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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
意外と観光どころじゃなかった
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10

武技大会四日目、ついに準々決勝である。

大会開始当初はここまで勝ちあがれるとはとても考えておらず、正直あまり現実感がない。

フィールドでは対戦相手の少女がこちらをまっすぐに見据えているようだが、僕はふわふわとした気分で少女を眺めている。


相手の少女はエルほどじゃないがかなり整った顔立ちをしていて、深い海の色の瞳とあわせてみればどこかのお嬢様のよう。

しかし、冒険者らしい動きやすい服装に長剣をぶら下げ、艶やかなチョコレート色の髪をポニーテールでまとめているためか少女の雰囲気は快活という言葉がぴったりと当てはまる。


身長は僕よりも若干高いくらいなので女性としては高いほうだと思う。

細い両腕からはどうみても剣を振り回すだけの筋力があるようには見えないが、この世界では生命力を変換して身体能力を強化できるので体格から筋力を予想することは困難だ。


「さあ、いよいよ準々決勝となりました! フィーリア・ナルベル選手対ユート・カンザキ選手です。準々決勝まで戦い抜いた彼らにもはや紹介は必要ありません!」


審判が黄色のフラッグを振り上げる。


「武技大会準々決勝戦・・・開始!」


開始と同時に相手が距離を詰める。

小柄な体格からはとても想像が出来ないほどの速度、まるで砲弾のようだ。


「セイッ、ヤッ!」


掛け声は姿相応の可愛らしい声だが、繰り出された内容は凶悪そのもの。

ほとんど白い閃光にしか見えないほどの袈裟切りは魔力障壁を使ってなんとか弾くが、連続した切り上げは途中から円軌道を描いて足元へ。


慌ててスタンロッドでそれを受け流して距離を取る。

なんだあのむちゃくちゃな剣の動き方は・・・。

振り上げてきたはずの剣がグリッと回っていつの間にか足元を狙ってきたぞ。


間違いなく今までで一番キツイ。

何がキツイって相手の武器もショートレンジ向けだから近づいても一方的に叩けない状況がキツイ。

攻撃するのか防御するのかどちらか一方なら良い。これは結構慣れた。

だけどサッカーのように防御しつつも攻撃するような行動にはまるで慣れてないから判断が遅れるし凄くやり辛い。


とはいえ防御だけじゃ詰んでしまう。

なんとか攻撃出来る状態に持っていきたいのだけど先ほどから続く相手の剣がそれを許さない。

再び距離を詰められての胴薙ぎを魔力障壁で受けてからスタンロッドで引っ叩こうとするが、そのときには既に距離を取られてしまっていて当たらない。


さっきから完全に翻弄されている。

袈裟切り、胴薙ぎ、足払い、切り上げ。

その何れも単体で避けるのは難しくないが、そうあるのが自然であるかのように連続して技を振るわれるとどうにもこうにも相当厳しい。


結局できることといったらスタンロッドでの牽制くらい、まともに攻撃に移れん。

もう何合避けたかわからないくらいに避けているが相手の動きは僅かすらも遅くならないし、元気なままだ。

このままじゃ相手が疲れる前に僕が一撃貰ってダウンだな。

ちょっと変り種でいってみよう。


一度相手の攻撃を受けてから大きめにステップアウト。

5mは距離を取ってから意識を集中。


杖の先から4つの魔力球を生成。

イメージするのはスモークグレネード。


相手が僕を警戒して近づいてこなかったのはラッキーだった。

そのまま相手と僕の間に線を引くようにスモークグレネードを射出。

着弾と同時にイメージ通りの勢いで煙があふれ出してあっという間に相手が見えなくなる。

これで準備はOK。


さらに魔力を流して集中。イメージするのはサーマルスコープ。

熱源感知式に切り替えられた視界はグレースケールで距離感を掴みにくいという欠点があるものの相手の姿をハッキリと視認できる。


どちらの魔術も初めての使用だったが上手く発動してよかった。

物によってはいくらイメージしても上手くいかないのもあるんだよね・・・。

たとえばテーザーとかをイメージすると非殺傷のはずなのに対象が黒焦げになってしまう。

ま、そんなことはどうでもいいか。


すっかり煙に包まれたであろうフィールドを走り、相手の後ろに回ろうとするのだが足音に反応しているらしく必ずこっちを向いてくる。

・・・僕の相手は果たして本当に人間なんだろうか。

通常の視界だと2m先も見渡せないほど煙いんですけど。


そんなわけで後ろに回るのはあきらめ、正面から突撃してスタンロッドを振るう。

相手からしてみれば僕が突然現れたかのように見えるはずなのに対処は恐ろしく冷静。

肩口を狙ったスタンロッドを最小限の動きで受け流すと相手はやや大きめにステップアウト。

続いて大振り気味にこちらへ突撃。


「ヤァァァァッ!」


気合一閃なんて言葉が思わず出るような一撃を魔力障壁で弾こうとしていまさら気づいた。

相手の武器が見えません。温度が無いので。


気にせずに正面に展開していれば問題なかったはずなのだが、敵の武器が見えないということに驚いているうちに間に合わなくなってしまい、気づけば相手は目の前。


振りぬかれた剣とわき腹への強烈な衝撃。


こういうのなんていうんだっけ・・・そうだ、自縄自縛だ・・・。

暗転する視界の中、最後に思ったのはそんなくだらないことだった。







気づけば僕はベッドの上。

明るく清潔感のある室内はどこか病院のようだっていうかここは多分病院だ。

右腕が妙にしびれて重いので見てみれば、頭を乗せたエルがすやすやと眠っていた。


右手でタオルを掴んでいるあたりどうやら側に居て看病してくれたらしい。

そう思うととても嬉しくて、思わずそのさらさらな銀髪に触ってしまう。

指に一切絡みつかないさらっとした髪、一体どうやって維持してるのか微妙に気になるところではあるなぁ。


「んっ・・・あれ・・・主?」

「ごめん、気持ち良さそうに眠ってたのに起こしちゃった。宿に戻ろうか、まだ眠いでしょ?」

「くぁ・・・。大丈夫だぞ。しかしもう朝か、どうやら一晩眠ってしまったようだな」


・・・え?


「ちょ、ちょっと待って。一晩? 試合が終わって倒れたまま日が変わっちゃったの?」

「そうだぞ。なかなか目を覚まさないから心配したのだぞ」

「それはなんというか・・・うん、心配かけてごめん」

「主が無事ならそれで良いのだ。しかし起き抜けにしては随分と元気だな、痛いところとかはないのか?」

「ん~」


首を回して腰をひねる。

丸一日眠っていたせいか体が凝ってしまっていたみたいで結構気持ちいい。

背筋を伸ばすとバキバキと音が鳴り、自分の体ながら驚いてしまった。

腹部の辺りに鈍い痛みがあるものの歩けないほどじゃないな。


「うん、大丈夫。問題ない」

「じゃあ出るとするか、一応挨拶くらいしたほうがよいと思うから担当の治療術師を呼んで来るぞ。主はちょっと待っていてくれ」


そう言ってエルは部屋から退出。

・・・急に部屋がさびしくなった気がする。


改めて部屋を見回してみるとベッドとイス以外には何もなく、辛うじてエルが座っていたであろうイスの側に僕のバッグがあるくらい。

あとは本当に何もない殺風景な個室だ。


起き上がって靴を履いてから待つこと5分弱だったと思う。

ノックの音と共に先日お世話になった治療術師の方とエルが戻ってきた。


「また会ったな」

「お世話になっております」

「あまりお世話にならないほうがいいと思うがね」

「・・・全くその通りだと思います」


うわ、この人結構キツイ。

全くもって事実だから反論できない辺りがより厳しい感じだ。


「体調はどんな感じだ?」

「腹部に鈍い痛みがありますがそれ以外は大分良い感じですね。意識が飛ぶほどの強烈な一撃を貰ったとは思えないほどです」

「そりゃあよかった。だが、あんまり従者を心配させるんじゃないぞ。お前さんがここに運ばれてきたときの彼女の取り乱しっぷりは見ていられないくらいだったしな」

「なっ・・・。そ、そんなことは無いぞ。妾はいつだって落ち着いておるぞっ!」

「まあ、そういうことにしておこうかね。ともかく体の調子がいいならここに居る必要もないな。宿も別に取っているんだろうし戻ってくれて構わないぞ」

「ほら、主。術師もそういっているし早く行こう」

「わかったわかった。だから手を引っ張らないで・・・。すいません、ありがとうございました」


ずるずると手を引かれながら辛うじてお礼だけを済ませて部屋から退出。

倒れたときに心配してくれたって言うのは僕としては嬉しいことなんだけどエル的には恥ずかしいことなのかな。

それでもここは一つきっちりと感謝の言葉を言うべきだろう。常識的に考えて。

なにより思ってるだけじゃ伝わらないしね。


「エル」

「どうしたのだ?」

「看病ありがと、それだけじゃなくて何時も感謝してるよ」

「なっ、何をイキナリ言うのだ。妾は主が無事ならそれで良いのだ! 改めて言われると恥ずかしいぞ!」

「こういうのは実際に口に出して言うことが大事なんだよ。今後もよろしくね」

「今後もなんていうのは当然だぞ。主と妾は契約によって結びついているし、何より妾は主のことが好きだからな」


“好き”といわれて一瞬思考が止まったが、冷静に考えてみれば今の話し方の場合の“好き”はLikeの好きであってLoveの好きではないだろう。

落ち着け、こんな美少女に言われるとLoveのほうと勘違いもしたくなるけど現実を見るんだ。

現実は甘くないぞっ!

幼馴染にいけると思って告白して失敗して凄く気まずくなったことが昔あったじゃないか。

二人旅という状況でそんなことになったら気まずいってレベルじゃすまないぞ。


「今後も“契約で縛られているから一緒に居る”にならないように頑張るよ」

「別段頑張って何かをする必要は無いのだが・・・。むしろあまり無理をして今回みたいに倒れられたらそっちのほうが駄目だぞ」

「うーん・・・それならとりあえず今日は真っ直ぐ宿に戻ろうか。やっぱ体がちょっと重い」

「うむ、そのほうが良いと思うぞ。妾は市場で果物でも買って帰るから主は先に戻っていてくれ」

「了解、先戻ってるよ。お金は大丈夫?」

「前に貰った銀貨がまだ残っているから大丈夫だぞ」




そんなわけでエルと別れて僕は宿へと一直線。

無視できるほど小さくはないが、声を上げるほどでもない鈍痛に辟易しながら歩くこと30分程度でようやく自分の部屋へ到着。

うん、予想よりかなり時間が掛かった。

エルには問題ないって言ってしまったけど、やっぱダルイな。

どうせなら治療術で全部治してくれればよかったのにとも思ったけど、(自称だが)腕の良い治療術師でも治らないってことは内臓系へのダメージは治りが遅いとかそういうのがあるんだろうか。


やれることがなにもないのでベッドの上で考えてみるが、治療術に関しては調べることを放棄してしまったからよくわからない。

内出血系が駄目って言う理由なら前の試合の怪我はあんなにすぐに治らないしなぁ。

ともかく痛みが残っている以上何らかの制限があるのはほぼ間違いなさそうだ。

世の中そんなに上手く出来てないってことなんだろう。


・・・お、ドアが開く音だ。


「主ー。ただいまだぞー」

「おかえり、エル」

「いくつか果物を買ってきたのだ。ほら、主の好きなやつだぞ」


そういってエルから渡されたのはリンゴ。

真っ赤に熟していて見るからにおいしそうだ。


「ありがと。今剥くからちょっとまってね」


バッグからコッフェルとナイフを取り出して受け取ったリンゴの皮を剥く。

この世界の果物はもちろん無農薬なのでそのままかじっても問題ないが、剥いたほうが美味しいのは間違いない。


ナイフを使って皮を剥き、8分割してから芯を抜く。

ベッドの上で作業をしているので果汁をこぼさないようにするには結構な集中が必要だ。

あんまり果汁をこぼすとベタベタなベッドの上で生活することになってしまう。


「おっけ、出来た」

「何度見ても凄いな、皮が途切れていないではないか」

「慣れれば結構簡単だよ」


そういいながら手づかみでリンゴを一口。

シャリシャリとした食感と共にイチゴ特有の甘みが広がって実に美味しい。

・・・毎回脳が混乱する味だなぁ。


「うん、美味い。数ある果物の中でもやっぱりコレが一番美味しいな」

「確かに甘みと酸味のバランスが良いな。食感も悪くないし」

「お腹にたまるのもポイント高いね」

「そうだな。朝食くらいならこれだけでも良いかも知れぬ」


エルが買ってきたリンゴは三つ、それを二人でバクバクと食べると意外とお腹に溜まる。

うん、朝食にはやはりリンゴだな。ヨーグルトがあればなお良いけど今のところ見かけたことはないので諦めるしかないか。


「明日以降体調がよければちょっと依頼でも請けに行こうか。武技大会の賞金が出るといっても8位程度じゃあまりたいしたお金じゃないだろうし稼ぐに越したことは無いと思うんだ」

「そうだな、確かにもう銀貨数枚しか残っておらぬしある程度仕事を請けないことには別の町に行くことすら出来ぬぞ」

「あはは、すっかり武技大会貧乏だよ。ここ来たときには銀貨30枚以上もあったのに・・・」

「大会期間中は仕事を請けられなかったし仕方が無いだろう。幸い主は賞金が出るから一方的に損というわけでもあるまい」

「そうだね・・・。そこだけは良かったと思う。というわけで明日以降の予定が決まったところで僕は少し寝るよ。暇だったら音楽でも聴いていてくれて構わないから」


コッフェルを床においてベッドに横たわるが鈍痛は消えない。

はあ、この鈍痛が明日以降に治ればいいんだけど。

こういうあざみたいなタイプの痛みって長続きするんだよなぁ・・・。


「おやすみ、エル」

「おやすみ、主」

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