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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
木の葉を隠すなら森の中
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3

最近、僕らの居るラルティバ近辺では少数精鋭の盗賊活動が流行しているらしい。


普段なら選りすぐりとはいえ所詮は野盗。高度に組織化された貴族の私兵の方々が始末に向かうところなのに、貴族や護衛付の馬車を絶対に狙わないなんてプランを実行することでそれを回避してるそうで。

貴族が割合多めな町なのにもかかわらず、治安が優れるなんて神話が崩れつつあるのは明らかな問題だとギルドも認識していて、掲示板にその手の依頼が貼られたおかげで冒険者の間でも話題にだけはなっているのだが。

……前述の理由もあって治安の悪化なんてものを感じ取れる冒険者はほっとんどいないのが現実である。


実際その賞金につられた冒険者グループが毎日野盗を探して野山を健康的に駆け回っているのに全く成果は上がらず、毎日酒場で「敵が見つからねぇ……」って嘆いてるのだから危機感を持てってほうが難しいです。


「さあさあ、主。どうやら出発みたいだぞ」

「毎回このがっつんがっつんした衝撃には慣れんなぁ……」

「現状を冷静に考えて予測すると普通の馬車にまでサスペンションが回るのは大分後だな。妾と一緒に三百年くらい寝てればその頃には解決してるかもしれん」

「いやいや、それ僕死んでるって」

「む、そういえばそうだったな」


付き合いが長くなってきたのもあるのだろう。

時折エルは僕を人ではなく精霊か何かのようなイキモノだと思った発言がぽろりと出るようになってきた気がする。

ちょっとした冗談なんかも言わなかった出会った直後なんかを思い出してみると、遠慮がなくなってきたみたいにも思えて嬉しかったり。


「でもまあ、多少尻が痛いくらいで済むんだから運が良かったと思うぞ?」

「全くその通りで。……背中に詰まった携帯糧食が役立たずになることを切に願っても大丈夫かな?」

「向こうについてみないと分からんな。話だけ聞くと寒村ってわけでもないらしいから宿はともかく食料くらいは何とかなるだろう」

「ちなみに今の発言は何割が願望?」

「もちろん十割だ」

「駄目じゃん。自信満々に言い切ることじゃないぞそれ」

「私は美味しいと思うよ?」

「そりゃ主が何とか味を調えてくれてるからだ。ソースが尽きて単体で食べざるを得なくなったときの味わいといったら……」

「そ、そうなんだ」

「もちろんそれだけではないぞ? 見た目は悪いが保存性にだって優れた――」


グラム当たり、というよりは体積当たりのカロリーに優れるアレを何とか不味くない程度の気持ちで食べれるようになろうと、そりゃもう苦労した。

あらゆる臭みを無力化し、野生のヘビやカエルですらご馳走に変化させることが可能なことで有名なカレー粉があればなんてことも無いのだろうが、残念ながら港町のタルノバですら発見することが出来なかった以上、僕らで独自の対策を打たねばならないわけで。


セットで食べることによりイギリス的な苦しみを振りまいたビネガーや、意外とエルには好評だった自作のマヨネーズもどきなどを使い、どうにか美味しく頂くことが出来ないのかと研究した結果、唐辛子を効かせたドライトマトのスープ煮が最適であることが判明したのだった。


ある意味僕らの生命線といっても過言ではない。


そんな風に熱弁をふるってるエルを見てると、緊張感が金属ヤスリで削られるアルミのような勢いでなくなってきてしまって何だがとっても眠たくなってきたのだが、残念ながら今日はこのまま眠るわけには行かないだろう。

なんたって今日は馬車の護衛をしなくてはならないのだから。

しかも今回のは僕らの目的地であるハートルード山地方面に存在する、極めてマイナーな村へと荷物を運ぶ馬車への同乗なのだから当然気合だって入る。


「さて、じゃあ僕は御者台に行くからエルは周辺の警戒とかよろしくね」

「少し待て。妾が思うに最近の主はいささか働きすぎていると思うのだ」

「そうでもないよ?」

「ねがてぃぶだ。今の今だって眠そうだしな。というわけで今日は御者も周辺探査も妾がやるから主は少し休んでおくと良い」

「仕事を投げっぱとか人として駄目な気がするんだけど」

「……ふむ、一週間くらい前から主のやった仕事を思い出してみよ」


えっと、何だっけか。

まずは確か森に居た各種魔獣を討伐して証拠品とかを持って帰ってから居酒屋で荷物の搬入をやってみたり、湯治に来た人向けに必要だった薬草の採取とエル手製の湿布を割高でばら撒いてみたり、ほかにも森を通過する商人たちの護衛なんかもしてたような気がする。あとは料理店でヘルプやって新しい異世界料理を覚えてみたり。

って今更日数を数えてみるとラルティバに来てから二十日くらい経過してるのな……。忙しくて全然気づかなかった。


基本的に時間単価に注目して日夜問わず手当たり次第に回収しているので依頼のレパートリー自体は豊富極まりないのがせめてもの救いか。

刺身の上にタンポポを乗せるようなのがひたすら続いていたら発狂してたかもしれん。


「責任感があるのは良いことだと思う。だけどもう少し妾を頼ってくれたって罰は当たらんぞ?」


心配そうな表情を浮かべてるエルを見ると罪悪感がこう、むくむくっともたげてきたんだけど同時にやる気も出てきちゃったのが大分駄目な感じ。

今ならいつも以上に頑張れる気がする。場の雰囲気的にいえないけど。


「あ、うん。じゃあ今日はお任せしちゃおうかな」

「よろしい。では行ってくる」


颯爽と荷台と御者台を分ける分厚い革を潜っていくエルを見送ってから軽く背伸びを一つ。

やることがすこっと抜けてしまったものだからどうしたもんかと小一時間ほどぼけっとしていたのだが、エルが御者台に行ってからずっと落ち着かない様子だったファムが隣にちょこんと腰掛けてこちらを見てくる。


「ファム、さっきからどしたの?」

「ユート、少しだけ私のことを話しても良い?」


ファムは僕の右手を包むように握りながら、無理やり作ったようにしか見えない笑顔を浮かべながらそう聞いてくるが、どう答えたら良いかなんて考えたって分かりゃしない。

だから、うまくいくことを信じて小さく頷いた。


「ありがと。実を言うとね。ユートがそんな風にいろいろ思ってくれるほど私の生活なんて大したものじゃないの。毎日決められた時間に運動して、それ以外は部屋に一人で時々渡される薬を飲むだけ。今にして思えば両親に売られたおかげでいくらか健康的だったかも」

「売られたって……」


何もいえないよ。

何の不自由も無く今まで生活してきた僕には。


セーフティネットなんて高尚なものがほぼ存在しないこの世界において、何らかの力の無い人らの扱いは思いのほか残酷だ。

飯だってろくに食べることも出来ず、服装だってボロ以下で下手をすれば奴隷よりも酷い。

かといって自ら進んで奴隷になったとしてもうまくいくとは限らない。

一応この国の法でも禁止されているとはいえ、運が悪ければ魔術のターゲットにされて弾丸の威力調査に使われるような運命をたどる可能性だって存在しているのだから。

……精神衛生上、あえて見ないようにしていた風景を思い出してしまってファムより先に僕がナーバスになりそうだ。


「名前も貰えないまま抜け殻みたいな生活をしてたら気づいたときには喋れなくなってて。でも、それも幸運だったのかも。……あれ、なんでだろ? 凄く駄目な感じになっちゃった。こんな暗い雰囲気にするつもりは無かったのに」


視線を馬車の外に向けるファムは未だ笑顔のままで、それがまるでロボットみたいで少しだけ、ほんの少しだけ恐ろしく思えた。


「気の利いたセリフとかが思いつかないなぁ……」

「そんなの大丈夫だよ。でもユートは凄いね」

「今までの話の中に凄い要素が僅か一点すら存在しないんですが」

「カッコいい雰囲気? 一緒に居ると何とかなりそうって気がしてくるもん」

「全然格好良くないよ、それ全然格好良くないからねっ!?」


なんと不甲斐ないことでしょう。

慰めるべき立場の人間が逆に慰められてしまった。

……ぼ、僕には人生経験が不足しているっ!







『主、緊急じゃないがお知らせだ。進行方向右手側に複数の敵が引っかかった』

『ギルドのレポート読んでる限りこっちが見られてるとは思ってたよ。どうせ来やしないだろうから放置でいいんじゃない?』

『それがな。どうやらこちらを襲撃しようとしているみたいなのだ』

『ひょっとしてエルが冒険者の護衛だとは認識されてない?』

『うむ。……護衛をやると自信満々言っておきながら面目ない』

『そればっかりは僕が出てても変わらんのよね……。んじゃ今度こそお仕事行ってくるよ』

『了解だ。ファムは妾に任せておけ』

『あいさ』


あぁ、もうっ!

折角ファムと親交を深めつつあると思ったらこのザマですよ。

とっとと片付けてこよ。


「ファム、どうも近くに野盗が近づいてるみたいだからちょっと行ってくるね」

「大丈夫?」

「お任せあれ」


心配そうに僕を見てくるファムに笑顔を返してからゆっくり深呼吸。

……よし、行くか。


馬車の荷台から軽いステップで飛び降り、極力自身のシルエットを隠せるようなブッシュへと滑り込む。

普段と違って背中にスリングバッグがないから硬いツタが引っかかったりすることも無くて非常に快適である。


木の枝を踏んで乾いた音を立てるような間抜けな真似をしないように注意しながら、そろりそろりとターゲット達へ近づいていく。

今日の天気は曇天。タダでさえ光の届きにくい森の中はステルスに十分なほど暗く、自分らが狩られる側に回っていることに気づいてすらいないなら意外と近くまで接近できるかもしれない。


野盗の生け捕りはそこそこ儲かるんだよなぁ。

――何せ合法的に人体実験が出来るのだから当然だけどさ。


「なぁ、なんか嫌な予感がしないか?」

「ビビってんのか? むしろお楽しみの予感ならビンビンだけどな」

「御者の隣の女は杖みたいなのを持ってるって話が聞こえたぞ」

「どうせ飾りだろ? 少し前だってそうだったじゃねえか」


やれやれと首を振る野盗さんとニタニタ楽しげな笑みを浮かべる盗賊さんの二人組みは想像以上に小奇麗な服装をしてるのが驚きで、ぽかんとしてたときに嫌な予感なんて言われたもんだから思わず上がりそうになった声を抑えるのに苦労した。


多少周囲を観察すれば、大分離れたブッシュの先に白いシルエットが一人分チラチラと浮いてるのが見える程度。

ということでこちらから見て少しだけ遠い右側の、嫌な予感を感じていた野盗さんの後頭部にいつもより小ぶりな氷柱を射出。

炭酸飲料の気が抜ける音のコンマ数秒後、氷柱は軽い音を立てて頭蓋骨を貫通し、横ぶれしながら脳みそをかき回して元人間を作り出す。


「お、おい。急に倒れてどう――むがっ!」


血も僅かにしか出ていないせいで、死んでいるのか躓いてコケたのかすらも分からなかったらしいのは個人的にラッキーだった。

倒れた仲間の様子を探るなんていう、これ以上ないほどの隙を見せたもう片方の後ろへと近づき、手のひらで口を無理やり押さえつけてから無防備な背中へとナイフを突き立てる。

哀れな被害者は最後の力を振り絞ってこちらを見るも瞳は恐怖に震えていて、それもすぐに消えた。


『とりあえず二名クリア。そろそろそっちは接敵した?』

『うむ。妾の目の前には三人の盗賊共が居るぞ。真ん中が頭領で左右にそれっぽい仲間が揃ってるあたりが基本に忠実って印象で良い。今はのんびりと時間稼ぎをしているところだ』

『……なんか楽しそうだね』

『ちょっと怖がってやるだけで馬鹿みたいに反応するのが面白くてな。折角こちらを囲っているのだからほかにやるべきことがあるだろうと説教でもしてしまおうか』

『可愛そうだからやめたげて』


死体を隠してるときからたまに聞こえるようになった雄叫びはそれが原因か。

こいつら、実は馬鹿なんじゃないのか?


「ぁっ……ぅ……」


さっきの地点から街道沿いに数十メートル進んだ先で野盗の首を締め上げてる今この瞬間にだってそう思う。

あちらさんからすれば大切な馬車を襲撃するタイミングのはずなのに、一人で刃物を持って薄ら笑いを浮かべるとか何を考えてるのかさっぱりわからん。

この分だと少数精鋭って話も完全に誤報で、おそらく見切りや逃げが早いからそういう風に表現されてただけなのだろう。


意識を奪った後は手足をパラコードで縛ってキッチリ無力化。

これで残りの敵勢力はエルの目の前の三名だけ。

ついでに生き残りの野盗はギルドか騎士団派出所に提出すればしばらく分の滞在費になるだろう。一石二鳥で大変よろしい。


『さて、こっちは片付いたよ。そこの間抜け三兄弟はどれから撃てば良い?』

『いやいや、大丈夫だ。もう主に動かれてしまったとはいえ、今日はさっき言った通り妾が活躍する日なのだからそこでばっちり勇姿を見ていてくれ』

『ありゃ、そう?』

『うむっ! では行くぞ』


精霊も人と同じようにフラストレーションとかって溜まるのかな……?

意外なほど気合の入ったエルは目にも留まらぬ素早さで杖を振るポーズをしてから魔力を展開、不可視の衝撃波を生み出して一名を吹き飛ばす。


「高度に訓練された盗賊、などとは随分笑わせてくれるではないか」


先ほどまでとは全く異なる光景に圧倒されたのか、ぽかんとした様子の野盗に駆け寄って強烈なハイキックを叩き付けると、よろめくボディに拳を数発叩き込んでからアッパーカット。


「実際には魔術へ反応も出来ぬ三下だったとはなぁっ!」


ようやく自分が窮地に立たされてることに気づいたのか、慌てて腰の短剣を抜いた野盗ではあったがもう全てが遅かった。

エルは相手の右手を捻り上げて自由を奪ってから男の大事なところをやくざキックで蹴り付ける。


――見ていた僕のもキュンってなった。


短剣を手放して悶絶する男の胸倉を掴んで大地に叩きつけた上での顔面ストンピングは誰がどう見ても完璧なトドメ。むごい。


『うむ、オールクリアだぞ』

『ぐっじょぶ。エルが真正面から戦ってるのを見たのは久しぶりだったけどやっぱり鮮やかだなぁ』

『ふふん、そう言われると照れるではないか』

『照れない照れない。エルが頑張ってくれた分、僕も夕飯を頑張るから期待して欲しいな』

『ホントかっ!? なら妾は魚の塩漬けを使ったスパゲティが良いと思うのだっ!』

『ん、おっけ。任せてくれ』

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