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ウィスリス学園都市一家殺人事件、なんていうとまるでどこかの探偵モノの漫画に出てくるタイトルみたいに思える。もっとも死んでたのは一家じゃなくて暗殺者一味なんだけど。
エルなんて“この間図書館で読んだ本みたいじゃないか”なんていいながらエコーっぽい魔術を使って室内の検分らしきことをしていたし。どうしたもんか。
あの手のものはフィクションだから良いのであって現実のものになるのは酷く困る。
ピタゴラスイッチも真っ青なトリック相手に一個しかない命を賭けるのも馬鹿みたいだし、なによりスマートじゃない。
何が言いたいのかって言うと、理想的な引継ぎを行った上でこの件から手を引きたいのだ。
これは僕だけが安全圏に逃げたいというわけではもちろんなく、ウィルやアリアもそれに含まれる。
だが、偶然狙われた可能性が低くなってしまった以上この淡い希望はどうやら叶わないようだ。
ちらりと学生二人を見れば罪悪感を感じ取れる微妙な表情をしているのがよくわかる。
「ええっと、騙してたみたいですいません……」
「別に意図して隠してたわけじゃないんだけど冒険者の間で私らの評価が低過ぎない? あれじゃおちおち身分も明かせないわよ」
なんていうか、ウィル・キースト・ポートネイおよびアリア・ヒュース・オルネリーの二人は貴族だった。ついでに言えばグレイ・ファームイト・マグナスも同じである。
僕ら冒険者の間での貴族といったらあらゆることをアウトソージングしておきながら高慢ちきで鼻持ちなら無い存在のことといっても過言じゃないのでこれには凄く驚いた。
「確かに貴族の中には平民に対して差別的ではない者が居るかもしれん。……が、もうこんな表現をされる時点でどうしようもないぞ」
「まぁ……そうよね」
「僕らの間での貴族へのイメージなんてものは置いとくとして、重要なのは二人がたまたま狙われたわけじゃなさそうなところだよ。一般人ならともかく貴族なんてそれだけで狙われる理由になっちゃうんだから。このままじゃ警備の引継ぎとかをしたところでなんら抜本的解決になりえなくてマズイ」
しかも失敗した人間を始末しているあたりそれなりの規模の集団である可能性も否定できない。
これは由々しき自体だ。
一般的に暗殺を防ぐのは極めて難しい。
脳みそヨーグルトな国民から民主的な選挙で選ばれたどこかの独裁者じゃあるまいし、本人近くに送りつけられた二つの時限爆弾が両方とも機能しなかったり、車が故障して修理をしている最中に演壇が爆砕されたりなどという幸運が数十回も続くことはほとんど無い。
だからこそ叩ける根元があるならば叩かねばならない。この世界における数少ない大切な友人をこんなくだらない事で失いたくないのなら。
それを僕とエルの二人で行うのは非常に困難なことだが、ウィルとアリアの人脈と権力を利用すれば不可能なことでもないと思うんだ。
「それに二人が貴族だったおかげで事情聴取があっさりと終わったわけだしね。僕らだけでやってたらエライ時間を取られたりとか拘束されたりとかしちゃうからホント参っちゃう」
「あれは笑いを抑えるのだけで精一杯だったな。二人が貴族だと分かった瞬間の守衛の顔色といったら無かったぞ」
「ちょっとユートさんにエルシディアさん。それじゃまるで僕の人が悪いみたいじゃないですかっ!」
「いや、だって、なぁ……?」
にやりと笑みを浮かべるエルがこちらを見てくるのでとりあえず同意のために頷いておいた。
確かにウィルは意図的に権力を笠に着て何かをしたわけじゃない。
ただフルネームを教えたのが最後だっただけだ。
街の守衛さんは僕らのことを疑うような感じで散々高圧的に質問を繰り返し、ウィルもアリアも自分が貴族であることを言わずに名前を聞かれてもファーストネームしか答えなかった。
だから二人が貴族であるなんて欠片も思わなかったに違いない。
一通りの質問が完了した後、調書へ二人が名前を書き込んだあたりからエルの顔が緩み始め、その調書に書かれた衝撃的な名前を見て真っ青になった彼の姿を見たあたりでは明らかに笑っていた。
なので人が悪いのはエルであり、ウィルではないのだが焦る本人はそのことに気づいていない。
「そ、そんなことより観光案内してるんですからそっちに集中してくださいよ。……ほら、ここがさっき話してたパートクースの噴水ですよ」
呈の良い話のそらし先を見つけたウィルがそう言ったので視線の先をそちらへと向ければ確かに優れた景観の人工池が広がっていた。
「おおう、これは……」
「綺麗、だな……」
直径30メートルほどの人工池には噴水口が全部で四本、正三角形の各頂点と中点から勢い良く数メートルにわたって水が吹き上がっている。
晴れ上がった雲ひとつ無い晴天の中で水しぶきがキラキラと輝きながら虹を作っている水景はまさに幻想的というに相応しい。
噴水周囲の風景も秀逸で、華やかなデザインのプランターにはマリーゴールドのような花が咲き乱れていて公園の雰囲気を明るく彩っているなど抜かりは無い。
「本当は夜に来たかったんですけど」
「夜って……。まさか光るの?」
「はい、夜は噴水口に仕込まれた魔術が作動して綺麗に輝くんですよ」
「だからここはデートスポットでも有名なのよ。私らも周りからはそういう風に見られてるかもね」
「どうだろ? 僕ら四人だしそんなことないんじゃない?」
「……そうね」
アリアは少し頬を赤らめながらなにかを期待するかのような口ぶりで、しかも目線をウィルに合わせながら言ったのにも関わらずこの有様。
顔色一つ変えずにばっさりと即答された彼女が忍びないです。
友人という贔屓目で見なくともアリアは立派に美少女だと思うんだけどウィル的にはそういうところはあんまり気になるようなファクターになっていないらしい。
思い返してみれば前に精霊を探しに行ったとき、ご飯を食べるときに盛り付けを手伝ってくれたりとか、馬車内の掃除とか、とにかく女性らしいことをワリカシ頑張っていたのに尽くスルーされていた。ような気がする。
『アリアがウィルに好意を持ってるのは見れば分かるというのに。……不憫だ』
『なんか一緒に居る時間が長過ぎるせいで気づいてもらえてない気がする』
『むむむ。妾としてはなんとかしてくっつけてやりたいものだが。いっそこの場に暗殺者の連中が来てくれれば良いのに』
『仮に来たとしてもそんな上手くいかないでしょ。だって二人はもう既に一回襲われてるんだよ?』
『そ、そういえばそうだったな……』
「あ、そうだ。ウィルはあれ、ユートとエルに話さなくていいの?」
「話してなかったっけ?」
「全然。二人のおかげで貰えたような物なんだから報告だけでもしときなさいよ」
「ん、何の話?」
「以前依頼を受けてもらったときに高位精霊のアーウェさんに会いましたよね。嬉しいことに好印象だったらしくてあの後僕のところに来て通常契約を結んでくれたんです」
「どういう風の吹き回しだ? アーウェのやつは妾に対して“契約とかあり得ん”などと言っておったのだが」
「なんかエルのこと見てて楽しそうって思ったらしいわよ」
「あいつも良くわからんな……」
ああ、思い出してみればあの時ウィルとアーウェがずっと話してたっけか。
アリアはずっとエルと話をしていたし、僕は途中から精霊の光が綺麗で見入ってたからあんまり良く覚えてないけど。たぶんそれが逆にウィルの高評価の原因な気がしなくも無い。
それよりウィルはこの事実を何処まで話しているんだろうか?
高位精霊との契約っていうのは結構なインパクトを持った事実だったはずだ。
だから僕もエルのことを大っぴらにはしてないわけで。
そういう意味だと今の会話だって結構危ないワードが多い。
エルのことだから周囲に人が居ないことを確認した上で話してるんだろうけど、ウィルはそこまで周囲に対する警戒心を持っていない気がする。
「ウィル。この話って何処まで広がってるの?」
「直接言ったのは家族と学園主任くらいですね。ユートさん達のような特殊な契約ならともかく通常契約程度だと学園で一人ってこともないですし、専用の学習が必要になってくるので隠し切るのは困難かと思います」
「ありゃ、そんな数少ない存在ってワケじゃないのね。今回襲われた原因に該当するのかと思ったんだけどその分だとハズレっぽいか」
「そんなの考えても分からないわよ。だからこそこうやって町を歩いてるんだから」
「あ、うん。そうだったね」
アリアの一言で現在の目的をいまさら思い出した。
そうそう、僕ら四人の目的は観光――じゃなくて友釣り的な暗殺者の誘導が目的なのだ。
最初の暗殺者は四名で三名が死体、だから少なくとも一名はまだ生き残っている可能性がある。
そんな理由もあったから当初は観光案内を取りやめるつもりだったのだが、話してみればやんわりと断られた挙句、逆に暗殺者の残り一人を誘き出すために出歩くので捕縛を手伝ってくださいといわれてしまうこの始末。
「ハッキリ言ってこの作戦はどうかと思うけどね。二人の両親に話したら絶対反対するよ?」
「警備にも反対されたわね」
「でも僕らが狙われている可能性が高い以上これが一番だと思います」
「はぁ……。僕らも精一杯やるからウィルもアリアのことをしっかり守るように」
「もちろんです。アリアには指一本触れさせません」
「……そ、その。私も頑張るわよ?」
◆
まあ、気合を入れたところでこんなもの相手次第なわけでして。
結局のところ暗殺者の残りが現れることは無かった。
エルはその結果にやや不満な様子だったが、僕としては心行くまで都市の観光が出来たので結構満足しているといってもいい。
パートクースの噴水から始まり、ちょっとした王宮のような印象を受けるウィスリス第一研究所や国立図書館などは観光可能なコースが存在しているおかげで楽しかったし、都市内部に存在する自然公園にはしっかりと整備された遊歩道とそれを飾る数々の植物が綺麗で感動的だった。
そんな風に観光を楽しんでいたら流れるように時間が過ぎていってしまって気づけば時刻は16時。
すっかり日が落ちてきたあたりで僕らの観光一日目は終了の運びとなってしまった。
強固なセキュリティシステムに守られた学園まで彼らを送り届けたあとは市場で生活に必要な各種材料を買いあさってから宿まで帰還。
「さあさあっ! 主、早速作ろう!」
「お菓子は逃げないからまずは落ち着いてくれ」
重い思いをして買ってきたのは和三盆みたいな味のする黒砂糖とそれを精製して作られた上白糖、それにクリームチーズや生クリームなどの乳製品と各種果物類多数プラスいくつかの調理器具と多岐にわたる。
この宿には調理場も無ければコンロも無いというおよそ調理に向いた環境ではないとはいえ、幸いなことに僕らは魔術師なのでそれらの心配をする必要は無いのが素敵。
「まずエルにはシロップを作ってもらおうかな。上白糖と水を混ぜて115度まで煮詰めてあげれば完成だから頑張ってくれ。僕じゃ器用に温度調整が出来ない。」
「うむ、任せろ――ってそんな器用な真似出来るわけ無かろうっ! 主のとこと違って高性能な温度計なんてものはこっちに無いぞっ!」
「そういうと思って対策もあるから大丈夫。とにかくこのクッカーでゆっくりと煮詰めてくれれば絶対大丈夫だから」
エルはイマイチ納得していないものの作業を開始してくれたので、その間に僕はムースフロマージュの作成準備に取り掛かる。
……などというとちょっと格好良く聞こえるが、要はクリームチーズと卵白と生クリームをそれぞれ別立てで攪拌するだけだ。
魔術によって作られた氷製のボールの中にそれぞれ分けて材料を叩き込み、やっぱり魔術によって作られた氷のミキサー――触れたものを切り裂くだけの性能を持つので取り扱いには細心の注意を要する――で材料の攪拌をし続ける。
しばらくそれを続ければ右手のボールにはメレンゲ、左手のボールには六分立ての生クリームが出来上がったので大体いい感じ。
「主、シロップ鍋が沸騰してしばらく経過しているんだが」
「ちょいまち。……うん、ちとカラメル気味だけどいい感じだ。ありがと」
「そんなので温度が分かるのか?」
「いぇす。ばっちり」
フィンガーボールくらいの大きさのカップに氷水を注ぎ、その中にスプーン一匙ほどのシロップを落として指先で球を作るように変形させると感触で煮詰め具合が良くわかるのだ。
今回のはややカラメル気味なので普段のと比べると若干固い感じがするけど、実際使う分にはマズ困ることはあるまい。
指先で作った球状のシロップをクッカーに戻し、再びそれを溶かしてから白くなるほどまで泡立てられた卵黄の中に少しずつ注いで混ぜ合わせていく。
この卵黄ベースのシロップはお菓子にコクを出してあげたいときに非常に便利で汎用性が高く、たしか巷ではパータボンブなんて名前で呼ばれていたような気がする。
軽くシロップの荒熱を取ってからムース上になるまで攪拌したクリームチーズなどの各種素材を順番に混ぜていき、最後にメレンゲと合わせてあげたらお手製ムースの出来上がり。実に簡単だ。
途中投入したゼラチンが果たして自分のところと似た物質なのかが激しく疑問で懸念なポイントではあるけれど、香りを嗅いだ感じたぶん大丈夫に違いない。
「む、これで出来上がりなのか?」
「うん」
「じゃあ早速食べられるのか? さっきからシロップの良い香りがたまらんぞ?」
「むり」
「……は?」
「ムースは冷やさないと固まらないし美味しくないよ? 今から冷蔵ボックス作るからその中で少なくとも三時間は冷やさないと。――そうそう、シロップの香りが隣とかにうつると迷惑だから室内を換気してもらっても良い?」
「さ、三時間……」
「……あの、エル?」
そこには、いつもより銀髪を白くさせたように見えるエルが呆然とした様子で立ちすくんでいた。
(数時間後)
「あのさ、通常契約と僕の契約って何が違うの?」
「一言で丸めてしまえば一緒にいるか居ないかの違いだけだな。それによって引き出せる力の量にかなりの差が出るのだ。精霊によっては共有する知識の量にも差異が出たりするから詳細に関しては人と精霊による、としか言えん」
「そういうことか」
「うむ。主にはほとんど意味が無いがな」
「えっ?」
「精霊の魔力を利用した魔術の最適化も出力強化も精霊と同じステップで魔術を発動する主には無用の長物だ。せいぜい知識の共有くらいか? それも若干しか出来てないみたいだし……」
「その、落ち込んでる?」
「落ち込んでなんて無いぞ。だた貰ってる魔力量の割りに不甲斐ないと思っただけだ」
「僕としてはそばに居てくれるだけで凄い助かってるんだよ? もしエルが居なかったら最初の人殺しとかのショックで潰れちゃってる自信があるもん」
「……そ、そうか?」
「うん、もちろん。というわけでそろそろケーキが出来上がるよ。食べる?」
「食べる食べる。絶対食べるぞっ! さっきはお預けを食らってしまったし、これは期待しちゃうんだからなっ!」