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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
直線距離は当てにならない
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7

あれから話はとんとん拍子に進んでいき、結局僕らのメインタスクは村の防備における予備要員というよりはすっかり教育担当のような状態になってしまった。

どうせ来ないであろう敵を待ってのんびりさせるよりは村の子供達に勉強を教えさせたほうが費用対効果的に優れているだろうという判断らしい。

なんだかんだ言ってクレアムさん達も結構のんきに構えているような気がしてならないぞ。


その結果、僕らにゃ個室とお勉強用の参考書の類が与えられてエルと二人で学習計画を構築中である。


とはいっても僕はこの世界の歴史や地理なんて欠片ほども知らないし、国語なんかもわからない。

国語に関しては文字の読み書きが出来るから大丈夫かと思ったのだけど、エルとの契約による自動翻訳システムやこっちの言語が日本語に聞こえる便利補正とかっていうのが異世界特有の言い回しに対応しないために意味が掴みづらいのだ。


例えば“鍛冶屋に桶を投げる”みたいな感じに読めるのだけど、もちろん意味なんてわかりゃしない。

その後の文章を読んでいけば結果として意味がわかることは多いけど、こんな状態ではとても先生まがいの真似が出来るとは思えない。むしろ僕が聞きたいくらいだ。


予想通り物理や化学に関しては資料無し。

前に見た図書館では辛うじてそんな感じのタイトルがあったから概念くらいはあると思うのだが、子供向けの内容でまとまった参考書などは無いんだろう。

大好きな有機や熱、運動量の勉強とかを教えられないのは残念極まりないが仕方がないか。

その代わり魔術という新ジャンルが増設されているものの、これを教えるのはやっぱり不可能だ。


自称魔術師が魔術を教えられないとかいろいろマズイ気もしたけど、エル曰くメシのタネをおおっぴらに公開するような魔術師なんてほとんど居ない上、エンドユーザとディベロッパが異なるなんていうのは良くあることだというので恐らく問題あるまいて。

それでも聞かれたら中途半端に習うのは逆効果と言ってしまう予定で進めている。

子供達はこれからプロに習うことになっているわけで、やはり餅は餅屋だろう。常識的に考えて。


となればやっぱり教えられるのは数学だけとなる。

参考書を見た限り中学受験レベルを薄めたような印象ではあるものの、売り買いをした結果の利益率を求めるものや徒歩の旅人を馬車が追い抜くのは何時間後かを問うものが多くて意外と実践的だ。

日本の教科書のように“鶴亀算を使いなさい”というような但し書きも無いので連立方程式とか教えたらきっと楽になるんじゃないかと思う。


「もうそろそろいいのではないか? 相手の学力がわからぬ以上、あまりキッチリとやってももったいないだけだろう。妾が思うにこういったものは柔軟にやるのが一番だと思うぞ?」

「んー・・・っと。それもそうだね。とりあえずある程度は済んだからオシマイにしよっか」


ぐったりとした様子でイスにしな垂れかかるエルを横目で見ながら、同じように体を預けてぐいりと背筋を伸ばすと肩甲骨と首筋のあたりからバキバキと音が鳴り、あまりの心地よさに思わず声が漏れる。

うへぇ。気持ちぃ・・・。


「ふふっ、随分疲れておったようだな」

「そりゃこんな風な姿勢で長いこと作業してたら疲れるよ。さて、それはともかくどうしようか? オセロでもやる?」

「うむ、それは良いな。最近は何かとあって主と対戦する機会も少なかったし、今日こそは主から5割の勝利を奪って見せるのだっ!」


えいやっ、という具合にエルが腕を伸ばして僕のバックからオセロ用マットとコマのセットを取り出す。

もちろんこの世界にオセロなんてものはないからどちらもお手製なんだけど、コレが意外とよく出来てる。


マットは衣料品店で買った何かの動物の革をエルが器用に魔術を使って焦がすことで、コマはそこらへんで拾った木材を元に片面だけを焦がすことで作成。

さすがに手作りということもあってマットの端のほうがヨレてたり、コマの形がいびつだったりするのだが、これまた愛嬌があっていいと思うのはさすがに身内贔屓だろうか。


などと考えているうちにテーブル上の参考書はベッドの上へとシフトし、確保されたスペースにはオセロ用のマットとコマが鎮座する。

こうして僕とエルの真剣勝負が幕を開ける、はずだった。


「・・・・・・むう、なんと間の悪い」

「僕もそう思う」


コイントスで先攻を決め、さあ勝負となった瞬間に鳴り響いたのは軽いノックの音。

まさか無視するわけにもいかないので勝負は即時中断となってしまい、エルは若干不満そうだ。


「すいません、お待たせしました」


そんなエルの様子に苦笑しながらドアを開けると待っていたのはエプロン姿のソフィアさんだった。

エプロンにはついさっき出来たっぽい油汚れなどがチラチラと見受けられるので恐らく夕食の準備などをしていたのだろう。


しまったな。一言手伝うと言えば良かったか。


「や、ユート君たち。ご飯が出来たから居間のほうまで来てもらってもいい? ついでにネイクの奴も帰ってきたから適当に自己紹介もお願いしたいんだけど」

「了解です。参考書の類をまとめ終えたらすぐに向かいます」

「ありがと、面倒かと思うけどよろしくね」


しかし自己紹介、か。

相手はソフィアさん曰くバトルジャンキーと聞くし。

ううむ、どうしたもんか。







あれから参考書を片付けながら3分ほど考えてみたけどそんな短時間でグッドな自己紹介案が浮かぶはずも無く、ややげんなりしながら居間に向かうとそこにはクレアムさんとソフィアさん、そして金髪碧眼の青年――恐らくこの人がネイクさんだろう――が既に席に座って待っていた。


部屋を明るく照らす魔術の光はオレンジ色の優しい印象で、チラつきもなくて非常に目に優しい。

おまけにこの色味の照明というのは食事を美味しく見せかける効果もあるのでこういった環境には最適といえる。

個室の明かりはもう少し白っぽい明かりだったあたりから予想するに、意識してこの色合いの明かりを選択していると見て間違いない。

恐るべし異世界、電気も無いのに部屋の雰囲気に合わせて光を選べるとは。


既にテーブルの上には数種類の料理が並んでいて、すっかり食事の準備が整っているのにもかかわらず箸をつけたような様子が無いあたりわざわざ僕らのことを待っていてくれたらしい。

本当に頭が下がります。


「来たわね。そんなところで突っ立ってないでまずは座ればいいんじゃない?」

「あ、ええ・・・。ありがとうございます」


ソフィアさんは居間に入った僕らに気づくとすぐに声を掛けてくれたのだが、案内された座席はなんと上座。

気にしていないのか、はたまた概念が無いのかは不明だが、中途半端に自分のところのマナーが残っている僕としては多少座りづらい。

ただ、イスを勧められておきながら座らないというものおかしな話なので着席はしたものの、違和感アリアリでなんとも落ち着かないよコレ。


「はじめまして、ユートさん、エルシディアさん。オレはネイクです。たぶんソフィアやクレアム隊長から聞いてるとは思うけど、この村の治安維持が主な仕事です。これから二日と短い間だけどよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」「うむ、短い間となるがよろしく頼むのだ」


そんな落ち着かない僕らに対して簡単な自己紹介をするネイクさんの表情は明るく朗らかな好青年といった印象で、これがバトルジャンキーという評価を得ているような人とは到底考えることが出来ないのだが・・・?


「んじゃ、全員そろったところでご飯にしましょっか。ユート君たちはお酒大丈夫? もし駄目なら水を取ってくるけど」

「ご飯だけじゃなくてお酒まで頂いちゃってもいいんですか? 結構高いものだと思うのですが」


何故かやや申し訳なさそうにソフィアさんが聞いてくるが、コスト的都合によりあまりお酒が飲めない僕らからすれば思わず顔がにやけるほどの事実だ。


ああっ! 本当にこの仕事請けて良かったっ!


「そんなこと気にしないで大丈夫よ。呑めるなら一緒に飲みましょう」

「ありがとうございます」


そういってソフィアさんが注いでくれたお酒は茶色ながらワインのような香りがする不思議なモノ。

あまりアルコール臭がしないあたり恐らく醸造酒なんだろうけど、二日酔いしやすいお酒でもあるのでほどほどにしないとヤバそうだ。

まさか仕事中に酔っ払ってるわけにはいかんもんね。


「ほら、あんまり気にしないで食べなよ。隊長なんてユート君たちが来たもんだから食べ始めちゃってるわよ?」

「・・・んぐ。別にいいだろ、ソフィアの作る飯は美味いから冷めたら勿体無いんだよ。それに挨拶とかそういうのはガラじゃないんだが」

「せっかくユートさんやエルシディアさんに来てもらったんだから乾杯の挨拶くらいお願いしたかったんですけどね」


ソフィアさんとネイクさんはなにやら不満げな様子ながらも料理に手をつけ始めたので、これはいよいよ僕らも食べていいよ的な感じなのかな。


それならまずは前菜っぽい奴から頂こう。

ほうれん草とチンゲン菜を足して二で割ったような雰囲気の青菜とカリカリになるまで炒めたベーコンを卵で閉じたモノで、直径20cmほどのそれにナイフを入れると透明な汁と共に湯気が立ち上がり、辺りに卵の香りが広がってなんともいえない気分になる。

思わず口の中に溢れる唾液を飲み込みながらエルの分と自分の分を取り分けてまずは一口。


「うわ・・・。おいしい・・・」


半熟気味の卵は塩ベースで味が調えられており、それにほうれん草の味わいとベーコンの肉汁がじゅわっと広がって口の中を満たす。

単純な塩味だけではなく、複雑な味わいになっているのは恐らく卵にスープベースかなにかを利用しているからだろう。


次にソフィアさんに注がれたワインっぽい香りのお酒をちびりと口に含んでみると、その華やかな香りの後にやってくる凝縮された果実感が素晴らしい。

ややタンニンがキツくて後味に少し残るような感覚があるのが凄くもったいなく感じてしまう。

もしコレがワインと同等の代物であるならば適切な環境で数年間寝かせることで劇的に美味しくなるのは疑いようがない。


「主、これも凄く美味しかったぞ」

「ん、ありがと」


小皿に乗って差し出されたのは豚肉――もはや正式名称はどうでもいい――のソテー。

付け合せのタマネギと一緒に独特の香草の香り漂うソースがたっぷりと絡み付いていて実に美味しそうだ。

それをナイフで一口大に切り分けてぱくりと頂けばこれはもう説明不要の肉の美味しさ。

柔らかい肉が、ジューシーな脂身が、そのどちらもが素敵なソースと一緒になって素晴らしい味となって僕の脳内を駆け巡る。


「凄い。肉の焼き加減と味付けが抜群でめちゃめちゃ美味しい」

「そうだろう、そうだろう。妾が思うに今回の中で一番美味しいと思ったのだからな」

「そ、そんなに褒められると照れるわね。ユート君もエルシディアさんも冒険者やってるならアチコチで美味しいものとか食べてるんじゃないの?」

「そんなことは無い。いくらアチコチ回れるといってもこれだけ美味しいものを食べるのはとても難しいのだ」


エルがにっこりと笑ってそういうと、ソフィアさんは少しだけ顔を赤く染めながら右手に持つカップの中身を一息に空けてさらに酒を注ぐ。

あれか、恥ずかしいことや嬉しいことがあると酒が入っちゃうタイプなんだな。きっと。





それからしばらく時間がたち、お酒の力も相まってすっかり場の雰囲気がこなれてきた頃。


「突然ですけど、ユートとエルに質問がありますっ!」

「はい、なんでしょう」「うむ、なんでも聞くと良い」

「オレが見た限りお二人は魔術師だと思うんですけど、正面から魔物と戦う際に前衛無しで困ったりはしないんですか?」


突然のネイクの質問はなるほど確かに疑問なところだと思う。

僕らの体つきはおよそ直接剣で殴り合えるようなものには見えないし、かといって強力な魔術を扱える長めの杖を携行しているわけでもない。


「困ったことは今のところ一度も無いぞ。主も妾もある程度以上の近接戦闘が可能でその間に魔術を組み上げることが可能だからな」

「それは、凄いですね。その歳で戦いながら魔術を扱える人というのはほとんど居ませんよ? お二人に来てもらえたのは幸運ですね。安心します」

「うむ、主に掛かればどのような依頼であったとしても完璧にこなすことが可能だ。だから安心するが良い。もし魔獣の類が村に侵入してきたとしても人々には指一本触れさせぬよ」


うぅ、エルの信頼が微妙に重い。

確かに僕はこっちに来てからやたら強化された感はあるけど、その強化された肉体を運用する精神はあんまり変わってないわけで。

かといって自信満々にそう言い切るエルを否定するのもなんかあれだし、やっぱりここはひとつ全力で頑張るのが最善か。


「そういってくれると思っていました。今までの冒険者達とは明らかに雰囲気が異なりますからねっ!それで、どうでしょう。ここは一つオレと戦ってみたりしませんか?」

「それはお断りさせてもらうぞ」


酔っ払っているのか、ネイクのワリと支離滅裂な僕らに対するリクエストに対するレスポンスは極めて早いものだった。

まさかこんな風に断られるとはカケラほども思っていなかったらしく、ネイクはあんぐりと口をあけてハングアップしてしまっている。


「ん、聞こえなかったか? 模擬戦などはお断りするぞ。主も妾も明日から仕事をする以上怪我なんてするわけにはいかぬのでな」

「い、いえ。聞こえてます。まさかこんなにあっさりと断られるとは思ってなかったので。しかし残念です。オレとしては是非戦いたかったのですが・・・」

「ネイク、戦って強くなるのも悪いことじゃないが二人の予定を考えるに模擬戦とかをする時間はほぼ無いな。諦めろ、その分俺がキッチリ稽古をつけてやるからさ」

「ク、クレアム隊長・・・」


こうして、エルとネイクの話し合いは穏便に終えることが出来たのである。

―――微妙に薔薇っぽい光景をその目に焼き付けながら。

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