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カタカタと車輪の振動が鬱陶しい馬車に揺られること一時間とちょっと。
フェンドラナ遺跡までの道のりは聞いていたとおりに短いものだったが、今までの街道と比較するとそれはそれは酷いものだった。
十分なのは広さだけ、遺跡の価値の無さが広まってからは恐らくまともに整備をされたことがない様ですっかり荒れ果ててしまっている。
もしこれが石畳で作られていたとしたら多少の整備不良は無視できるのかもしれないが、残念ながら土を押し固めた程度の街道では放置と同時に雑草などの影響により街道としての機能が徐々に低減していってしまうわけで。
シムシティなんかで後先考えずに建造物を構築した挙句、維持費が払えなくなって壊れていってしまうのを見ている感覚というかなんというべきか、ともかく一度作るのに使ったコストを考えると果てしなくもったいない気がしてしまう。
ま。こんなこと考えてるのは僕だけらしく、リュースさんなんかは馬車を降りてからずっと何かを探すようにあちこち見てたりするんだけど。
「やっぱり前に来たときより荒れてんな。こういうとこって冒険者達がキャンプ張ってたりするから普段は楽できたりするのにこの分じゃイチから作るようだな」
「もう帰っちゃいましたけど馬車を使うという選択肢は無かったんですか?」
「御者さんごと馬車を抑えとくだけの予算があればそうなんだけどさ、経費節減の波が押し寄せるうちの研究所にゃそんな余裕は無いんだよ」
遠い目をしながら馬車の帰っていったルートを見るその姿はまるで、日本の会社で四苦八苦しながらなんとか必要機材を確保しているサラリーマンのようだ。
「そんなどうでもいいことは置いといて遺跡行くか。こんなとこに泥棒なんか居るはずないからテントとかは入り口に置いといて後で組み立てよう」
「了解です」
木々の間にぽっかりと存在する洞窟の先、フェンドラナ遺跡の内観は想像していたよりも地味で、個人的にそれはかなりの欠点だと思うんだ。
現在よりも優れた文明の残り物ということでピカピカ光るSF的な何かを予想してたのにざっと見た感じゃ廃墟と化した病院か学校のような印象のほうが強い。
壁は触るとほのかに暖かいコンクリート、床はどう見てもリノリウムで作られているように見えるから当たり前といえば当たり前か。
驚いたことに室内は蛍光灯っぽいナゾ板が弱々しく光ってるので歩くには困らないが、各個室をクリアする際には軍用懐中電灯を利用したほうが良さそうだ。
あと不思議なことといえば壁とか床にも少量の魔力が常に流れていることか。
何が目的なのかはさっぱりわからないが、この遺跡の動力源となるような何かはいまだに生きてるんじゃなかろうか?
もしくは――
「主、どうやら敵が居るようだぞ」
「・・・そりゃマズイ。距離と対象はわかる?」
うん、あんまり考え事をしている余裕は無いみたい。
エルを見れば既に杖を握って戦闘準備までしてるし、僕のぬけっぷりが際立った気がしてならん。
「具体的にはわからんがすぐ近くに居るのは間違いあるまい。妙な瘴気と足音から予測するにトロールやオーガなどの魔物だろう。なんでこんなところに居るのかはよくわからんがな」
「了解。それだけわかれば十分」
左手で腰のホルスターから軍用懐中電灯を、右手で杖を取り出して戦闘の準備は万事おーけー。
狼だのゴブリンだのといった小型の生き物と違って耐久力の高い生物を一撃で無力化するため、普段使いの二倍程度の魔力を集中させてショットガンを展開する。
散弾一発あたりの攻撃能力は決して高くないが、発射される12発のペレットの半分も命中すれば対象の内臓をズタズタに引き裂いて致命傷を与えることが出来るので、ライフルのように致命部位を狙う必要すらない。
おまけにこれは実物のそれとは大きく異なり、ゲームのようなパターンを見せるので刃物でしばき合うような至近距離でだって便利に扱える。
「なら俺は前に出るか。いくら二流といっても時間稼ぎくらい出来るんだぜ?」
「オーガごとき主と妾に掛かれば一瞬だぞ。リュースは危ないから下がると良い」
「・・・。マジで?」
「たぶん大丈夫です。馬車に乗ってる最中に襲われたことがありますけど一撃でした」
「そ、そうか。なら任せるわ」
「俺の見せ場が・・・」なんていうリュースさんのボヤキを背中で受けながら通路の先に照準を合わせてゆっくりと進む。
エルと二人だったなら杖の明かりを消して視界を熱感知式に切り替えることでステルスも可能だけど、今回は消灯できそうに無いのでいっそ盛大に照らしてやろう。
通路から部屋へと踏み込み、軍用懐中電灯のテールスイッチを押し込むと高出力LEDから放たれる光の束が室内の暗闇を一掃して全てを明るく照らし出す。
「クリア。この室内に敵は居ないみたいだ」
部屋は洒落た待合室といった感じで、直径30メートルくらいの半球状の部屋の真ん中にはお立ち台っぽい何かとそれを囲うようにベンチが配置されている。
通路に関しては左右に一本ずつ、正面にはフロントらしきものがぼろぼろになりながら存在していた。
風化しているものとしていないものの差が激しいのは大方魔術による防護の差なんだろう。
「ん、右かな?」
「足音だけでなく瘴気も少しだが強くなった。間違いなくこの先だ」
こっそりと通路の奥を覗くも再び敵影はなし。
響く足音から想像するに同じフロアだとは思うのだが、低音は指向性が低くて距離感をつかみにくい。
ドン、ドン、とゆっくりとしたペースで響き続けているので僕らを警戒していることはなさそうだけど、そもそもなんで動き回ってんだろ?
「その先は左手のドアの先に一部屋あるだけだ。通路にオーガが居ないなら大方そこに居るんじゃないか?」
「了解です。ささっとやってしまいます」
やはり危険物は早期発見・早期削除に限る。
通路の向こう側、室内ぎりぎりの左壁にぴたりと張り付いてから指先に魔力を集中、フラッシュバンを生成して準備完了。
「レディ?」
「うむ、れでぃだ。主は左側を、妾は右を始末する」
「了解。3、2、1――突入っ!」
室内へ投入されたフラッシュバンは手を離れてからきっかり二秒後、小爆発と同時に込められた魔力の全てを強烈な光へと変換してその役目を果たし終える。
直接的な攻撃力はないとはいえ、短時間ながら敵の視界を完全に奪うことが出来るというのはこういった閉所での戦闘において凄まじいアドバンテージだ。
部屋へ突入すると中に見えたのは灰色の巨人が四体。
身長はおよそ2メートル強、ボディビルダーよりもマッスル溢れるその姿はぱっと見た感じでは人のようだが、口から突き出た牙と溢れ出す不気味な魔力はまさしくバケモノと呼ぶに相応しい。
今のところフラッシュバンによって視界をごっそり潰されており、少なくとも一匹目の始末は簡単そうなので、まずは口に何かをくわえてもがもがしている左手最寄のターゲットへ狙いを定めてショットガンを叩き込む。
体感ではゼロ秒後、初速のせいでドーナツパターン気味だったであろう12発のペレットはオーガ特有の強固な筋肉による防護をあっさり貫通して内臓を引き裂き一瞬にしてその命を奪う。
ちらりと右を見れば首がぽろりと落ちたオーガの体から赤黒い血が溢れているので残りは二体。
あれだけ硬そうな首をほとんど音も無く刎ねるエルの技術には全く持って恐れ入る。
この調子で流していければ楽なんだけど、残念ながらフラッシュバンの独壇場はここでおしまい。
仲間が殺されたからか、それとも端からなのかはついぞ知らんが憤怒に燃える真っ赤な瞳が二対ほど。
全力でショットガンのリロードを行うと障壁分の魔力がたぶん回らないので、近づかれる前に片付けるのはあきらめて障壁と最低出力のスタンロッドを展開しつつ二匹のオーガへ走りこむ。
僕の行動を破れかぶれかなにかと勘違いしたのか、にやりとゆがむオーガの顔を目掛けて軍用懐中電灯の光が直撃、狼狽しながら振るわれた粗末な武器――たぶん鉄パイプ――は完全に射程外だったので無視しつつ二匹目が振るった馬鹿に太い腕を魔力障壁で受け流す。
物はついでとオーガの腕にぺたりとスタンロッドを貼り付けてみるも効果のほどは残念ながらいまひとつ。やっぱ大口径の火器で吹き飛ばさないと駄目だ。
この行為によって稼げた時間は正味五秒ほど。
決して長い時間ではないけれど、エルが魔力を集めて叩きつけるには十分過ぎる。
「このxxxxxxxxxxがっ! 主から離れよ」
・・・でもその台詞はないだろう。女の子なんだから。せめて痴れ者とかさ。
戦闘中だというのに思わずズッコケそうになっちゃったぞ。
あれか、僕がハリウッド映画の話題を酒のついでにしちゃったのがマズかったか。たぶん。
エルのカッターによって生まれた二つ目のぽろりを確認しながらオーガの側をステップアウト。
相手が魔術を警戒して詰めてこなかったので魔力障壁とスタンロッドを解除、直ちに魔力を再装填して脳内トリガーをゆっくりと絞ればオーガの左胸の辺りから血煙が吹き上がり、肉体はひねりを加えながら後ろへと叩きつけられて絶命した。
「鮮やかなもんだな。四体のオーガが10秒チョイとかなかなか見れるもんじゃねえ」
「だが主が突撃したときは肝が冷えたぞ」
「各種火器を最低限に絞って残りを魔力障壁に回してたから殴られても大丈夫だったよ?」
「それでもだ。やる前に一言くらいあってもいいではないか」
「あー・・・。うん、確かにそうだった。ごめん」
「まあまあ、そういうのは安全が確保された後でやってくれ。オーガ共はどうやら食事中だったようだし、やりたかないけど調べないわけにもいかん」
苦虫を噛み潰したような表情のリュースさんについて室内を調べれば、まさしくそこは出来の悪いホラー映画の場面そのもの。
そこいらに転がるグロ肉としゃぶられたのかつやつやとした骨とボロ切れなどから予想するにそれらがここ最近のうちに元人間になったのは疑いようが無い。腐臭とかないし。
あまりにも現実離れした光景に理解が追いつかないのか、この世界にすっかり染まってしまったからなのかはわからないがこみ上げるものも無ければ感じるものも特に無いのはラッキーだった。
「こりゃ凄いですね。でもギルドに捜索依頼なんて来てましたっけ? これだけ死体が転がってるとなると何件か来ててもいいと思うんですが」
「んにゃ、少なくともここ最近にそんなことがあれば俺が来る前になんか一言あったはずだ。・・・駄目だ、こんなボロじゃなんもわからん。せめて身元がわかるようなものがあれば良いんだが」
馬車すら無い僕らの装備では遺体を持って帰ることは不可能だ。
こんな場所で野ざらしにしておくことに感じるものが無いわけではないが、現状出来ることといったら後で人員を派遣してもらうように働きかけることくらいだろう。
「しゃーない、ちと気分の悪いものを見ちまったが探索を続けるとするか」
「正直ここに長居はしたくないのでそれがいいと思います」