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古代遺跡。
信じられないほど高度な技術を持った文明の残りもの。
滅びた理由はいまだにわからず、もっぱら演劇や歴史家のロマンのネタになってあれこれ言われて本になっていたりもするらしい。
日本でも徳川埋蔵金だのムー大陸だのバミューダトライアングルだの、なんだかんだ馬鹿にされながらもお茶の間のテレビで家族と楽しく特集番組を見たことがある人は多いだろう。
ただし、オカルトチックなそれらと明らかに異なるのは確実に存在していたということだ。
王都の武器屋では遺跡から出土した――この言い方が正しいのかわからないけど――杖なんかを見たことがあるし、ギルドにはちょくちょくそんな感じの依頼が張られていたりもする。
なにより重要なのは遺跡から発掘されたらしい武器にはコルト社の刻印が刻まれていたという事実だと思うんだ。
開発者がこの世界に来てしまった後に開発したのか、それとも僕の知らないところで異世界との交流が進んでいて、最近景気の悪かったコルト社がこの世界を新たなビジネスチャンスとしてやってきたのか。
・・・いや、たぶん後者は無いんだろうけど。
それでも遺跡には僕の世界とこの世界を繋ぐ何らかの鍵がきっとあるはずだ。
運が良ければ僕のような境遇の人達が時間軸をばらばらにされて存在している理由だって見つかるかもしれない。
「今回の遺跡はワナの類も回収済みみたいだし、なんかアトラクションみたいでわくわくしちゃうね」
「あんまり油断するのは良くないと思うが、今回ばかりは大丈夫だろうな」
古代遺跡の調査ということで一も二も無いままに即答して帰ってきたものの、その際に各種必要な情報を聞いた限りでは危険な要素はほとんどなさそうだ。
発見当初はクリティカルなワナがいくつか存在していて重傷者も出たそうだが、現在それらは全て破壊済みである上に、場所がガルトからそう遠くない森の中なので危険な生物だって存在しない。
「ただ、主の目的を考えるにあまり意味がないのではないか? こうも安全と言い切れるほどに発掘済みでは目新しいものが見つかるとはとても思えぬ」
「でも古代遺跡だよ? 楽しそうじゃない?」
「妾も遺跡に入ったことは無いから楽しみではあるが・・・。主はそれでいいのか?」
「最初から遺跡一発目でなにかが見つかるとは思ってないよ。それに護衛の相手は学者さんだからあれこれ聞けるかもしれないし、割はそこそこいいと思うんだ」
なんとなくエルを納得させるために理由をつけてしまったものの、ぶっちゃけてしまえば見返りのありそうな遺跡探索なんて当面後回しにしたところでかまわないと思っているのが正直なところ。
いろいろと重要な情報が手に入る可能性が高いのは理解しているが、僕にしろエルにしろトレジャーハンティングなスキルを持っているわけでもなく、古代遺跡に関する造詣が深いわけでもない。
こんな環境下で正体不明のミステリー感溢れる未発掘な遺跡に突入したところでワナに引っかかってあっさり死亡が関の山だ。そんな未来はごめんこうむる。
「さて、とりあえず依頼を受けるに当たっての準備くらいしに行こうか。予定じゃ一泊二日程度とはいえ必要最低限の食料品とフリーズドライの材料くらい買っとかないと」
「うむ、了解だ。指定日は先方の要求で翌朝になってしまったし、今はもう夕方だ。少し急いだほうが良いかもだぞ」
◆
翌朝。
一泊二日ということで簡単な準備を整えてからギルドへと向かうわけなのだが、現在時刻は午前五時。
日も出たばかりの時間帯ということもあって出歩く人は少なく、閑散とした町並みに薄く霧が掛かった様子はまるで異世界か何かのようだ。
たまに吹く風に身を縮こまらせながらテクテク歩いていくと遠目に馬車が見える。
軽く視界をズームしてみるとカーディスさんの姿が見えたあたり、恐らくアレが依頼人の馬車かな。
「おはようございます」
「おう、ユートか。急な依頼な上にこんな朝っぱらから悪かったな」
「そんなことないですよ。僕も古代遺跡には興味があるのでむしろ嬉しいくらいです」
「そういってもらえると助かるぜ。リュースのヤツは馬車に入ってるからあとは二人が入れば出発だ。細かいことは中で適当に聞いといてくれ」
「わかりました」
馬車の中に入ると一人の男性がイスに座りながら分厚い本を片手に集中していた。
僕らが入ってきたことにも気づいていないあたりかなり夢中になっているようで、その集中っぷりを壊すようなことをして良いのか悩む。
大学にも居たけど、こういうタイプの教授や学者っていうのは一人の時間を邪魔すると烈火のごとく怒ったりするものだからなかなか手を出しづらい。
「主はそんなところで固まって何をしておるのだ?」
「いや、単純にこの集中された読書を邪魔していいものかと」
「そんなのしていいに決まってるぞ。そうしなければ事が進まないではないかっ!」
「・・・・・・ん? ひょっとしてカーディスが言ってた冒険者か?」
エルの声に気づいたのかこちらを向く依頼人。
うひぃ、目が光ったよ目が。
「は、はい。僕はユートです」
「妾はエルシディアだ。よろしく頼む」
「俺はリュース。ウィスリスの第三研究所で主に古代遺跡に関係した資料から現在に流用可能な技術を探っている程度のしがない学者だ。今回は派手さのある依頼ではないと思うがよろしく頼む」
良かった。怪しく目が輝いたときはどうしようかと思ったけど、この人は読書の邪魔をしただけで怒るようなタイプではないらしい。
ただ、手入れをすればカッコ良くなるであろう青髪はぼっさぼさだし、衣類も研究者という比較的ホワイトカラーに近い職にも関わらず薄汚れているあたり、研究者特有の興味があることだけに集中してしまってほかはおざなりってタイプなんじゃないかとは思う。
リュースさんはパタンと本を閉じてから立ち上がり、御者台と客室を区切る分厚い布から首だけを出すとなにやら一言。
お世辞にも滑らかとはいえない動きで馬車が動き出したあたり、出発のお願いでもしたんだろう。
「しかしなんだ、カーディスから若く見えるとは聞いてたが本当に凄いな。冒険者としての能力に疑問を持っているつもりは無いが、そんなんじゃいろいろ苦労しただろ?」
「わかってもらえますか。これでも21歳なんですよ?」
「マジかよ、俺とそう変わらないじゃないか」
もうそろそろこの驚かれ方にも見られ方にも慣れてきた気がする今日この頃。
こう、赤い飴玉と青い飴玉のごとく身長を伸ばすような何かがほしいぞ。切実に。
「んじゃ、見た目の話は置いといて今回の依頼で探索することになるフェンドラナ遺跡の概要をざっくりと説明するわ。要点だけかいつまんでいくと、発見されたのは3年以上前、探索が2年前で見つかった魔道具はなんとゼロ。無価値に近かったがために魔物除けの魔道具を一切置いてないのが特徴だな」
「となると中にはそれなりの量の敵がいるということですか?」
「わからん。魔物も雨の当たらない屋内を好んじゃいるが、罠が危険なのも知ってるからな」
「ううむ、それだとふたを開けてみるまでわからないですね」
「だからそこ冒険者が必要なんよ。俺自身それなりに剣を扱えるとは思ってるが二流がいいとこ、魔術に至っては解析系のヤツしか扱えないから戦闘ではまるで役に立たん」
あまり戦闘は得意でないということを言うリュースさんの顔はあまりよろしくないように見える。
これは聞けないから予測になってしまうが、やっぱ戦う力が少ないのは色々な点でネックになってしまっているのかもしれない。
特に研究員という立場でありながら魔術で戦闘できないというのは叩かれる原因になるような気がする。いや、完全に根拠の無い予測だけどさ。
「あとな、これからしばらくは依頼人と護衛というより協力して頑張る仲間みたいなもんだ。だから丁寧語とか敬語とか要らんぞ。ヤバイ時に“危険ですから伏せてください”なんていわれるよりも“伏せろっ”って叫んでもらったほうが早いしな」
「そ、そうですか?」
いきなり依頼人にそんなことを言われたのは初めてでちょっと戸惑ってしまった。
とはいえ、敬語とかが不要といわれたとしてもやはり最低限は守るべきであり、額面どおりに受け取るべきではないだろう。常識的に考えて。
「妾はそういった言葉遣いが苦手だから助かるな」
「ちょ、エル」
「いやいや、いいって。研究所じゃないんだから」
「主のそういうとこは長所だとは思うが、相手がこういっているのだからいいではないか。折角の古代遺跡に関することを聞く機会だぞ?」
「そりゃそうなんだけどさ。・・・うん、おっけ。細かく考えるのはやめよう」
「む、二人は古代遺跡自体に興味があるクチだったりするのか?」
「そうだ。特に主は古代遺跡のあらゆることに興味津々だぞ」
「素晴らしい。冒険者というのはやはりこうであるべきだろう。二人とは仲良くなれそうだ」
笑顔を浮かべるリュースさんを見た限り言葉遣いに関しては本当に大丈夫そうだ。
“研究所じゃないんだから”といっていたあたりそれなりの地位の人だと思うんだけど、ホントに気さくでいい人じゃないかっ!
「さあさあ、一体古代遺跡の何が知りたいんだ? 詳細な回答に関しては遺物の説明くらいしか出来ないが、その他のことでも一般人より遥かに詳しい自信があるぞ」
「え゛・・・。な、なら、この国は6000年近い歴史があると思うんですけど、それだけ昔なら遺跡の中の人とも交流があったりしたんじゃないですか?」
おうふ、折角の一発目がこんな質問になってしまった。
こういうときに素早く望む質問を頭から引っ張れない自分が恨めしい。
「まず誤解を解いておくと、国が権威のために神話の時代も混ぜて6000年って言ってるくらいでまともに資料があるのはここ2000年くらいだ。それでも他国に比べりゃ長いんだけどな。んで、もうそのころにはすっかり滅んじゃっててなんの交流も残ってない」
「そんな裏話が・・・」
なんということでしょう。この国の歴史が三分の一に圧縮されてしまいました。
あまり知りたくない歴史のTipsを知った気がするがな。
実際他国を押すときには多少のはったりが必要だったりするのはわかるけど、いくらなんでも三倍は盛り過ぎじゃなかろうか。
「ま、物品の伴わない歴史なんてもんは大雑把でいい加減なもんだ。おかげで発掘された遺物の年代がまるでわからないのが悩みのタネだったりな」
「遺物っていうのはやっぱり杖とか剣だったりするんですか?」
「武器の類ももちろん出てくるが、それ以外も結構あるぞ。例えば――夜に使う魔術式の明かりとか水道なんかはもともと遺跡から発掘された魔法陣を解析して作られたもんだ」
「意外と生活に密着してるんですね」
「昔の人間だって武器だけじゃ生きてけないからな。使い方がまるで分からないものが発掘されることも少なくないが、きっとそれらも生活を豊かにするための何かだと思うし、それらを調査して人々の生活をより豊かにするのが俺の夢であり目標なんだよ」
そう語るリュースさんの顔は楽しげで、その手伝いが出来ることが少し誇らしい。
やっぱり依頼を受けるなら前向きな人と仕事したいよね。
『そういえばさ、精霊との契約ってメジャーだったりするの?』
『めじゃー・・・ああ、知名度という意味だったか? そうだな、基本的に魔術師なら誰でも知っているようなメジャーなものだ』
『でも契約しちゃうと力を貸さなくちゃいけなくなるよね。正直、精霊側にはあんまり利点が無いように思えるんだけど』
『ん、主にはそう見えるのか。精霊側としてはなんといっても優れた魔力の供給速度が利点だな。一般的な契約ですら魔力溜まりに居るより数倍の速度で魔力が得られるのだ。さらに主の場合は魔力の美味しさも素晴らしいぞ』
『魔力が美味しいっていうのはいまひとつ良くわからない感覚だから置いとくとして、僕はエルに魔力を供給した覚えがまるで無いんだけど』
『何を言っておるのだ? いつも主と妾の間には魔力の線が繋がってるではないか』
『いや待ってこれ魔力流れて・・・るね』
『うむ。いつも美味しく頂いておるぞ』




