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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
くすぶる火種は残ってた
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本日の天気も晴天である。

日本の場合初夏前というのはやや雨が多くなってくるころだが、この世界ではほとんど雨が降らない時期なのである意味当然なのだが。

それでも野外活動が圧倒的に多い冒険者としては最適な気温の中で晴天が続くというのは嬉しいことであり、良い気分になるには十分過ぎる。


「なんかようやく戻って来れたね。見渡す限りの草原を歩くなんていうのは僕のところじゃほとんど出来ないことだったから新鮮ではあったけど、疲れた気がするのは何でだろ」

「ん、そうか? 妾は陽の当たらない馬車でじっとしているよりは良いと思うのだが。それに道中で売れる薬草を回収できたから戻ったらちょっとした贅沢だって出来るぞ?」

「ありがと、エルのおかげで今日のご飯は豪勢に出来そうだよ。余裕があれば甘いものも買おっか? 蜂蜜とかバターがあればクッキーの類を作るのは難しくないからいけると思うんだ」

「おおう、主の手作りか。それはすごく良さそうだ」

「ちゃんとしたオーブンなんてないからあんまり期待せずに待っててくれると嬉しいかな。もちろん頑張るけどさ」


王都と比べても、というよりは比べるほど距離が離れているわけではないので食事のメニューや品質がほとんど変わらないのがガルトのいいところだ。

おかげでフルーツソースやらハチミツやらを手に入れるのは難しくない。

おそらく探せば高級なお菓子を販売するような店舗だって見つかるはずだ。買う気は無いけど。


「まずは宿を取りにタミナさんのとこに行こうか。夕方に行って満室でしたじゃ洒落にならない」

「前みたく町に到着しておきながら野宿というのは避けたいからな」

「全くあの時はどうなるかと思ったよ。幸い魔獣の類も出てこなかったから結果的には問題なかったけど、ちゃんと眠れなかったから次の日眠かったし」


以前、娘のリーナさんを助けたということでタミナさんとはそれなり以上に良い仲を築けたような気もするけど、今回の件でほとんど挨拶もいれずに出てしまったから怒ってるかもしれないのが怖い。

王都への護衛を受けたときは“行って来い”くらいで終わると思ってたんだけど、やっぱ見通しが甘かったか。


「所詮大学生だもんなぁ」

「いきなりため息混じりにそんなこと言われてもわけがわからんぞ」

「あんま大したことじゃないとは思うけどさ、今回の王都までの護衛依頼の総拘束時間はそんな長くないと思ってたからほとんど挨拶も無いままに出ちゃったんだけど、現実には凄い時間が掛かってしまったな、って思って」

「ああ、そういえば“ちょっと行ってくる”くらいのノリで出てしまったな」

「そうなんだよ。ひょっとしたら心配かけてるかもだし、お土産でも買ってくれば良かった」

「確かに主の言うとおりだ。ガルトと王都の品揃えはほとんど大差が無いから誤魔化すことは出来なくないだろうが・・・」

「こういうのって気持ちだからね。そういうのは駄目でしょ」


結局、良い案が浮かばぬまま中に入ってみるとさすがはお昼時、三つほどのテーブル席は満席でカウンター席もまばらに間が開いているのみ。

リーナさんはウェイトレスとして非常にあわただしく働いているらしく、今のところ僕らに気付いた様子は無い。


『これは出直ししたほうがいいかな?』

『さすがにこの状況で宿を取ろうとするのは迷惑になるだろう。・・・が、夕方になってから来るのは少し怖いぞ。迷惑かも知れぬが話くらいはしたほうが良いのではないか?』

『ん、それもそうだね。ならとりあえず挨拶しちゃおう』


やや申し訳なく思いつつもリーナさんに声をかけるとやたらに驚いた表情を浮かべてこっちにくるのだが、その手の料理をまずは置いてほしいです。切実に。


「ユートさんにエルシディアさん! 一体いつ戻ったんですか!?」

「ああ、今さっきだよ。忙しいところ邪魔しちゃってごめんね」

「そんなことないですっ。この時間に来られたってことはご飯ですよね? 今すぐ席を空けちゃうのでほんのちょっとだけ待っててくださいね」

「え、あ、うん。ありがと」


リーナさんがその手に持つ料理をお客さんへと配膳しながら、もう片方の手でテーブルを片付けていく様はまさに職人技。

あっという間に片付けてからお客さんを移動させ、カウンター席に二人分のスペースを作るまでに掛かった時間は僅かに数分である。


「出来ました、座っちゃってください。ご飯はいつも通りでいいですか?」

「うん、よろしくね」

「パンは大盛りでお願いするぞ」


リーナさんはエルのリクエストに笑顔で答えるとくるりと回ってそのまま厨房へ。


「そういえば主よ」

「ん、どした?」

「あれだけ王都やらその帰り道やらで食べ歩きを続けたわけだが、ここより美味しいパンを食べられる場所は無かったな」


いや、なんだ。

ひっさしぶりにエルがまじめな顔して言うものだからなにかと思ったらそこかいっ!

てっきりアルトやリン、フィーとのわりと感動的と言えなくも無い別れの光景を思い出して反芻しているものだと思ったのに。


「・・・あ、でもリディーナの露店で買ったケバブはそこそこ美味しくなかったっけ?」

「けばぶ?」

「ほら、薄めのパン生地っぽいのにやたら香辛料が利いた肉を挟んだヤツだよ」

「ああ、あれか。確かにあれはほかでは味わえない良さがあったな。妾には少し辛かったものの、あれが好きという者は多いだろう」

「一個の値段がやたら高かったからあれで不味かったら暴動モンだけどね。ほかの露店のと比べると三倍以上の開きがあったもん」

「値段は仕方が無いぞ。いくらこの国で香辛料が高価ではないとは言え、あれだけ大量に使ったら安くは出来まい」

「それもそうか。思い出してみれば前に香辛料を買った時も結構な値段してたような気がする」

「うむ。塩や胡椒はたくさん取れるから大した値段じゃないが、それ以外だと安くはない。特にレッドペッパーは別格だ。この辺は主のほうが詳しいと思うが、どうも気候が影響しているようでこの辺りでは上手く栽培が出来ないのだ」


あれ、唐辛子って生産になにかシビアな条件なんてあったっけか・・・?

収穫作業など手作業がどうにもこうにも多くて自動化が困難だから日本ではほとんど生産しなくなってしまったらしいけど、それは今回の話とは別件な気がするぞ。


「気候、か。僕のとこじゃあちこちで生産してたみたいなんだけどね」

「なんとも羨ましい話だな。あんまりにも辛いのは好きじゃないが、少量のそれは間違いなく料理を引き立ててるのだ」

「だね。特にいくつかのパスタの類にはもはや必須じゃない? こっちにタバスコがないのがほんと残念でならないよ」


エルとあれこれ最近の料理の話をしていると、テーブルの上にトンとカゴが差し出される。


「お待たせです。とりあえずおなかが減ってるだろうと思ったのでまずはパンとリエットだけ持ってきちゃいました」

「さんきゅ、早速いただくね」

「相変わらず美味しそうなパンだな。色も白くてふわふわとしておる」


リーナさんが持ってきたのはパンがたっぷりと入ったカゴと小皿に盛られたリエットが一つ。

焼きあがってから時間がたっていないのかパンからは湯気が立ち上っていてなんとも食欲をそそる香りがテーブル付近を包み込んでしまってたまらない。

リエットのほうは初めて見たが、僕の世界のそれと大差ないのでおそらくパンとの相性は抜群だろう。


「リエットは新作なんです。ホロワ鳥を半日くらい煮て作るので時間が掛かるんですけどその分だけ味のほうは保障します。スパゲティももうしばらくしたら出来上がるので待ってて下さいね」

「うむ、よろしくだぞ」


再びぱたぱたと厨房のほうへ戻るリーナさんを見送りながらほかほかのパンを一つゲット。

かごの中のパンはどれもふんわりとしたやさしい手触りの丸型で、リエットを少量乗っけてからぱくりと頂くと素晴らしいパンの甘みとリエットの塩辛さがマッチしていてとても良い。


「これは、想像以上にいけるかもしんない。リエットなんて食べたのは久しぶりだけどやっぱ美味しいよこれ」

「主、あまり食べ過ぎると次のが食べられなくなってしまうかもしれぬよ?」

「大丈夫、イけるイける」


今日は朝からジャーキーを噛みながらずっと徒歩だったのだ。

それに加えてこのパンの美味しさといったら手が止まらないのも仕方ないでしょう。


小麦の良い香りといい、舌触りの滑らかさといい、ちゃんとした小麦粉から作られたのは疑いようがなく、日本のパン屋と比べたってなんら遜色ないほどの高品質っぷりなのが凄い。


リエットのほうもこれまた美味し。

脂肪分の少ない鶏肉の割にはとろけるような食感と程よい塩加減、それを胡椒の実がきっちりと締めて全体を整えているおかげでクドさが全くなくてグッド。


しかし、既に三個も食べたのはちょっと食べ過ぎたかもしれない。

これがパンとおかずとリエットだけだったのなら全然問題なかった。

でも、にっこりと笑うリーナさんが持ってきたのはなんと大皿に乗ったスパゲティだったのだっ!


「今日は市場で新鮮なキノコがたくさん手に入ったのでこれです。一般的な人達だと多過ぎて食べられないかと思ったんですけど、お母さんが“冒険者さんはたくさん食べるから大丈夫”って言ってたのでもって来ました」

「こ、これはまた美味しそうなスパゲティだな」


“持ってきた”のか“盛ってきた”のかがイマイチわからないそれを前にエルは冷や汗を浮かべながらなんとか笑顔を浮かべているけど、やや引きつり気味なとこが隠せてないぞ。

リーナさんはそれに気づかずに引っ込んでしまったが、ほんと、これ、どうしよう。


『どうするのだ? まだパンも少し残っている上にこれは拙いぞ』

『んなこといっても食べるしかないでしょ。残したらもったいないしなにより申し訳ない』


放置すると麺が延びて悲惨なことになるのでまずは半人前ずつほどお皿――小皿にあらず――に取り分けてみてもまるで減った様子がない。


「味は・・・、うん。いつもどおり美味しい。濃くないから食べてもおなかに溜まりづらい、かな」

「単に塩辛いだけでなく、キノコの香りや味を殺してないあたりはさすがはといったところか。麺が固めなのは食べるのに時間が掛かるのを考慮しておるのだろうな」


しゃりっというワリと珍しい食感のキノコはうまみ成分が非常に多く、塩ベースの単純なソースとは思えないほどの奥深い味わい。

ぺペロンチーノのように油が強調されているものではないのでたくさん食べても鬱陶しくなることがなさそうなのは救いだけど、いかんせん量が多過ぎる気がしてならない。


ぱっと見た感じでは乾麺換算で600グラムくらいは茹でてる気がするんだよね。ホント。


「うぅ・・・。魔力変換がちっとも追いつかないぞ」

「そんな羨ましい技能を持ってるのならもっと頑張ってくれ」


惣菜パンを4個、スパゲティが乾麺で300グラムほど。

これが、僕らの昼食だ。

キロカロリー換算は恐ろしくてとても出来ないが、夕食の必要ないくらいであることくらいは考えなくたって理解できる。







「まだ、おなかが重いのだが」

「僕もだよ」

「次はギルドだな」

「うん、気張っていこう」


たっぷりとスパゲティが詰まった重いおなかを抱えながら向かう先は冒険者ギルド。

目的はカーディスさんに対して今回の依頼の真意を問うこと。


何故僕が武技大会なんてものに参加する羽目になったのか。


単純な白兵戦能力だけなら一緒に護衛依頼を行ったミリアさんのほうが優秀なのは明らかだったのだ。

カーディスさんから見た僕というのは“盗賊団のアジトを壊滅させることが出来る”というレベルではあると思うが、1on1の白兵戦が保障される環境下に僕を突っ込む理由は無い。


ならばそうなるに至った理由が必ずあるはずだ。


「よう、久しぶりだな」

「ええ、お久しぶりです」

「たぶんだが、俺に聞きたいことがいろいろあるんじゃないか?」

「ええ、その通りです」

「ならこっちに来てもらおうか。カウンターじゃ話しにくいからな」


ガルトの冒険者ギルドは狭く、応接室のようなものがあるとは欠片も思っていなかったのだがどうやらそれは間違いらしい。

カーディスさんに案内された先は落ち着いた雰囲気を持つ家具で統一された応接室と呼ぶに相応しい洒落た個室だった。


「まあ、質問はわかってる。なんでユートのことを武技大会に参加させたかだろ?」

「その通りです。武技大会の参加中に考えたりもしてたのですが、僕がわざわざ参加しなければならない理由がわからないんですよ。しかもギルドマスターの権限を利用してまでってことはよっぽどなんでしょう?」


「じゃあ答える前に聞かせてもらうけどよ。お前、何モンだ?」


そういって僕を見る目は鋭く、まさしくギルドマスターという職に相応しいものだった。


「何、と聞かれても僕にはただの一魔術師です。としか答えられないのですが」

「馬鹿言え、自分が不自然の塊なの気付いてるか? どう見ても子供だっていうのに十分な教育を受けたようにしか見えず、魔術を使わせれば恐ろしく優秀で薬草採取のついでに盗賊団の排除が単独で可能なほど、おまけに衛兵の話を聞く限りじゃ杖も使わずに魔術を使うんだって? そういえば最初あったときも自分のことを“魔法使いです”なんて言ってたよな」

「・・・・・・」


ヤバイ。

名探偵にトリックを暴かれてる最中の犯人ってこういう気分なんだろうか。

たかがジャブのような一発を貰っただけなのに、何を言い返しても上手く行かない気がしてならないぞ。


「ユート、なにか隠してるだろ」


その言葉はもはや疑問系ではなく、確定している、というような言い方だった。


『どうするのだ?』

『信じてもらえるかは全く別問題だと思うけど、もうここまで疑われちゃうと隠す意味なんてほとんど無いから話しちゃおうか』


話すのも話さないのもリスクがある。

面と向かっても決定的な証拠を言われていない以上、詳細な調査はされていないとは思うが、これ以上隠していると何をされるかわからない。

変に他国のスパイ扱いを受けて疑わしきは罰するなんて真似をされたりしようものなら目も当てられないことになってしまう。

ならばそんなことになる前に話してしまうのも選択肢として悪くないと思うのだ。


「だんまりか?」

「いえ、もう隠す意味もないので答えようとは思うのですが、どういう風に答えれば信じてもらえるのかがわからなくて。説明を完全に無視して端的に事実のみを言った場合、どうやら僕はこの世界の住人じゃないと思うんです」

「・・・すまんが、わかるように最初から説明してくれないか?」




プレゼンテーションの基本というのは聴衆を引き込むことらしい。

だから最初にこういうもって行き方をしたのは結果的にはおそらくプラスだったと思う。

強烈なインパクトを持った事実を前面に押し出しながら質問に答えるといったテンプレが自動的に作られたことで相手の疑問点を効率的に解決していくことが出来たのだ。


「なるほど、大体わかった。そりゃユートも話せないわけだ」

「大体の内容について納得してもらえて何よりです。それでですね、最初の質問に戻りたいのですけど、なんで僕は武技大会に参加することになってしまったんでしょうか?」

「ああ、心配しなくても武技大会の参加自体には意味なんて無いからな」

「へっ?」


ちょ、え、どういうことなの?


「結局こっちじゃユートのことを調べても何一つわからなかったんだよ。となると疑うべきは他国の間者だろ? だから王都の諜報機関に問題ないか調べてくれって依頼をして、ついでにそこへ留まらせるためにはちょうど良かったってわけだ」

「じゃあ、ちょうど武技大会があったから突っ込まれただけで、もしそれが無かったら・・・?」

「そのときは時間が掛かる依頼をぶつける予定だった。王都近辺に居てくれればいいわけだからな」


オーマイガッ!

既に他国のスパイ扱いを受けていたとか死亡フラグ一歩手前だったじゃないかっ!

大体王都に滞在している間に監視されていたなんて全く気付かなかったぞ。


「そんな心配そうな顔をするな。わかったことはユート、エルシディアの両名は他国の間者などではなく、全くもって善良な一市民でしたってことだけだ」

「この国の諜報機関がむやみやたらに攻撃的じゃなくて本当に良かったです・・・」

「むしろユートの話だけ聞くと返り討ちに出来るだろ。あいつ情報収集は上手いけど戦闘はからっきしだからな」

「・・・お知り合いなんですか?」

「ああ、いい奴だよ。せっかくだから今度一緒に酒でも飲むか?」

「機会があれば是非お願いしたいですね」

「それと、依頼も一個受けないか?」

「内容によりますけど、僕が受けられる程度ならば」

「難易度自体は大したことが無いだろう、依頼の内容は単純で“2年前に発掘済みの古代遺跡だが、再調査を行いたいのでその間の護衛を頼む”だ。興味あるだろ?」

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