4
ふわりとタバコの紫煙が狭い室内の天井へと昇っていく。
タルノバの警備を一手に引き受ける警備の方々に連れてこられた先は小さな部屋だった。
光のほとんど入らないくすんだフィックス窓と最低限の工数で作られたに違いない簡素なイスの座り心地は今二つ、同じく微妙な出来の机にはたっぷりの吸殻が残っていたりするものだから居住性に関してはお世辞もいえないほどによろしくない。
ついでに言えば真昼だってのにトリチウムの光が薄ぼんやりと認識できる程度には暗いのもマイナスポイントだと思うんだ。
「これが応接室っていうんだから申し訳ないよ。ほんと……」
「いえ、その、なんというか。大丈夫です」
申し訳なさそうな様子の若手の人に対してマトモなフォローすらできないこのありさま。
しかも、先ほどから何人かの衛兵たちが紙巻タバコに近いものを吸っては部屋から出て行ってる辺り応接室とは名ばかりで、実際には喫煙室なんて呼び方が正解なんだろう。
……しっかし暇だ。
いまいち要領を得ないまま捕まってから待機することもう二時間になろうかというところ。
何か事件が起きたのか、いつでもそうなのかはわからんけど、署内が蜂の巣をつついたような騒ぎになっているにも関わらずタバコを勧められたり飲み物を勧められたりと、先ほどからの扱いを考えるに少なくとも犯罪的な何かで確保されたわけではないようなのだが。
この状況に耐えられなくなったエルがファムにオセロを教えながら遊び始めたのが一時間前、こうなると二人に声をかけて邪魔するのも気が引けるし、かといって目の前の衛兵さんと気楽に世間話が出来るような状況でもない。
外ではお昼を告げる鐘が鳴ったりしてるのでそろそろ動きがあってもいいとは思う今日この頃。
「う、そこはっ……!」
「……」
いつの間にかルールを十二分に把握したファムとエルの白熱したオセロ対決に羨ましい思いを抱きながら、近くで買ってきた周辺観光ガイドをぺらりぺらりとめくっていく。
魚介は十分堪能したから次は山の幸か、それともあちこちの地ビールや果実酒を狙うか、それとも風光明媚な観光名所を狙って次の国に移動したりとか。
あとは……。
「うぅむ、近くに温泉があるのか……。日本人としてこれは、是非、行っときたいかもしれん」
「ラルティバだよね。なかなか良かったからボクからもオススメできるよ。一般庶民が暖かいお湯に浸かる機会なんてほとんど無いからさ」
「うえっ?」
大学の研究室でつぶやいたのならまだしも、こんなところでの独り言に反応が返ってくるとは毛ほども思ってなかったせいで思わず間抜けな顔を晒してしまった。
「久しぶりだな。そっちは覚えてないかもしれないが」
「ユート君が居るって聞いたからボクらは来たんだけどな。覚えてない?」
ようやく目が合ったときに言われた台詞がこれとか申し訳ないやら情けないやら……。
いつの間にこの部屋に入ってきたのかすらわかってないんですけど。
一人は彫りの深い顔をした男性。
最近では随分と見慣れてきた薄青の髪の毛は短く揃えてあるおかげで清潔感にあふれている印象。
何より高身長なのが本当に羨ましいったらない。
もう一人はその相棒と思しき少女で、深い海の色の瞳を楽しげに輝かせながら男性の背中を軽く叩く仕草が妙に印象的だった。
艶やかなチョコレート色の髪の毛をポニーテールにまとめているのがその行動とバッチリマッチしてて快活な印象を辺りに振りまくんじゃないかと思う。
一言で片付けてしまうなら見覚えがある、というかこんな印象に残る人達を忘れるとかありえんて。
「ばっちり覚えてますよ。お久しぶりです。スイークさん、フィーリアさん。武技大会以来ですね」
「ふふん、やっぱりボクの言った通りじゃん。賭けに負けたんだから今日の飲み代はスイークの奢りだね」
「くそ、俺だったら絶対に覚えてない自信があったんだが……」
頭を抱えて困ったフリをするスイークさんとそれを見て笑うフィーリアさん。
先ほどの発言を考えるにおそらく僕らに対して何かしらあるんだろうけど。
「ま、待ってくれファムっ!? 四つ角が取られると妾の勝算が限りなく薄れてしまうのだがっ!」
「……」
未だオセロに白熱する二人を見てたら考える気すら起きなくなっちゃったよ。
◆
ところ僅かに変わって案内されたのは詰め所の会議室。
さすがに先ほどの応接室とはあらゆる点で異なり、什器の類は色やデザインも揃ったちゃんとしたもので室内の雰囲気だって相応に硬くてらしいのがいい感じ。
一点だけ意見を述べさせてもらえるなら、もう少しパーティションの出来を気にしてくれると会議の品質が大幅に上がると思うんですがどうでしょうか?
お隣の居室の喧騒がほとんど防御なしで漏れてくるのは集中力に確実なマイナス補正となりますし、何よりセキュアじゃないと思うんです。
もっともこんな六名しか居ない、しかもそのうち五名は冒険者ギルド関係なんていう状況じゃ騒音とかセキュアとか気にするのも馬鹿らしいのかもしれないけど。
「遅れちまって悪かったな」
「全くだよ。でもサージンが遅れるなんて何かあったの?」
「今回の問題でいろいろとな。それも含めて今から話すから適当に聞いてくれ。何か疑問点があればその時点で適宜聞いてくれて構わない」
サージンと呼ばれたこの中で唯一の警備側担当者は疲れたような口調と仕草で今日の日付だけを黒板に書き込んでくるりと振り向く。
「んじゃ、まずは現状からだな。これに関してはぶっちゃけあまり良いとはいえない。というのも元々警備隊の人間はぎりぎりで構成されてたからなんだが急な事件が起きるととにかく人が足りん」
「縄張り争いであんま仲良くないはずの冒険者に仕事振ってるくらいだもんね」
「街の治安維持とかならともかく、外回りに関してはガンガン投げちゃってもいいと思うんだけどな。特にこの時期は流通が増加する時期だから部隊を送り込むにも人材がロクに居ねえんだし」
「といっても警備隊と違って冒険者は腕一本で稼いでるゴロツキ紛いも少なくないから仕事を投げにくく思うのも仕方ないだろう」
「まーな……。俺もお前らとのつながりが無かったら冒険者使おうとはたぶん思ってなかったし」
「そういうこった。で、あまりよろしくない状況ってのはどんなんなんだ?」
スイークさんの言う冒険者像があまりにも的を射てて思わずうんうんと僕まで頷いてしまった。
「実はさ、一昨日くらいに野盗の住処を叩いてもらったじゃん?」
「あぁ、ちゃんと要求どおり捕獲もしたから良く覚えてる」
「今日の朝行ったらあいつら殺されちゃってた。いや、ほんと参ったよ」
さらっと。
ともすれば「あ、そうなんだ」で聞き流しかねないほどあっさりとした口調で放たれた衝撃的な一言は冒険者組みの顔を見る限りに強烈なインパクトを与えたに違いない。
「ボ、ボクらが盗賊を持って帰るのにどれくらい苦労したか知ってる?」
「いや、スイークとフィーリアで苦戦してる姿とかちょっと予想するのが難しいんだけど」
「だってあいつ等垢だらけでお風呂も入ってないし汚いんだよっ! ロープで引きずって帰ったらたぶん死んじゃうじゃん? それを担ぐボクの気持ちにもなってよっ!?」
「ってか殺されたってまさかここの牢屋をぶち抜かれたのか?」
「あぁ、それとこれはあんま言いたくないんだが……。内通者が居るみたいでさ」
最後の部分は小さな声だったし、聞き間違えだと思いたいんだけど。
普通に考えたら牢屋に侵入されるとかそういうのなしで出来るものじゃないよな……。
「……本当に大きな声じゃ言えないな」
「全くだ。おかげで今朝から署内は大騒ぎであれこれ全体の方向性を定めようと頑張ってるみたいだけど上手く行ってないのが実情ってあたり涙出そう」
「おまけにサージンの上司はあのルストークと来たもんだ」
「馬鹿、聞こえたらどうすんだよ。スグ近くに居るんだぞっ!?」
「そう思うならもう少し防音を気にした部屋を取ってくれ。ギルドの談話室より音が漏れてるじゃねーかこの会議室」
「まともな部屋は全部使用中で仕方なかったんだよ! 俺だってもう少し、お茶くらい出るような部屋を使いたかったんだって」
「落ち着けって。サージンが遅れた理由も想像ついたし、大事なのはこれからどうするかだろ? その辺は決まってないのか?」
「はぁ……。さっきも言ったけど組織としての方針は決まってない。だけど俺の方針って意味なら話せるけどそれでもいいか?」
「おう、サージンなら大丈夫だ。信用出来るからな」
「ボクも賛成。前線に突っ込ませてくれるなら文句ないよ」
「そうかぃ。前線に突っ込めるかはわからんがじゃあ書くぞ」
そう言って黒板にこの周辺の地図を書き出すサージンさん。
滑らかに止まることなく動くチョークは見る見るうちに点と線をつないで都市と街道、そしてターゲットと思しきの施設が赤チョークでピックアップされるまでに掛かった時間はほんの数分。スゲェ。
「野盗は確かにぶっ殺されたが別に何の情報も取得してないわけじゃない。具体的に言えば奴隷小屋の場所を聞き出すところまでは行けてるんだ。ただ……」
「ただ?」
「こういうのは大抵の場合で近くに罠があるし、無かったとしても敵勢力の確認なしで突っ込むのは危険過ぎる。だから冒険者以前に友人である二人にこんな不確定情報で動いてもらおうとはとても思えないのが今の俺の考え。ついでに言えばもう斥候も出してあるから一週間かそこら待てば詳細な――」
「いいじゃん。やろうよスイーク」
「お前最初からそれ言うつもりで来てたろ」
「この手の奴隷とかを買うのって金持ちか貴族だし、ボクがそういうの嫌いなのはスイークだってしってるでしょ?」
「知ってるし今回ので待ったをかけるつもりもない。相手さんが口封じするほどに焦ってるってことは斥候の調査を待った場合逃走される可能性だって無視できんしな」
「あぁもぅ……」
肩を竦めて軽く笑うサージンさんと肩を回してヤル気に満ち溢れたチーム冒険者の二名が仕事の詳細な場所や攻める方法、目的、準備などについてぺらぺらと話しているのだが、時折チラチラとこちらを見ながら森林での活動になれた冒険者が~なんていうくらいなら普通に誘って欲しい気がするんです。
『ってかギルドの情報って近ければ意外と広まるの早いのね。驚いた』
『妾もビックリだ。こっちのギルドでの活動なんて初日のなんてことない討伐と昨日一昨日のハイキングのついでに採ってきた薬草だけだろうに』
『だけどファムが居るとなるとあんま出たく無いような気もするんだよなぁ……』
『“こんな厳重な牢屋に捕らえた人間をステルスキルするような化け物が居る町に居られるかっ! 妾は宿に引きこもるぞ!”っていうのも危ない感じがしないか?』
『いや、それは推理モノの漫画とかだとありがちな展開だけど現実はきっちり引きこもるほうが安全でしょうに』
『そうでもないぞ。精霊が多く存在する森の中でキャンプした場合は妾の知覚範囲が大幅に向上するから不意打ちの危険性がほぼ無くなる。もちろん主みたいな長射程の武器を相手側が保有していないのが前提になるが』
『あ、そういわれると確かに。野盗の類が攻城戦用のバリスタとかを持ってるなんて聞いたことないし、意外と安全かもわからんね』
『さっきからこっちを誘おうとしてチラチラ見てきてるしな。最初から話がしたいというよりは今回ので主を連れてきたかったんじゃないか?』
『じゃあ混ざろっか?』
『うむ。賛成だ』
結論から言えば僕らの参加表明は快く受け入れられ、決行日時は明日の早朝――冒険者の言う早朝ってのはもっぱら日の出前を指す――と決まってしまった。
ん、んんっ!? 早くないかそれっ!?
今までお日様がシッカリ出るまで寝る生活を続けてたから起きられるかがすごく心配になってきた……。
「大丈夫だ主。妾がちゃんと起こしてあげるぞ」
「社会人寸前で人に起こされるとか情けなくて死んじゃうから頑張るっ!」




