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遺物回収というものは想像以上に細かく行うものらしい。
いくら発掘済みの遺跡といったところで現代にまつわる物品、特に見知った会社名が刻印された置物やガラクタくらい余ってるんじゃないかと思っていたのだ。
だが、現実は甘くなかった。
探しても探しても望む物品類が見つかるどころか本当の意味でのガラクタすら見つかることが無い。
すっからけとなった室内の寒々しさといったら涙が出そうなくらいだよ。ホント。
「壁とかそこの蛍光板とかに関しても取れるやつは回収してるくらいだからな。片手で持って帰れるくらいのモノなんてたぶん何も無いぞ」
仕舞いにゃこんな衝撃的事実までもを聞いてしまったので、この遺跡の中でなにかを見つけるのはもう完全にあきらめた。
まさかなんとか洗うが如しを地で行くような状況になっていたとはお天道様だって思いもよるまい。
そんなわけで現在は地下二階、最初のフロアで複数のオーガと死体を発見した以外は(物が欠片も残ってないから)順調に探索は進んでおり、このペースならば後半は野外生活を楽しむくらいしかやることがなくなってしまいそうな気がしなくも無いくらいだ。
「なんか風みたいなの吹いてない? 臭うんだけど」
「こんな古い建物ならどこかに穴くらいあってもおかしくなかろう」
「こんな地下に?」
「……うむ。不思議な事実だな」
「なに言ってんだ? 地下で風なんて吹いてるわけ無いだろ」
「「えっ?」」
リュースさんが不思議そうな顔をしてこっちを見てくるが、その発言こそ僕らからしてみれば不思議なもんだ。
確かに風量はかなり弱いけど、それでも通路の向こうからやってくる若干の瘴気じみた空気は外のそれと違って排ガスを吸ってしまったような感じがするので気づかないとは思えない。
「いやいや、風量は弱いですけど間違いなく向こうのほうから吹いてますよ」
「やっぱわからん。大体その先ってただの行き止まりだぞ?」
「……これは警戒したほうが良さそうですね」
足音を立てないよう、ゆっくりと警戒しながら通路を進んでいく。
チクチクと肺に刺さるような鬱陶しい空気を吸いながらなので集中力が途切れ途切れだったような気がしなくも無いけど、幸いなことに直接的な脅威は存在しなかったので結果オーライ。
「前の探索ではここを調べたりはしなかったんですか?」
「んー。確か調べたような気はするけどそんな風とかは無かったはず。ちょっと待ってくれ、前回前々回の報告書は持ってきたから確認してみる。その間に軽く調べてみてもらっても良いか?」
「了解です。何かあったら呼びますね」
こう、遺跡的な何かだった場合は僕らだけで情報をハンドリングしきるのは不可能だったろうけど、今回のは風が吹いてる穴を探せばいいだけの単純作業なのでたぶん大丈夫、だと思う。
僅かに青みがかったコンクリート製と思わしき壁は長い年月を経た結果あちこちにヒビが入っており、風の吹き出し口を探すのはそれなりに大変だ。
もちろんこんなのは手作業で調べる気になれず、魔力によって微細な氷の粒を作って大気中に浮かべ、空気の動きをチェックするという非常に高効率かつ怠惰なやり方を思いついたのだが、これはうまくいかなかった。
「なあ、主よ。今も風は吹いてるよな?」
「うん、間違いなく吹いてるね」
「じゃあ何で霧が動かないのだ?」
「全くわからん。何でだろ」
この不思議な風を今も感じているというのに、白い霧は僅かばかりも流れない。
エルがひょいと手を振って風を起こせばその動きに合わせて白い霧がゆらゆらと流れていく。
どうやら無意識のうちに氷の粒を固定したとかそういうことも無いらしい。
「感覚を頼りに手作業で探すなぞ面倒だぞ。いっそのこと壁を吹き飛ばしてしまうのはどうだ? 前に主がドアを吹き飛ばすといって練習していたではないか」
そ、れ、だ。
不思議のダンジョンの行き止まり通路よろしく“道よ開け”と壁を吹き飛ばすのだっ!
「リュースさん、遺跡の壁に穴を開けるような魔術を使っても良いですか?」
「壁自体に価値は無いから別に構わんよ。ただ、一般的な建物よりも堅い遺跡の壁をやれるのか?」
「ちょっと待ってください――」
魔力によって強化された氷柱がブスリと遺跡の壁に突き刺さる。
これなら円を描くように何発か叩き込んでから中心である程度の爆発を発生させれば比較的容易に穴が空けられそうだ。
「――うん、大丈夫みたいですね」
「……何気にユートもすげーよな。もう何があっても驚かん自信があるわ」
晴れて許可も取れたところで作業開始。
直径50センチメートルほどの穴をイメージしながらバスバスと氷柱を突き刺して壁をもろくしながら中心らへんに魔力の塊を張り付けるだけ。
爆発性の魔術に変換していないのは単純な理由で、作業中に暴発したらとてもとてもマズイことになるから。これなら制御に失敗したところで魔力が霧散するだけで済む。
爆破時の小石や衝撃波を防ぐための魔力障壁をエルに展開してもらい、全員が隠れたところで準備完了。
破壊力に関してはどの程度がベストなのか予想しづらく、ブリーチ後の目標物まで焼き払ってしまっては困るので若干弱めにセットするのが吉か。
さあ、一発吹き飛ばすぞ。
「爆破するんで耳はふさいどいてくださいね」
「あいよ」
左右と正面の壁に貼り付けた魔力から伸びる三本のラインにそれぞれ爆発させるような命令を書き込んでからスイッチオン。
軽い爆発音にあわせて飛び交う小石の速度は思いのほか遅く、魔力障壁にぶつかっても刺さることなく地面へと転がった。
うん、なかなかいい感じの結果だと思う。もしこれがコンクリート製の壁ではなくて木製のドアだったりしたならば、特に破片が飛ぶことなくそれだけを吹き飛ばすことが出来たんじゃなかろうか。
「こら驚いた・・・。行き止まりなのは間違いだったんだな」
「夢のある遺跡だな。空気の不快指数は跳ね上がっとるが」
爆破した壁のうち、右壁はほかの壁と異なり大人でも屈めば入れそうなほどの穴が出来ていた。
ふさがれていただけあって照明は壊れてしまっているらしく、懐中電灯なしでは何も見えそうに無いほど暗く。そして臭い。
いや、ホント臭い。なにこれ? 排ガスってレベルじゃないぞ?
「壁崩しちゃったから臭いがやばいことになってんね」
「全くだ。嗅いでいるだけで頭が痛くなってくるぞ」
「さっきからユートたちが言ってた匂いってのがようやくわかった感じがする。どんな匂いかと聞かれると答えにくいが確かに居るだけで頭が痛くなってくんな」
正直、壁に穴を開けたのは失敗だったかもしんない。
昔ここに住んでた人達もこの臭いをどうにかこうにかしたくて通路をふさいだんじゃないのか?
「とりあえず鼻つまみながら中に入ってみるか」
「あ、それなら僕らがやりますよ。中に敵が居たりしたら困りますし」
意味も無く手で口元を押さえながら室内を照らしてみれば十畳ほどの部屋は埃まみれで頭を突っ込んだ瞬間に思わずむせてしまいそうになるほど。
隅っこのほうなんかは埃が山になってしまっているし、どれだけ長い年月放置されてきたのやら。
ほかに変わったところといえば部屋の壁という壁全てが真っ黒に染まっているくらいか。
「ううむ。なんもない。あるといったら埃の山くらいか」
「妾も見ていいか?」
「うん。埃っぽいから中で呼吸はしないほうが良いよ」
エルは僕から軍用懐中電灯を受け取ると早速壁の穴に頭を突っ込んで中を観察しだしたが、そもそも見るものなんて何も無い。
息苦しくなったのか30秒もしないうちに穴から頭を出したエルの表情は酷くぶ然としたものだった。
「これはあれだな。居るだけ無駄だな」
「折角お宝が見つかるかと思っただけに、ね」
「全くだ。妾のこのドキドキ感をどうしてくれ――――」
唐突に言葉は途切れ、ぐらりとエルの体が揺れる。
「エルっ!」
「ある、じ……?」
慌ててエルの体を支えるために伸ばした手からはインフルエンザ患者のような高熱を感じて、それがさらなる焦りを生んでいるのが自分でもわかる。わかるんだけどどうしようもない。
原因は何だ? この正体不明な排ガス臭か? もしそうだとしたらどうしたらいい?
「ユート、主のお前が慌ててどうするんだ。まずは安全な場所までエルを担げ。移動するぞ」
「は、はいっ」
苦しそうに喘ぎ、体に力を入れることすらままならないような状態ではおんぶすらも難しい。
仕方が無いのでひざ下と肩甲骨に手を回して体を持ち上げ、首がぶらっとしないように肩で受け止める。
体勢が安定したところでエルを揺らさないよう、来るときに掛けた時間の二倍以上を使ってゆっくりと歩くことでようやく遺跡入り口の平坦なところまで到着することが出来た。
「ほれ、毛布を敷いとくから横にさせてやんな」
「ありがとうございます。ほら、エル。ゆっくり降ろすよ」
「……ん。ありが、と」
高熱で体が痛むのか、苦しげな表情を浮かべるエルにダメージを与えないよう慎重に即席ベッドへと降ろしてほっと一息。
ようやく落ち着いてこれからの対応を考えることが出来そうだ。
まず、僕が出来ることといったら何だろう。
治療術――論外。最近わずかばかり出来る様になったからといっても実用レベルではない。
冷たい濡れタオルを額に当てる――これはやるべきだろう。
解熱作用のある薬草を見つけてくる――見つけたところでどうやって使うのかわからんし、この状態のエルを一人にしておくなんていうのはどう考えたとしてもマズイ。
いや、まて。
そうだよ。解熱剤ならあるじゃないか!
こっちに飛ばされてから最初にメディキットを確認したとき、確か止血剤やテーピング類とあわせてそういうのが混じってたはずだ。
やや慌てながらメディキットの中身を確認すれば、“解熱剤”の三文字がしっかりとプリントされた白いティーバッグのような袋が全部で4つ入っていた。
封を切って中を確認すると細かく書かれた説明書と薬包紙に包まれた白い顆粒状の薬、白いシールの三つでワンセットらしい。
説明書を読むとこれは間違いなく解熱および鎮痛作用のある薬で、高い効果を持つために白いシールを首に張って赤く変色する程度の発熱が無い対象へ使用することはやめたほうが良いとある。
なるほど、こいつは体温計の代わりか。
図の通りにエルの首筋にシールを張れば、あっという間に赤く変色しだしてるあたり使用するのはマストで問題なさそうだな。
用法と用量は――
“用量:15歳以上は一回一包。”
“連続で服用される場合は最低でも4時間以上の間隔をあけてください。”
“服用後、乗り物または機械類の運転操作を行わないでください。”
“本剤は人間および精霊、人工精霊向けに開発されました。それ以外の方は服用しないでください。”
……なんだ、これ?
用量や服用後の乗り物に関する記載は、良い。解熱剤に良くあるような記載だ。
だけど、その一番下の注意書きはどう考えたって変だ。
この薬は、このバッグの中身は、現代で作られたものじゃないのか?
でも、まあ、いいか。
何処で作られたかなんて今は無視したってなんら問題ないほど些細なことで、重要なのはこの薬がエルに対しても恐らく有効であるという事実だけだ。
毛布に横たわるエルの体を抱えるように起こしてカップと封を切った薬を渡す。
「これは?」
「バッグに入ってた薬だよ。熱を下げて体の痛みを軽くする効果があるんだけど、飲める?」
エルは小さく頷いてから薬を含むと水で流し込んでいく。
この手の薬のご多分に漏れずやっぱり苦いようで、水を含んだ瞬間に苦味が口中に広がったのか目を白黒させていたが、それでも吐き出すことなく飲み干してくれた。
「うぅ、苦いのだ」
「そりゃ薬だからね。効いてくればかなり楽になるからもう少しだけ我慢してくれ」
薬を飲み終えたエルを再び寝かせて額には氷水で冷やしたタオルを乗せる。
解熱剤が効いてきたら外さないと体の冷やし過ぎになるかもしれないけど、少なくともしばらくの間は乗っけておいたほうが良さそうだ。エルも目を細めて気持ち良さそうにしてるし。
そうしてしばらくの間タオルの交換などをしていると薬が効いてきたのか、気づいたころにはすぅすぅとした寝息を立てていた。
表情も苦しげなものから落ち着いたものに変わっているあたりかなり良い感じなので、起きたときに食べられるような簡単なものでも作っとこうかな。
「なあ、ユート。ちょっといいか?」
「なんでしょう?」
「今回の件なんだけどな。前例があったんだよ」
「――っ! それは、どんな前例だったんですか……?」
聞きたいような、聞きたくないような。
もしもエルの身に深刻なことが告げられたりしたらと思うと怖い。
だけど聞かなきゃ何の手も打てないわけで。
「おいおい。そんな顔するな。普段がぽやっとしてるだけに怖いがな。心配しなくても彼女の体は大丈夫だ。少なくとも前例では全員が数日寝込んだだけで無事に復活したよ」
「…………そうだったんですか。教えてくれてありがとうございます」
「あいよ。一応概要だけ説明しとくとだな。遺跡のと似たような臭い、文面にゃ腐臭とあるがともかくそれを嗅いだ人間の三人が高熱を出して倒れたらしい。それを助けたヤツもしばらく頭痛に悩まされたとあるがそれも一週間以内に健康になったってよ」
「リュースさんの体調は大丈夫なんですか? それだけ聞くと僕とリュースさんにもなんらかの悪影響がありそうなんですが」
「多少頭痛がするけど概ね問題ないな。ユートはどうなんだ? 壁の穴に頭突っ込んでたろ?」
「僕は全く問題ないですね。極めて健康です」
「そうか。……なぁ、ユートよ。これは個人的な依頼になるんだが、ウィスリスまでの帰り道の護衛についてくれないか?」
“それは、ひょっとして、人体実験がしたいということでしょうか?”
思わずそう聞き返したくなるが、この依頼を受けた場合の僕のメリットは意外と多いかもしれない。
まずは古代遺跡に関する調査のためのパイプが出来る。
ついでに調査の最前線にいけるわけだから想定外の情報を入手できる可能性がある。
さらにはいつか行こうと思ってた学園都市と謳われるウィスリスに金を貰って行ける。
逆に明確なデメリットに関しては特に浮かばない。
この会話の流れだと僕の体を調査したい気持ちがあるのはほぼ間違いないが、それだって健康診断みたいなもんだろうし、別に悪いものじゃない。
「その依頼、受けましょう」
「微妙に間があったのは気がかりだが助かるわ。んじゃ報酬とかの話から進めていくか」
「了解です」