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エルと共にガルトの町に戻る。
時刻は17時を過ぎ、沈みだした太陽は辺りを真っ赤に照らす。
東門を再びくぐると朝と同じように商店はあるものの、人の姿はそれほど無い。
商人たちも最後の売込みを行っており、この売りが終わったあとはおそらく食事にでもいくのだろう。
それらの風景を見ながら僕はゆっくりとギルドに向かって歩いていく。
なんとなく三丁目の夕日を思い出させるような光景で、意味も無くセンチな気分になった。
◆
ギルドに入ると信じられないことに活気に満ち溢れていた。
ランプによって薄暗く照らされた室内。
昼にはいつもガラガラだった酒と軽食を出す店のテーブルはほとんどが埋まり、仕事終わりの冒険者たちの喧騒があたりに響く。
掲示板の周りには明日受ける依頼を探しているのか人だかりが出来ている。
ガラガラでいつか潰れるんじゃないかと思っていたが、どうもそれは杞憂だったらしい。
しかしこのギルド、朝と昼は人がいないのか。
僕とエルは依頼されたプランタ草を渡すため、人の間を縫ってカーディスさんのいるカウンターへ。
「カーディスさん、朝受けたプランタ草の依頼の件ですが」
「おう、ユートか。その分だと終わったみたいだな」
この人なんで分かるの?
ひょっとしたら仕事を放棄しますとかそういう報告かもしれないじゃないか。
「よくそんなこと分かりますね。確かにその通りですけど」
「コレくらいできないとギルドマスターは務まらん」
ギルドマスターって凄いな。洞察力高すぎでしょ。
僕はドロップポーチからプランタ草を全て取り出してカウンターの上に並べる。
カーディスさんはそれらを一つずつ確認すると納得したのかプランタ草を束にして小箱にしまった。
「ふむ・・・プランタ草の状態もいいが、何より仕事が速いのがすばらしいな」
「それは僕の力というよりはエルの力ですね、半分以上はエルが採取したものですし」
「そのお嬢さんがか、人は見た目によらないな」
「エルは本当に頼りになりますよ。もし僕一人だったら今頃野垂れ死んでいたかもしれないくらいです」
「そんな風にほめられるとちょっと恥ずかしいのだが」
「いや、でもねえ・・・」
「ははっ、仲が良さそうで結構なこった。ほれ、追加で5本あったから合計で銀貨3枚と半銀貨1枚だ」
「毎度ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
「こっちこそな。・・・そういえば飯はどうするつもりなんだ? 暗い中店を探すくらいならここで食ってくと楽だぞ」
「そうですね。思えばここで食べたことがないのでちょっと楽しみです」
「そこら辺に座ってちょっとまっとけ、フィーネが注文を取りに来てくれる」
「どうもありがとうございます」
僕とエルはちょっと歩いて誰も使っていない丸テーブルを見つけ、イスに座る。
「しかし驚いた」
「突然どうしたのだ?」
「この活気だよ。ほら、いつも昼にいたからガラガラな印象しかなくてさ」
「昼は暇なのよ、基本的に冒険者って奴は朝出て夕方帰ってくるからね」
「ど、どちらさまで?」
いきなり会話に割り込まれるとは思わなかった。
声のほうを向くとウェイトレスらしき格好をした20代前半の美女がいた。
燃えるような赤い髪を後ろで束ね、きりっとした目鼻の彼女は男よりもむしろ女の子受けしそうな気もする。
ただ、なんだか纏う雰囲気がおかしい、なんというか・・・こう・・・威圧的な感じ?
「あたし? あたしはフィーネ。ここでウェイトレスの真似事をしているよ」
「あ、さっきのカーディスさんの言ってた人か。すいません、メニューってあります?」
「ほい、これ。でも何も決まってないならお任せとかでもかまわないわよ」
「エル、お任せでいい?」
「任せてしまってくれ。妾は今メニューを見て考えるのも面倒なほどに空腹だ」
「どうやらそういうことみたいなのでお任せでお願いします」
「任されたっ! ちょっと待ってて頂戴ね」
そういって彼女は混雑したギルドを滑らかに歩いてく。
やっぱあの人身のこなし凄いわ。
僕だったら人にぶつかりまくってる。
「お待たせ、おなか減ってるみたいだからボリュームあるのを持ってきたわよ」
5分ほどエルと異世界談義をしていると早速一品目がやってきた。
持ってきてくれたフィーネさんにお礼を言って受け取るとそれはソーセージのスープ。
直径3cmほどのソーセージがぶつ切りにされ、黄金色のスープの中に浮かんでいる。
スープ中央にはキャベツの千切りが乗っており確かにおなかにたまりそうだ。
早速フォークでキャベツの千切りを食べるとどこかで食べたことのある味・・・ってかこれザウアークラウトだ。
塩気のあるスープがしみこんだザウアークラウトは実においしい。
続いてソーセージを一口。
ん? これ、ひょっとしてスモークしてないのかな。
ソーセージは肉の味がしっかりとしているものの、ソーセージ特有の香りが無く少しさびしい。
ただ、パテ状の肉の中にはごろっとした肉の塊が混ざっており、一般的なソーセージと比べて肉を食べている感じが強い。
それにしても異世界来てドイツ料理を食べることになるとは思わなかった。
「うまいなー、でもパンがほしくなる」
「パンとこの野菜の相性はかなり良さそうだの」
続いてフィーネさんが持ってきてくれたのはサンドイッチ。
そういえばここってどちらかというと飲み屋だからいわゆる定食のようなものは無いのか。
それにしてもこのサンドイッチ、日本のものとはかなり違う。
日本のサンドイッチはパンを食べるために具を挟んであるが、このサンドイッチは分厚い具を食べるために薄めのパンで挟まれている。
皿に乗ったサンドイッチは複数種類あるが、目を引くのは分厚いチキンフライドステーキを挟んだものとたっぷりと何かの肉で出来たパテを挟んだものの二つ。
どちらも見た目どおりの味とボリュームで、コレ一つ食べるだけで随分とおなかにたまる。
うまい、凄い幸せ、生きてて良かった。
特にパテのサンドイッチのほうは独特の香草が肉の臭みをかなりうまく誤魔化してあり、うまみを最大限に引き出している。
チキンフライドステーキのサンドイッチに関しては完全に見た目どおりの味なので特に何かいえることは無い。
もともと大してナーバスな気分にはなってなかったけど、今日の嫌な気分が完全に吹き飛んだ気がする。旨い飯万歳。
ソーセージのスープとサンドイッチを完食してからコーヒーっぽいなにかを飲みつつボケッとすることおよそ1時間、そろそろ宿に戻ろうか。
「はあ? 満席かよ、空きはないのか?」
「こっちはガルトウルフを10匹以上も狩ってきたんだ、換金は終わって金もある」
ちょっと荒っぽい男二人の声が聞こえる。
時刻は19時前、街灯の無いこの世界で今から飯屋を探すのはなかなか大変だろう。
ギルドに併設されたこの飲み屋は遅くまで開いているが、大抵の定食屋はあまり遅くまで営業しない。
ガルトウルフ10匹がどれほど疲れるのかは分からないが、この時刻に満席というのはなかなかにインパクトが強い。
声を上げる男たちを見ると、随分と戦いなれた雰囲気だ。
両方ともうらやましいことに身長は170cm以上ある。
皮をなめして作ったと思われる胸当てにかなり頑丈そうな布の服。
二人とも腰には長剣を下げている。
暗いので顔は良く分からないが、声から勝手に予想すると相当厳つい。
・・・ヤベッ、目が合った。
こんな暗いのになんではっきりとこっちを見てくるんだよ。
あー・・・こっちくるよ・・・。
「おい、なんでガキがこんなところで飯を食ってるんだ」
「すいません、もう帰りますので」
子供扱いにちょっと腹が立つがここは低姿勢でいこう。
今日はこれ以上面倒なことになりたくは無い。
僕がとっとと帰ろうとすると右肩をつかまれて
「まあちょっとまてよ、隣の女はかなり美人じゃねーか。ちょっと付き合えよ」
「何で妾たちがお前らと付き合わねばならんのだ? 馬鹿は休み休み言え」
「そんなつれないこといわないでさ」
「その口を閉じろ馬鹿者共。主とならともかく妾はお前らと酒を飲む気は無い」
鈴が鳴るような声だが、その内容は攻撃的。
その人顔真っ赤だよ?
僕の肩をつかむ手に力が込められる。イタイ。
ついでに力のこもった熱い目で凝視されるが少しもうれしくない。
「このガキっ・・・ぼこされたいのかっ!?」
えー、なんでそれで僕に敵意を向けるわけ?
そりゃエルに向くよりはいいけどさ。
只者じゃないと思われるフィーネさんならこの状況を何とかしてくれると思ってそちらを見やると笑顔でサムズアップ。どうしろと?
しかしもうこれだと喧嘩は避けられそうに無いかな。
こんな状況だというのに周りは普通に飲んでるし騒いでるし、この状況をどうにかしようとする雰囲気がまるで無い。
ひょっとすると日常茶飯事なんて可能性、ヘタすりゃ娯楽扱いなのかも知れない。
「少しは何かいったらどうなんだ!」
声と同時に振るわれる腕。
ちょっと油断してた、まさかこんな広くない室内で乱闘騒ぎを起こすとは思ってなかった。
肩をつかまれているので避けることもままならない。なのでそのまま右手で受け止める。
「なっ・・・」
受け止められるとは思っていなかったのか驚く男を見つつ僕はそのまま左手であごを突き上げる。
悲しいほどの身長差の都合、それほど威力はないと思うが、アッパーカットっていうのは直撃すると脳が揺られるので衝撃の割りにかなりダメージがでかい。
あっさり地面に倒れる男、もう一人の男はさすが冒険者というところか現在の状況を素早く理解し戦闘モードに入る。
「この糞ガキ・・・舐めた真似してくれるじゃねーか!」
よくもまあ戦いながら喋れるな、と思う。
僕ならきっと舌をかんでる。
男が突っ込んでくるが、その動きは全く早くない。
夕方の狼のほうが早いくらいだ。
相手の腕を落ち着いてはじき、タイミングを見計らって同じようにアッパーカットで脳を揺さぶってやる。
そのまま男が崩れ落ちて動かなくなることを確認してから辺りに被害がいってないことも確認する。
右よしっ、左よしっ、辺りに被害なし。完璧だ。
とりあえず食事代だけ払っておかないと。
「すいませ~ん、こんな状況なんで先にお会計だけ済ませちゃっていいですか?」
「意外と度胸据わってるわね」
「そうですか? 僕は自分のことをビビリだと思っているのですが」
「ビビリは普通外に助けを求めるものよ?」
「いやいや、普通に助けもとめてましたからねっ?」
「あの視線? あたしは”任せてください”の合図だとおもったんだけど?」
「・・・・。ともかくお金払います。いくらですか?」
「ソーセージのスープとサンドイッチ、コーヒー。それぞれ二人分で銅貨19枚だね」
僕はジャケットから銅貨を取り出して支払う。
そろそろ子袋に分けて保存しないと複数の銅貨を取り出すのが面倒だな。
今は財布代わりの袋にざくっと硬貨を入れているが、サイズの違う硬貨が指の隙間から零れ落ちそうになるし、何より電子マネーによる支払いに慣れた身としてはこの時間が非常に面倒に感じる。
「毎度ありっ! またね」
「出来れば次は安全にご飯が食べられるといいのですが」
「あたしが思うにそれは運しだいね」
「そーですか・・・」
嗚呼、おいしいご飯による幸せ分があっという間に抜けた気がする。
ともかくカーディスさんに報告しておかないと後で面倒なことになりかねない。
それにしてもこんなことがあったにも関わらずロクに変わらない店内の雰囲気を考えるとやっぱこういう喧嘩とか騒動とかは日常なのかな。
・・・嫌な日常だな、ホントに。
ギルドカウンターに向かうとニヤニヤとしたカーディスさんが僕を待っていた。
「面白いことになってたな」
「そんな顔で見ないでください、かなり悲しくなりますから」
「大方、あの馬鹿共の対応についてだろ? 任せておけ」
「よろしくお願いします」
「全くあいつらも、Fランクになったばっかりだって言うのになんで喧嘩を売るほどの自信がつくのかね」
「僕に聞かれてもさっぱりですが、やっぱり生来のものってのがあるんじゃないですか?」
「何気にきつい一言だな。それにしてもユート、お前自分のこと魔術師って言ってたよな?」
「そうですけど、何かありました?」
「いや、普通魔術師が喧嘩なんてなったら魔術でドカン、だからさ」
「相手も腰に剣ぶら下げてましたけど抜いてなかったじゃないですか。諸事情あって僕は今杖も無いですし。仮にあったとしても殺意の無い人間を殺すのはちょっと・・・」
「殺すって・・・威力押さえりゃいいだろうが」
「苦手なんですよ。暴発してギルドに穴が開いたら目も当てられない。ただでさえ僕は金欠なんですからね?」
「・・・・・・」
黙ってこちらを見つめるカーディスさんの視線がイタイ。
「と、ともかく僕は帰ります。また明日もよろしくお願いします」
「おう、お前の来る時間はどうせお前しか居ないだろうから待っててやるよ」
『やることやったし、宿に帰ろう』
『了解だ』
僕はエルとともにギルドを出る。
はあ、明日はもう少しマシな一日だといいなぁ。
「そういえばなんだけど。カーディスさんは魔術/魔術師っていってたけどさ。魔法/魔法使いとの差ってあるの?」
「魔法は御伽噺に出てくるような空想上のもの。体系化された魔方陣と魔力で実行するものが魔術だな」
「なるほど、今後自己紹介するときは魔術師のほうが良さそうだね。魔法使いなんて言った日には危ない人で見られるかもしれないってことか」
「そうだの、初日のギルドでの発言は危なかったぞ」
「・・・今後は気をつけるよ」