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気に入ってたフィールドジャケットがスープまみれになるという比較的不幸な一日があけて本日。
僕らは予定通り上着を購入するためのお店を探してアチコチを歩き回っていた。
単純に服を買いに行くだけなら宿屋の主人に場所を聞いてしまったほうが確実に早いのだけど、昨日とは打って変わって天気もいいので散歩がてら探すことにしたのだ。
現在の時刻は10時過ぎ、朝とは違ってこの位の時間帯ならばポロシャツ一枚でもあんまり寒くないので大丈夫。
市場で買ったリンゴを齧りつつ、まったりと店を探す間の話題はやっぱり服について。
驚いたのはこの中世っぽい世界における布のコストがそう高くはないらしいこと。
エルも仕立屋を使ったことが無いので具体的な金額はわからないみたいだが、季節の変わり目に町を歩いていると“新しい服を仕立てなきゃ~”なんて会話が普通に飛び交っているそうだ。
ちなみに今の季節は春で、夏になるまでにはもう少し掛かる。
だからあんまり暖かい上着を買うとお金が無駄に掛かるだけであっという間に使えなくなってしまうので気をつけないと。
「結局のところ、主はどんな服が欲しいのだ?」
「そういわれると何が作れるのかにもよるんだけど、ぶかぶかした格好が楽で良さげかな」
特にトレッキングやキャンプ、釣りなどに行くときは今まで着てたようなぶかぶかとしたフィールドジャケットが好み。
やや丈が短いタイプならあんまり見栄えも悪くならないし、ポケットが多いので軍用懐中電灯などのアクセスが多いモノを入れておけば何かと役に立つ。
カーゴパンツなんかもある程度大きいほうが着てて楽だし、汗をかいても張り付かなくて良い感じ。
「うーむ・・・。それなら上着を仕立てるのではなく適当な防具屋あたりで外套を買ったほうがいいのかもしれん。服と違ってやや動きづらいところがあるのは欠点だが、価格も安いし普通の服と違って寒いなら包まり、暑いなら開放することが出来るから結構快適だぞ」
「そ、そんな便利そうなモノが・・・」
外套って普通の上着とかも含まれるとは思うんだけど、エルの言い方からするとたぶんクロークかマントのようなモノのことを指しているのだろう。
そういえば冒険者の内の何人かに一人は使ってたよーな気がする。
フィールドジャケットと比べてポケットが少なそうなのは欠点になるが、単価が安いとかベンチレーション機能――構造上当たり前だけど――があるというのはかなり大きい。
仕立てるのではなく買うというのも地味ながら利点の一つか。
仮に仕立てに二日掛かるとしたらその間は身動きが取れなくなるし、そうなると財布の具合がかなりよろしくない。
仕立ての間に仕事をすれば財布の問題は解決できるが、この外気温でポロシャツ一枚というのはなかなかしんどいので可能な限り町から出たくはないわけで。
となれば選択肢はおのずと決まってくるというもの。
なによりファンタジーな世界観で冒険をやるならクロークは鉄板でしょう。常識的に考えて。
「うん、それ良いかもしんない。ちょっと方針転換して外套を探す方向で行こう」
「うむ、きっと主にはよく似合うと思うぞ」
と、そんなわけでクロークを求めて入ったのは冒険者御用達と思われるギルドに隣接した雑貨屋さん。
比較的大きな床面積な上に、二階建てのおかげで商品の幅はかなり広い。
一階は主に野外生活用のグッズや武器がメイン。
ちょうどWild-1などの総合アウトドア販売店のような雰囲気で不覚にも懐かしいと思ってしまったのはここだけの秘密。センチな気分を外に出すのは昨日だけで十分だ。
剣や杖などはさらっとしか見てないけど、グッズのところを見てみれば虫や動物除けのお香とかコンパクトにたためるカトラリーの類など、あったらいいなってモノが結構多い。
基本的に置いてあるのは冒険者向けのアウトドアグッズになるが、魔力を利用したランタンなども置いてあるので一般の人にも有用なモノは意外と多いかもしれない。
全体的に値段はそれなり、あまり安くは無いので衝動買いなんかは出来そうにないのが地味に残念だ。
階段を上がって二階のメインはシュラフやテントなどの布製品。
テントの類が設営された状態で展示されているので一階と比べて雑然とした様子だが、それでも商品カテゴリごとになんとなく別けられているのでクロークを見つけるのはそんなに難しくなかった。
「うわ、結構あるなぁ」
「さすがに店の規模が大きいだけは有る。これなら好みの一着が見つかるのではないか?」
棚に吊るされているのはかなりの数の外套。
袖があったり、フードがあったり、ポケットがあったりとデザインの幅は広く、選択肢には事欠かないのは実に素晴らしいと思う。
色もオリーブやセージグリーン、カーキにコヨーテブラウンと地味系カラーに限れば随分と豊富。
値段はピンキリ、明らかに布の品質が違うのとか銀糸の刺繍が入ったのとかは恐ろしいことに単位が金貨となっている。
こんなものをアウトドアで使うなんてもったいなさ過ぎると思うのだが、ここに売られているということは使う人も居るんだろうなぁ・・・。
ともかく普通の品質のものに限れば銀貨2,3枚で購入が可能で、なるほどコレなら普通に上着を仕立てるよりは遥かに安く済みそうだ。
「うーん・・・。あんまり悩んでもしょうがないし、コレにしようかな・・・」
なんとなく手に取ったのはセージグリーンのクロークで、袖やポケットは無いがフード付き。
丈はそれほど長くないので僕が着ても不自然ではないはずだ。たぶん。
不自然じゃないかをエルに確認してもらいたいので羽織ってみると想像以上に軽くて驚いた。
これなら動きを阻害することもないし、戦う上で問題が発生することも無いだろう。
さすが冒険者用品店のクローク。よく出来てる。
「どうだろ、変じゃないかな?」
「どこが変なものか、むしろ主に良く似合っておるぞ」
「ありがと。じゃあコレにしようかな」
うん、地味にこの世界の服装に切り替えられるのは嬉しいな。
ぶっちゃけ今までの格好ってこの世界にはちょっと似合わないと思っては居たんだ。
きめ細かく頑丈に織られたコットンで出来たフィールドジャケットにカーゴパンツ。
笑っちゃうほど頑丈な1000D――もしかすると500Dかもしれない――コーデュラナイロン製のスリングバッグ。
要するに野球帽を被ってAR15でも携行していれば「どこの民間警備会社の人ですか?」って格好だったのだ。
それが今日、ようやく異世界に溶け込めるような格好になった気がする。上着しか変えてないけど。
「そういえばエルは大丈夫? といってもその格好に外套じゃあんまり似合わない気もするけど」
「妾は大丈夫だ。意外とこの格好は暖かいのだぞ?」
「そうなのか。じゃあとりあえず今回は僕のだけでおっけーだね」
一度クロークを脱いでカウンターで代金を支払う。お値段は銀貨2枚と半分。
僕の世界でまともなアウトドア用のジャケットを買った場合、軽く数万円を取られることを考えればコレはなかなかに安いんじゃないかと思う。
その後はひとしきり一階の商品を眺めて満足した後、隣のギルドへと移動。
目的は当然お金稼ぎ。
今回の出費はそれほど痛いわけではないが、それでも仕事の一つや二つを消化しておかないとそろそろお金がなくなってしまう。
それにギルドのランクがCになってから一つも依頼を受けてないし、ここらで一つくらい受けてもいいんじゃないかなとは思っていたんだ。
だけど――
「これは、ちょっとバイオレンス過ぎやしませんかね・・・?」
「“ばいおれんす”という言葉の意味はわからんが、さすがギルドランクがCといったところだな」
乱雑で読みづらい掲示板の中からサクッと見つけたCランク冒険者向けの依頼は以下の通り。
“アルダ山で取れるココルスの確保”
“カーダス周辺の魔物の掃討作業”
“スカルナ地方における魔獣の分布調査”
一番上の依頼は採取系のために一見安全そうだが、依頼を受けた冒険者が予定日より7日以上経過しているのに帰ってこないことを示す真っ赤なハンコが押されているのでこの中じゃ地味に一番危険。
魔物の掃討作業は近辺の軍人との共同作業なので恐らく傭兵のような扱いを受けるのだろう。
おまけに期日がはっきりして無いので長いこと引き摺りまわされるかもしれない。
正規兵の変わりに危険地帯に突っ込まされるかもしれないし、出来れば受けたくないタイプの依頼だ。
魔獣の分布調査に関してはまず距離が遠い。
前人未到というほどではないが、それでも馬車で3日以上掛かるとはエルの話。
その間ずっと学者のために炊事洗濯火力支援と行わなければならないのは精神的にも肉体的にも結構大変。
・・・あれ? 受けたい依頼がないぞ?
僕の理想としてはここで仕事を請けて即、もしくは明日早朝に出発。
目的地で依頼を遂行してからその場でお金かハンコを受け取り、ガルトに向かうというパターン。
比較的メジャーなタイプのフローだし、理想と言いつつも探せばあるものだと思うのだが。
「報酬面であんまり贅沢言うつもりはないんだけど、せめてガルト方向に近づけるような依頼って無いのかな。別にDとかEの依頼でも全く構わないんだけど」
「む~・・・。王都と違って掲示板が乱雑で読みにくいのだ」
「確かにちょっと読みづらいね。依頼票が重なっちゃってるのはいくらなんでもまずい気がする」
「全くだ。カーディスはこの辺をきっちりとしていたのだがな」
この町の冒険者が少ないのか、それとも依頼の量が多すぎるのか。
依頼の紙に募集期間の延長を示すハンコが無いあたり後者なのだろうが、ともかく掲示板はその容量をあっさりとオーバーするだけの依頼で埋め尽くされている。
こんな状態だと依頼を出したのにいつまでたっても発掘されず、そして依頼を受ける冒険者が居ないという事態になるんじゃなかろーか。
そしてそれはギルドの信用的に考えて凄くヤバイ気がする。どうしようもないけど。
「お、コレなんてどうだろう」
「どれどれ・・・。ん、ナルキスでの依頼ならガルトにそこそこ近づくことも出来るし、主の目的にぴったりで良いと思うのだ」
混雑極まりない掲示板と格闘すること約10分。
ようやく見つけたのはナルキス警備の予備要員の依頼。
概要を読む限りだと衛兵が村の周囲の魔物を制圧する間の空白を埋めるのが役割で、期間もわずかに二日間だけ。
何も無ければ村に居るだけでいいみたいだし、それでいて報酬は銀貨9枚となかなか。
エルと同意が取れたところで掲示板から依頼票をはがしてカウンターへ。
ギルドの規模そのものはガルトのとそう変わらないと思うのだが、受付には何人かオペレーターが居る辺りこの町の依頼の量がうかがえる。
「すいません、依頼を受けたいのですが」
「おおっ! ちょうど良いところに来てくれたのですねっ! さあ、どれを受けるのですか?」
「・・・あ、えーっと、これです。よろしくお願いします」
「それじゃあ処理をしちゃいますのでもうちょっとだけ待ってくださいね」
テンション高い人だなぁ・・・。
普段からこんなんだと疲れちゃわないのかな。
「・・・よしっ。これで処理は完了です。この時期は依頼がわっさりと来るので大変なんです。ほかの冒険者さん達もへろへろになっちゃいますし。だから機会があればまた来て下さいねっ!」
「そ、そうなんですか。それは大変ですね・・・」
すいません、きっとそのリクエストには色の良いレスポンスを返せそうにないです。
「エル、手続きは済んだから早速向かおう。依頼票を見た限りあんまり遠くないみたいだから上手いこと馬車があれば今日中には着くと思うんだ」
「うむ。了解だぞ」
「ギルドの掲示板を見てたときに思ったんだけどさ、魔獣と魔物って何が違うんだろ」
「あ~・・・。きっちりとした線引きは恐らくないと思うぞ。瘴気によって強化される生き物はみんなひっくるめて魔物と呼ばれているし、その中でも普通の野生生物に近いものが魔獣と呼ばれているのだとは思うが・・・」
「そっか、あんまり区別ってされてないんだね」
「うむ。人によっては敵対的な生き物なら何でもかんでも魔獣と言い張るような者も居るしな。主のところと違ってあんまりそういう区別がしっかりとしているわけでは無いのだ」
「なるほど、だからホブゴブリンに襲われたときにも魔獣と魔物と両方の呼び方が聞こえたのか。なんか凄く納得した」