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僕らの提案した魔術の練習という名のシューティングマッチ練習会(以下:練習会)は盛況だった。
確かに楽しそうにやっていたとは思ったが、まさか一番おっかなびっくりしてたリンが「もっと魔術の練習がしたいです」なんていうとは思わなかったぞ。
やや主体性に欠けた印象のある娘からそういわれると妙に嬉しくて、そのリクエストを快く承諾してしまったのはきっと仕方がないことなのだろう。
エルは理由があれば僕に反論することはあまりないし、――どうやらエルなりの主従関係的なモノらしい――あっさりと練習会の開催期間延長は確定した。
おかげで本日の座学部分でやろうと思っていたTIPS部分が全損してしまったが、それはまあ仕方が無い。
どうせ内容も魅惑の二次関数紹介と二次方程式の解の公式を証明するだけだったからオミットしたところでさしたる問題はあるまい。
小学生ならともかく中学生的内容であるならば、証明云々よりもテストでより高速に問題が解けたほうが絶対に良いのだから。
現在はエルに変わってアルトに文字通り張り付きながら魔術の支援と、ついでに照準の仕方などを講義している真っ最中である。
やや申し訳なく思うのだが、エルには女の子二人をすっぱり任せてしまった。
思春期真っ盛りの女の子に対してボディタッチの多い魔術の射撃訓練とかなかなかシビアでしょう。
せめて外見が21歳相応なら頼れるお兄さんになれたかもしれなかったが、非常に、非常に残念なことながら僕は外から見た場合15歳前後に見られるらしいし?
確か僕の記憶が間違いなければこういう時期に近しい年齢の異性が居るのはいろいろトラブルのタネになりやすかったハズだ。
魔術的支援についてはやはりというかなんというか、操作精度の都合エルのように標的の色を弄ったりすることが出来なくて泣けてくるけどその辺はほら、魔術に特化した精霊が相手だからどうしようもないと思うんだ。
「アルト、落ち着いて目線で標的を捉えてからその視線上に杖を持ってくるんだ。杖を基点に頭を動かして照準すると毎回位置が変わってしまうからどうしても精度が落ちてしまうよ」
「わかった。ユート兄のいうとおりもう一回やってみる」
昨日基礎的部分を十分にやったからか、それとも子供ってやつは吸収が早いのか三人の構築速度や精度の向上速度には驚くばかりだ。
さらにいくつかのアドバイスを入れながら一時間ほど射撃を続けてもらったのだが、アルトの命中精度が前日と比べて半端じゃないレベルで向上している。
たぶん最初に言った構えのこともある程度以上には出来ていたのだろう。そうじゃなきゃ言われてスグに対応なんてことが出来るはずが無いのだから。
少なくとも僕がシューティングマッチをやりだして標的にバスバス当てられるようになるまでにはそれなり以上の時間が掛かってるんだけど。
出来の違いを見せ付けられたかのようで再び泣きたくなります。ぐすん。
「うん、アルトは精度が特に良いね。これだけ命中するようになったっていうのはかなり狙えるようになってきた証拠だ。リンと比べるとやや速度的に遅いのが今後の課題かな、これからは少し構成速度も意識してみようか」
「へへっ、そりゃもうユート兄にしっかり教えてもらったもんね。でもこんな構え方とか魔術の使い方とか一体誰に教わったの? 前にオレらへ魔術を教えてくれた先生の人はこんなこと全然教えてくれなかったのに」
「たぶんその人にはその人の教え方があるんだと思うよ。僕は僕で全く違う環境で育ってきてるからね。教え方が違うのはある意味当然じゃないかな」
「じゃあひょっとしたらさ、学校に行っても運が悪いとちゃんと教えてくれない先生にあたるかもしれないってこと?」
「いやいや、ちょっと待ってよ。おそらく相手は長い実績を持つ教育者だよ? 僕なんかよりももっと遥かに優れた講義をしてくれるんだからそんな失礼なこと相手には絶対言っちゃ駄目だかんね?」
「・・・わかった。言わない」
いや、その言い方は絶対にわかってないだろう。常識的に考えて。
これはひょっとして前任者がやってしまった系なのかもしれない。
冒険者によっては結構偉そうな態度を取ることもあるかと思うし、そういうのってこの多感な時期の子供にはものすごくウケが悪いんだよなぁ。
「でさ、ユート兄は誰にこんなすげーやり方を習ったの?」
「んー・・・」
むむむ、非常に答えにくい質問だから話をそらしたつもりだったのにいつの間にかどころか一瞬で話題が戻ってきてしまった。
僕の射撃技術には当然ながら元ネタがある。
それはもちろんCSATやMagpulなどが主催する射撃スクールの知識がベースであり、そこから杖で戦うために自分なりの解釈を加えて今回の形が作られた。
だけどこれを説明しようとするとどうやって彼らインストラクターのことを説明するのかがかなり面倒くさい。
海外の先生に、なんて回答をしてから「何処の国?」などと聞かれたらいろいろ詰んでしまう。
自慢じゃないが僕はこの国の名前すら危ういのだ。海外の名前なんて昨日使った参考書レベルでしか知らないし、具体的な説明が出来る国家にいたっては一つすらもありゃしない。
だから僕は、
「実はこれ、僕が勝手に考えた方法なんだよ。面白いでしょ?」
ウソを吐きました。
いや、ホントすいません。
これちっともオリジナルじゃないです。
「やっぱユート兄って凄いよ。前に学校へ見学しにいったこともあるけどこんな練習してるところはどこにもなかったもん」
「あ、はは・・・。ありがと。さて、アルトの精度も十分に上がってきたことだから次の段階へ進むとしようか」
嗚呼。やっぱ言うんじゃなかった。
アルトのこちらを見るキラキラとした目が痛いです。切実に。
◆
『む、主。どうもソフィア達のほうで討ち漏らしが発生したようだ。こっちに向かってきているわけではなさそうだが一応片付けておくか?』
『唐突かつクリティカルなその情報を一体どのようにして入手したのかが非常に気になるところではあるけど、とりあえずお仕事したほうが良さそうだね。こっちに向かってきてないなら放置路線も無くはないけど始末しておくのがベターでしょ』
『そうだな。じゃあたまには妾が行ってこようか? 幸い相手はオークが二匹とそれに付き添うゴブリンが六匹だけだからすぐ済みそうだ。これくらいならばわざわざ二人で行くことも無かろう』
『あー・・・。それはやっぱ僕が行ったほうがいい気がする。なぜってほら、僕はエルに比べて教えるのも魔術支援も苦手だからね、適材適所ってことでどうだろう。場所だけ教えてもらえればサクッとやってくるよ』
『別に主の教え方が下手というのはないと思うが、そういうならばお願いしてしまってもいいか? 場所はもう見えてないのでなんとなくしかわからぬが、大体だとこの道の先のほうになるな。時間から想像するにあまり距離が離れているわけではないから主ならいつもの熱感知式の視界に切り替えてしまえばすぐに見つかるはずだ』
『了解、こっちは任せて。そっちも任せたよ』
『うむ、任された』
しかし、漏れないもんなんだな・・・。
ぶっちゃけてしまえばたった三人で定期的な魔獣狩りをしているといっていたので結構な漏れが発生するものだと思っていたのだ。
どうやらエルは三人の視界をジャックしているかのごとく見ているようだし、それで漏れ報告がなかったということは今まで発見した魔獣に関してはその全てを確実に倒し続けてきたのだろう。
どんなバケモノだと思わず突っ込みたくなるようなスキルレベルだ。
彼らは全員杖を携行していなかったし、それはつまり刃物だけで見敵必殺を実行し続けているということなのだ。
その光景を想像するに・・・。うぅ、思わず寒気がっ。
「ユート兄、どうかした?」
「ん、ごめんごめん。ちょっと上の空だったね。実はなんでもないわけじゃなくて別件のお仕事が混じってたことを思い出しちゃってさ。今からわりと急いで出ちゃうんだけどその間の練習はエルが見てくれるから安心してくれていいよ」
「え、あ、そうなんだ。すぐ戻ってこれるの?」
「もちろん。掛かっても二時間ってとこだね」
「わかった。いってらっしゃい、ユート兄」
「ういさ。ちゃちゃっとやってくんよ」
魔獣が漏れた話に関しては黙っといたほうが吉かな。
無意味に怖がらせたり、全幅の信頼が置かれているであろうクレアムさん達にマイナスイメージを抱かせたりするだけではまさに百害あって一利なしだもんね。
アルト自身も詳細にはあまり興味がないのか気にした様子もないし、ちゃちゃっと頑張るとしよう。
エルがなんとなしにスポットしてくれた方角に向かって進むこと約30分程度。
常時ジョギングに近い速度で移動していたので距離にすると大体4,5キロメートルといったところか。
村周辺の森というのは手の入っていない天然のわりには鬱蒼とした様子はなく、逆に明るく健康に良さそうなハイキングコースのような印象が強い。
ただしそれは肉眼で見た場合の話であり、熱感知式の視界に切り替えられた今の僕に見えるのはグレースケールでのっぺりと表現された木々と草むら、そして遥か向こうに見える複数の動目標だけだ。
向こうには今のところ感づかれた様子はないと思うけど、ブッシュの隙間から僅かに見える程度なのでそもそも本当にターゲットかどうかすら怪しいのが問題だ。
注意深く確認することなく射撃してそれが人だったら物凄くマズイ。
“藪の向こうで魔獣と人を勘違い。出所不明の魔術師が猟師を殺害して逮捕”なんてなったら笑えないどころじゃないぞ。まったく。
幸い向こうは村と反対方向に逃げているのでそれほど急いで追う必要もない、なるたけ音を立てないように歩けばいいか。
たまに地面の枯れ木を踏んでパキッという音がなって腰が引けるが、こういった高音はブッシュをほとんど抜けないので相手に悟られる確率はかなり低い、ハズ。
そうやってステルスを気にしてるんだか気にしてないんだかわからない感じに歩くこと数分、ようやくターゲットのシルエットがハッキリと見え始めた。
エルの言うとおりならオークが二匹とゴブリンが六匹のはずだが、見た感じオークが一匹しか見当たらないのはなんでだろう?
基本的に魔獣の類というのは戦闘能力で並べられたヒエラルキーが存在するからこの状況でオークが雑用をするのは考えづらいのだけど実際問題居ないんだよね。
エルが見間違える可能性はかなり低いので、何らかの理由でオークがどこかに出張ってると考えるのが正しいか。
とりあえず誤射の心配もなくなったからにはやるこた一つしかない。
近場のY字状になっている木とバッグを利用したレストを作成してまずは視界をズーム。
距離は100メートルも無いくらいなので照準を調整する必要はないだろう。
指先に十分な量の魔力を集中したところで氷柱を出力、オークの頭に狙いを定めてからイメージ上のトリガーを引き絞る。
練習会のときに比べると明らかに硬い感覚のシアが落ちると同時に氷柱は射出され、余剰魔力で生じた低温の空気が周囲に飛び散り視界を黒く染め上げる。
――悲鳴は、聞こえなかった。
弾丸が貫通したことで若干開けた視界の向こうに見えるのは首から上が完全に無くなったオークが一匹と呆然とした様子のゴブリンが六匹。
あまりに唐突な出来事だったからなのか今のところ混乱したような様子は見られない。
さあ、この隙に残りもやってしまおう。
◆
そんなこんなでひとしきり片付けてから村へと戻ってきたのだが、どうにも様子がおかしい。
三人の子供達はエルの傍でくっついてなにやら騒いでいるし、その傍には不自然なほどの量の灰が山盛りになっている上にクレアムさん達が検分みたいなことをしているのだ。
これを不自然といわずしてなんという。
「おお、主。戻ったのか」
「ただいま、エル。それよりもこれどうしたの?」
「主が出てしばらくの後にオークが一匹侵入してきたから首を刎ねてやっただけだぞ。別に大したことはなにもしておらぬのだが妙に子供らに気に入られてしまってこんな状態だ」
「なんとまあ、こっちでオークが一匹足りないから探してたんだけどまさかこんなオチが待ってるとは思わなかったよ。ちなみに死体が見当たらないけどやっぱりそこの灰の山って・・・」
「うむ、魔獣の死骸など子供の教育には良くはないからな、こうすれば肥料くらいにはなるだろう?」
「えっ。いくら灰だからって魔獣を肥料にしても大丈夫なの?」
なんか、こう、毒々しい食べ物が出来上がるんじゃなかろうか。
食べると発狂しちゃうとか、エクソシストよろしくのた打ち回っちゃうとか。
僕はあまり風評被害とか気にしないタイプだけどさすがにこれは実害がありそうでちょっと・・・。
「その、主? 肥料というのは冗談であって本気ではないのだぞ? あんまり真に受けられたら困ってしまうのだが・・・」
「あ、ああ、そうだよね。うん。いくらエルでもそんなことはしないって信じてるよ」
ああ、良かった。
だからボソッと聞こえた「オークなら毒はないし別に大丈夫なのだが」という台詞は聞こえなかったことにしてもいいよね。
町の八百屋で買い物してるときに“たっぷりの魔獣から作った肥料で出来た美味しいトマトです”なんて言われた日にゃ僕は帰るぞ。マジで。
そしてクレアムさん達は相変わらず灰の検分中。
指で摘んで何かをしていたりするし、まさか冗談抜きで肥料にでもするつもりなんだろうか。
「あの、クレアムさん達は何をしてるんでしょうか? まさかとは思いますがそれを肥料にするつもりではないですよね?」
「肥料? さすがにオークの灰から取れた作物は食べたくないんだが・・・。灰を調べてたのは純粋に驚いたからだな。話を聞いていた限り二人の実力が冒険者ランク以上なのはなんとなくわかっちゃいたけどまさかここまで出来るとはね」
「ここまで、ですか?」
「そりゃユート君はエルシディアさんの実力を知っているから驚かないだろうけどさ、オーク一体を骨すら残さずに焼き尽くすなんていうのはかなりしんどいことだから知らない俺らが見れば驚くだろ」
確かに、言われてみれば。
人間の骨を灰にするにはどれだけの温度が必要だったのかは忘れたものの、高温が必要であるという記述をどこかで読んだ記憶がある。
僕らが借りた魔術の参考書を読む限りそのような高温を作れそうな魔術は見当たらなかったし、そんな中で年若く見えるエルが高度な魔術を扱ったらそりゃ驚かれるか。
「ほら、もう完全に灰になっていて骨の欠片すら残ってない。こんなことを出来る魔術は俺が知ってる限りでも多くはない。ま、冒険者への詮索は禁止事項みたいなものだから根掘り葉掘り聞くようなつもりはないけど少し注意したほうがいいかもしれないぞ。見た目もいい上に高度な魔術を扱えるなんてことまで明らかになったら間抜けで下品な貴族共から引っ張りダコだ」
「それは非常にマズイですね。っていうか貴族の集団にそんな修飾を付けちゃって大丈夫なんですか? 個人的な意見を言わせてもらえるなら非常に問題がありそうなのですが」
あんまりといえばあんまりな言い方に思わず「っていうか」なんて言葉が出ちゃったけどこれ誰かに聞かれたら冗談抜きにヤバイんじゃなかろうか。
少なくともクレアムさんの言い回しを考えるに地球のそれと大差ないんだろうし、指先一つで命令を発動して対象を始末出来ちゃうようなのと関係は持ちたくないぞ。
「いっそ聞かせてやりたいね。クビになりそうだが」
「いまさらですね。だから王都の直属から外されちゃったんじゃないですか」
「そうですよ。月一の騎士定例会が終わるたびに愚痴を聞いてるんだからしゃんとしてください」
「お前ら、意外とキツイよな・・・」
がっくりとへこむ正騎士と追い詰める見習い二人組み。
「あんまり落ち込んでる場合じゃないですよ。ほら、これで依頼はおしまいなんですから報酬を払わないと」
「あ、ああ。生々しくて申し訳ないが今回の報酬だ。受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
クレアムさんから受け取った銀貨袋をバッグに突っ込んでぺこりと頭を下げる。
受け取った直後に中身数えるのは冒険者的には基本かも知れないが、見てて気持ちいいものじゃないのでパス。あとで確認すればいいや。
今日はここでもう一泊させてもらってから朝イチ出発でお昼過ぎにはガルトに到着出来そうだ。
結果だけ見れば直線で進める護衛か何かの依頼を見つけて帰ったほうが早かったけど、これはこれで面白い旅路で良かったかな。
「そういえばどうしてあのときオークの集団が逃げたってわかったの?」
「ああ、あれはこの森に住まう精霊にちょっとだけお願いしてソフィアの後ろをつけてもらって、その視界を利用していたのだ」
「そんな便利なことが出来たんだ。今後の依頼とかで誰かを調査してくれっていうようなのを積極的に取ってく? 名探偵エルシディアみたいな感じでどうだろう」
「主に期待されるのは嬉しいのだが、精霊が少ない町中などではまともに機能しないからたぶんあまり役に立たなそうだ。――あと、仮にやるとしたら名探偵ユートのほうが良いな。妾はそれに付き添う助手辺りがバッチリだと思うぞ?」
「・・・それ、この間の図書館で読んだ本そっくりな気がするんだけど」
「妾だって女なのだから作中の登場人物に憧れてみたりもするのだ。特にあの助手は美人だし胸もあるし身長もあるしで良いところしか無いではないかっ!」
「エルにはエルのいいところがいっぱいあるから気にしなくて良いと思うんだけど。特に身長は僕みたいなのが涙目になっちゃうからね?」