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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
木の葉を隠すなら森の中
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4

「さてと、それじゃあ私はここで」

「今回はご利用ありがとうございました。今後もラルティバ地区冒険者ギルドをご贔屓にして頂けたら幸いです」

「その台詞、まるで私ら商人みたいだよ」

「ギルドもお金を貰って運営している以上商売そのものですから。……売り物が多少暴力的ではありますが」

「違いない。またよろしく頼むよ。期待してる」


ククっ、と楽しそうにのどを鳴らす商人さんを笑顔で見送り、見えなくなったところで肩の力を抜いて軽く一息。

道中多少の問題はあったものの、荷物に被害も無く目的地のキッカ村まで到着できたのだから完璧に依頼を完了させたといっても問題あるまい。


「しっかしエル。キッカ村って予想してたよりも大分……」

「整った村だな」


広さはそれほどでもなく、人口だってそれに比例する程度なのだが。

建造物は木造だったり石造だったりして統一感は殆ど無いものの、そのどれもがしっかりと作られているのが見ただけで分かるし、道は十分な広さが確保されているおかげで商業用の大型馬車ですら問題なく通過出来てしまうだろう。

総戸数が少ないのも相まって、見た人によっては軽井沢の別荘地区のように思えたりもするんじゃなかろうか。


「村の中央を流れる川を船が流れてたりするあたり、結構大っきな産業があるみたいだな」

「前情報じゃ特に目立つような産業とかはなかったはずだけど、なんだろね。旅行本情報だとこの辺の川を上った先に秘境の温泉があるって話だけは聞いてるんだけどそれ以外は全然だ」

「どうも積荷を見る限りでは何かの薬草みたいだぞ」

「川で輸送する価値のある薬草か……。エルは護衛中に商人さんから何か聞いたりしなかった?」

「いや、道中は周辺の警戒で忙しかったから特に何も」

「そっか。後でそこらへんの人にでも聞いてみよっか」

「うむ。……それより主」

「ん?」

「この川の先には温泉があるのか。それは、是非、行っとかねばならんな」

「もちろん。秘湯めぐりは日本に居たときからやりたかったことだからある意味旅の主目標っても過言じゃない」

「あ、その……。私のことはともかく古代遺跡は良いの?」

「どうせ僕らが最初じゃないし、急いだところで疲れるだけだと前回思い知らされたから今回はゆっくり行くつもりだよ」

「そうなんだ……。前人未到の遺跡だとばっかり思ってた」

「実は意外と生活臭があったりするもんだからファムの期待には答えられないかも。たぶん魔獣とかも居ない」


思い返してみれば、インスタント麺のリフィルとかエネルギーバーの空箱が転がる古代遺跡ってどうなんだろ。

そりゃプラスチックやビニールは微生物に分解されないんだから残るのも当然だけどさ。ロマン的な観点で考えると凄く納得しがたい。マジで。


「さて、遺跡の中身は後で話すとしてまずは宿を探さねば」

「前回似たような状況で野宿だったことは心に深く刻んであるよ。今回はちゃんと入れる宿があるといいんだけど」

「全くだ。あんな経験はもう二度と御免だぞ」


やや焦ったようなエルに手を引かれて小走りで移動することおよそ十数分。

「探し物は最初に探した場所にあるが、最初に探したときには見つからない」なんて迷言があるように、焦りから来る洞察力の低下によってしばらく宿が見つからなかったのは、十分な笑い話のタネになってしまうに違いない。


そんなしなくても良かったはずの苦労をして見つけた宿は一階が食堂、二階が宿になっている比較的スタンダードなところで、温かみのある内装が落ち着きを感じさせて良い感じ。

ただ、まだまだ夕方になりはじめたとこだというのに、数人の村人達が既に酒を飲みつつ談笑中だったのには面食らってしまった。仕事はいいのだろうか。


「おや、見ない顔だね」


ぽかんとした僕らに近づいてきたのはおそらくこの宿の女将さん。

ふくよかな体形とそれに見合った声は妙な安心感みたいなのを感じさせるが、まずはその両手の料理を向こうのテーブルに出したほうが良いと思います。


「今さっき商人さんの護衛でやってきたばかりなんですよ。宿をお借りしたいんですが空きはありますか?」

「部屋なら十分に余ってるよ。まったく外の人に宿を貸すなんていつ以来だったか……。掃除は欠かしてないつもりだけど何かあれば言っておくれ」

「了解です」

「それと、どこかに移動するなら朝イチでタルラのところに乗せてもらいな。馬車は二、三日に一度しかないからそっちのほうからどこかに行ったほうが早いんだ」

「ありがとうございます。でも今回はちっちゃいんですけど目的があって」

「目的? 言っちゃ悪いがこの村に冒険者が期待するようなものなんて無いよ?」

「いえ、川を上ったところに温泉があるって話を聞いてきたんです。明日からはそれを目指して直進ですっ!」

「まさか、三人はそのためだけに?」


目を丸くし、唖然とした様子でこちらを見る女将さん。

確かに珍しいとはいえそこまで驚かれるとは思わなかった。


「冒険者は冒険がお仕事なんです。何か知っていることがあれば教えて貰えませんか? さすがに前情報だけで探すとなると大変な気がして」

「あんまり私らも詳しいわけじゃないけど、川を上った先に湯気を立てて流れる支流があるって話は聞いたことがあったねえ」

「おお! 主、いきなり有力情報だぞっ!」

「そう褒めないでおくれ。間違ってたときに恥ずかしいじゃないか」


女将さんがくねくねと揺れるたびに床板が僅かに同調しているのを突っ込まないように注意しつつ、チラチラと感じる視線の方向へと目線を向ける。

……ええ、大方予想がついてたけど頼んだ料理が出てこないことに気づいた男性陣のものでした。


しっかり骨まで食べられるかもしれない川魚の素揚げはぬらりとテカるソースで味付けがされてて、見てるこっちのおなかが減ってしまうようなものなのだから仕方なし。

後で落ち着いたら僕もこれ頼も。


「すいません。ちと視線が痛いので鍵だけ先に貰っても良いですか?」

「あら、気を使ってもらって悪いわね。それじゃあ鍵はこれ。お金は出るときに払って貰うけど二晩で半銀貨一枚だから」


そう言ってカウンターの上に転がされた鍵を拾って二階の客室へ。

小さいながらも清潔感のあるベッド、隣には備え付けの机と椅子が用意されてるおかげで日記を書くのも楽でポイント高し。


「主、入っても良いか?」

「入ってから聞く必要ないよねっ!?」


瞬く間に僕のベッドの上を占領したエルが気持ち良さそうに寝転がって息を吐く。


「こう、少なくとも見た目だけなら年頃の女の子なんだから」

「今さらではないか。それより主、ファムに魔術を教えるからちょっと手伝って欲しい」

「もう夕方なんだけど大丈夫?」

「使い切れなかった魔力を使うだけだから大丈夫だ」

「全然手伝うけどさ、あんまり子供のうちからそういう訓練ってしてても平気なもの? 筋肉とかは鍛え過ぎると発育に影響しちゃうって聞いたことあるよ」

「肉体に直接影響するようなものではない。が、やりすぎは正直宜しくない。魔力を使うときに必要以上に体から放出する癖が付くとマズイ」

「でも最悪一人でも出来ちゃうし、本人が強く望んでたりするならしょうがないか」


おそらくエルを待ちきれなかったのだろう。

半開きだったドアの向こうにはファムが居て、ちらちらと見える限りでは杖とコップと初級の魔術書を持ってるのだから。


「ファム。おいで」

「ごめんなさい」

「謝るようなことじゃ無いけど無理は駄目だよホントに。こう言われるのは嫌かもしれないけど身体だってまだまだ細いし、年齢で考えても子供なんだから」

「うん。でもユートだってそんなに年齢が離れているわけでもないのに、あんなにも強いから私も頑張りたくて」


あれ?


「いやいやっ! 僕ってば既に22歳だからねっ!? ファムと比べちゃうとちょうど10も上なんだから基礎的なものが違うって」

「えっ」

「えっ」

「……いや、ファムが驚くのはまだしもエルが驚くのはおかしい」

「前に話をしていたときは21歳だったろう?」

「こっち来てからもう半年以上経過してるんだから年齢だって増えるがな」

「な、なぜ話さなかったっ!? 主のとこじゃ誕生月にお祝いとかしないのかっ!?」

「人によるけど周りを含めて20を超えたあたりから祝わなくなったと思う」

「まさかそんなにさらっと流されるとは……」


がっくりといった感情をありありと外に放出しながらベッドの上でorzのポーズを取るエルを見てるとなんだか悪いことをしてしまったような気になってしまう。

そういえば僕もエルの誕生日を知らないし、ひょっとするとそろそろなのかもしれない。


「んじゃ逆にエルは何時なの?」

「この状況で言うのは妾が祝い事を要求しているようで非常に言いづらいのだが」

「僕とエルの仲で気にするようなことじゃなくね? ひょっとして近かったり?」

「いや、そんなに近くは無い。といっても妾の場合は正確な日付なんて分からなかったから適当なのだが一応、ジルバの月ってことにしている。なので誕生月まではまだたっぷり四ヶ月はあるぞ」

「そこは忘れないようにしとこ。折角のタイミングだから聞いちゃうけどファムは?」

「私は、えっと」

「直近の場合、申し訳ないけどケーキくらいで一杯いっぱいになっちゃうかも。そうじゃなければ僕らの頑張り次第で結構何とかなる」

「実は、その、ちゃんと覚えてるわけじゃないんだけど、たぶん再来月くらいだったと思う。……売られる前から誕生月を祝えるほど裕福でもなかったから」


極力心配されないようにか、平気そうにへらへらとした笑顔を浮かべて言い切るファムの姿を見るといよいよちゃんとイベントごとにしようかって気分になる。

後でエルと相談しなくちゃ。


「そっか、じゃあ今回こそは期待してもらえたら嬉しいな」

「何でもかんでも主や妾に任せてると食べ物しか出てこないから欲しい物があれば前もって考えておいたほうが良いぞ?」

「欲しいものなんてそんな。本当なら魔術を教えて貰うだけでもお金が掛かるのに」

「ならば魔術用の高機能な杖とか、いざって時の魔力充填用に調整された貴金属などがわりとオススメできるな。特に杖の扱いやすさは重要で、あるとないじゃ大違いだ」

「……少し前に武器の性能差は決定的なものではないってエルが言ってなかった?」

「……そんなことも言った気がするな」

「と、とりあえず魔術の練習を始めようか。室内だからあんまり派手なのは出来ないけど魔力の操作と効率化を目的にした訓練は僕とエルで用意してるから」


『寝る前に考えてたんだけど誕生月って何さ?』

『主のとこでも祝ってたんじゃないのか?』

『僕のとこは誕生日なんだ。時間はともかく日付くらいならあちこちで確認出来るのにわざわざ月で括る理由がわからなくて』

『あぁ、そういうことか。あんまり大した理由じゃないぞ?』

『そうなん?』

『うむ。昔は日付とかも月の満ち欠けでやってたから結構いい加減だったりしたのだ。だから誕生した日の次の満月にお祝いをするって文化がこっちにはあってだな』

『残ったんだ、それ』

『その通り。結局風習なんてものは世の中が便利になっても変わらず残りっぱだ。とはいっても正確な日付が出るようになったのは間違いないので最近の貴族達の中には誕生日と誕生月でそれぞれプレゼントを貰おうとしてるのも居るみたいだぞ?』

『逞しいなぁ……』

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