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昼食をとり終えた僕たちは宿を取ることにした。
初日から地面で寝る生活を続けていたので個人的にかなりうれしい。
昼食をとったお店でお金を払うついでに宿屋の位置も聞いておいて良かった。
定食屋と違って宿屋の数は少ないのでもし知らずに出ていたら見つけるまでしばらく町を彷徨ってたと思う。
お金の消費を抑えるため、宿屋に入る前にエルには同化してもらい一人部屋を取る。
エルにそれでいいか聞いたところ食事は絶対に取りたいが宿なら僕の中でいいといわれた。
ちなみに寝心地はいいらしい。
と、これが昨日の話。
そして今僕は非常に重大な局面に達している。
それは・・・・・・
お金が無いことだ!
今の僕のお金はエルが見つけてくれた薬草(プラント草だっけ?)によるものだけ。
当日の食事で銅貨23枚を使い、宿で半銀貨を1枚使用した。
つまり、一日に銀貨1枚以上は稼いでおかないと自転車操業状態になるということ。
たとえば僕が風邪を引いて1週間くらい行動不能になるとしよう。
そのときに必要なお金は宿代で銀貨3枚と半銀貨1枚、食事で銀貨2枚弱程度。
このお金が無い場合は下手すれば命の危機になりかねない。
幸い僕の体はかなり丈夫になったみたいだし、体調もすこぶる良い。
だけど、世界が変わるというとんでもない事態に巻き込まれたわけで。
個人的にはいつ風邪を引いてもおかしくないんじゃないかとは思っている。
そうなると悲しい事実が浮かび上がってくる。
それは、”ある程度以上安定した生活を狙う場合、安全な街中の依頼だけではかなり困難である”ということ。
昨晩エルに話を聞いたが、街中の依頼は荷物運びや土木の手伝いなど丸一日使う仕事で大体銀貨1枚程度。
日本円換算で大体1万円なので僕の個人的感覚からすれば稼げる金額として大きいと思う。
しかし、実家で生活しているわけではないので金が足りない。本当に。切実に。どうしようもないほど。
なので、僕はちょっと危険を冒してでも収入がある程度あるギルドの依頼を受ける必要があるのだ。
◆
昨日の今日で再びギルドに訪れる。
相変わらず閑散としているんだけど経営とか大丈夫なのかな。
まだ午前中だとはいえ、朝飯を食べる冒険者とかいてもいいと思うんだけど。
「こんにちは~」
「またお前か、今日は何だ?」
「いや、割とお金が無い状態なので何か依頼を受けようかと」
昨日の今日なのにすっかり失念していたけど、この人僕に危険な依頼とかくれるんだろうか。
外見が子供(納得イカン!)な僕には街中の依頼しか回さない気がする。
「お前は登録したてだから街中の依頼か、もしくはかなり危険度の低い依頼以外は許可しないぞ」
「はあ・・・、わかりました」
いきなり釘を刺されてしまった。
ある程度力があるとこを見せられるようになるまではこりゃ自転車操業確定かな?
実際問題、戦闘になるのがわかりっきているような依頼はなかなか受けにくいと思っているのでうなずくしかない。
僕はギルド左手奥の依頼のボードを見る。
なんか随分数が多いな、見た感じ冒険者なんてあまりいないみたいだし、
需要と供給のバランスがおかしくなってるんじゃないか?
”新規店舗の荷物の運搬作業 銀貨1枚より ランクG”
”薬の調合に必要な薬草の採取をお願いします。 プランタ草20本 銀貨2枚 ランクF”
”薬の調合に必要な薬草の採取をお願いします。 アポシスの実15個 銀貨6枚 ランクE”
”カーシンの町までの護衛、到着までに5日ほどかかります。 銀貨16枚 ランクD”
そういえばランクの説明って受けてないな、多分街中作業でGってことから僕のランクがGであることは想定がつくけど。
しかし・・・何故にランク表記がアルファベット?
ほかの字は相変わらずミミズがのたくった様な字なのに、何故にランク表記だけアルファベット?
意味分からん、どうでもいいか。
さて、たぶん受けられるのはランクGの仕事だけだろう。
いくつかあるようだが、身体的能力と経験(引越しのバイト)を考えると荷物の運搬作業がいいと思う。
さくさく済ませれば収入が上がる可能性があるからね。
「店長さん、コレ受けます」
「ウリミア商店の新規店舗の搬入支援か、出て左手にまっすぐ向かうとウリミア商店って店があるからそこでこの札を見せろ」
「わかりました。
では、失礼します」
なんか超高速スポット派遣って感じだな。
ギルドの滞在時間なんて5分くらいだったよ?
◆
そうだ、仕事の前にエルを起こしておかないと、何かとアドバイスがもらえるだろう。
『エルー、起きてー。
今から仕事だよー』
『ん・・・う・・・、主、どうかしたのか?』
『ギルドで荷物運びの依頼を受けたから僕が変なことしないか見張っていてもらおうかと思って。基本的な作業に関しては僕が行うからエルはそのまま僕の中にいてくれ』
『了解だ、任せてくれ・・・すぅ・・・』
こんな調子だけど大丈夫かな?
ともかくさっさと仕事を終わらせてなるべく早くある程度以上のお金を稼げるようになろう。
それにしてもウリミア商店はどこだ?
店長の話だとあんまり遠い場所って印象を受けなかったんだけど、ひょっとして結構遠かったりするのかな。
今後は行き方だけじゃなくて距離も聞いておこう。
たっぷり10分も歩くと道端に大量の木箱と馬車があるのが見える。
近づくと道具袋みたいな看板にウリミア商店と書いてあるので間違いないだろう。
「こんにちは、ギルドの依頼を受けて来ました」
「ああ、依頼してた冒険者の方だね。俺はオービル、よろしく頼むよ。今日は新店舗で大量の荷物があるからね、疲れるとは思うががんばってくれ」
「僕はユートです。体力には結構自信があります、任せてください。・・・そうだ、ギルドから札を見せておけといわれたので」
僕はギルドからもらった木製の札を見せる。
オービルさんはそれを手に取ると懐にしまいこんだ。
「ああ、これはギルドの証明書だね。仕事終了後にはんこを押して返すんだよ。これをもって帰ればギルドからお金がもらえるはずだ。ひょっとしてギルドの仕事は初めてかい?」
「恥ずかしながらそうなんです。なるべくがんばりますのでよろしくお願いいたします」
挨拶と同時に頭を下げる。
現代日本では挨拶とお辞儀は滑らかな人間関係を築く上で非常に有用だ。
・・・アレ?
なんかオービルさんが変な顔してこっちを見ている。
なんかやっちゃったかな。
お辞儀がこっちでは中指立てるような行為に近いとか?
『エル、なんか僕の行動で変なとこあった?』
『いや、特に無いぞ』
『だよねえ』
どうやらそうでもないらしい、オービルさんは不思議だ。
よく分からないけどとりあえず謝っておくか。
コレで解決すればラッキーだし、いずれにしろ原因は分かるだろうから次からはしないで済む。
「申し訳ありません。何か気に障ることがありましたでしょうか?」
「すまない、気を使わせてしまったね。冒険者なんてもの、特に駆け出しは早く外の危険で稼ぎのいい仕事をしたくて焦っているものだから。こういう仕事を請けると結構攻撃的な奴が多くてさ、だけどユート君は落ち着いているだろう? だからちょっと驚いてしまって」
僕も結構焦ってますけどね。
実際この仕事も素早く終わらせてとっとと次の仕事をしてお金をどんどん稼ごうと思ってますし。
とりあえずとっとと金貨一枚くらい作っておかないとイザってときヤバイ。
「ギルドの駆け出しだとすぐに外の仕事とは行かないですし、無理にがんばると失敗しそうな気がして。ある程度危険度のある仕事については信頼と実力を勝ち取ってからです」
「本当に落ち着いているね。さあ、じゃあ仕事をお願いしようかな」
「かしこまりました。この大量の木箱を店内に入れればよろしいでしょうか?」
「ああ、それでかまわないが・・・。あとコレは個人の好みもあると思うんだが、そんなにかしこまった喋り方しなくても構わないよ」
「ありがとうございます。ちょっと僕も気が張っていたので楽になります」
オービルさんいい人オーラが凄いわ。
さあ、ゲンナリさせないためにもがんばろう。
僕は目の前に溢れかえった木箱を群れを見る。
・・・なんだこのぎりぎりなバランスは。
どう考えても馬車から降ろすことしか考えていなかったんだろう。
軽そうな木箱の上に馬鹿にでかいがっしりとした箱が積まれており、下の木箱がみしみしと鳴っている。
『まだ馬車にも荷物があるようだぞ、しかしそこの従業員は何を考えて軽いものの上に重いものを置いているのだろうな』
『うわわわわわ・・・。やばいやばい、ちょっととっととそこの箱どけないと! これ以上積まれたら荷が壊れる!』
エル、のんびりしてる場合じゃないから。
物壊れたらきっと僕のただでさえ少ない賃金がさらに少なくなっちゃうから!
そしたら僕たち飯抜きだぞ飯抜き!
僕は急いで馬車から荷物を降ろす従業員のそばに向かい、大きい荷物をどける。
ん?意外と軽い。
これなら2,3個まとめて持っていけそうだ。
とりあえず一番大きい木箱の上に中サイズの木箱を二つ積む。
ためしに持ってみると何とか持っていけるレベルの重さなのでそのまま店舗の中へ。
店舗に入るとカウンターや棚がすでに用意されており、荷物をぶつけないように歩くのは意外と大変だ。
この世界養生シートとか無いし。
『エル、ほかに荷物を置いてあるところとか見えない?』
『同化中だと主と同じ視界しかないので分からんぞ、ただ、倉庫っていうくらいだから奥だろう』
『なるほど、了解。ちょっと奥まで歩いてみよう』
えっちらおっちら荷物を抱えて少し歩くとエルの予想通り店舗の奥のには倉庫があり、すでにいくつかの荷物が保管されていた。
僕はそこに荷物をゆっくりと地面に下ろす。
よし、次だな。
『『ぅ・・・・・・・』』
倉庫を出て再び道に出るとゲンナリするほどに状況が悪化しており、下の荷物がつぶれそうになっているものが散見される。
とりあえず下の荷物への加重を減らそう。
有り余る身体能力を自分が使える限りフルに使って次々荷物を救う。
ついでに重い→普通→軽いの順に積み直してあとで持って行きやすいようにしていく。
ある程度荷物をまとめ終えれば次はもう持っていくだけなので楽勝だろう。
そんなわけで15分ほど積み直しを行うと、あれだけ散らばっていた荷物がある程度持ち運びやすい状態になる。
荷馬車の荷物ももう空のようで、終わってみれば大中小の荷物をまとめた山が20個ばかり出来ている。
僕は近くの荷物の山の一番下をしっかりとつかみ、そのまま倉庫に持っていく。
荷物を倉庫に格納したあとに戻ってくると視界に写ったのはなぜか呆然とした表情のオービルさんとその従業員の方。
「あの、なにかありましたか?」
「ユート君の体はどうなっているんだ? あんな風に荷物をまとめているから何をしているのかと思ったら、まさかまとめて持っていくとは・・・」
呆然とした表情のままオービルさんが答えるが、なんか違和感があるな。
やり方的に問題がある場合ならもうちょっと怒ってると思うんだけど、オービルさんを見る限りそういうのは感じられない。
単純に驚いているようだ。
「ええ、そのほうが効率的ですので。後で倉庫内の荷物をカテゴリ分けする作業が発生しちゃうと思いますが、あまり道に荷物を置いて置けないので」
「確かに効率的ではあるだろうが普通の人はあんなものもてないよ」
「僕が持った荷物はそこまで重くはなかったですよ? 確かに2,3個まとめているので重いっちゃ重いですが」
「大きい木箱の中は武器やインゴットが入っているんだ。だから持つときは怪我をしないようにそこのキースと協力するように言うのを忘れてて戻ったらユート君が一人で、しかも、ほかの荷物を上に積んで持っているものだから驚いてしまって」
まさかそんなに身体能力が強化されているとは思わなかった。
確かによくよく考えてみれば3km全力疾走で息切れなしだったもんな。
筋力面の強化も当たり前といえば当たり前か。
「ユートさん凄いです! 冒険者の方っていうのは皆さんこんな力を持ってらっしゃるのですか?」
キースさんが敬語で僕に話しかけてくるが、立場的には”従業員のキースさん > アルバイトの僕”なハズ。
自分から見て立場の上の人に持ち上げられる経験っていうのがほとんど無いのでちょっと対応に困る。
「どうなんでしょうか、僕は冒険者二日目なのでちょっと分からないですね。というより僕はこれが初めての仕事なので、冒険者の平均が分かってないです」
オービルさんは唖然としているし、キースさんは僕の言葉に反応すること無くキラキラとした目で僕を見ている。
なんというか・・・そんなに驚かれることなんだろうか。
あとキラキラした目線はちょっとくすぐったい感じがする。
『別に僕より筋力のある冒険者なんていくらでもいるよね?』
『たぶん主より筋力があるのはBランク以上の冒険者くらいだぞ』
ちょっとあきれたようなエルの声。
『驚いた。そんなあるのか、魔法メインでパワーファイターやる予定は無かったけどそっちも可能かも?』
『余裕で出来るだろうが、Bランクの冒険者なんてそれほど珍しくはないぞ。魔力については人のレベルを逸脱しているからちょっともったいないな』
『そっか、なんか異常に驚かれてる気がしてさ。ちょっと気になったから聞いただけなんだ。』
『Gランクでお手伝いさん呼んでおいて上位ランククラスの冒険者が来たら普通驚くだろう?』
『なるほど・・・納得した』
よし、ともかくサクサク仕事を済ませてお金を稼ぐぞ!
僕は会話もほどほどに切り上げて再び荷物を運び始める。
・・・うおっ、コレはさっきのと違って重い!
◆
あれから2時間ちょっとの時間を消費して最後の荷物を倉庫に運び込んだ。
もちろんカテゴリ分けは全く済んでいないので倉庫の中はかなりカオスな状態となっている。
中に食料品などの賞味期限や消費期限があるものがある場合、きっと今日から貫徹作業だろう。
・・・オービルさんに悪いことしちゃったかな。
『これらを整理するのはかなり大変な気がする』
『主や妾には不可能だろう、なにせ商品のカテゴリが分からぬ。そりゃ武器かそうでないかくらいなら分かるがそれ以上は・・・』
『どうしたもんかな』
『とりあえず戻るぞ、ここにいても意味がない』
『了解』
僕が表に戻るとニコニコしたオービルさんとキースさんがいて
「今日はありがとうございました。こんなに素早く的確に仕事をしていただいて助かりました」
「いや、荷物をバラバラに積んでしまったので、きっと整理は大変だと思います。申し訳ないのですが、僕は商品の知識に欠けるためその点でお手伝いは出来そうに無いです」
「いえ、そもそも仕事は荷物を倉庫に送り込むことでしたので・・・。それをこんな極短時間で達成していただいて・・・これは報酬に色をつけねばなりませんね」
そういえばコレ丸一日で終わらせる予定の作業だったんだっけか。
短時間で終わらせたので場合によっては次の依頼もすぐ受けられるだろうし、しかも報酬に色とか!
がんばってよかった。
「ユート君、証明書を返すよ」
「ありがとうございます」
証明書を受け取り、ジャケットの内ポケットにしまう。
「本日はありがとうございました。今後も機会があればよろしくお願いいたします」
挨拶とお辞儀をした後、ギルドに向けて歩き出す。
さてさて、銀貨1枚の仕事がいくらになっただろう。
丸一日分の作業を3時間弱で行ったらしいし、それならひょっとして相当いけてるんじゃないか?
帰り道は初仕事を無事に終えた高揚感なのか、妙に足取りが軽い。
僕はギルドの中に入ると(たぶん笑顔で)店長に仕事の完了を報告する。
「店長、仕事が終わりましたよ!」
「仕事請けてから5時間も経ってないんだが・・・。お前、失敗して無いだろうな」
「いや、ちゃんと証明書もちゃんともらってきましたよ」
僕は札を店長に渡す。
それを見て黙る店長
その店長を見て黙る僕。
「「・・・・・・・」」
たっぷり30秒は見てたと思う。
札にははんこが押されているだけなので確認するだけなら5秒もいらないと思うんだけど。
「驚いた、仕事の完遂+追加報酬か。ユート、お前意外と出来る奴だったんだな」
あぁ、なんだほっとした。
なんか失敗したかと思ったよ。
しかも名前で呼ばれるようになったよ!
「ほれ、報酬だ」
「ありがと・・・うぉ!」
「驚いたか、俺も驚いた。まさかはじめての仕事で追加報酬、しかも元の報酬よりでかいぞ」
「驚きました」
僕の手元には銀貨2枚と半銀貨1枚。
予定では銀貨1枚なわけで、そう考えるとかなりびっくりだ。
うん、今日は働かなくていいな。
ご飯食べて魔法の練習でもしよう。
「店長さん、ありがとうございます。また明日もよろしくお願いします」
「店長じゃなくてカーディスだ」
「え?」
「お前とは長い付き合いになりそうだ。いつまでも役職で呼ばれるよりは、名前で呼んでもらおうと思ってな」
「はい、今後もお願いします。カーディスさん」
「んじゃ、またな」
なんかちょっと気恥ずかしいな。
認められた感っていうのかな。
実際には初仕事を終えただけだからいつお前呼ばわりに戻るか分からないところではあるんだけどね。
『ところで結局ギルドのランクってなんなの』
『S, A, B, C, D, E, F, Gの8段階で分けられる冒険者の程度だな。
E以下は駆け出し、半年も冒険者をやると大体Dランク程度になるぞ。
一般的な冒険者のランクはCだな。
Bランク以上はベテランと見ていい、特にSなんて各国に数人ずつしかいないはずだ』
『半年でDになるのになんで平均がCとかDなのか。
ひょっとしてそこからランクを上げるのって難しいの?』
『依頼の難易度がかなり向上する、おかげで死亡率がかなり高い。
死亡率ナンバーワンは駆け出し冒険者、次がこのCランクからBランクを目指す冒険者だ』
『うわ・・・・』
『さらにBランクの仕事を恐れてCランクで止まる冒険者も多い、だから平均がCランクになるのだ』
『なるほど、よく分かった』