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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
直線距離は当てにならない
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8

さんさんと朝日が降り注ぐ中、ナルキス派出所の門前に並ぶは三人の騎士たち。

もっともそのうちの二人は騎士見習いなので今の言葉はやや事実と異なるのだが、それでもそう思わずにはいられないほどの存在感があった。


やはり統一された装備を纏った兵隊というのは映える。いろいろと。


国からの支給品というだけあってあまり高価な装飾を施された武器防具というわけではないのだが、必要な機能が凝縮されたものというのはそれだけで機能美があるもんだ。

バンテージのようなものが巻かれた無骨な長剣はいぶした木で作られた鞘に収まり、ところどころ黒光りする金属で補強された防具は最低限ながら動きを妨げるようなところがなく、ブッシュの多い森林で効率的に活動するためには最適があることが一目でわかる。


さらに腰周りにはコンパクトなポーチ類が取り付けられており、中には最低限度の食料と必要十分なメディカルキットがみっちりと詰め込まれているので万が一の事態にもある程度の対応が可能だ。


騎士は馬に乗って白銀のフルプレートアーマー、なんて考えを持っていただけに最初見たときはちょっとだけ面食らったものの、よくよく考えてみれば平地以外でそんな装備がまともに運用できるとはとても思えないし、なるほど確かに理想的な装備類だと思う。


「それじゃあユート君、後のことは頼む。我々も夕方には帰ってくる予定だからメシの心配はしなくていい」

「了解です。お気をつけて」

「任せておいてくれ」


そういうとクレアムさんはにっこりと笑って頷き、二人の騎士見習いの肩を叩いてからゆっくりと森の中へ入っていく。


「ついでにご飯の材料も取ってくるから期待しててねっ!」

「ソフィアの作るご飯はきっと昨日以上に豪華ですよっ!」

「・・・お前ら、これ。遊びに行くわけじゃなくて重要な仕事なんだからな?」


その、なんだろ。

締まらないオチっていうのはきっとこういうことを言うんだろうな。たぶん。


「ユートさん、これはどうやって解けばいいんですか?」

「ああ、これはまずソラクムひとつの代金をX、ラファーナひとつの代金をYと置き換えてしまえば見知った計算式になるでしょ? 文章問題はどうやったら計算問題に置き換えられるかを考えることが重要だよ」


「初等魔術概論のこの部分なんですけどどうしても意味がわからなくて・・・」

「わかりにくいかも知れぬが魔術回路の起動部分はここだ。コア部分はこの四角いところだな。あとは教科書をしっかり追っていけば大丈夫。面倒くさがらずにちゃんと一行ずつ見ていくんだぞ?」


「この儲けと損の境目の出し方はこれで大丈夫ですよね?」

「ちょっと待った。まずはこの商売に必要なお金の計算が抜けてる。その後はこうやって線を引いてあげればほら――」


「この辺の歴史の流れが覚えにくいんですけど。いい手段があったりはしませんか?」

「暗記物に近道などない。歩きながら復唱するか、復唱しながら書き取りするかしかないな」


「ユート兄、勉強のことより冒険のことを話してくれよ。エル姉から聞いたけど武技大会でもすごい結果を残したんでしょ?」

「いや、今は勉強を教えるところだからね。そういう話は休憩中に話したげるからまずはペンを動かそうってば」


先生ってやつは本当にっ。

想像以上に大変だったっ・・・!


いや、過去形にするのは止そう。

まだ一日目のお昼休みに差し掛かっただけなのだから。


今までに家庭教師のようなアルバイトをした経験が無かったとはいえ、現代日本のそれなりの大学でまじめに勉強をしていたのでこの仕事に関しては結構自信があった。

参考書も読んだし必要な点に関しては暗記して万全の対応が出来るはずだった。


身も蓋もない嫌な言い方をしてしまえば舐めていたのだ。この世界の教育ってものを。


参加者はウィスリスの学校に通うことになる子供だけ、具体的な人数は僅かに3名だというのに学習に関する意欲は一人を除いて非常に高く、質問は留まるところを知らずにヒートアップして気づけば対応し切れなかったタスクが溜まり続けるというとんでもない状況が作り出されるまでにはさして時間を必要としなかった。


しかも、その学習意欲が控えめな子供だって別に勉強が出来ないわけではなく、それどころか単純な数学能力では三人の中で最優秀だったりするから手が付けられない。


自分の状況が極めて劣勢であり、数学以外の質問に対して答えられないことのヤバさに気づいたときには全てが遅く、なんとか参考書を片手に調べながら回答するというおよそ先生にあるまじき結果となってしまったのだ。


「ふう・・・。ようやくお昼だぞ。これは想像以上に大変な仕事だったかも知れぬ」

「いやもうホントにそんなだね。こんな忙しいとは完全に予想外だったよ」

「ま、来もしない魔獣を待ち続けるよりはよっぽどかマシではあるな」


そういうとエルはソファに沈み込むようにして座り、テーブル上の紅茶をだらしない体勢で飲みながらすっかりご満悦な表情を浮かべている。

そんなエルを横目にイスに座って紅茶を一口、そして参考書をぺらり。


「なんだ、まだやるつもりか?」

「僕個人としてはお昼以降にやることになっちゃった魔術の練習って辺りが新たな頭痛のタネなんだよ。デモも流さなくちゃいけないから今のうちに冒険者としておかしくないレベルのを見ておかないと再現すらおぼつかない」

「そんなのいつも使ってるあれでいいではないか。その、ばとるらいふる、だったか?」

「あれって高性能だけど凄い地味じゃん? だからたぶんウケないと思うんだ。実際問題ウケたところでどうなんだって話はあるとはいえ、せっかくの導入部だから傍目にも派手なほうがいいかな、と」


最近使い込んできたせいで高性能化の一歩を辿っている僕の魔術ではあるが、地味であるのはもはや疑いようも無い事実だ。


炭酸飲料のプルタブを開けたかのような射撃音と共に毎秒700メートル前後で撃ち出されるのは直径25ミリ、全長100ミリ程度の氷の砲弾で、命中時のエフェクトはただ突き刺さって残るだけ。場合によっては貫通してしまうのでそれすらも残らない。

マニアックな方なら気づいたかもしれないが、これは.338lapuaというボルトアクションライフルなどに利用されるかなりメジャーな弾丸とほぼ同等のスペックである。

もちろん実弾と比べると遥かに大口径なため距離による破壊力の減衰は大きいが、至近距離でのソフトターゲットに対するインパクトは強烈の一言で、オークやレッサーオーガなどの耐久力の高い生き物ですら命中箇所によっては一撃で無力化することが可能だ。


だが、酷く地味である。大事なことなので二回言いました。


「そんなことを気にしておったのか。もうちょっと気楽に行かないとこの先もっと大変になるぞ? さらにいうとだな、主のアレは非常に実戦的な魔術なのだから気にする必要すらあるまいて」

「そんなもんかな?」

「うむ。・・・ただ、主がもう少し見栄えの良い魔術を使いたいというならばこんなのはどうだろうか―――」







魔術の練習、と聞いて最初に思い浮かべたのは光を生み出したりとか、水をちょろちょろと流したりするようなものだったのだが、実際にはどうにも異なるようだ。

子供達もそれらの魔術は既に十分扱いなれており、冒険者の僕らに求められたのはもう少し攻撃的な魔術――火の玉を投擲するとか氷柱を撃ちだすとか――の類らしい。


個人的な感想を言わせてもらえるならば、実際にこういった魔術を扱うというのはそれなりの危険性を孕むためにあんまりやりたいような内容じゃない。

仮どころか思いっきり武器になるものを子供が持つのはどうかとも思うのだが、すぐ傍に命の危険が転がっているようなこの世界では子供が武器を持つということに関する嫌悪感はないのだろう。


もっとも、隣のお米の国では子供にピストルを撃たせたりするのも珍しくないし、“マシンガンを撃ての会”に所属する小学生の女の子がパパの保有する軽機関銃をばらばらとばら撒いていたのを見たことがあるのでこの感覚自体が日本人特有のものなのかもしれないけど。


そんなこんなでクレアムさん達も利用している魔術練習用の広場に集まった子供達の様子を見ると、これから攻撃性の魔術を扱うんだという期待感と緊張感が織り交ざった独特の雰囲気を感じる。


唯一の男の子であるアルトは三人の中で最も楽しげな表情で、まるで初めてまともなトイガンを買ったときの僕のようだ。うん、その気持ちは良くわかる。

勉強中は人が変わったように集中するリンは、ややおっかなびっくりという感じ。

何事にも明るく丁寧な印象のフィーは杖をまじまじと眺めながらも興味津々といった具合だ。


「さて、それじゃあ魔術の練習を始めたいと思うんだけど。・・・っと、その前に魔術を練習する上でとても重要なことを教えるのでちょっとだけ良い?」

「「「はい」」」


真剣な目つきで聞いたからか、しっかりとした返事がピシッと響く。

そんな三人の応答に満足しながら僕は地面に直径1メートルくらいの円を描き、その円の中心から120度前後の扇形をイメージした直線を引いていく。

言葉だとややイメージし辛いけど、ちょうど円盤投げのフィールドのようなものだと思えばわかりやすいんじゃないかと思う。


「突然だけど、魔術を練習する上でもっとも重要なのは安全性、これは個人的に譲れない。なので皆も安全性ってモノに対してかなり気を使ってほしい。今から皆が練習するのは間違いなく人が死ぬ可能性のあるものだからね」


そう言ってから円の中心に立って杖を構える。


「大きく分けて三つのルールを皆には守ってもらう。まず一点目は魔術を扱うことが出来る場所は今のところ僕が居る円の中だけとする。二点目は僕かエルの許可が出るまで杖に魔力を流さない。三点目は杖を向けることが出来る範囲はここからここまで、範囲外に杖を向けるのは魔術を使用する気が無くとも禁止だよ」

「「「はい」」」


うん、予想よりも三人が素直で良かった。

魔術の使用範囲が限定されるとか実戦的じゃないなんていわれてもおかしくないと思ってたんだけど、どうやら素直に従ってくれるみたいだ。


「というわけでまずは練習の内容を僕がやるので少し後ろに下がってちょうだいな。エルも準備は大丈夫?」

「ああ、いつでも良いぞ」


エルが頷くと同時にフィールド上に魔力で作られた直径30センチほどの標的が五つ現れる。

標的までの距離はまちまちだが、もっとも遠いもので10メートル、近いものだと2メートルくらい。

別に空中でふらふら動いたりしているわけではないが、まともに攻撃魔術を撃ったことのない三人がバシバシとラピッドに命中させるのはかなり厳しい。

だから慣れるまでは一発ずつ丁寧に狙ってくことになるので魔力の操作を学ぶ上で非常に良いだろう、というのがエルの意見だ。


「主、準備は良いか?」

「おっけ。いつでもいけるよ」

「それでは。――始めっ!」


エルのキリリとした声が響くのと同時に背中のスリングバッグから杖を引き抜き魔力を集中、必要最低限の魔力が集まった段階でイメージを変換して氷柱を出力。

そのまま視線上のラインに杖を合わせるようにして狙点を定めてプルザトリガー。


カツン、とシアが落ちる感覚と同時に放たれた氷柱は標的の中心に突き刺さり、緑の標的が命中を表す赤へと変化した。

普段と違って少なめの魔力で射撃を行っているため、余剰魔力が大気を冷却してガスとなって視界を妨げたりすることも無く、次の標的への照準速度は普段以上に軽快だ。


タタタタンと立て続けに脳内トリガーを引いて全ての標的に命中後、杖にまとわりついた魔力を回収して安全を確保した段階でラウンドは終了。


「おおぉ! すっげー!」


喜んでいただけて何よりでございます。狙い通りなだけに非常に嬉しく思います。

やっぱしこの手の訓練とかではインタラクティブ性の高さが興味を惹かせる上で一番大事だよね。


声を上げたのはアルトだけだったが、ちらりと見た感じでは残りの二人にもそれなり以上の興味を持ってもらえたみたいだ。

リンはともかくフィーにいたっては杖を握り締めちゃってるもんね。


「と、いう風にするのが今回の訓練の目的です。最初は落ち着いてゆっくりと狙って慣れてもらって最終的には移動射撃なども織り交ぜた実戦的なやつも出来るといいなって思ってるよ。さて、世の中百聞は一見に如かずなんて言葉もあるのでまずは皆にもやってもらおうかな。まずは誰がやる?」

「あの、ユートさん。ちょっと待ってください。これを私たちがやるんですか?」

「うん」

「はっきり言ってしまうとユートさんのようなことは逆立ちしたって出来そうにないです。私たちではあんなふうに魔術を速射することも出来ませんし、もし速射出来たとしても魔力があっというまに尽きてしまいます」


リンが困ったような表情を浮かべてそういうが、それらのことは僕らも十分に理解している。

だから今回に関しては対策だってばっちりだ。


「魔力量に関しては心配要らぬよ。今回の目的は魔力量の向上ではなく構成速度と精度の向上だ。だから魔力自体は妾のものをある程度利用することで消耗を低減し、三人にはひたすら魔術を撃ち続けてもらうぞ」

「そ、そんなことが出来るんですかっ!?」

「可能だ。といってもまずは体感してもらったほうが早いだろうからな。リンはそこの円の中に入って準備をするが良い」


困惑した様子のままリンが円の中に入って杖を構える。

ぱっと見ややへっぴり腰ではあるが、相手は女の子だから構えの修正を僕がやるのは駄目か。

あとでエルにお願いしなくちゃ。


「準備は良いか?」

「はい。大丈夫です」

「それでは始めるとしよう。杖に魔力を込めるのだ」


エルの言葉でリンが魔力を集中し、――その表情が酷く驚いたものへと変わる。


「えっ、なんで・・・?」

「驚くのはわかるがまずは落ち着いて魔力を操作せよ。そこを妾がやってしまうとリンの訓練にならぬ」

「は、はい!」


僕から見るとエルからリンに向かって魔力が流れていることくらいしかわからないのだが、どうやら想像以上に効果は絶大らしい。

あっという間に炎で作られた矢が出来上がり、それが標的に突き刺さること五回。

途中3発ほど失中してしまったものの、初めてであるということを考慮すればかなりのものだろう。


「驚きました。こんな風に魔術を使えたのは初めてです」

「大概の魔術師は最初の一歩としてこういう風に魔力の操作を学んでいくのだがな。それなしでここまでやれていたということは随分と才能があるのだろう。魔力量なんてものはこれからいくらでも伸ばしていけるのだから、今日明日くらいは制御系の練習を頑張るが良い」

「わかりました。頑張ります」


リンは先ほどとは一転して楽しげな表情で戻っていったが、エルは大丈夫なんだろうか。

ぶっちゃけなくともエルの負荷は、高い。

訓練者とパイプを結んで魔力を流しながら標的を作りつつ、さらに魔術が命中したら標的の色を変える処理も走らせなくてはいけない。

エルが自分でやるからといっていたので任せてはいるものの、ちょっと心配だ。


『ねえ、エル』

『ん、念話なんて珍しいな。どうかしたのか?』

『さっきのぶっつけ本番だったけど大丈夫? 特に制御系でかなり負荷が掛かりそうな処理をさせちゃってると思うんだけど』

『ふふん、あまり妾を舐めないでもらおうか。この程度であるならば数人をまとめて相手をしたって大丈夫だぞ」

『そっか、ありがと。こんなの僕だけじゃ絶対無理だったよ』

『うむ。主に喜んでもらえたのならなによりだ。それよりもほら、アルトもフィーも興味津々といった具合になっておる。早く続きを進めるとしよう』

『了解、午後も頑張ろう』


※1 マシンガンを撃ての会

これはテレビの番組での紹介名であって、実際の名前じゃありません。

かなり前の番組でしたが、あまりにも衝撃的だったので今でもはっきりと覚えています。

たぶんネバダ州リノで開かれているMachinegun Show and Shootだと思うのですが・・・。


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