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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
直線距離は当てにならない
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1

ロータリー状になっている王都の入り口近辺からギルドまではそう遠くない。

精々20分も歩けば到着するのでゆっくりのんびりと歩いていたのだが。


「露店・・・減ったね」

「さすがに武技大会が終わって数日も経ってしまうとな。だがこれが王都の日常だぞ?」

「わかっちゃいるんだけどなんとなく納得出来ないっていうかなんというか・・・」


武技大会期間中はアレだけ詰まっていた露店が今となってはほとんど無い。

実際にはこれが日常で武技大会の期間中のほうが異常だったのだろうが、僕がここに来たときの第一印象があの露店の数だっただけに、今のこの風景がやたらと閑散としたものに見えてしまうのは仕方ないことだと思う。


「前に食べた串焼き屋とか美味しかったけどあれももう無くなっちゃってるかもしれないのか」

「どうだろう、食べ物系の屋台とかはこの辺の店が出した可能性があるからわからぬぞ」


そんな感じで表通りを観光しながらゆっくりと歩くとまもなくギルドが見えてくる。

相変わらず市役所のような佇まいのそれはなんともいえない威圧感。

こう、背筋が伸びるような?


ギルドの中は武技大会期間とそう変わらない感じで、掲示板の周辺で次の依頼をどうするか考えている冒険者や、僕らと同じように一仕事を終えた冒険者がU字型のカウンターで事務手続きをしながら仲間達と談笑している。

やはり全体的に人が減っているのでややすっきりとした印象だ。


「こんにちは、仕事を無事に終えたので換金していただきたいのですが」

「かしこまりました。カードと依頼証明書を出していただいてもよろしいでしょうか」


バッグから取り出したそれらを渡すとオペレーターがにこやかな笑顔でそれを受け取り、カウンターの内側で確認作業となんらかの操作をするのだが、なにやら様子がおかしい。


「しょ、少々お待ちください」


何度も僕のカードを確認したオペレーターが焦ったような顔をして奥に引っ込む。

・・・あれ? なんかあった?


「どうしたんだろうね?」

「まったくわからぬぞ」


二人で首を傾げるが、実に覚えがまったく無いのだから答えなんて出そうにない。

オペレーターがあまりにも帰ってこないので一度U字型のカウンターを離れてテーブルでしばらくほけーっとしてると誰かが近づいてくる。


「すいません。お待たせしました」


やってきたのはウィルとアリアへの対応に苦慮していた男性だった。


「ギルドの方ですよね? 先ほどの方は?」

「自席に戻ってますよ。今回の件は私が対応しますので大丈夫です」

「そうなんですか。あ、イスをどうぞ。気が利かなくてすいません」

「これはありがとうございます。前回のときにも思っていましたが丁寧な方ですね」


そんな丁寧なんかな?

日本人的には普通だと思うし、こっちに来てから徐々に口調が荒くなってる気がするんだけど。

最初の頃はもうちょっと誰にでも丁寧だったよーな・・・。


「あまり自分ではそう思っていないのですが、そう見えますか?」

「ええ、とても」

「主は普通の冒険者と比べると異常だぞ。酒を飲んでもろくに騒がないし静かだし」

「・・・・・・」


まあ、とりあえずマイナスポイントではないしいっか。

異常といわれつつも別に貶されたわけじゃないからね。


「・・・失礼、話がズレました。とりあえず報酬とギルドカードをどうぞ」

「ありがとうございます。・・・あれ? なんか色が違いますけど間違ってませんか?」


報酬は銀貨12枚。これはおっけー。

違うのはギルドカード、今までの茶色っぽいのと違ってやや青みがかったそれは光の反射で微妙に紫っぽく輝いていてなんとも不思議で綺麗だ。


「今回の件でランクを二段階上げさせてもらい、ユートさんのギルドランクはCになりました。カードの色が違うのはそのためです」

「え? さっきまでEだったはずなんですけど、なんで急に?」

「いくつかありますが最大の理由は武技大会での結果です。対戦相手のランクなどを考えればBランクにするのが正しいのですが、残念ながら事務処理上の都合でそれは出来ません。なので今回はCまで上げさせていただきました。このまま依頼を受け続けて下されば次の昇格審査の時点でBになるかと思われます」

「なんだか僕らのことを高く評価してくださってありがとうございます」

「いえ、実力のある方にそれ相応のランクと仕事を振るのがギルドの仕事です。今後ともよろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしくお願いします」


男性がにこりと笑ってかえしてくれるが、端正な顔立ちと相まってなんともいえぬ格好良さ。

ふとずいぶん前に見た自分の顔を思い出して思わずため息が出てしまった。


この子供っぽい顔のおかげか女友達はたくさん出来ても彼女なんて一度も出来たことがない。

友達としてはいいけど彼氏には・・・って言われるこの悲しさ、たぶんこの人は経験したこと無いんだろうなぁ・・・。


「どうしました?」「どうしたのだ? ため息なんてついて」

「すいません、くだらないことを思い出しました。なんでもないですし大丈夫です」


ため息の理由が理由だけに恥ずかしくてたまらんぞこれ・・・。


「それなら良いのですが。さて、これで一応今回の依頼は完了ということで閉めてしまいますね」

「了解です。では僕らも失礼させていただきます」


冒険者ランクも上がり、タスクもひとつ完了。

あと王都でやることはご飯を食べてから乗合馬車でガルトのほうに向かうだけだな。

こういう世界だから山手線のようなペースで馬車があるとは最初から思ってないけど、日に一本とかだったりすると今日はひょっとしたらお泊りになっちゃうかな。

ま、その辺はでたとこ勝負でいっか。


「ん~~~~っ!」


ギルドを出てから背伸びを一回。

バキバキとなる背中と肩が気持ちいい。


別に肩肘張って何かをしたわけではないのだけど、市役所っぽい空間に長く居ると肩がこってしょーがないのは僕だけなんだろうか。


「お昼はなににするのだ?」

「どうしようか。パスタの類は今回の依頼で十分に頂いたからいらないとして、それ以外の食べ物ならなんでもいいかなって思ってるよ。エルはなんかリクエストとか無いの?」

「そうだな・・・。妾は新鮮な生野菜を豊富に使ったものが食べたいぞ」


新鮮な野菜というとなんだろう。

サラダだけだと寂しいし、サラダ食べ放題のステーキハウスとかこの世界にあったっけか?


「ん、じゃあその方向でどこか探そう」

「了解だぞ」




と、いう方針を決めてお店を探しているのだが、これだというお店が見つからないままかれこれ30分以上も歩いてしまっている。

どうやらこの世界には健康志向とかヘルシーなものを食べるという習慣が少ないらしく、考えてみれば僕が食べたものも油を十分に使ったものが多くて生野菜がメインなのは少ない。


辛うじて思いつくのはサラダの種類が複数あったような気がする定食屋なのだが、そちらは場所が出てこない。たしか王都の裏道一本入って武技大会の会場のほうに歩いていくとあったはずなのだが。


「どこだっけか。たしかこの辺だったはずなんだけど」

「ギルド近辺の食事処はほとんど行ってしまったし、どこがどんなメニューを用意しているかなんて妾は覚えておらぬぞ。というより主はよく注文してないメニューまで覚えているな」

「中身はわからないけどね。ほにゃららのサラダっていうのが確か何種類かあったはず」


辺りを見てもあるのは不気味なお店ばかりで僕らが入ろうと思うような店舗はどこにも無い。

あぁ、こりゃ駄目だ。


「一度大通りまで戻ろう。この辺りじゃなさそうだ」

「主よ。妾のために探してくれるのはうれしいのだが、そろそろどこかに入らないか?」

「あー・・・。それでいい? 実は僕も結構おなかが減ってきてて・・・」


適当なタイミングで裏通りから大通りに戻ると既に時刻は13時。

そろそろ食事を終えた人たちが定食屋から出て行くタイミングなのである意味ちょうどいい時間かもしれない。


「んじゃ、そこのお店に入ろうか。確か野菜炒めとかが美味しかったはず」

「主の料理も美味しいが、久しぶりの定食はやっぱり楽しみだぞ」


今回入ったお店は王都の大通りに面した木造二階建ての定食屋。

スタンダードなメニューが売りで、比較的量が多くビジネスマン(?)の胃袋をがっちりとつかんでいるタイプのお店だ。

値段的にもそう高くなくて日本円換算で一食800円から、もっとも高価なステーキでも確か1500円くらいで食べることができる。


「こんにちは~」

「いらっしゃいませ。お二人ですか?」


店に入ると迎えてくれるのはお店の主人の娘。

ほかのお客さんに可愛がられていたりするので、日本ではあまり見かけない“看板娘”って奴なのだろう。異世界らしくて大変よろしい。


「はい、席は大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。奥のほうが空いてるのでどうぞっ」


言われるがままに奥のほうに進むと確かに二人分の席がぎりぎり空いていたのでそれに座る。

周りのテーブルには食事を終えて水やワイン(!)を飲む男性などが居て楽しそうに何かを話している。


「ぎりぎりだったね。これで満席じゃない?」

「そうだな。ちょうどいい感じだ」


テーブルの備え付けのメニューをとりあえず眺める。

さすがにスタンダードなメニューなだけあってそろそろ僕でも味が予想できるものが多い。

から揚げ、肉野菜炒め、オムレツ、ソーセージ、サラダ。


・・・ん? サラダ?


「あ、エル。さっき探してたサラダのあるお店ってここだ」

「探すのをあきらめた瞬間にこれか。運がいいのか悪いのかわからぬな」

「だねえ・・・」


“探し物は最初に探した場所にある。ただし最初に探したときには見つからない”

こういうのをマーフィーの法則っていうんだっけ? まったく身をもって体験しちゃったよ。


「僕はメルバドの肉野菜炒めにするけどエルは決まった?」

「うむ。コルム茸のチーズオムレットと今日のサラダにするぞ」

「おっけ、じゃあ呼んじゃうね」


喧騒にあふれる店内なので比較的大きな声を上げて呼ぶとすぐに応答。


「えっと・・・。チーズオムレットと今日のサラダ、あとメルバドの肉野菜炒めを一点ずつで、パンを二人分ください」

「わかりました。料理が出来るまでもうちょっと待っていてくださいね!」

「ありがと、よろしくね」


とたとたと厨房のほうに戻っていく少女を見送りながらほっと一息。

店内の客は見た感じ食事を終えているようだし、料理自体は比較的早く出てくるだろう。


「ねえ、エル。キノコとか詳しくない?」

「突然どうしたのだ?」

「道中で材料を確保できればいいなーって思ってさ。その第一案」

「あー・・・。なるほど。確かにそれはいい考えかもしれん」


まあ、キノコなのであまり栄養価は無かったような気もするけど、美味しいというのがなにより重要だ。


「でしょ? 取れたてのキノコとか絶対美味しいと思うんだよね」

「そうだな。今後あるだろう徒歩での移動のときには少し探してみよう」


その後も適当に今後について話してみたりして時間をつぶすと、看板娘とは別の人が料理を持ってこっちに向かって歩いてきた。


「お待たせしました。料理はテーブルの上に置いてっちゃいますね」

「ありがと、お願いします」


こうしてテーブルの上に並んだ料理はもちろん出来ててほやほや。

都内の定食屋などとは違って作り置きなんてことも無くて実に美味しそうだ。


まず目を引くのはどんと置かれた肉野菜炒めとチーズオムレット。

次にバスケットにたっぷり入ったパン、そしてサラダ。


サラダなんてこっちに来てから初めて注文したけど、意外と大きいな。

直径40cmくらいの皿にどかんと乗っている様はまるで野菜嫌いの子供を威圧するかの如し。


「適当に取り分けて食べようか。せっかく複数種類を頼んだしさ」

「そうだな、このチーズオムレットなんて凄く美味しそうだぞ、ほら、中にチーズときのこが詰まってる」

「んじゃ早速一口・・・。ん、きのこの香りとチーズの相性がいい感じだね。美味しい」


半熟のために黄色に輝いているチーズオムレットはその見た目だけでなく味も良い。

それ自体の味付けは薄めにセットされているのだが、チーズの塩気がいい感じにマッチしていてとろけるような美味しさ。

もし主食がコメだったりした場合だとちょっと薄味に感じるかもしれないが、パンにあわせるならこれくらいがベストだろう。


「オムレットもいいが、肉野菜炒めも美味しいぞ」


左手にロールパン、右手にフォークを持ったエルがニコニコと食べている姿はなんとも微笑ましい。

つられて肉野菜炒めを食べると、コレもまたうまい。

ぶっちゃけ自宅で作ってた肉野菜炒めに近いのだが、こっちに来てからなかなかそういうのを作る機会がなかったし、オイスターソースっぽいこの調味料の効果もあってたまらない。


「うん、うまい。コメが欲しくなるけど」


しゃきしゃきとしたキャベツのような野菜とよくわからない固めの野菜。

そして若干の甘みを持ったタマネギのうまみ。

パンとあわせても決してまずいわけではないのだけど、やっぱりパンよりもコメが欲しくなる味だ。


・・・旅の目的を変えてコメを探しに行こうかな。


続いて珍しく注文したサラダをバクリ。

ドレッシングはシーザードレッシングライクなもので、トッピングには細かく刻んだフライドオニオン。

ややどろっとしたドレッシングがレタスっぽい真っ赤な葉っぱによく映える。


「うーん・・・。エルはこれ好み?」


見た目的にはなかなかいい感じなのだが、僕はこのドレッシングはちょっと苦手かもしれない。

決してまずくは無いのだが、味が濃くてクドイ。

僕としては脂っこいモノの後のサラダなんだからもっとさっぱりとしているほうが好みだ。


「む、主は駄目か? 妾は結構好きだぞ」

「駄目ってわけじゃないんだけど、油モノの後に食べるなら塩とハーブベースの味付けのほうが好み。これは正直ちょっと味が濃い」


ドレッシングの影響が無い部分のレタス(赤)を3枚ほど取り出してパンの上に載せる。

さらにチーズオムレットを載せて挟み込むようにして一口。

レタスとかはこうやって食べるのが一番うまいかもしれないなぁ。

しゃきしゃきとした食感のレタスと、うまみの強いチーズ、そしてほのかに香るきのこの風味。

それらがマッチして実に美味しい。


店で食べるご飯ってなんでこんな美味しいんだろう。

暴食しないの誓いを崩すには十分な破壊力を持っているよ。間違いなく。




「あー、もう、駄目。おなかいっぱい」

「うむ・・・。久しぶりだったから少し食べ過ぎてしまったな」


結局武技大会前と同じようにパンを四人前ほど平らげて食事は終了。

胃の中で水を吸って膨らむパンに“うぇっぷ”となりながらも久しぶりの店での食事で大変満足。


さあ、乗合馬車の駅のほうに向かうとするか。

次の駅はどこなんだろう、いずれにせよ初めての場所になるのは間違いないから凄く楽しみだ。


「前々から思っていたのだが、コメって何だ? 主のところの食べ物なのか?」

「至高の主食だよ。単位面積当たりの収穫量も小麦より多いし、味も良い。腹持ちも良いといいことずくめなんだけど育てられる条件が厳しいから一部の地域でしか生産してない」

「主がそんな表現をするなんて・・・是非食べてみたいな。この辺にはないのか? 市場をずいぶんと歩いていたではないか」

「穀物袋をいちいち開けて確認してないから言い切れない部分はあるけど、たぶん無かったと思うよ」

「うぅ・・・。それでは食べられないではないか」

「そうだけどさ、テューイは港町なんでしょ? ひょっとしたら輸入されてるかもしれないじゃないか。期待して探しに行こうよ」

「そうか、その手があるな! 楽しみになってきたぞ。わくわくするなぁ、主!」

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