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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
それは機能しているものなのか
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アウトドアなトレジャーハンティングから健康で文化的な生活に戻ったとき、何が一番嬉しいかと聞かれればそれは間違いなくベッドの良さであると言い切れる。

サーマレストのマットレスでもあれば話が違ってきたんだろうけど、そんなものいくらお金を積んだところでこの世界じゃ手に入らんて。


苦労して平らに均した地面の上に大して厚くもない布を一枚だけ敷いて、寝袋に包まって仮眠を取ることのつらさを誰かと共有したいです。


「ふぁ……」

「ん、眠そうだな。もう少しゆっくりすれば良かったか」

「平気平気。むしろこれ以上寝たらむしろ体がなまっちゃう。あくびが出たのはここ最近の不規則な生活が原因なんであって、今日の睡眠時間とは直接関係ないから大丈夫」


別に強がりってワケじゃない。実際、本日の睡眠時間はざっと10時間以上もあるのだ。

いくら宿のベッドがアウトドアな寝床と比べて高品質だといったところで、アイシン精機やシモンズのような超高品質な、一度寝たら起き上がりたくないようなマットレスであるはずもなく、あまりに寝すぎた場合は腰痛の元にもなりかねない。


「それよりほら、折角回収してきた薬草の類を売らないと僕らの明日がピンチだよ」

「ギルドか……。あんまり気は乗らないが……」


前回の出来事を思い出したのか、エルが顔をしかめる。

ぅうん、こんなに嫌がられるなら前回のファルメラさんからやっぱり金を貰っておくべきだったかもしれない。


……いや、駄目か。


高級車一台分というとんでもないコストのライフルを貰い、数十日分の生活費を支給されて悠々とした生活を送った上、さらにこれ以上なんてどう考えたってボリ過ぎだ。

仮にももうすぐ22歳になる大人が他者からの施しだけで生きるとか論外だろ。常識的に考えて。


僕自身、やや面倒くさい思いを抱きながらも訪れた数日振りのギルドは合いも変わらずタバコの紫煙と酒の香り、そしてごたごたとした依頼がひしめく素敵な空間なのだが。

なんだが、様子がおかしい。


前回同様入るなり嘲笑の一発でも貰うかと思ってたら目が合った瞬間にそらされるし、別の人を見たら好意的な視線が返ってきちゃうし。それ見てエルはご機嫌だし。

これはあれか、この間の飲みのときに絡んできたKYたちをぼっこぼこにして警備の人に突き出したのが効いてるのだろうか。


「ふふん、ようやく主の実力を理解したようだな」

「なんというか僕ら、人によっては恐れられてるよねっ!?」

「たまにはこういうのもいいではないか。恐れられ、人に避けられるなんて人生でもなかなか経験できることじゃないぞ」

「ぶっちゃけそういう経験は出来なくても人生において全く影響ないでしょ」


ずかずかと肩で風を切って歩くエルの姿を、何人かの冒険者たちが引き気味に見送りつつ僕らはギルド付属の買い取りカウンターへ。

不幸中の幸いというべきか、ギルドの職員に避けられたりするようなことはなかった。

一時はキノコでパンパンに膨れ上がってた代わりに、今は薬草をわしゃわしゃと詰め込んだドロップポーチは少なくとも一週間の生活費になるのだ。

こうやって、変に扱われたりしないのは本当に助かる。


これがアトードナで、これがなんとかで。

なんて解説を入れつつ、ポンポンと手品のようにドロップポーチから薬草を取り出していくと、最初はうんうん頷いてくれてた職員の表情がぽかんとしたものになっていくのは面白かった。


「ず、随分沢山取ってきたんですね。多少しなびてはいますが、価値が落ちるほどではありませんし、これならそれなりの値段で買い取ることが出来そうです」

「ありがとうございますっ! 今回の探索ではハズレばっかりだったのである程度の値段がつくと嬉しいです。よろしくお願いします」

「はい、それでは査定してまいりますのでしばらくそちらでお待ちください」


ドロップポーチから出したせいで大きく膨らんだ体積のそれをえっちらおっちらと運ぶ姿を目で追いながら、近くに用意された喫煙所と飲み屋と待合スペースを兼ねた丸イスに腰掛ける。

この丸イスとテーブルのセットに限らず、特に分煙を考慮しない室内のおかげでやや煙臭いし酒臭いのは欠点だが、選択肢がない以上それは避けられない。


「さて、と。アレだけあるとなればそれなりに時間も掛かるだろうし、どうしようか?」

「まずは次の目的地じゃないか?」

「そういえば何も決まってなかったね。……ぱっと思いつくのは川下りするか、もしくは南下して港町観光あたりに手をつけるか。どっちがいい?」

「川下りだと最寄りはクシミナ聖王国のハイトアルトか。出入国にはそれなりに手間も費用も掛かるからもう少し後でも良いと思うが、宗教色の強い国だからたぶん観光って意味じゃ面白いだろうな」

「無宗教を地で行く日本人の場合、意図せずしてトラブルのタネになりそうで怖いんだけど」

「向こうでむやみじゃなくても神を馬鹿にしたら投獄されちゃうから気をつけなくちゃ駄目だぞ?」

「……うん、とりあえず港町観光で。魚介類食べたいし」

「そうか。でも例の座標をプロットした地図を見た限りそのうち行かなくちゃならないのは間違いないんだが……」


などと適当な会話を続けた結果、次の目的地はフマースから南下し、徒歩で一日半ほどの位置に存在するタルノバという港町となった。

わりと国際色も豊かな大型の都市で、このあたりで発掘された遺物などを主に輸出し、逆に海外の様々な物品を輸入しているらしく、色々楽しみでならない。特に魚介類が。


「ん、主。どうやら鑑定は終わったらしいぞ?」

「ほんとだ。思ってたよりも結構掛かったね」

「向こうで間違えてないか判断でもしてたんじゃないか? 特にヒオスナミンは良く似た毒草があるからな」


向こうのほうから堂々とした様子で歩いてくるのは銀貨袋を持ったギルドマスター。

がっしりとした体格は全体的に浅黒く日に焼けており、顔つきは年齢を感じさせないほどに力強い。

およそこういった環境の管理者としてあるべき姿なのは間違いなくて、カッコがいいのが凄く非常にとても羨ましい。


「よう。待たせたな」

「ええ、多少は」

「……意外と根に持ってんのか?」

「まさか、そんなことはありえません。もともとの信用がカラの環境からなら薬草の確認に多少時間が掛かることは理解できます」

「悪いな。こればっかりは間違えて死人を出すわけにはいかない。特に重症患者に使う種類の薬草を間違えたりしたら笑い話じゃ済まねぇ」

「ちなみに毒草は混じってました?」

「全くねえよ。あれだけ回収してきて毒草どころか薬草以外が一本一枚すらもないのは驚いた。お二人さんのうちのどっちかは錬金術師だったりするのか?」

「その手の職業ってワケじゃありませんが、エルの知識はちょっとしたものですよ」

「主に褒められるとちょっと恥ずかしいぞ」


エルが顔を赤くしながら下を向く。

誰がどう見ても誇れるスキルなんだからもっと胸を張っていいと思うぞ。


「オマケに戦闘力もそれなりなんだから驚いた。この間の三馬鹿なんて今じゃお前の腕っ節に心酔しちまって本人無視で兄貴扱いなんだぜ?」

「は?」


えっと、三馬鹿といわれて出てくるのはこの間のアレしか思いつかんのですが……。

ぼっこぼこにされておきながら兄貴扱いとか意味不明なんですけど……。


「あの、それって僕が鼻潰しちゃった人達の集まりですよね?」

「おう、おかげで一日大爆笑だった。今じゃ治療術師のおかげですっかり元通りだけどな」

「恨まれるならともかく心酔されるとか僕の理解の範疇外なんですけど」

「俺にもあいつらの頭の中は理解できん。……それよりも、その、悪かったな。最初に来たときにギルドカードも何もかも信用してやれなくて。二人だけでドーラ山脈周辺を歩って来れるなら冒険者としてやってくには十分過ぎる」

「なんで僕らの歩いた辺りを知ってるのかが気にならなくもないですけど……。とりあえずそれは置いときます。信用に関しては……悲しいことに慣れてるのでいいです。あきらめてますから。でも、良ければそう判断するに至った理由だけでも聞いていいですか?」

「そういうのはあんまりいいわけ臭くて言いたくないんだが……。まずはその手だ」


おもわず自分の手のひらを広げてまじまじと見つめてしまったが、特に何かあるはずもない。

エルもワケが分からないといった様子で首を傾げてて不思議そうだ。


「冒険者ってのはな、少なくとも一人前程度になればどいつもこいつもそれっぽい手になるもんだ。男だろうと女だろうと長いこと剣や杖を握ればどうしてもそうなっちまう。次点だとその年齢。ちょうどそのくらいの御貴族様は自分の力を過信して依頼を受けたがる。大抵の場合、危機に陥る前にビビッて逃げだしちまうし、それでいて責任を取るなんてこともないから始末が悪ぃ」


畜生。ここでも貴族か。

最初のガルトのときもそんな扱いを受けたような記憶があるし、次の王都のときもやたらと丁寧ながら依頼は受けさせないような雰囲気があったんだよっ!

自分の行動に問題があまりない場合、それを解決するのは想像以上に困難なんだぞ……。


「ま、結局どんな理由をつけたところでお二人さんの力と知識を見抜けなかった俺がマヌケなだけなんだけどな……」

「現実的かどうかはさておいて、問題解決のためには徐々に難度の高い仕事をして名声なりを集めるくらいしか手の打ちようがないですよね。それ」


しかも仮に苦労して有名になったとしても、今度はそれが原因でトラブルになることだって決して珍しい話じゃない。

中途半端な奴から決闘を挑まれたりであるとか、パーティに入れてくれとせがまれたりであるとか、難度の高い依頼を勝手に振られたりであるとか。たまにパチモノが出てきたりであるとか。

下手をすれば貴族よりもいい生活が出来る身分だけあって、気の休まる暇がなさそうだ。

そもそも僕らじゃそういう風になれないので考えるだけ無駄なんだけどさ。


「せめて拠点間で情報のやり取りを行う魔道具が完成してくれればまた話は変わって来るんだがな……」

「ウィスリスで現物見てきましたよ。一日稼動させるための魔力を用意するのに必要な触媒だけで立派な邸宅が建つくらいの費用をどうやって抑えるのかで議論になってましたけど」

「俺が生きてるうちに手に入ると思うか?」

「もともと古代遺跡では利用されていた技術みたいですし、基礎構造自体もそれほど難しくはないみたいなので意外とスパッと行きそうな気もします。ある意味その辺は僕ら冒険者の活躍具合に影響されそうですね」

「なるほどな。――さて、話は変わるが二人はしばらくこの辺りで活動するつもりなのか?」

「いえ、狙ってた遺跡が空振りだったので移動します。次の目的地はタルノバ辺りですよ」

「……そうか。なら一つ俺から依頼を受けないか?」

「えっと……、移動しながら受けられるのであれば」

「なに、大した依頼じゃない。タルノバに向かう最中に東側の街道を通りつつ適当に魔獣を片付けてくれればいいだけだ。依頼報告を向こうでやればある程度の信頼だって確保できるだろ?」


うん、これは、凄く助かる。

単に始末しただけでは信用されない可能性が高いが、トロフィー代わりに適当な換金部位を切り取って持ち帰れば問題あるまい。


「うむ。素晴らしい依頼だな。森林戦での殲滅力に定評がある主に任せれば一発だ」

「確かに遺跡探索とか物品の護衛とかよりは向いてるけど殲滅力に定評ってなによ」

「ん、リュースが主のことをそう評価してたぞ? ほら、ガルトからウィスリスに来る途中の道でバチバチ迎撃していたではないか」

「なんだか良く分からんが自信がありそうで何よりだ。よろしく頼むぜ」

「ええ、任されました」


突き出されたギルドマスターのこぶしを軽くグーで叩き、にやりと笑う。

そのしぐさがあまりにも似合ってなくて、後でエルに笑われたのはご愛嬌って奴だよね?

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