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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
馬とか犬とかなんとやら
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やや古くなったカーテンの隙間から降り注ぐ陽の光と、昨日開けっ放しだったらしい窓から入る風が室内の空気を心地良いものへと変化させる。

このままベッドに戻って二度寝というのも悪くはないのだけど、ある意味何一つ制約が存在しないこの状況で一度でもそれをやりだすと二度と戻れなくなる気がするのでやっぱりあきらめよう。


ベッドから降りて軽く背伸びを一つ。

背骨がぐりぐりと伸ばされていく感覚が凄く気持ち良い。

鏡も無い排水溝だけが辛うじて用意された簡素極まりない洗面台でじゃばじゃばと頭と顔を洗ってから髪を乾かしてしまえば最低限の身だしなみは整うので男は楽だ。


逆に女性であるエルはその辺が結構大変で、毎朝ベッドの上で胡坐を書きながら温水スプレーと温風をフル活用して髪の毛をセットしなおしてたりもする。

昔、テレビのコマーシャルで“かわいいは作れる”なんてフレーズを聞いたことがあるけどそれは間違いなさそうだ。――そのためには裏で必死な努力が必要になるが。


「あんまり身だしなみ真っ最中の女を見るもんじゃないぞ」

「いや、寝室のほかには洗面台しかないこの宿でそれはなかなかしんどいでしょ」

「……全くもってその通りでぐうの音も出ない。が、なんだろうこの腑に落ちない感は」

「気のせいだよ。それより今日はリュースさんとこでも行かない? 昨日見学コースで通った第一研究所も凄かったから期待出来ると思うんだ」

「確かに研究所とは思えないくらい豪華絢爛だったな。あれで本当に研究が加速するのか妾にはサッパリわからんが」

「直接生活するとこ以外にお金がかけられるっていうのはいいことだと思うよ。特に平民から搾取しましたって感じでもないしね」

「そういうものか?」

「そういうもんだよ。僕の国なんて誰もお金を使わなくなってしまってせいで一時期凄い問題になってことがあるんだから」







学園都市にだってきっちりと存在する飲食店通り(仮称)で稼動するいくつかの屋台で買ったホットドックとサンドイッチとガレットとパンケーキを食べながら向かう先は第三研究所。

スモークしたゆで卵と豚肉にしゃきしゃきのレタスを載せた素晴らしいガレットを売ってくれた店主によるとこの道をまっすぐ歩いていった先の第一研究所からさらに数百メートル歩いたところに目的地はあるらしい。


「なあ、本当にあの親父の言ってたことは本当なのか?」

「あそこでウソつく意味は無いからホントの事だと思うんだけど……」


思わず語尾がにごる。言い切れない。

なぜなら……


「そりゃ妾だってこの看板に“ウィスリス学園都市第三研究所”と書いてあるのは分かる。分かるが――こんなのただのボロ屋ではないかっ!」

「ちょ、中の人に聞こえるかもしれないから声は小さくっ」


看板のついた建物はやたらチープなものだった。

いや、それは昨日見たウィスキーホテルもビックリな第一研究所と比較してしまっているからそう感じるだけなのかもしれない。

たとえるなら中途半端な田舎にある公民館みたいなもので、綺麗とは口に出来ないがエルの言うようなボロ屋というのもなんか違う。


木造二階建てと思われる建物は白ベースで屋根はオレンジ色と周りとの調和を意識したカラーデザインでなかなか品が良く、掃除しても取れない染み以外はきちんと清掃もされている。

周囲に植えられたショッキングイエローの葡萄とよくわからない形をした果物の木のために雑草はきっちりと抜かれているし、その脇に用意された木製のテーブルとイスも風景によく合っている。


こまごまとミクロで見ればこうやって良い所もたくさん見つかるというのに、全体で見るとくたびれた印象を受けてしまう理由がよくわからないが、気にしたところでどうしようもないし、たぶんどうにかする意味も無いのだろう。

我ながらかなり失礼な印象を抱いてしまったが外に出さなければ問題あるまい。


「とにかく、中入るよ」

「そうだな」


玄関口には“用があるなら中でベルを鳴らしてくれ”という旨の文章が記載された看板があるので遠慮なくドアをスライドして中へと入り、テーブルの上にちょこんと置いてある銀色のベルを軽く叩くと金属製とは思えない涼やかな音が鳴って中の人へと来客を通知してくれた。


体重の軽い人間が小走りで来る音が聞こえて、やってきたのは見覚えのある薄青の髪色をした女性。

あのときより幾分やわらかい印象を受けるのはやはり怒っていないからか。美人は怒るとなんとやらって言うもんね。


「こんちには。ミレイさん」

「こんにちは。ユート君、エルシディアさん。二人ってことはリュースに用かしら?」

「うむ、そうだ。古代遺跡の逸品を見せてくれるって話をしてくれたのでな」

「わかったわ。今呼んでくるからそこの部屋で待っててちょうだいね」


ミレイさんに案内された応接室らしき部屋に入って待つこと数分。

前のときとは異なり、きちんと白衣を纏った――研究者なのでパリッとしたものではない――リュースさんが頬を軽く掻きながら入ってきた。


「よお、久しぶり。ってワケでもなさそうだが早速問題に巻き込まれてんのな」

「確かに早速巻き込まれちゃいましたけど良く知ってますね」

「おいおい、一応だけど俺ってここの教授職だよ? 学内でトラブルがあれば大抵知ってるって」

「そうなのか? 第一研究所を見学したが大抵の職員は自分の仕事以外にはロクな興味を持ってなかったぞ?」


第一研究所の見学ルート上にはいくつかの研究成果発表スペースが用意されており、それらに近づくと病的な表情を浮かべたアシスタントさんにチェーンガンのごとく内容を説明してもらえるのは面白かったけど怖かった。

喋るペースが速すぎてあんまり意味も分からなかったし、エバンジェリストのプレゼンハック集とか読めばいいのに。


「あそこはそういう自分の研究以外はどうなったって構わない連中が集ってる場所だからな。普通教授っていうのは授業や研究だけじゃなくて問題発生時に積極的な対応を取れる人間が集まってるはずなんだが……」

「見学してて面白かったですけどね。一研」

「確かに。特にあの資料発表はなかなかだった」

「なに見たんだ?」

「古代と精霊の関係についての資料だったのだが、精霊を英雄かなにかのように扱っていて笑いをこらえるので精一杯な気持ちになったぞ」

「何気に前々から思ってたんだけどさ。二人って学あるよな」


そりゃ一応全員が高度教育を受ける日本人と凄まじい年月を生きた精霊のセットですから。

あ、エル。こっちを睨むのは止めてください。怖いので。


「やっぱ珍しいですか?」

「あ、うん。気を悪くしたなら謝るけど」

「そんなことないですよ。やっぱりギルドでも自分らが変って思うこと多いですし」

「そうか。まあこの話題は置いとくとして、二人は遺跡の何に興味があるんだ? やっぱ冒険者なら強力な武器や魔道具か、それとも好事家が高く買い取るような価値の作られた逸品か?」

「むぅ……。そうですね、武器にも興味があるっちゃあるんですけど、そのものというよりはその武器に刻まれたロゴとかのほうが気になります」

「ロゴ?」

「ええ。前に武器屋に行ったとき、所持金じゃとても買えないようなとんでもない杖を進められたことがあったんですけど、その杖には普通刻まれてないような変わった刻印が入ってたんですよ。僕らはそういうのに興味があるんです」

「やっぱ変わってるわ。武器自体に興味はないんかいっ!」

「ありますよ。ただ、ちょっと優先順位が低いだけで」

「そういうのをないっていうんだよ。ま、少し待っとけ。あんまあんま危険なのは一研の保管庫に突っ込まれてるけどある程度の品ならここにもあるんだ」


リュースさんはそれだけ言うとポケットから鍵を取り出して倉庫とやらのほうへと向かっていってしまったのでここに残るのは僕とエルの二人だけ。


「こりゃツイてるかも分からんね」

「武器でも道具でも構わんが未来に希望が持てるようなものがあれば良いな」

「だね。ひょっとしたらこれの類似品とかがあるかもしれない」

「いつも主が使ってる懐中電灯だな。類似品があるとなにか嬉しいことでもあるのか?」

「あんまり無いんだけど、いつ壊れるか分からないから代替品があるなら買い取りたいんだよ」

「ん? これ、壊れるのか?」

「うん。これはLEDだから球切れの心配は必要ないけど、武器として使ってるからレンズが割れちゃうかもしれなくてさ」

「ああ、そういえば主ってこれで魔物をぶん殴ってたりもしたな。まさか先端の突起は最初からそのために用意されたものなのか?」


テーブルの上に置かれたSurefire社製の軍用懐中電灯のベゼル部に存在する突起を恐る恐る撫でる。


「そうそう。こうやって相手の肉に押し付けてからぐいっと捻るようにして使うんよ」

「……心もち綺麗なレンズが赤黒く見えてきたのは妾だけだろうか」

「た、多少赤くても明かりとしての機能に問題はないよっ!」


普段からスタンロッドもどきでしばいたり、ライフル弾も真っ青な射撃を行ったりしているにも関わらず妙にエグくみえるのはやはり本来の目的が武器ではないものだからなのだろうか。

ともかくあんまり見られてるとエルに引かれそうなのでホルスターに押し込んで証拠隠滅。


「それよりここである程度遺跡の物品を確認し終えたらなにしよっか?」

「露骨に話を逸らされた気がするが……。そうだな、来る途中にあった肉屋で久しぶりにステーキでも食べないか? 来る前から香辛料の香りが通りに漂っていて美味しそうだったし、実際に並んでる者も居たところを見るに素晴らしい店である可能性が高いぞ」

「そりゃあいい。確かに最近は野菜か穀物ばっかりで肉々しいものを食べた記憶がないから凄く満足できそうだ」


なんとか話の流れを転換させることに成功したので今日の朝ごはんの内容を二人で反芻しながらのんびりとしていると、一般的な大きさのアタッシュケースを持ったリュースさんが戻ってきた。


「ほら、ユートが使ってた武器とか道具に近いのが何本かあったから持ってきたぜ」

「あけてみても?」

「もちろん」


恐る恐るケースを開けると中には杖やハンディーサイズの懐中電灯らしきものが葉巻ケースっぽい感じで整頓されていた。

そのうちの一本に見慣れたものがあったので手にとって確認してみればやはりいつぞや見たのと変わらないコルトさんが提供する杖だった。ちなみにシリアルは100004486だったので前のより新しい。

ほかにもシグやS&Wなどの名だたるメーカーの杖がごっそりと存在しているのは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか良くわからない。


だって僕の知りうる限り、それらって銃器メーカーじゃないかっ!

なんでこんな魔力がないと人の頭を引っ叩くのにしか使えないような金属製のスティックをまじめに製造してるんだろ? 現代社会に魔力なんてものは無いんだぞ。

懐中電灯かと思った黒いのもただの短いだけの棒だったとか、もはや何に使うのかも分からない。

アタッシュケースの中には一本だけ象形文字みたいな読めない刻印が刻まれた杖が転がっていたが、たぶんこれだけが純異世界産の杖なんだろう。


うん、この世界の古代遺跡と僕の世界に何らかの関係があるのは疑う余地すらないな。

それがどういうような繋がりなのかはまだ全く予想すら出来ないような状態だけど、きっと調べれば何か出てくるはずだ。

火の無いところに煙は立たない。なんか誤用な気がするけど自分を奮い立たせるには十分過ぎる。


「あの、これらってたぶん武器だと思うんですけど一介の冒険者に過ぎない僕らに見せても大丈夫なんですか? 前に武器屋さんでは金貨60枚くらいで売りつけられそうになったのも混じってますし」

「この中のは使い物にならないから大丈夫なんだよ。捨てるのももったいないから保管してるだけでちゃんと武器になるのは一研の保管庫で厳重に管理されてる」

「使い物にならない?」

「ああ、どういうわけだか魔法陣を仕込めないから使えないんだよ。同じような刻印が刻まれたのでも使えるのと使えないのがあって、その原因は今のところ不明だ」

「そうだったんですか」


むむむ……。

使えたり使えなかったりか、前のやつとか大丈夫だったんだろうな?

あんまり知識が無い状態で武器を買うのは危険な気がしてきたぞ。


「お、おい。どうかしたのか?」

「いえ……。大丈夫です。どうもしてません」

「武器を握り締めて頭下げられると見てて怖いから止めてくれ。気に入ったならそれやるから」

「は?」

「ガルトから護衛をしっかりしてくれただろ? あんだけ魔獣が居る中をさ。使い物にならない杖とはいえ好事家相手に売ればそれなりのお金になるはずだから持ってってくれて構わんよ」

「……もう返しませんよ?」

「おうよ。昔俺が個人的に遺跡潜って見つけたもんだしな。エルも一本持ってくか?」

「それなら一本貰うぞ」


結局、僕はDEFFENDERの名が刻まれたコルト社製の杖を貰い、エルは散々悩んだ挙句にデザインで決めたらしい細やかな装飾が入った一番高そうな杖を選んでいた。

もっとも使えないからといってこれらを売るつもりは毛頭無く、お守りとしてもっていくつもり。

元の世界に還れたらアメリカ行きのチケットを買って聞きに行くんだ。――なんでこんな子供のおもちゃみたいなものを真面目に製造しちゃったんですか?ってね。

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