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ナルキスはカーダス発キューライン行きの馬車に乗って二時間強。
前回と違ってトラブルなく進んでくれたのは本当によかった。
既に日も傾いた夕方なので急いで依頼で指定された建物に向かったのだけど、なんと依頼主の隊長さんが外出しているため、応接室で待機しながら紅茶を飲んでいるというのが僕らのスタッツ。
ちなみに建物の看板には“ファルド王国騎士団 ナルキス派出所”とあったので、この村の施設というよりは国の施設のようだ。
地方が保有する自警団とか衛兵とかじゃなくて国所属の騎士が居るというのには驚いたが、考えてみれば総戸数100にも満たないような小さな村で生産性の無い軍事ユニットを維持するのはそれなりに難しいのかもしれない。経済とか詳しくないので全く根拠とかはないけどさ。
ま、そんなことよりも重要なのはここで出された紅茶が絶品という事実だ。
紅茶を飲むの自体が久しぶりなので採点が甘くなっているとは思うが、水色はセカンドフラッシュ特有の濃いブランデー色、飲む前から感じられるほどの芳醇なマスカテルフレーバーと円熟した甘く香ばしいコクのある味わいで、これはまさしく最高級品。
ハッキリいってコレだけ美味しい紅茶を飲むのは日本でだって簡単じゃない。
「主っ! このお茶はありえないほど美味しいぞっ!」
「僕もそう思う。こんなに美味しいのを飲んだのはどれだけ振りだろ」
「ふふっ、気に入ってもらえて何よりだわ。そんなに喜ばれると隊長に習った甲斐があったってもんね」
なのに僕らの感想をジョークかなにかと勘違いしたのか手のひらを振って笑う女性はソフィアさん。
この村に派遣されている騎士見習いの一人だ。
赤い髪は肩の当たりで切り揃えられていて、切れ長で同色の瞳と合わさって快活な雰囲気を漂わせる。
170cmくらいの身長に引き締まった体格のおかげでモデルかなにかのようだ。
ちなみにこの村に派遣されている人員は三名。
ソフィアさんと同じく騎士見習いのネイクさんと、上長である正騎士のクレアムさん。
正騎士一人に見習い二人というのはやや戦力的に不安に感じるところがあるのだが、騎士の戦力を僕は知らないし、そもそもこの地域で凶悪な生物が闊歩するなんて話はギルドでも聞いたことが無いので恐らく問題はないのだろう。
「そうだ、お茶代替わりってわけじゃないけど、もし差し支えなければ二人のことを聞かせてもらえないかしら」
「僕らのこと、ですか」
「ええ、今まで来てくれた冒険者たちと雰囲気とかが全然違うからちょっと興味があるのよね」
うーむ・・・。あんまり語れるようなことって無いよーな気がする。
現状をありのまま話すのは論外だし、記憶喪失ネタとか使った場合は場の空気が重くなりかねない。
どうしたもんか。
「主は何を悩んでおるのだ? この間の武技大会の話でもリーナを助けたときの話でも良いではないか。確かに主の冒険者として活動した時間は短いかもしれないが密度だけなら誰にも負けておらぬ」
エルはそういってくれたのだが、リーナさんの話ってある意味トラウマだからねっ!?
あらすじだけ紹介すればそりゃちょっとした物語かもしれないけど、人殺し要素満載だからお茶を飲みながら語るような話題じゃない気がするのは僕だけじゃないはずだ。
武技大会にいたっては何を話せばいいのかわからん。
一戦一戦の様子をラジオよろしく実況出来るならともかく、僕にそんな技術はない。
かといって一回戦目がどうたらこうたら、二回戦目がうんたらかんたら見たいな話し方をしたところでとても面白みがあるとはとても思えないわけで。
「おっ! ユート君ってば今年の武技大会に参加したんだ。どこまでいけたの? 予選突破した?」
「うむ、主は本戦に出場し、二回も勝ち抜いて賞金まで貰ったほどだぞ」
「凄いじゃないの。それなら安心してここを任せられるってもんね。だけど――」
だけど?
「――ウチの戦闘馬鹿がユート君に模擬戦を挑んでくるのは間違いないからそれをどうにかしなくちゃ。いくら馬鹿とはいってもこの忙しいときに怪我なんてされたら困るのよね」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよそれ。なんかおかしくないですか?」
おかしい、何がおかしいって模擬戦を受けるのが前提になってるところだ。
怪我もなにも僕がそれを受けなければ全く問題ないだろう。
大体僕は模擬戦なんてやりたくないぞ。
武技大会に出る前なら“死なないから問題ない”くらいの認識だったかもしれないけど、終わってみれば鈍痛に耐えながらベッドの上で三日間。これ以上そんな経験はごめんこうむる。
しかもこのタイミングで怪我しちゃうと当然依頼も失敗になるだろうし、今まで少しずつ積み上げてきた信頼を失いかねない。
そうなってしまったら肉体的よりも経済的なダメージが甚大過ぎてヤバイと思うのだ。
「え? だって模擬戦受けないの?」
「受けませんよ。ソフィアさんのいう通り怪我をしたりされたりしたらたまりません。依頼が受けられなくなっちゃいます。・・・ってなんでそんな驚いてるんですか」
「ごめん、武技大会に参加する人って模擬戦とかとにかく戦うのが好きな人っていう印象があったもんだから驚いちゃって。でも良かった、それならウチの戦闘馬鹿が怪我をする心配もないわね」
なるほど、ソフィアさんが驚いた顔をした理由はそれか。
武技大会本戦出場という経歴は今後の自己紹介などで自分の能力を証明出来るちょうど良い指標になるかと思ったのだけど、そんな風に見られる可能性があるならTPOを考えなくちゃな・・・。
「実はですね、そもそも僕が武技大会に参加することになった理由は――――」
◆
あれから約30分程度、僕の話はここの隊長であるクレアムさんがやって来たので一時中断となった。
ソフィアさんは若干不満げだったが、僕としてはボロを出さないように話すのが大変だったので、地味に嬉しかったというのが正直なところ。
クレアムさんは20代後半くらいの男性で、短めの髪の毛は濃いチョコレート色、力強さを感じられる瞳が青くて綺麗だ。
このヨーロッパライクな色の組み合わせ自体は比較的メジャーなので町を歩けばよく見かけるのだが、顔のパーツ一個一個が優れているので随分とカッコ良く見えて羨ましい。
ただ、みょーに影があるっていうか、なんていうか。
たぶん、一地域の担当者となるまでの道のりは平坦じゃなかったんだろうなぁ・・・。
「待たせて悪かったな。いつもならこの時間帯には帰ってきてるんだが、今回は魔獣討伐の下調べとかをしてたから遅くなっちまったんだ」
「いえ、ほとんど待ってませんし大丈夫です。クレアムさんが下調べをしたということは明日から早速依頼が開始されるという認識でよろしいですか?」
「おう。まだ完璧とはいえないが、冒険者を待たせると余計に金が掛かっちまうしな。明日から二日間でキッチリやるつもりだ」
クレアムさんはそういうとテーブルの上に小さな筒のようなものを置いた。
筒の直径は3cm、長さは20cm程度、表面には小さな文字で――こっちに来てから視力も上がったから読める――“緊急時以外使用禁止”と書いてあるので、恐らく発炎筒的なモノか?
「それは?」
「こいつは緊急時連絡用の信号弾だ。まずないとは思うが、もし村に大量の魔獣がやって来てユート君とエルシディアさんの二人で対処が出来なくなりそうな場合にはそれを空に向かって放ってくれ。使いたいときはこいつに魔力を通しながら“発射”といえば作動する。一発限りだから使うときは注意してくれ」
コレ、横にして撃てば銃の変わりになるんじゃないか?
信号弾として十分な機能を持っているならば弾丸は十分な高度まで打ち上げられるはず。
当然弾頭のエネルギーは相当量で、少なくともゴブリンくらいなら余裕で無力化出来るだろう。
可能かどうかは知らないが、コレの作動条件をファイアリングピンで操作出来るようになれば異世界初の銃が作れるようになるわけか。
魔術を撃ち出す以上バレルは不要だし、最大の問題点はシアとハンマーの作成かな。
あの辺のパーツは磨耗しやすい上に製造には相当な技術が必要だ。
特にスプリングとかは熱処理が――
「なんか考え込んでるみたいだが、何か気になることでもあったのか?」
「・・・いえ、なんでもありません」
いかん、最近思考が暴走気味な気がしてならない。
この間のジャケットがおじゃんになったときも最初に思いついたのが武力行使だったし、気づいてないだけでストレス溜まってるのかなぁ?
「と、とりあえず信号弾の件は了解しました。ほかに依頼を受ける上で注意すべき点などはありますか?」
「依頼の範囲からは逸脱しているかもしれないんだが、もし良ければ村の子供達に冒険の話を聞かせてあげたり、勉強を教えてあげたりしてくれないか? 二人とも魔術師ならある程度以上の教育を受けているんだろう? 村は二人で警戒しきれるほど狭くは無いし、それならいっそ子供達の近くに居てもらいたいんだ」
「教育の件も了解です。算術なら教えられると思います。一応、念のため聞いておきたいのですけど村に魔獣が侵入してきたときの処理の流れはどうなっていますか?」
「あー・・・。ぶっちゃけあまり考えられて無いのが実情だ。この村は強力ではないが魔獣などに対して忌避効果のある魔力障壁を常時展開しているせいで襲われたことが一度も無いんだ。だから俺たちが定期的に討伐を行えば問題ないという風な認識を持たれてしまっている」
おうふ、それは結構危険な気がする。
いくらこの近辺にあまり強力な敵性生物が居ないらしいとはいえ、AC130のようなモノが空から常時見守ってくれているわけでもないのだから油断するのは危険すぎる。
平和なのはいいことだと思うけど平和ボケはまずいだろう。常識的に考えて。
これにはクレアムさんも苦笑い、などと現状をどこかの番組のナレーションのようにいってみてもまるで笑えないというのが異世界の悲しいところだ。
「はぁ・・・。冒険者をやってるユート君が呆れるのもわかるよ。俺もいろいろ言ってるんだがね。緊急時に自動で連絡が来るような魔道具は高いから買えないのも仕方ないとして、俺らに連絡を取る仕組みくらい何とかなりそうなもんだが・・・」
「えっと、なにも起こらないとは思いますがもし魔獣などが侵入してきた際には臨機応変に対応していきたいと思います」
「あぁ、そうしてくれると助かるよ。明日からはよろしく頼む」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」「うむ、こちらこそよろしくだぞ」