1
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。さすがに丸二日も寝てれば全く問題ないってば」
武技大会で負けてから早三日目。
なんとあの鈍痛は一日寝ただけじゃまるで治らず結局丸二日という長い時間をベッドの上で過ごす事になってしまったのだ。
おかげで武技大会の準決勝も決勝も見れずに終了。残念極まりない。
実は昨日痛いのを我慢して立ち上がったらエルにひっぱたかれて悶絶した挙句倒れこんでしまい、言われた言葉は「ほら、まだまだ怪我人ではないか」である。
正直文句の一つでも言いたかったのだけど、甲斐甲斐しく看病してくれたりするもんだから全く強く出れなかった。
決勝戦くらいは見るつもりだったのになぁ・・・。
今だって痛みが完全に消えたわけではないし、全く問題ないって言うのは嘘なのだけど行動に問題があるほどの痛みは無いので今度こそばれないだろう。
そういえば大会の賞金である金貨2枚はエルが持ってきてくれた。
普通こういうのって本人じゃないと受け取れないと思うのだが、エルが意気揚々と僕のギルドカードを持って出て行ったら一時間くらいで賞金を持って帰ってきた。
大丈夫かこの世界。オレオレ詐欺とか心配だぞ。
「主は今日からギルドで仕事を請けるのであろう? 体の調子が悪いと安全な仕事も危険になるのだぞ?」
「さすがに一回怪我したくらいで心配し過ぎだって。危険度の高い依頼を請けるつもりなんて欠片ほどもないから大丈夫だよ。いずれにせよ宿の期限も今日で終わりだし、とりあえずギルドに向かおうか」
そんなわけでちょうど良い依頼はないかなーなどと考えながらギルドへとやってきたのだが、なんだかいつもと様子が違う。
王都のギルドでは各種手続きを専用のオペレーターが担当しているはずなのだが、なぜか今日はギルドマスターと思しき身なりの良い服装の男性が対応をしているのだ。
あれか、“お前じゃ話にならんっ、上司を出せっ!”って奴か。
そんなギルドの男性相手に啖呵を切っているのは冒険者というにはいささか若いような気がしてならない少女。たぶん13,4歳程度かな?
薄緑の透明感ある髪を短めにカット、勝気な瞳にキリッとした鼻立ちでなんとも性格にマッチしていると思う。
その後ろには同じくらいの年齢と思われる金髪ショートヘアの少年。
若干たれ目で彫りの薄い顔はやさしそうな、という表現がぴったりだ。
「どうして駄目なのよ?」
「その金額で受ける冒険者なんて居ませんよ。ギルドに依頼をするのだって無料ではありませんし、それではあまりに意味が無いでしょう?」
「そんなのやってみないとわからないじゃないの!」
「一度学園に戻ろうよ。そうすればお金だって何とかなるし」
「そんなことするくらいなら私達だけで行くに決まってるでしょうかっ!」
どうやら安値で冒険者を雇おうとしているらしい。
この世界の常識を無視した個人的な考え方だけど、少年少女を相手に高額な報酬を期待するほうが間違ってると思う。
場合によっては命が掛かる以上無償でやれとはとても言えないが、冒険者は基本的に大人なんだからある程度考えてあげればいいのに。
『エル、ちょっと話を聞いてあげても良いかな?』
『主ならそういうと思ったぞ。ただ、あまりに危険な依頼だった場合は反対させてもらうぞ』
『その場合はエルに反対されるまでも無く請けないから大丈夫だよ』
話がまとまったところでにっこりと笑顔を作ってからご挨拶。
笑顔って超重要、たったそれだけで話し合いが簡単にまとまったりするからね。
「こんにちは」
「えーっと・・・どちら様?」
少女は胡散臭い人物を見るような目で、少年と男性はやや驚いたような目で僕を見る。
あ、あれ? 笑顔の効果が薄いな。こ、こんなハズじゃなかったんだけど。
「依頼のことでもめていたので、ひょっとしたら力になれるかなーなんて思ってるんですけど」
「依頼を請けてくれるの? ほら見なさい。やっぱりやってみないとわからないじゃないの」
「ちょ、ちょっと待ってもらえます? 内容を聞かないとなんとも言えないですよ」
少年と男性に対してエヘンと胸を張る少女に慌てて突っ込みを入れる。
あんまり流されるのは困るのだっ!
「依頼の内容については私が説明します。端的に言ってしまえばチェネス周辺を探索する彼女達の護衛です。期間は移動込みで4日間、報酬は銀貨12枚になります」
ん?
別に安くは無いんじゃないか?
前にやったガルトから王都までの護衛で銀貨14枚だったし、期間も一日短いのだからそんなものだと思うんだけど。
「もめるほど依頼料が安いとは思えないのですけど?」
「報酬自体はそれほど安くありませんが、食費や医薬品などの補助が無いためご自身で購入する必要があります。そうなると事実上の報酬は銀貨8枚を割るか割らないかという程度まで落ち込んでしまうため、この手の依頼の中ではかなり割安になってしまっています」
「あー・・・、そういうことですか」
確かに銀貨8枚を割っちゃうときついな。
一日単価で考えると請けるのはFランクの冒険者くらいなんだろうけど、それを護衛につけるというのはさすがに不安があるだろう。
ただ、この依頼にも利点はある。
まずは食料品が自分もちということ、これならあのありえないほど不味い携帯糧食を食べなくて済む。代用品はフリーズドライやクラッカー、干し肉に燻製なんかもありだろう。
どれにしたってあの携帯糧食よりは幾らかマシ。仮にお金が掛かったとしても、だ。
医薬品に関してはバッグの中に衛生キットがあるし、エルの治療術だってある。
少なくとも買う必要は無いので欠点にはなりえない。
なによりこちらを見つめる少年少女の瞳を見ればもうあまり断る気になれないんだよなぁ。
「最後の質問なんですけど、わざわざお金を出してまで護衛が必要な理由って何でしょう?」
「彼女達がチェネス周辺でゴブリンの集団に襲撃されたからですね。ちなみにギルドはゴブリンの集団を調査するために冒険者を派遣しています。なので別にユートさんがこの依頼を請けなかったとしても後数日もすれば結果が出るでしょう」
「ん? 彼女達の依頼で、ではなくてギルドが自主的にですか?」
「ええ、チェネス周辺は商人が多く通る地域でもあるので放置するのはギルドとしても問題がありますから」
周辺の治安維持って僕のファンタジー知識だと国お抱えの騎士団とかそういうのが担当しているような気がするんだけど、この世界だとギルドが受け持つのか。
なんだろ、国とギルドの間で何かしらの契約でも結んでるのかな。
「思ったより結構いろいろやってるんですね。単純に依頼を仲介するような組織かと思っていました」
「意外とこういった仕事も多いですよ。ユートさんもそのうち担当することになると思います」
「そうですか・・・。それにしても良く僕の名前なんてご存知ですね」
「ユートさんはある意味有名ですから。ランクこそ低いものの仕事ぶりは優秀、納期が早く丁寧とのこと。戦闘能力も武技大会を見れば明らかです」
「そうだったんですか」
「そうなんです、多分ご自身が考えているよりはギルド内で名前が挙がっていると思っていただいて大丈夫ですよ」
「えーっと、そこに大丈夫な要素が特に見つかりませんが」
「・・・ちょっと脱線しました。話を戻しますとこの依頼を請けていただけますか?」
今、さらっと流されたが重要なことが混じってたんじゃなかろうか?
別にこちらから何かできるわけじゃないから気にしてもしょうがないけどさ。
『どう思う?』
『ゴブリン如きいくら現れようと主と妾の敵ではないし請けてしまっていいと思うぞ』
『ん、了解』
エルから見ても特に問題なさそうだし、断る理由が無いな。
「ええ、請けます。よろしくお願いします」
「こちらも助かります。ユートさんなら大丈夫でしょうけど無事を祈っていますよ」
にっこりと笑ってうなずくと、男性は書類を片手にギルドの奥のほうへと戻っていってしまった。
場に残るのは少年少女と僕達の4人。
とりあえずあれか、挨拶だな。
さっきちょっと失敗気味だったとはいえ、第一印象はヒジョーに重要。
笑顔を作ってからぺこりと頭を下げる。
「それではしばらくの間ですがよろしくお願いします」
「よろしく頼むわ」「よろしくお願いします」
軽い口調の少女と丁寧な口調の少年。
僕が言えたことじゃないけど少年に関してはもうちょっとフランクでもいいような気がする。
なにせほら、僕は雇われで彼らは雇い主なわけだしね。
「まずは自己紹介ということで。僕の名前はユート。冒険者ランクはEで主に魔術を扱います」
「妾はエルシディアだ。主の従者をしているぞ」
僕らの自己紹介ってパブリックな部分がほとんど無いのであまり言うことが無い。
エルに至っては一言だけだしほとんど自己紹介になってない。
これじゃあ暗く冷たいような印象をもたれてしまうかもしれない。
今後を考えると何か話のネタでも詰めたほうがいいんだろうなぁ。
「私はアリアよ。ウィスリスの魔術学園中等部で主に攻撃魔術を学んでいるわ」
「僕はウィルと申します。アリアと同じクラスで魔術について学んでいます。今回は依頼を請けていただいてありがとうございます」
・・・うーん、なんだろう。
こう、なんていうかさ、この集団ってむちゃくちゃ攻撃力過多だよね。
魔術師4人で近接武器を扱える人がゼロって結構凄くない?
◆
王都の市場をウィルが操作する馬車でゆっくりと進んでいく。
どうも学園が長期休暇の際、学生に格安でレンタルさせてくれるらしい。
・・・っていうか今は長期休暇の最中だったんだ。
ウィスリスはエルから聞いた限りだと乗合馬車で7日間も掛かるから二人が王都に居るのは不思議だなーって思ってたんだよ。
馬車の中から市場へと目を向ければ相変わらず商人達が声を張り上げて様々なものを販売している。
完熟しているのに緑のトマトとか色違いのナス、常識的な見た目のキャベツなど。
ともかく市場にはまだまだ驚きが沢山あるのでちょっとした娯楽だというのは間違いない。
今回のお買い物の目的は食料品。出来れば保存が利いて美味しそうなのが狙い。
期間は4日間なので予備込みで6日分程度があれば十分かな。
んっふっふ・・・。
ちょっと前にスパゲティを食べた段階であるんじゃないかと思っていたけどやっぱりあったよ。
乾麺がっ!!!
素晴らしい! 素晴らしすぎる! エクセレンッ!
コレさえあれば後は食用オイルとにんにくと唐辛子と塩とベーコンがあればペペロンチーノが食べられる。
これらは全て市場で見かけたことがあるし、値段だって高くない。
むしろ需要の少ない携帯糧食のほうが高いくらいだ。
確かに毎回ペペロンチーノだけでは飽きてしまうかもしれないが、ソースは工夫次第でいろいろとなんとかなるレベルだ。
なによりあの携帯糧食と違って“飽きる”ことが出来るのだ。
つまりそれは決して不味くないということ。あぁ・・・なんて幸せなんだろう。
「ねえ、ユートの顔がおかしな風ににやけてるわよ」
「たまに食べ物の前で変になるのは主の特徴だから気にしないで欲しい」
「・・・貴方の主って大丈夫なの?」
「うむ、立派でやさしい主だぞ。・・・食べ物が絡むといささか様子が変わるが」
・・・向こうのほうで微妙にひどい事を言われた気がする。
だが気にしない、今の僕はそれどころじゃない。
ニコニコしながらスパゲティのような乾麺を5kgほど購入し、大事に抱えて馬車の中へしまいこむ。
お値段なんと半銀貨1枚。なんて安いんでしょう。
次に隣の店から大量のタマネギとにんにく、ジャガイモをあわせて半銀貨1枚で購入。
僕の知っているそれらと同じであるならば常温で比較的長い時間保存が利くので大変よろしい。
よしっ、あとは塩とか肉とか調理用オイルだな。
コレさえあればフリーズドライが無くても携帯糧食の悪夢から抜け出せるぞっ!
そんなわけで仲間達から若干白い目で見られつつも1時間半ほどで食材の調達が完了。
当たり前だが水は用意していない。
「ねえ、コレどうするのよ。水も用意してないのになぜか大なべがあるし、乾麺が大量に積んであるし、携帯糧食はないし、これが冒険者の準備なの?」
「あ、そういえば話してなかった。水と火に関しては今回心配してもらわなくて大丈夫」
「なんでよ」
「僕とエルが魔術でなんとかするから」
唖然とした様子の二人。
「ハハッ・・・何言ってるのよ。乾麺を調理できるくらいの水を何度も作り出しても大丈夫なわけないじゃない」
「いやいや、大丈夫だから。少なくともあの不味い携帯糧食は食べなくて済むよ」
「確かにアレが無いのはちょっとほっとしますけど、大丈夫なんですか?」
「うん、水出すくらいならいくらでも大丈夫だよ」
バッグに突っ込んでいるカップと杖を取り出して水を注ぎ、氷を投入してからごくごくと飲む。
魔力によって精製された水はなぜか若干硬めなので冷やしたりしないとあまり美味しくない。
煮込み料理には向いてるから欠点ばかりではないけど、できれば選択式がよかったなぁ。
「いずれにせよ後でご飯を作るときにも使うからその辺で信じてもらえると思うよ」
「「・・・・・・」」
「どうでもいい話なんだけどさ、魔術で水を精製すると驚かれるよね」
「うむ」
「ウィルから聞いたんだけど氷の礫とか氷柱を撃ちだす魔術はワリと一般的らしいよ」
「うむ」
「じゃあ何でこんなに魔術で水を精製すると驚かれるんだろう」
「主、あれは魔力を冷却してあの形にしているだけで水から作った氷で出来てるわけじゃないぞ」
「あれ? そうだったの?」
「ひょっとして主が今まで使ってたアレは全て水から作った氷柱だったのか?」
「うん、そのままだと折れやすいからちゃんと魔力で表面を覆って強化はしてたよ」
「・・・さすがの妾もそれには気がつかなかったぞ」