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「聞いてはいたし、ある程度なら予想もしていたけどこれは……」

「想像以上、だな」


境界線が見えなくなるほどの青い海と青い空。

沿岸部から伸びる木造の桟橋には馬鹿でかい船が大量に連なり、辺りを行く船乗り達の雰囲気は久々の陸ということもあってか底抜けに明るく、酒に酔ったような雰囲気すら感じられる。


もちろん仕事中なので大変そうにしている人達も多いが、休憩中の船員たちは楽しげに仲間たちとパイプを吹かしてたり、何かで盛り上がってしまったのか海へと飛び込む人もちらほらと。

後ろを見れば無数の露天商たちが自慢げにガラクタにしか見えない何かを観光客と思しき人々に売りつけてたり、価格交渉をするカップルなんかも居ちゃったりする。


そんなエネルギッシュ極まりない光景を日常的に見られるのがタルノバ第三区域、地元民には交易広場と呼ばれてるここが今回の僕らの目的地である。


「さあさあっ! 主、海ばっかり見てないで早く行くぞっ!」

「待ってよ。そんな急がなくたって露天商は逃げないからっ!」

「何を言う。売り物は有限なんだから急がなくては売り切れの憂き目に遭う可能性が増してしまうではないか」


元気よく引っ張るのがエル、それに引きづられるかのごとく進むのが僕とファム。

そしてそれを獲物か何かのように見つめる露天商が何人か。


たぶん、年頃の女の子に引率される少年とそれをテクテク追う少女の組み合わせなんてもんは周りの目を集めるのに十分過ぎたんだと思う。

特にエルはぱっと見た限り世間知らずなお嬢様のように見えなくも無いので、年若い従者二名――真に遺憾ながら僕とファムのこと――を連れているように思われたとしたらそれはもうしょうがない。

しかも、あれこれ使い道も分からないような交易品を見ながら目をキラキラと輝かせたりするものだから、商人の目からすればそれはそれはカモりやすいように映るだろう。


悲しいことにエルは目的の品以外を買うつもりなんて欠片ほども、それこそ梅干の中に含まれる青酸配糖体ほども存在しないので、彼らのアクティブな営業活動が報われる日は永遠に来ないけどさ。

どうでも良いけど実は僕、あの梅干の中身が意外と好きで……っていかん。下らんことを考えてる場合じゃないし、気づいたら後ろをついてくる彼女の、ファムの速度が遅くなりつつあるではないか。


「エル、ストップストップ。あんまり急ぐとファムが間に合わない」

「う、そうか……。それならばこれ以上急ぐのは駄目だな……」


ファム――奴隷だった彼女に対し、僕らがわりと意味などを考慮しながらつけた愛称は、果たして気に入られたのだろうか。

この世界の神話に登場する農耕関係の女神様の名前をアルファベットに置きなおした上で多少改変した程度なのでそれほど悪くないと思うのだが……。

とりあえず名前を呼ぶと振り向くくらいはしてくれるようになったし、適当な質問対してに頷く程度にはなったので、僕らとの関係という意味だと一歩前進だと思いたい。相変わらず触ろうとすると逃げられるけど。


「いくら楽しみだからってそんな焦らんでも大丈夫だよ」

「しかしだな。主の話を常日頃から聞いている妾としては今回の探索は楽しみで仕方が無かったんだ」

「そんなにお米と醤油が気になる?」

「もちろんだっ!」


即答だった。


……少し、地元の調味料について熱く語り過ぎたかもしれない。

以前から醤油が欲しいだの味噌が欲しいだの米が欲しいだのと僕が言ってたせいで、エルの輸入の穀物に対する期待感は留まるところを知らず、思い出してみれば今日は朝からやたらとテンションが高かった。


タルノバ到着初日は海の幸を食べて満足してたものの、二日目三日目とギルドの依頼でハイキングがてらファムを連れて薬草採取をしていたもんだから、実はエルに見えないストレスが溜まってたとしてもおかしな話じゃない。


「んじゃ一個いっこ見てこうか。これだけあれば醤油だの味噌だのは無かったとしても見慣れない調味料の一つや二つはあるだろうし、そしたら次のハイキングでは美味しいかはさておき新しい料理が食べれるよ」

「妾ならともかく主が作って不味くなるというのは少し予想がし辛いな」

「味見しながら少しずつ調味料を足せば食べれなくなるようなものが出来る可能性は低いよ。エルはめんどくさがってまとめてどばっと入れちゃうからたまに失敗するんだって」


エルは、料理の工程のうち味付けが苦手だ。

これに気づいたのはいつだったか。結構昔だったような気がする。

魚を炙って塩を振るくらいならなんでもないが、調味料を一度にまとめて入れる癖があるせいで時折大失敗の憂き目に遭う。


「だって味見をしてたらその分完成品が減るではないか」

「美味しいもののためにはそれくらい許容しようよ。……それより、あの辺で売ってるの穀物じゃない? しかも販売してるのは異国風の男性。これは期待出来るかも」


大通りの少し向こうで麻袋に入った穀物をはかりで売る露天商が数名ほど。

全員がややだぼっとした薄オレンジのローブに身を包んでて、この辺りではやや見慣れない印象を周囲に抱かせる。


僕もエルと同じようにわくわくしながら近づいてみれば確かに見慣れない穀物もあり、いくつかのものに至ってははどうやって調理すれば良いのかすら分からない。

ただ、ソラマメサイズの小豆なんて普通に茹でて塩を振っただけで美味しいだろうし、茶豆ソックリのそれは恐らく同じようにしてしまえばビールの親友になることは間違いあるまい。


「これは随分と珍しいお客さんですね」

「そうですか?」


どれを買ってビールのつまみにしようかとニヤニヤしてたもんだから、急に話しかけられてビックリした。


「ええ、穀物を買いに来てそんな笑顔を浮かべる人なんて居ませんよ。あっちで売ってる菓子類ならともかく」

「意外と豆類が好きな人は多いと思いますけど」

「それよりも主。コメはないのかコメはっ!?」

「んー……。たぶんここにはないんじゃないかな。店の穀物ってこれで全部ですよね?」

「残念ながら。これでもこの辺りじゃ種類の豊富さが自慢だったのですが。少し悔しいので差し支えなければどんなものなのか伺ってもよろしいですか?」


自分の知らない新たな商材に興味があるのか、悔しいといいながらも楽しげな表情を浮かべる青年に対して大雑把な米の説明をしていくと、一言僕らに教えてくれた。


「それは、ひょっとするとラルラの実が近いかもしれません」

「なん、ですと……?」

「この辺りだとあまり人気がないので取り扱ってる商店はほとんど有りません。どちらかといえばお酒に加工された物のほうがいくらか有名なので、酒屋に行ってシードラというお酒を探してみてはいかがでしょうか? ひょっとすると手に入るかもしれませんよ」

「重要な情報ありがとうございますっ!」

「今後も私共の店を贔屓にしていただけるならこれくらいなんてことはありません」


にんまりと笑う穀物商人へのお礼の意味も含めて興味のあったいくつかの豆類を大目に購入し、続いて向かうのはお酒を取り扱う商人が多いエリア。


世界が変わったくらいじゃ船員が浴びるように酒を飲む事実は変わらない。

だからタルノバにはお酒を飲める場所がアホみたいに多く、僕らの所持金では一度入っただけで素寒貧になるような超高級店から貧民でも問題ないような立ち飲み形式のお店までその種類は様々。

当然、販売されているお酒のカテゴリも多く、今まではワインかビールくらいしか選択肢が無かった中、ここでは数多くの蒸留酒や異国の酒類が並んでて、ボトルを見るだけでも楽しいくらいなのが素敵。


そんな無数に存在する飲み屋さんの中にあった一本。

緑色のビンに入ったシードラは先ほどの商人の言うとおり、確かに日本酒と良く似たものだった。


「ふむ、良い香りだ」

「僕はまさかこんな形でお米に再会することになるとは思わなかったよ」


水色は他の酒類と比べて薄く黄色に濁ってるおかげで良いとは言えない。

だけど、グラスから香る果実のような芳香と水のような舌触りは滑らかで、一度口に含むとバナナのような含み香が感じられる。

飲み終えた後にふわりと香る吟醸香は主張し過ぎずさらりと流れる辺りが非常に素晴らしく、自分の中での日本酒のイメージがスコンッと変わってしまった。


「これが主の国のお酒か。かなり、美味いな」

「僕もビックリした。こんな美味いなんて」

「……なんでビックリしてるのだ?」

「日本酒といったら安い・不味い・悪酔いの三拍子揃ったイメージが強くて、こんなにも美味しいもんだとは毛ほども思ってなかったんだよ。ひょっとすると高かったからこんなに美味しかったのかもしれないね」

「そういえばこんな小瓶一本でも半銀貨一枚。冒険者をやってなければなかなか飲めるような酒じゃないのも確かだな」

「あとエル。この酒のアルコール度数は低くないからそうやってファムに飲ませようとしないこと」

「主と妾だけが楽しむのは不公平が過ぎるじゃないか」

「そういうと思ってさっきジュース買ったじゃないか。あれだって負けず劣らずの最高級品だよ?」


相変わらず冷めた目の彼女が持つのはきらきらと輝く一本のビン。

僕らの日本酒と比べれば遥かに意匠を凝らしたデザインのそれの中身はやはりそれ相応で、フィフィと呼ばれる洋ナシに良く似た馬鹿に高い果実のストレートジュースが缶ジュース一本くらい入っていた。


売り文句は健康に良いとか万病に効くとかそういうのだったので、あまり調子が良さそうには見えないファムにぴったりだろうと思って買ったのはたぶん正解だったと思う。


「昼間っから気前の良い兄ちゃんだな。どっかの船員か?」

「これでも一応冒険者なんですよ。最近一仕事終えたので市場を見て周ってたら興味深いものがありすぎてこんな有様ですけど」


そうかそうかなんて楽しげに笑う店主に適当な愛想笑いを返し、さてさて次は僕もジュース辺りを飲んで誤魔化しておこうかと思ったとき、大きな音を立ててドアが開かれる。

入ってきたのはおよそ酒を飲みに来たとは思えない様子の衛兵が数名、全員が帯剣していておっかないことこの上ない。しかも目が合ってしまった。


ずかずかと近づいてくる武装集団に嫌な予感を感じつつ、間違いであってくれなんて願いが叶うはずもなく――


「お前さんがユートだな」

「そ、そうですが……何用でしょう?」

「例の件で進展があったから少し話をしようと思ってな。面倒だとは思うが兵舎まで来てくれ」


その、なんだ。ファムが居るから行くのはやぶさかじゃないんですよ。

ただ、明らかに血によって出来た黒いシミが散見されるような服装で人のことを呼ぶのは出来れば止めていただけないでしょうか。非常に恐ろしいのです。

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