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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
木の葉を隠すなら森の中
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2

さくり、さくりと大地を踏みしめながら見通しが良くて明るい広葉樹林の中を歩く。

日陰を通過して冷やされた風は外と比べれば遥かに涼しく、見上げた木々の間から差し込む乾麺のように細い太陽光がきらきらと輝いている。

数百メートルお隣の草原と比べれば酷く僅かなそれをなんとか効率的に受け取ろうと目一杯に枝を広げる小低木が何気に良い感じ。

レジャーシートなんかがあればクッキー片手に紅茶を飲みつつ、しばらくボケッとするのもきっと悪くないだろう。


少し見晴らしの良い場所に着いただけで車道や電線、そして誰かが捨てたコンビニのビニール袋が見えちゃったりする日本とは異なり、木々の向こうに見えるのは人っ子一人居ない大草原。

風に流れる草木の光景なんかも異世界アウトドアらしくて大変よろしいです。

そして何よりゴミの一つも転がっていないのだ。素晴らしいっ!


……。


こっちに来てからもう半年近く、すっかり馴染んでしまったこの生活の中でもそういう風に感じるぐらいなのだから自然なんてもんは侮れない。

実際、森林の中で晴れやかな気持ちになるのはどこかの科学団体がわりとまじめに調査して定量化してたはず。具体的な内容はすっかり忘れちゃったけど。


「森の中に居ると日頃のストレスが解れてくなぁ……」

「うむ、特にこの辺りの森は魔力が多くて妾としても快適だ」

「そういえば確かに濃いね。この分だとルクル草とか見つかっちゃうかも?」

「探す価値はあるな。うまい事見つけられればしばらく分の宿代になるぞ」

「ルクル草?」

「物凄く苦いけど食べると魔力が増える草だよ。結構な高値で取引されてるから一束でも見つければ数枚の金貨に化けるんだ」

「どんな見た目?」

「うーむ……。それは絵があったほうが分かりやすいと思う」


好奇心で目を光らせるファムのため、スリングバッグから防水ノートといざって時には人を殴ることも考慮されたボールペンを取り出して大雑把に線を引いていく。

地面に張り付いたワラビなんて表現がぴったりなルクル草は地味で目立たないが、形自体は特徴的なおかげで子供心と共に絵心が育たなかった僕ですら結構容易に書き分けることが可能であるっ……と思いたい。


「こんな感じでどうだろ」


自分から見ても出来が悪い、線がブレブレで残念なスケッチが描かれたノートを渡すと無言のままファムは周囲に目を光らせる。

視線が何度かノートと周囲を行き来した頃、道から外れた草むらのほうへとふらふらと歩き出したファムをあわててストップしようとした。


「ユート、あっち」

「待って待って、薮は危ないからっ!?」


想像以上に力強いファムに手を引かれて進む先は獣道にすらなっちゃいない薮の中で、油断すると分厚い生地で作られたカーゴパンツを貫通して足の裏や太もも辺りに茎が刺さりかねない。

ちなみに、こういう場所で適当な薮払いをすると先端が鋭く尖った茎が大量発生するのでやる場合は丁寧にやらねばならない。

まだ中学生くらいの頃、釣りに行ったときにそれをやってしまった結果、太ももにザックリと太く鋭い薮が刺さったのは今でもよく覚えている。あれは本当に痛かった。


「探してたのってこれだよね?」

「……マジ、で?」


魔力障壁で押しつぶすようにして薮を分けた先にはコケと色鮮やかなキノコが生える倒木が一本。

ファムの指差した木の根の先にはどういうわけだかルクル草が確かに存在していた。


確かにルクル草は食べれば魔力が増えるなんて効果を持つだけはあり、近づけば魔力のうねりみたいなものを感じ取ることが可能ではある。

でもそれはあくまで十分に訓練を積んだ魔術師やエルみたいな存在にのみ許されたものであり、ごく最近魔術を初めたような人間に可能は技術ではない、はずだ。少なくとも僕の知識ではそうなっている。

となるとファムはエルをも凌ぐ高度な魔力感知能力を持っているか、または――


「ファム、偉いぞ。こいつは間違いなくルクル草だ」

「さっきからこの辺だけ凄く変な感じがしてたの。良かった。私でも役に立てるよ!」

「おおう、私でもなんて言葉は使っちゃ駄目だ。自分自身を卑下してしまうと成長が止まってしまうのだっ!」

「そ、そうなの?」

「うむ、世の中で万人に認められている事実だ」


……胸を張って「むふー」と言い切るエルを見てたら考えるのがめんどくさくなった。


たしか日本にも四葉のクローバーを探すのがやたらにうまい小学生の女の子とか居たし、少なくともファムの表情を見る限りではこれだって似たようなもんなんだろう。


「にしても全部で三本もあるのか。ギルドで売ったら金貨で二枚はいけちゃうよ」

「帰ったらお祝いの一つでもしたいところだが滞在費を考えると……」

「大金を見つけてくれたファムには申し訳ないけどしばらくはその辺我慢。ギルドで借り上げてる宿にも小さいながら温泉あるんで今はそれが最大の贅沢って事で」







結局、本来の目的であったはずの魔獣化した狼の討伐は全く進まなかったものの、今日は高価な薬草を回収できたこともあって収支を考えたら大きくプラス。

ほかにも滋養強壮に優れたケイヒラの根っこもそれなりの数を回収できたのが結構デカイ。

これが群生する辺りにはその他にもよく売れる薬用植物が多く生えてるので、明日はその辺りを探索することである程度の利益をあげることが出来そうだ。


こう、パイを食い合う冒険者が居ないというのはギルド側からすれば無視できない問題点だけど、僕らからすると意外と良いのかもしれん。

何よりこの町には温泉があるのだ。こんなに嬉しいことは無い。


「うぁぁああぁぁー……。快適だぁ……」


うっすらと白く濁った温泉は滑らかなさわり心地でお肌にも良さそう。

治安やその他もろもろの事情でこの温泉は内湯しかないのだが、一部の超高級宿では風景にすら手を加えた露天風呂があるらしい。

そこで冷たいワインやら料理やらを食べながらまったりと過ごすのが貴族の嗜みだとか。

ギルドで酒を飲んでいた女性冒険者が「下らん趣味」だと馬鹿にしてたが、僕は一回その経験をしたらもう二度と戻って来れなくなる自信があるぞ。


もちろんそういうが無かったとしてもややぬるめで炭酸ライクなお湯につかるのは猛烈に快適で、今までの疲れが抜けていくのがはっきりと自覚できる。

広さだって十分。恥ずかしいからやらないけど泳ぐことだって不可能じゃない。

おまけに今この場に居るのは僕一人だけとか贅沢すぎるでしょう。


「おぉっ! なかなか良い具合のお風呂ではないかっ!」

「……えっ」


ガラリとドアの開かれる音がしたので出入り口を見れば、そこにはバスタオルみたいな大きさの布を体に巻いたエルが何故か居た。

思えばこの宿に温泉は一つしかないわけで、それで男女が利用するとなれば時間で区切るなりしてるだろうと思っていたのだが、どうもエルの様子を見る限りそんな事実は無い、のか?


「何でそんな固まってるのだ?」

「いや、混浴とは難易度高いなぁみたいな?」

「風呂上りにガウン一枚だけを羽織ってぐてっとした妾に対し、顔色一つ変えずに水を渡してくるような主が混浴ごときでそんな驚くとはむしろ妾が驚いたほうが良いのか?」

「あー……。思い出してみると確かに……」


今更かもしれない。


「それよりもだ。もうすぐほかの冒険者たちも帰ってくる時間になるらしいからゆっくりと湯船につかるとしたら今しかあるまいて」

「そっか。なら後ろ向いてるから軽く体流してから湯船に入るといいと思う。ホント快適だよ」

「妾も先ほど宿の従業員にそう言われてな。すっごく楽しみだったんだ。――ぷはっ!」


僕と同じように魔力で精製したお湯をかぶっているのか、温泉を頭からかぶるというよりは虚空に突然現れたシャワーを垂れ流しなんて表現のほうが似合う音が聞こえてくる。

大分昔、水も滴る良い女なんて話を友人としたときは確かにと笑ってたような記憶があるんだけど、いざ実際に体験するとそれほどでもないような……。


シャワーが終わるなりざぶんっ、と湯船に入ってきたエルを見ても特に何かを感じるようなことも無し。もちろん体にバスタオルを巻いたままだからっていうのもあるだろうけど。


「正直、チラチラとこっちを見るようなのを期待しなかったわけでもないのだが」

「湯船に突入するなり言うセリフじゃなくね? っていうかそれ見られると嬉しいの? それとも恥ずかしいの?」

「足して二で割ってくれ。少なくとも主に魅力的な女性と見られるのはそう悪い気分じゃない」

「そーですか……」


自分自身の羞恥心をガリガリと削りながら聞いた質問にケラケラとした笑顔を浮かべて返してきたエルを見てると、なんかもう意識するだけ負けな気がしてきた……。


「まぁ、そんなことより重要なのはこっちなのだが」

「どしたの?」

「見よ! 地ビールと冷たく作った鶏の和え物だ。特産なのだぞっ!」


大きめの器に盛られた和え物は和風と洋風のちょうど中間といった雰囲気の一品で、蒸した鶏胸肉を薄くスライスしたものとたくさんの野菜が折り重なってるおかげで見た目だって鮮やか。

きっとお隣に置かれてる赤茶色の液体との相性だって良いのだろう。十分に冷えているのか湯気と同じ原理で発生する水蒸気が上がっていて、火照った体にこれ以上の飲み物とか有り得ないって。


「ぐっじょぶ。でもどこで貰ってきたの?」

「従業員と温泉の話をしてたら仲良くなってしまったみたいでな。長湯するなら冷たい飲み物は必須だからと渡されてしまったのだ」

「後でお礼を言いに行かなくちゃ。でも今は早速頂いちゃおうかな」


久方ぶりに見た透明なグラスはぶつけると割れそうでおっかなかったので乾杯は無し。

痛いほど冷えたそれをぐりっと飲み込むと炭酸が激しく弾けるのが爽快なんだけど、あんまりにも冷たいせいで味が良く分からん。たぶん美味いんだと思う。


「鳥のほうもなかなか……」

「これは当たりだな。温泉町というだけあってこの手の蒸し物の研究が進んでいるのだろう」

「ん、これひょっとして温泉の蒸気で蒸してるんだ?」

「うむ、温泉の蒸気を使うことで余分な脂が落ちる上、健康にも良いらしいぞ」


きりりと冷やされても薄れることの無い鶏肉の味わい、しゃきしゃきとした野菜の歯ざわりのバランスは良好で、酸味が利いてさっぱりとした味わいのドレッシングがそれらをさらに引き立てる。

こういうとあれかもしれないが、さすがに宿代が高いだけはある。飯が美味い。


「うはぁ……。幸せ」

「ふふっ、主は大げさだな」


気づけば頂いた和え物もビールもすっかり無くなり、温泉によって広がった血管にアルコールと栄養素がじゃらじゃらと流れてくのがもう少しで実感できてしまいそうだ。


「大げさなもんか。ずっとこんな日が続くといいんだけど」

「良い具合の依頼がたくさんあれば何の心配も無くそれが続くと言い切れるのだがな」

「全くその通りで。なるはやで古代遺跡も探索したいし、ファムのことも調べたい」


……あれ? そういえば。


「エル、ファムはどしたの?」

「そういえば言ってなかったな。初めての薬草探索で随分と疲労が溜まったのかソファで寝てて起きないものだからベッドに寝かせてから妾だけこっちに来たのだ」

「うーん、無理させちゃったかな……」

「何もしなければいつまでも体力は付かんのだから安全が保障されているなら体力目的で歩くのだってきっと悪くないと思うぞ」

「なんにせよ体力がないと後々困るのも本人だからその辺はあきらめて貰うしかないか。後で滋養強壮に効果のある飲み薬だけ買ってくるよ」

「了解だ」


――ちなみに、僕が買ってきた飲み薬は確かに効果覿面で体調も随分良くなったらしいけど、物凄く苦くて美味しくなかったおかげかファムには不評でした。

もちろんあまり主張しない彼女が直接そんなことを言うわけも無くて、僕にお礼を言ってきたんだけどその様があまりも挙動不審だったので間違っていないと思う。


今後、この手の薬を買うときは注意しよ……。


『エル』

『どうした?』

『ファムが見つけてくれたルクル草だけど、あれはこの先の彼女のお金として取っておきたいと思うんだけどどうだろ?』

『予算、ぎりぎりだな。大丈夫か?』

『大丈夫。ノートにざっとまとめてみたけど何とかなる。だから夜間にアルバイトがてら薬草採取でもしてくるよ。エルにまで出て貰うとファムが一人になっちゃうし』

『……それは全然なんとかなってないし大丈夫じゃないと思うのだが。というかそこまでならば使ってしまっても構わないと思うぞ。何か考えでもあるのか?』

『んー、最終的にはファム次第なんだけど、学校行くかな? って思って』

『学校って言うとそこらの私塾じゃなくてウィスリスのことか。確かに奨学生が前提ならば結構何とかなるかもしれんな。でも何でそんな急に?』

『ほら、僕は最終的に帰るつもりで居るし、ファムがきっちり成人するまで一緒に居れるとは限らないと思うんだ。その時になってから“はい、さよなら”じゃあまりにも無責任が過ぎるし、前々から打てる手については考えてたんだよ』

『そう言われてみると確かに……。帰る手立てがついた段階でしっかりファムと相談したほうが良さそうだな』

『そうだね。でも現状だと方針決めくらいの意味しかないからあんまり深く考えないでもいっか。少なくとも直近の話じゃないだろうしさ』

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