄まじい速度で克服し、ファムは一人前の突入員へと近づきつつあると思う。

その最大の要因はやはり精霊との簡易契約だろう。

一般的な魔術師見習いと異なりファムには魔力の使用制限が実質的に存在しない。そりゃ錬度の向上っぷりが凄まじいのも理解できる。


さっき様子を見てきた結果を鑑みるに、もう少し上手く室内を清掃できるようになってきたら僕と一緒にやるのも良いかもしれない。

ただそれは平原での会戦が未だ主流のこの世界において、およそらしいとは言えない訓練風景なんだろうなぁ……。


って、いかんいかん。なべが焦げる。

ワイン樽に一滴の泥が混じればそれは泥水なんて言い方をされるように、この手のソースは底が焦げたら目も当てられないことになってしまう。


『エル、御飯できたよ。すぐ食べれそう?』

『もちろんだっ! 可能な限り急いでファムと汗を流してくるからもうちょっとだけ待っててくれ』

『了解。待ってる』


さて、今日のお昼ご飯もパスタの類である。

米粒があれば主食のバリエーションが広がって望ましいのだけど無いものねだりをしたってどうにもならん。いつかはこちらでラルラの実なんて呼ばれてるお米を目指して東へ向かいたいと思ってるのだが……。


生産地とうわさのガルドラ方面――つまり東行きの船代は決して安いものではなく、道中は海の魔物や海賊といった危険な要素が豊富で、今のところGPSの座標が刻まれた古代遺跡も存在しない。

とにかくリスクとリターンの兼ね合いが悪すぎて、他に何らかの理由が出来ない限り行き辛く感じてしまってるのが現状だ。ぐすん。


「お疲れ、汗を流してくるにはやたら早かった気がするけど」

「寝癖とは違うからな。じゃばっと水を浴びてぶわっと風で乾かせば一瞬だぞ?」

「良くそれで髪の毛ボッサボサにならんね」

「栄養の整った美味しい御飯を毎日食べていれば大体大丈夫だ。ウィスリスでよく見かけた貴族には美男美女が多かっただろう」

「ものっそい納得いかないけど反論できないから納得する」


少し大きめのクッカーから皿にパスタをたっぷりと乗せて二人へと渡す。


「うわぁ、良い香り」

「毎度ながらお昼も美味しそうではないか」

「お昼はチキンブイヨンを使ったトマトソースのパスタ。今回の探索は比較的短期間で切る予定だから材料も贅沢に使っちゃおうと思って」


村で余分な携帯糧食を売り払い、代わりに各種濃縮スープを作成したおかげで僕らの食糧事情は今のところ大変に良好です。

これに加えてキノコや灰汁の少なく短時間で食べれるようになる野草を採取していけば、ビタミンや食物繊維といった普段野外では摂取しにくいような栄養素まで得られるのだから気分はもうハイキングといっても問題あるまい。


全員にパスタが行き渡ってから自分の皿のをぱくりと一口。

この世界のトマトは完熟状態でも緑色のままなおかげでナポリタンというよりはグリーンカレーの様相を呈してるものの、食べて見れば青臭さも無くしっかりとしたトマトソースの味がする。

こっちに来て大分経ってもうすっかり脳みそも慣れたのか、この手のギャップにもはや違和感は覚えない。


「ん、なかなか」

「肉が入ってないのに鳥肉の味がするのが不思議……」

「じっくりことこと煮込んだ結果、形が崩れて繊維状になった鳥肉がちゃんと入ってるよ」

「そうなのか。色の濃いソースだからさっぱりわからなかったぞ」

「これどうやって作ったの? ユートもエルも生の野菜とか鳥肉とかなんて荷物に入れてなかったよね?」

「ふふん、僕とエルの莫大な魔力を持ってすれば前もって作っておいたスープを粉末状にして保存しておくなんてことも出来ちゃうんだ」

「あんまりにも魔力を食うものだからやるとグッタリしちゃうのが欠点なんだがな」

「ひょっとしてたまにある二人とも疲れた様子の日って」

「うむ。大抵これが原因だ」


この味わいは僕らが他の冒険者達に対して大っぴらに自慢できるポイントである。

遠距離の狙撃はいろんな意味でインパクトが大きすぎて自分から話す気にはとてもなれないし、フラッシュバンは試しに使おうにもインスタントなパーティでは連携の壁が高すぎる。


「私じゃ手伝えない?」

「しばらくは魔力増強の訓練を続けてからじゃなきゃ駄目だ。妾はファムが干からびるとこなぞ見たくは無い」

「うぅ、先は長いなぁ……。魔術を教えて貰って上手になるたび二人が遠くなっちゃう……」


ファムは頭を抱えるようなポーズを取りながらも、片手を器用に振って自分専用のマグカップに水を満たして喉を潤す。

自身の魔力だけでは到底実行不可能なその行為は、契約精霊であるエルの魔力をほとんどロスも無いままに扱う彼女の技術によって成り立っているのだが、本人はそういうところに気が付いていない。


「魔力の取り扱いは一部の例外を除けば一日で上手くなるようなものではないからな。……さぁ、腹ごしらえも済んだところで再び温泉目指して出発するぞっ!」

「夜までにはある程度、出来れば湯気の立つ支流くらいまで到達したい。そしてお風呂に入りたい」

「私は温泉卵が食べてみたい。ユートの故郷だと何でも温泉で蒸すんだよね?」


そういえばファムは自分のバッグの中に生卵を入れていたけどこれが目的だったのか。


「大丈夫。ユートとエルの分も持ってきてるよ!」


……段々と、ファムが僕らに似てきた気がする。







おそらくキッカ村の女将さんが知らなかっただけで、うわさの温泉は周辺地域でそこそこの知名度があるのではないかと思う。

というのも村を出て川の上流方向へと半日ほど進んだ結果、道っぽいものが出来てきたのだ。


「もう少し村で情報を集めておけば良かったかも」

「随分と古いが馬車の轍みたいなのも残ってるな」

「うわっ、ホントだ。秘境の温泉のつもりが実は普通に観光地とかだったら嫌だなぁ……」

「そうなったらそうなったで名物を食べ尽くすチャンスではないか」

「意外とお隣クシミナの人たちが生活する村だったりしてね。このあたりの国境って確かかなり曖昧だったよね?」

「目立った特産品も無ければ最初から人の集まるような場所でもないからな。非管理区域なんて呼んでしまっても良いかもしれん」

「そりゃいよいよその可能性がありそうだ。とりあえず向こうの人たちが信仰してる神様を馬鹿にしたら不味いのだけは覚えてる」

「大体それで大丈夫なはずだ。数百年の時を経て変わって無ければだが」


意外と不安だ。

人間社会は比較的短期間でコロリと変わっちゃう可能性が否定できないのですが。


「他国に行こうとする機会もなかったからあんまり考えてなかったけどさ」

「む?」

「過去の戦争の影響って結構でかいのかもね」

「そりゃつい最近の話なのだから影響くらいあるだろう」

「人間の視点からすると数百年前を最近と表現するのはかなり抵抗が。――ともかく当事者が誰も生き残ってないような状態なのにクシミナに関する資料がめちゃめちゃ少なくてさ。その先のセーファート連合とか海を挟んで向かいのガルドラ地方なんて卓上観光出来ちゃいそうなほどなのに」


ざっと表面だけ見た場合、ファルド王国とクシミナ聖王国の仲は悪く思えない。

少なくともタルノバではお互いの国の船員が和やかにやり取りしていて、同じ卓で酒を飲んでることすら珍しいものではなかった。


「国民と国そのものだとやっぱり係わり合いそのものが変わっちゃうんだろうなぁ」

「お互いにいつか向こうが攻めてくるかもしれないと思っているのだから仕方があるまい」

「最近は魔獣が増えてるからそれどころじゃないような気もするんだけど」

「そのうち押し付け合いが始まるのかもしれんぞ」

「やだやだ。そのしわ寄せは確実にギルドに来るじゃん」

「複数国を跨って中立の存在が無視できない程度の戦闘力を持っているのだから仕方あるまいて」


エルは腰に付いた水筒から水出しの紅茶を少しだけ飲んでから、わさりと幸せが抜け出して言ってしまいそうなほど大きなため息をついた。ぶっちゃけ僕の同じ気持ちである。


「……うん、そろそろ現実逃避は駄目じゃね? たぶん」

「やっぱり主もそう思うか?」

「個人的には一番来るべきじゃないと思ってたとこに来たよ」


つい、と視線を横に向ける。


――黒コゲの廃墟があった。

元々は数十人が余裕を持って生活できたであろうかなり大きなお屋敷は、すっかり炭だらけで住むにはおよそ適さない風通しの良いものへと生まれ変わっていた。

整備された道や柵などを見るとごく最近まで使われていたはずのそれらは火災によってほとんどが焼かれていて、時折生々しさすら感じる。


歩きやすい道を好んで進んだ結果、例の古代遺跡に近づいていることに気づいたのは日も落ちかけた本当についさっきのことだ。

路面もあぜ道のような適当なものから進むにつれて十分に踏み固められたものになり、休憩所のような無人の施設を見つけてからファムの様子はおかしくなった、……と思う。

温泉に浮かれてファムに意識が回ってなかった数時間前の僕をぶん殴ってやりたい。


様子を見る限り、積極的に来るつもりが無かったはずのファムの軟禁場所に来てしまった可能性が高いのだ。


いくら自身が売られて来たような場所とはいえ、重労働や身体を要求されることも無く食事を出してくれた存在が居た場所に何も思うところが無いなんてありえないだろう。建物が人為的な炎で焼かれていたとしたらなおさらだ。


だが、僕はこの施設が燃えていて幸いだったとすら思っている。


こんなことファムには口が裂けたって言えたもんじゃないけど、この施設がまだ稼動していたとしたらそこに住まう彼らはきっと彼女の身柄を要求したと思うのだ。

果たしてどんな思想で何をしていたのかなんて火災の影響でさっぱりわからんけど、日本なら中学生にも満たないような女の子を軟禁して失声症を引き起こしてしまうような奴らにファムを引き渡すつもりなんて全くこれっぽっちすらも存在しなかったわけで。


「キナ臭いよね。状況」

「錬度の高い盗賊、ほとんど物流が無いはずなのに裕福な村、付近に蔓延る奴隷商。誰がどこまで関わってるのかはわからんが全部が無関係ってはずはあるまい」

「いっそこの段階で襲われたほうが気楽だったかも。近くに敵の反応はある?」

「全くのゼロだ。周囲の警戒は朝からずっと続けているがここまで無反応だと逆に不気味だぞ」

「太陽の傾き加減もあんまりよろしくない。ここで野営はしたくないからもう少し持ちこたえてくれるといいんだけど……」

「最悪夜戦に持ち込めば鴨撃ちになるだろうに」

「そりゃ近づいてきた奴を問答無用で必殺するのが許されてるならともかく、無関係の冒険者とかだったらかなり不味い。もちろんそういう風にされるのも含めてだよ」


殺傷能力の高いライフルを持って初めてわかる事実。

ブッシュの向こうで動く生き物が居たのでイノシシかと思って撃ったら実は人間でした。という事実は意外と身近にあるという事。

現状近接戦闘のプロフェッショナルと鉢合わせしたら非常に危険なのが判明してるので、敵味方識別装置が存在しないのは射手として非常にストレスが溜まって鬱陶しい。

冒険者のROEとかギルドでガイドラインを作ってくれたりしないのだろうか。


「いっそ遺跡までは間に合わないか?」

「いや、直線で12キロメートルだから急げば間に合う。暗くなってきたらこっちが有利なはずだからその意見には大いに賛成」

「了解だ。……ファム、悪いが考えるのは後にしよう。このままじっとしていても何も得られないし、今は行動するべきだ」

「あ、うん。ごめんなさい。少し頭が混乱してて。元気が無いわけじゃないの、大丈夫」

「うむ、いい返事だ。最終的には主と妾でズバっと解決してみせるから期待していて欲しいぞ」


再びForetrex301モドキを起動して電子コンパスを確認。

おっけ、ラッキーなことにしばらくは道を走れそうだ。これなら日が落ちる前にたどり着けるかもしれん。


※ ROE(Rules of Engagement):

軍隊や警察で利用する戦闘のルール。

どういう条件なら敵と思われるものに対して攻撃しても良いかを決定するためのもの。

これが曖昧な組織では敵に頭を抜かれるまで反撃してはいけないなんて意味不明なルールが出来上がることも。

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