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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
木の葉を隠すなら森の中
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お金って奴はさ、寂しがり屋なんだよ。

だから一人ぼっちの奴はすぐにどこかへ飛んでいってなくなってしまうし、たくさんあるところにはどんどん仲間が増えていく。

世の中のシステムがそうである以上どうしようもないことだし、現状を嘆いて歩みをやめることがどれだけ非生産的でくだらないことだかも自分自身良く分かっている。


でもな


「主、そんな肩を落とすんじゃない」

「落としてないから。全然」

「そんな様子で嘘をついたってバレバレだぞ? ファムだってそう思うだろう」

「ごめんなさい、私のせいで……」

「違う違う、そうじゃないだろう。一人分の経費が増えたくらいじゃどうにもならないような事態なのだ。最大の原因は最近冒険者稼業をほったらかしにしてあちこち歩き回ってたことだな」

「と、とにかくこの状態を嘆いててもしょうがない。回避のためには活動するしかっ!」

「うむ、やるぞ。目標は……そうだな、金貨で十枚くらいか?」

「わ、私も頑張る!」


身も蓋も無い言い方をすれば、ラルティバはお金持ちのための町だった。


そもそもこの世界における旅行なんてものはそれほどメジャーになっているようなものではない。

まともな移動手段は馬車くらい。しかも移動するだけで馬鹿にならないランニングコストが掛かる上、地球よりも遥かに多くの――それもカバ以上に危険な――生き物が生息し、雨が降った後のボウフラ並みの勢いで野盗が湧くおかげで身を守るための護衛だって必要になる。

そりゃ旅行なんてものが一般的になるはずもないし、周囲から人生の一大イベント的な扱いを受けることもなるほど納得できる。


この世界の住人で好き勝手に旅行を楽しみ、やれあそこの風景が美しいから見に行こうであるとか、どこそこの土地には魔力を増す泉があるらしいから行ってみようなんて事が可能なのはどうしてもお金持ちの貴族や商人、またはセルフディフェンスが可能な冒険者などに限られてしまうのだ。


しかも、冒険者なる生き物は基本的に遺跡や危険な未開の地で危険な生き物と戦い、高額な報酬を得ることに興味を持つが、温泉に行こうなんて思う奴は多くない。

だから温泉街の住人達がお客に合わせて自分達のサービスを変化させていくのだって当然だ。


……だけど、まさか宿を含むいくつかの物価が三倍近くまで跳ねるとは想像すらしていなかった。恐るべし温泉街価格。

食料品の類すら温泉の影響か付近で生産せずに他所から持ってきてるおかげでコストが跳ね上がってやたらと高く、生活するだけでお金が磨り減ってしまうとかまじで信じらんない。


「幸いここにもギルドはあるのだな」

「良かった。この前のおかげで二、三日は大丈夫だけどそれ以上は……。うん、ある程度日数が掛かってもいいから報酬の良い奴を貰おう。金欠による町付近での野宿とか涙出ちゃうから駄目」

「どの道報酬が良い依頼なんてのは一日で終わるものでもないだろう。折角の機会だから主の目的も並列に進めてしまっても良いのではないか?」

「そうだね。……よし、入るか」


周囲の建物に見劣りしないよう意識したのか、赤茶けたレンガを組み合わせて造られたギルドは堅牢な印象を見る人に抱かせ、入る人へ安心感のようなものを提供している気がしなくもない。

といっても中はいつもの通りに雑然としていて、お昼時だからか冒険者の数が予想していた以上に少ないくらいしか特徴は無いんだけど。


「もしかして冒険者の方ですかっ!?」

「え? あ、はい。そうですけど」


入るなり声を掛けられるとは思わなかったせいでものすごくシドロモドロな受け答えになってしまった……。

なのに受付さんは顔をぱあっと明るくしているもんだから、少し、嫌な予感がする。


「最近ラルティバで依頼を担当してくださる冒険者さんが全然居ないんです。だから私達ラルティバ支部の面々は御三方を歓迎しますっ! ささっ、どうぞこちらへ」

「ちょ、ちょっと待って……」

「待てません。タダでさえ外から冒険者の方を呼んで依頼を消化しているくらいなのに、こんな機会滅多にないんですから」


僕らとしても変な扱い――は受けてるけど依頼を受けられるのは万々歳だから今の状況にストップをかけるなんてのは有り得ない。

が、この手の扱いを嫌うような冒険者だったらどうするつもりだったんだろうか。

そんなどうでもいいことを思いながら押しの強い受付さんに引っ張られるようにして進んだ先は大抵のギルドが保有する応接室。

茶器が格納されたガラス張りの棚があったり、スタンドライトの軸にエングレーブが彫られてたりするあたり、他部署に比べて金の回りは随分と良さそうに思える。


「依頼書を持ってまいりますのでしばらくお待ちくださいね」

「僕のギルドカード忘れてますよっ!?」

「大丈夫です。上から下までより取り見取りですから」


何が大丈夫なのやら聞く暇すらなかった。

音を立てて閉まるドアを見送ることくらいしか出来なかったくらいですから。残念。


「なんかあわただしいなぁ……」

「でもラッキーだったぞ」

「確かに。言われてみればラッキーだったかも」

「らっきー?」

「あぁ、幸運だったってことだぞ」

「そうなんだ。じゃあ私もらっきーだね」

「んー……。それは、どうだろ?」

「ちょっと主。それを妾に振るかっ」


彼女自身については聞けば答えてくれそうではあるものの正直聞きづらくて、おかげであんまり事情が分かっているとはいえない。

おそらく両親に売られてしまったとかそういうのでは無さそうで、ついでに奴隷刻印までつけられてしまいにゃトロールにぐもっとやられそうになったことを考えるに幸運と言って良い……いや、良い筈が無い。


なのに彼女は笑顔を浮かべたまま言い切った。


「だって私生きてるよ? 奴隷刻印だって外して貰って今では魔術だって教えて貰ってる。これをらっきーじゃないなんて言ったらきっと神様に怒られちゃう」


参った。とても十歳前後の女の子が吐き出していいようなセリフじゃない。

こういう時ってどういう言葉を返してやればいいんだろ?


まず僕が同じくらいの頃ってどうしてたっけか。

もう随分と昔のことだからおぼろげながらにしか覚えてないけど、釣りに行って少しデカイ魚が釣れて大喜びしたりとか、下らないことで喧嘩して喚いてたりとかそんなだったような気がする。

彼女と同じ状況に当時の僕がなったとしたら、ひたすらにぎゃーすかと喚き続けて他の人達に笑えるほどの迷惑をかけていたことだけは疑う余地がない。


「そうか。依頼も一緒に頑張ろうな」

「うん。なるべく早く一人前になれるように頑張る」

「うむうむ、良い心がけだ。よろしい、ならば勉強だ」

「……勉強なの?」

「あぁ、冒険者たるもの最低限の算術と地理くらい出来ないと変な依頼を貰っちゃうからな。それに魔術をやるなら図形の知識と最低限の弾道計算能力は必須なんだぞ」

「うぅ……。がん、ばる……」


エル、ナイスフォロー。

僕なんて背中に薄く汗感じながら「そっか」なんていう風に返すだけで精一杯だったので大変に助かりました。なるほど、前向きな子にはああやって返してあげればいいのか。

一つ勉強になった。


「それで主」

「どした?」

「どうも依頼は大量にあるらしい。後ろを見るんだ」


多少焦ったようなエルの声に振り向けば見えたのは分厚いバインダーの山。

受付さんのお世辞にも肉付きが良いとは言えない細腕は見た目どおりの筋力しか持っていないのか、ぷるぷると震えて今にも崩れ落ちてしまいそうだ。


「さあっ、この中からどうぞお選びください!」

「りょ、了解です」


なんとか崩落を免れ、テーブルの上に重ねられた依頼書の一番上のバインダーを手に取ると、あるわあるわ、大量の依頼が信じられないほどスタックしている。

討伐だったり薬草採取だったり、探索だったりと種類は豊富。たまに護衛の依頼が混じってるのが恐ろしい。これどう考えても間に合ってないぞ。


「これ、全部未達なんですよね? もちろん……」

「はい……。新年祭が始まる前の依頼すら混じってます」


あんまり放置しちゃうと冒険者ギルドの信頼にも影響しちゃうと思うんです……。

大分昔にあった「この豚肉、日付が昭和です」ってセリフが印象的な旭化成のCMを思い出しちゃったよ。


「数ヶ月に一度ギルドから派遣されてくるSランカーさんが温泉のタダ券目当てで大量に受けてくださるのですが、今年に入ってから一度も来られてなくて……」

「王都の本部とかからは何も無いんですか?」

「念のため別要員を割り当てして貰おうとお願いだけはしていますが、いつ来るかに関しては全く分かりません。お願いです、出来れば複数件受けていただけないでしょうか?」


涙目になった受付さんの姿なんて生まれて初めて見てしまった。

とはいえこちらとて生活が掛かってる。あまりに単位時間当たりの報酬が低い依頼では宿に泊まることすら間々ならんし、ある程度は選別せねば。


「これ、……この薬草採取の依頼なんてやるだけで一日経過しちゃいますし、それで報酬が銀貨二枚とかじゃ誰も受けないんじゃないです?」


別に複数同時に取れるような依頼なら良い。並列に受けれるから。

でもこのロフォフォラの根――高い鎮咳作用を誇ることで有名――の採取なんて血眼になって探さないとまるで見つからないから適当な気分で回収するのはほぼ不可能なんよ。

それでいて報酬は宿一泊分にも足りないとか需要と供給を勘違いしてるとしか思えん。


「そうなんです……。なので、ギルドとして優先的に消化したい依頼をまとめさせて頂きました。こちらの赤い冊子もご覧ください」

「ありがとうございます。お手数かけてしまって申し訳ないです」


も、という言葉には突っ込まず、僕は再び頭を下げる受付さんから真っ赤に染まった、不穏な要素すら感じられる冊子を受け取って中身をぺらり。

冊子は依頼一つに付き大体A4二枚程度にまとまっていて、ページ数はざっと50ページほど。前置きが長いのも混じってたから依頼件数はおよそ十数件ってところだろう。


「これは……」

「どうしたのだ?」

「確かに緊急度が高い。ほら、これとか見てみ?」


僕の指差す依頼票を見たエルは真っ青になった。

ん、そこまで青くなるようなことじゃないと思うのだが。


「魔獣化した狼の排除じゃないかっ!」

「来るとき襲われても全然不思議じゃないって治安的にどうなんだろ」

「うぅ……。すいません。本当にごめんなさい」


魔獣化した生物はより自身の魔力を高めようとして魔力を持った別の生物を喰らおうとする傾向があり、大抵の場合そのプライオリティのトップに位置するのは人になる。

特に狼なんて移動速度も速ければ数も多いので放置すると商人が犠牲になりやすく、そうなれば当然物流が滞るので物価が上がり、最悪スタグフレーションしかねない。


おかげで僕らは温泉の蒸気を利用した蒸しパンを食べ損なった、かもしれない。叩き殺してやる。


「まずこれ受けます。町の食料品が高いのはこの辺も原因だと思うので」

「助かりますっ!」

「あと並列に受けられるとなると雑多な魔獣の討伐および換金部位の回収、努力目標で薬草採取程度に収まるかと思いますので、そのあたりは行動後に可能な報告だけしていく流れで良いですか?」

「もちろん問題ありません。依頼などについて何か質問などはありますか?」

「あ、それなら安い宿などを紹介して貰えませんか? 特に温泉などは不要なので普通程度に綺麗なベッドと安全が保障されてれば問題ありません」


このお願いは結構切実。

どの依頼も内容的に一日で終わるようなものはおそらく無いし、魔獣化した生ものが存在する区域でキャンプするとか冗談にしても笑えない。まだ馬小屋レベルの宿のほうがマシですぞ。


「あ、主っ! 折角ここまで来たのに温泉無しなのかっ!? 妾は残念だぞっ!?」

「ほかに無ければ選ぶけど泊まらなくても温泉には入れるじゃん」

「あ、う……。そうだ。ファムだって温泉入りたいだろう?」

「私は高いとこは嫌……かな。ごめんなさい、エル」


全く何を言ってるのやら。

温泉には入る。これは確定事項だ。僕も日本人だし。

だけど一泊数万円もするような高級旅館クラスの宿に泊まる必要性は全く感じないぞ。

ちゃんとアウトドアした先に秘境の温泉があるのも確認してるし、個人的にはむしろそっち方が楽しみ。


「大丈夫です。ギルドが契約している宿がありますのでそちらをご利用下さい」

「ありがとうございます。ここらの宿が全部高給取り向けのだったので助かります」

「あのあたりのは仕方が無いですよ。そもそも狙ってる層が層ですから」

「依頼もたくさんあるみたいなのできっとしばらく滞在することになると思います」

「いつだって歓迎です! 今からもっと持って行ってくれてもいいんですよ?」

「……いや、それは消化不良を引き起こしそうなのでやめときます」


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