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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
馬とか犬とかなんとやら
49/68

5

タダより高いものは無い。

これは、僕が思うにかなりの名言だと思う。

貰うものだけ貰ってあとは知らん振りが出来るのなら問題ないのだが、それを実践するのはなかなか以上に難しい。

護衛の代金といいながらも報酬自体はギルドからしっかりと出ている以上、やはりこの古代遺跡の杖はどう脳内補正を入れたところで貰ったものという認識が変わるはずも無く、何らかのトラブル発生時に対応してくれといわれたら断れないのが日本人ってやつだと思うんだ。


『だからってこんなとこ来ても良かったんかね。現状の僕らって完全無欠の部外者なんだけど』

『着いてきてくれといわれた以上良いのではないか? 確かにこの雰囲気はあまり長居したくなるものではないが』

『リュースさんにも話しかけられるような雰囲気じゃないし、正直帰りたい』

『まあまあ、良いではないか。こんな場所に来れるなんて滅多に出来る経験じゃないぞ』

『いやまあ、そうだけどさぁ……』


訪れた先はウィル達が通う学校の三階にある豪華な一室。

日本でなら高価なアンティークショップでしか見かけることが無いような装飾入りの壁には思わず目を奪われそうになるし、重厚で高級感のあるテーブルは一つ売り払うだけで一般市民の当面の食費になりそうなものだった。

そんな居るだけでも遠慮してしまいそうになるほどの空間に居るのはやはりそれなりの立場の人間で、一目見ただけで分かるほどに品質の良い豪華な服を羽織った12名の男女とプラスアルファとそのオマケがこれまた豪華なイスに座ってお茶を飲みながら何かについて議論を交わしている。


ちなみに、プラスアルファとはリュースさんのことで、そのオマケとはもちろん僕とエルの二人のことである。


ついさっきまでは第三研究所二階の図書館で、どう見ても日本人が書いたとしか思えない異世界の文字で書かれた絵本を読んでいたのに、突然慌てた様子のリュースさんに着いて来てほしいといわれたので二つ返事で来た先がこんなんだからどうしたもんか。


「ですから、人質の安全のためにはある程度でも相手の要求に応じる必要が――」

「相手は名前も聞いたことの無い三流の集団だ。まずはこちらの密偵を使って状況を把握してからでも遅くはあるまい」

「今は一刻を争う事態なのですよ。そんな悠長なことをしている時間はあるのですか?」

「こういった重大な事態だからこそ冷静な対処が必要だ。ファルメラ卿は少し急ぎ過ぎている」

「ならばハルマルト卿はどのような手段でもって今回の事件を治めるつもりなんですかっ!」

「だから先ほど述べたとおりだ。誘拐された娘を心配するのは母親として当然なのも理解できるが、今は抑えてもらいたい」


ま、また始まってしまった。

仮にもこれは議論だと思うのですが、相手の意見の最中に口を挟むのはどうなんでしょうか?

僕が口を出したところで何のあれにもならないですし、不敬罪扱いで色んな物がレッドなインクと共に飛びかねないから口に出すつもりなんてダンゴムシの触角ほどもないんですけどね。

女性のほうは青筋立てて怒ってますし、おっかないです。はい。


『む、何気に主は言いたいことがありそうだな』

『そりゃあるでしょ。例えば今みたいに人が意見を述べてる真っ最中に口出しするのは最悪なのでどんな意見だろうとまずは傾聴しましょうよ、とか』

『どうも話を聞いてる限り誘拐らしいしな。大事な娘が誘拐されたとなれば心中穏やかでないのも仕方があるまい』

『心中どころか思いっきり外まで心配オーラ出しちゃってる件について。なんかちょっと羨ましいわ』

『その、あまり聞いて良いのか分からないからもし気分を害してしまったのなら謝るのだが……』

『いまさらそんなの気にするような仲じゃないでしょ。むしろそこまで言いかけて止められたらそっちのほうが気になっちゃうよ』

『う、なら聞くぞ? ひょっとして、……主は家族と仲が悪かったのか?』


場所が場所だけにお互い顔を合わせて話をしているわけではないのでハッキリとは分からないが、口調から察するにかなり遠慮した聞き方だったことくらいは分かる。

たぶん、さっきの“ちょっと羨ましい”発言で気になってしまったのだろう。元の世界のことならともかく僕自身のことなんてほとんど話したことが無かったから。


父親にしろ母親にしろとにかく仕事――人を含む動物の脳みそを研究する職業らしい――が大好きで、世間一般で言うところの家族旅行なんかは全く経験が無いとはいえ、極力時間を作るようにしてくれていたのは傍目にもあきらかだったのでそれほど仲が悪いというのは無いのだが。

うぅむ、どう説明しよう。

この世界の住人の常識を考えるに、ありのまま家族関係を話したらきっと超仲が悪い家族みたいな風に思われるに違いない。


『うぅん、どうだろ。特に世間一般から見て仲が悪いって事は無かったと思うよ』

『ならば何故?』

『仕事一直線な人達でさ、病気になって倒れかけたときとか、誕生日のときとかでもあんまり構ってもらえた記憶が無いんよね。だからこんな風に気を掛けて貰えるのがちと羨ましいな、って』

『妾の常識で物をいうのもどうかと思うが、それはやっぱり仲が良いとは言わないのではないか?』

『やっぱそう見える?』

『うむ。……だ、だが。今は妾が一緒に居るから大丈夫だぞっ! 主が病気になったらしっかりと看病するし、お祝いの時には一緒にお酒とか飲めるんだからなっ!』

『あ、うん。それ自体は嬉しいけどそんな慰めが必要なほど落ち込んじゃうような話じゃないから大丈夫だよ』


――そんな僕の家族の話や


『それにしても中央通りのガレットは絶品だったな。スモークされた鹿肉の香りも良かったし、挟み込まれていた野菜も多くて満足な出来だと思う』

『あれは特に美味しかったね。ほかの屋台と違って野菜を強調してるとこが良かった』

『なんであれがあんまり売れてないのかが分からんぞ。隣の胸焼けしそうなほど肉が挟まったサンドイッチには大量の人が入っていたというのにっ!』

『健康的でいいと思うんだけど客層と商品内容があってないんじゃない? なんだかんだこの街って圧倒的大多数が学生だから肉々しい物のほうが受けるんだと思う』

『うぅ……。このままではあの店の未来がピンチだぞ……』

『こればっかりはさすがになんとも……』


――なんていう美味しかった屋台の話とか


『実は今朝から気になっていたのだが。主が朝から夢中で読んでいた絵本はなんだったのだ?』

『あぁ、あれか。実は内容が僕のところにあった童話と話の流れが同じだったんだよ』

『なるほど、道理で熱心だったわけだ』

『懐かしかったよ。あんまり帰還の役には立ちそうにないけど』

『まあ、だろうな。童話だし。ちなみに妾としては内容がちょっと気になるな』

『一個一個が短いけど数がたくさんあるものだから概要を説明するとそれが本編になっちゃうんだけど……そうだな、大雑把に一個説明するとしたら迷路の道しるべとしてパンの切れ端を使ったけど途中で鳥に食われてどうしましょ? みたいな?』

『……そいつ、タダの間抜けにしか見えんのだが』

『ごめん、僕の語録が足りなくてこんな貧弱な表現しか出来なかった。ホントはもっとちゃんと物語仕立てになってるから面白いんよ。読んでみれば分かるから』


――ヒントになりそうでならない僕の世界とこの世界の接点の話とか


ともかくそんな感じであんまり状況に相応しくない念話をぺちゃくちゃと続けている間にも彼らの議論は徐々に集約されていって、ついに各自のアクションアイテムを定めるところまで来ているのだが相変わらず僕やリュースさんに意見が求められたことは一度も無い。

そろそろ何のために呼ばれたのか良くわからなくなってきたぞ。


当たり前の話だが、リュースさんは何らかの目的を持った上で僕らをこの場に出してきたと思うのだ。

ほかの貴族の方々が連れてきたと思われる数人の従者は壁側に突っ立ってる以上、イスまできっちりと用意された現状を鑑みる限りそういう扱いをしたかったというわけでもないだろう。

そもそも今回の話っていうのは(半分くらい聞き流したとはいえ)明らかに高レベルの機密情報であり、他人に聞かせるのはかなりのリスクがあるわけで……。


「では、当面の方向性としてこの手紙にある三日後の日付までは各家の人間で敵の隠れ家を探すこと。そして当日は動き出した犯人を包囲および殲滅ということで問題ないか?」


この席での最高責任者なのか、他人の意見にかぶせて物をいうことが目立った男性――たしかハルマルト卿と呼ばれていたはず――が結局最後まで意見を曲げることなく貫き通し、この約一時間程度行われた会議も終わりを迎えようとしていた。

反対意見を述べていた人達もここで話を蒸し返すのを嫌ってか、表情はともかくその意見に対して賛成のスタンスを取っているようだ。

その光景を見て満足げに「解散」と一言付け加えちゃう辺り、なかなかいい性格をしていると思う。


何はともあれこの堅っ苦しい会議もこれでオシマイ。

軽く会釈をしてからリュースさんの後ろに着いて歩いていくと、続いて到着したのはやや離れたところに存在する休憩所。

現代のオフィスとかなら自動販売機が置いてありそうな小ぢんまりとした十畳ほどの空間で、個人的な意見を述べるならば先ほどの空間よりも遥かに落ち着ける。


「いやぁ、ユートにしろエルにしろ慣れない場に連れてきちゃって悪かったな」

「急ぎのタスクがあったわけでもないですし、別に構わないですよ。でも良かったんですか?」

「なにがよ?」

「なんら社会的地位を持たないような僕らがあの場に居て、しかも機密に近い情報を聞くというのはそれなりの問題になるかと思ったんですが」

「あぁ、良いんだよ。なんせ二人の参加はファルメラたっての希望だからな。――というわけで残りの気になる質問は彼女にしたほうが手っ取り早いぞ」

「「へっ?」」


ややにやついた感のあるリュースさんの視線の先を見れば、いつの間にこの休憩所に入ってきたのやら、一人の女性がやわらかい笑みを浮かべながら浅くイスに座っていた。

こっちに来てから気配なるものにやたらと敏感になってるつもりなのだが、全く気づくことすら出来なかったのが微妙に恐ろしい。


「こんにちは、ユート君にエルシディアさん」

「……つかぬ事を聞きますが、何故僕らの名を?」

「そんなに警戒しないでくれると嬉しいんだけど。二人の名前を知ってるのはそこに居るリュースからちょこちょこ聞いてたのと、なにより娘が帰ってきてから何回も二人の話を聞かせてもらったからね。噂によると凄く優秀な魔術師だって聞いてるわ。今回の事件は本来ならば私達の中で解決しなければならないことなのは重々承知してるんだけど……それでも、今回だけは万全を喫しておきたいのよ」

「は、はぁ。……って、娘!?」

「ええ、そういえば名乗ってなかったわね。私の名前はファルメラ・ヒュース・オルネリー。我が家の娘であるアリアが依頼とかであれこれ迷惑を掛けちゃってごめんなさいね」


驚いた。凄く驚いた。

年齢と顔が一致しないことがあるのは自分自身のおかげで重々承知しているが、自分以外にもそんな人が居るとは全く予想していなかった。

確かに言われてみればどことなくアリアに近い印象を受ける顔つきをしているのは理解できるが、いささか若過ぎやしないだろうか。

いくつで作ったのかはさすがに予想できないが、外見はどう見たって二十代の前半だ。

先ほどの青筋立てて喧嘩口調で話していたときは眉間のしわとその他色々のせいで随分と歳を重ねたように見えてしまっていたが、それらが取り払われた今の顔は子持ちとは思えないほどに若々しい。


……いや、重要なのはそこじゃなかった。驚いたけど。

今、重要なのは誘拐されたのがファルメラさんの娘。つまり、アリアだということだ。

言われてみれば暗殺者に狙われたりと散々な直近だったのだからそんな目にあっていてもそれほどおかしくは無いのかもしれない。

それでもつい数日前まで一緒に居た友人がそんな状況になっていると思うとなんともいえない気分になってきてしまう。


「そんなにまじまじと見られると少し恥ずかしいのだけれど」

「す、すいません。――イタッ! わき腹抓らないでっ!」

「妾の主が失礼してしまい申し訳ない」

「そんな気にしていることではないわ。そんなことよりも私からお願いしたいことがあるのだけど構わないかしら」

「普段なら内容によるっていっちゃうんですけど、今回の件ってアリアの話ですよね? それならもちろん協力します。エルもそれで構わないよね」

「もちろんだ。アリアは主の数少ない友人だからな」

「ありがとうね。報酬とかもちゃんと考えてあるからそこらへんは心配しないでくれると嬉しいわ」

「報酬は助かりますけどまずはキチンと仕事をしなくちゃですね。この後の具体的な行動プランは決定しているんですか?」


出来れば、情報がほしい。

特にアリアを監禁している施設の詳細が分かればあとは僕とエルをポイントマンにして突入する事だって不可能じゃない。

無駄にある魔力をふんだんに使って各所に設置されているであろう魔力障壁を突破し、壁に穴をぼこぼこ空けて突入してくるような規格外を相手側が想定しているとはさすがに考えにくいはずだ。


「期待を裏切るようで申し訳ないんだけど。あんまりちゃんとしてないのが実情ね。もう四日も部隊に調査させているけれど、見つかった情報なんて何も無いのよ……」

「それはマズイぞ。仮にアリアが取引現場に来なかった場合、助けるのが凄く難しくなる」

「ただ、彼女が取引現場に来てくれさえすればそんなに難しいことじゃないかもしれません。一つ確認したいのですが、その取引現場の場所というのはハッキリしているんですか?」

「ここから馬車で一時間ほど行った所にある山の中よ。向こうの要求をそのまま飲むとするとウィル君に金貨三千枚を持たせて護衛無しで向かわせることになるわ」


取引場所が周囲数百メートルにわたって何も無いような平地じゃなくて良かった。

山ならば隠れようとすればいくらでも隠れることが可能だろう。

それに、どうやら今回の件はウィルまで関係してきているらしい。これはますます外せなくなったぞ。


覚悟を決めて気合を入れろ。神崎悠人。

当日、アリアを拘束する人間を数百メートル離れた地点から即死させることが出来るならばこの作戦の成功率は決して低いものではないぞ。

もちろん失中のリスクは考慮する必要があると思うが、ある程度の距離までは失中する可能性が無視できるほど低い上、仮に失中したとしても相手に狙撃を気づかれてしまうリスクはこの世界の魔術の常識を考えると低い。最悪アリアに当たらなければどうでもいい話なのだ。


エルによれば、派手なエフェクトと数十メートル、長くても百メートル程度の射程距離というのがこの世界における魔術の常識となっている。

それを遥かに超える距離から五千フィート重量ポンドに近い運動エネルギーを持った、目視することも困難なほど“地味”な弾丸が飛んでくるとは夢にも思うまい。


「少し、僕からの提案があるのですがよろしいですか?」

「ええ、理にかなっていればお金のかかるような提案でも構わないわ」

「それなら――」


こうして、準備は進む。

僕の大切な友人達に対して多大なる迷惑を掛けたことを後悔させてやるために。

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