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大会のせいで対して広くも無い道は超満員だが、少し歩いてしまえばいつもよりやや人が多いくらいだ、というのはエルの話。
実際会場から離れるように1kmも歩いてみれば町並みはかなり日常に近づき、路肩では婦人の方々が世間話に花を咲かせてその周りを子供たちが走り回る。
そんな日常を謳歌する人々のためにあるような小さな噴水とベンチ、そこで僕らはジュースを飲みながらだらけていた。
天気は晴天、日差しはほどほど、気温は最適。
どうでもいい話題やネタをだらだらと話すには最適だ。
「それで治療術か」
「そうなんだよ。何とかならないかな?」
「なんとかといわれても魔術と治療術は根本から異なる技術だから一から勉強するようだぞ」
「魔術がさらっと使えたから治療術もいけるかなって思ったんだけどなー」
「先ほどやってみて駄目だったではないか」
そう、あまりにも便利な治療術というメソッドを見た僕は早速エルにやり方を聞いて試してみたのだが全く発動しない。
どうも体内の生命力を相手に同調させてから重ねるという僕からすれば全くもって意味不明な行為をする必要があるらしいのだ。
「うーん、一から勉強すると時間が掛かりそうだしあきらめるしかないかなぁ」
「それでいいと思うぞ、治療術は妾も扱えるしそもそも主はあまり怪我なぞしないであろう」
「そうだね、あんまり怪我はしないと思う。危険なことをするつもりも無いし」
話がまとまったところでジュースを一口。
青色一号をだばだばと入れたとしか思えないような真っ青なジュースは実にさわやかな酸味と甘みを持っていてなんとも美味しい。
ちなみにこのジュース、金属製のカップごと販売しているのだが一つ銅貨8枚もする。
ただしカップを返却すると銅貨5枚を返してくれるのだ。
紙コップやプラコップがないこの世界ならではの知恵だと思う。
「主が気になるならばここの図書館にでも行くとよいと思うぞ。観光地の紹介や小説などもあるから少なくとも暇はしないはずだ」
「そんなとこがあるんだ、ちょっと行って見たいから案内してもらってもいい?」
「昨日もそうだったが武技大会はいいのか?」
「どういうわけだか自分が実際にあの場に立ってからはあまり見る気にならないんだよ。なんでだろう、格闘技は嫌いじゃないはずなんだけど」
「妾に聞かれてもわからぬが・・・。まあ、主がそういうなら図書館へ向かうか」
◆
図書館は本当に入っていいのか何度も確認してしまうほどに立派だった。
建物自体に意匠を凝らしたレリーフが彫られているわけではないが、石造りの太い柱で構成された建物はシンプルで質実剛健、硬い雰囲気をあたりに漂わせている。
これがある程度の身分証明書を持つ人間には全て解放されているというのだから凄まじい。
図書館の中は大量の本棚が整然と並んでいて、その一つずつにみっちりと本が詰まっている。
一応文学や歴史、児童書などの分類に別れてはいるものの、大分類以外の仕分けが一切なされていないために目的の書籍を探すには随分と苦労しそうだ。
とりあえずこの図書館で見つけたい資料は三つくらい。
一つは僕のような人がほかに居ないかのチェック。これは住所不明で不思議グッズを保有する人物が登場する本でも探して見ればいいかと思う。
次に適当な学術書、できれば物理がいいけどそこまで別れてなさそうなので学術書。これは生活するうえで単位とかの詳細が気になるので必要。
最後はちょっと見つかるかわからないが、この辺の地理の詳細を知れる本。こういう世界では地図は軍事上の問題で公開されていない可能性が高いのであればという位で良し。
観光名所についても調べておきたいが、見渡す限りのジャンルだとどれに該当するのか不明なため見つかればラッキーくらいのつもりで探しておこうかな。
「主はどんな本を読みたいのだ? 探すのを手伝うぞ」
「ありがと、じゃあまずは歴史書かな。長い歴史があれば僕みたいなのが一人二人くらい居てもおかしくないような気がするんだ」
「なるほど、了解だぞ」
まとめて言うとジャンル入り混じりでドサッと来そうなのでさしあさっては歴史書メインでいいかな。目的志向で考えればこれが最重要だし。
無事にあっちとこっちを行き来する方法が見つかればベストなんだけど、そう上手くは見つからないだろうしとりあえずヒントだけでも得られれば御の字か。
「妾は向こうからそれっぽいのを探してくるぞ」
「ん、了解。でもあんまり沢山だと僕が読みきれないから2,3冊も見つかればもうそれで十分すぎるほどだと思うよ?」
「さすがに持ってきたものを全て主に任せてしまおうとは思っておらぬから大丈夫だぞ」
「なるほど、じゃあよろしく頼むよ」
向こうのほうに歩いていくエルを見送りつつ本棚に目を通していく。
“ファルド王国の歴史6000年について”だと範囲が広すぎてちょっとつらいかな。というかこの国の歴史って6000年もあるんか。滅茶苦茶平和な国だなここ。
“28年度版 宮廷魔術師認定試験対策 問題集編”ってこれ歴史のジャンルなの? ためしに中をぺらぺらめくってみたらこの国の歴史とか偉人の名前とかが4択問題になってた。なるほど。
この世界でも勉強は重要で大変だ。
しかも国立大学って一個しかないらしいしその苛烈さはきっと東大以上な気がする。
そんな風に立ち読みにしながら探してみるものの、なかなかこれだというものが見つからない。
見つかるのは年表や試験対策本、または現在までを300ページ弱でまとめた教科書のような歴史本。
最後のはある程度人物などの紹介もあるが、そんな広く浅くな本に異世界に行く方法や、そこから来た人物の紹介なんかが載っているとは到底思えない。
本棚を占める割合で特に多いのが試験対策本で、本棚によっては年度別の試験対策本で埋まってしまっている。
さすが歴史の長い国だと思ってしまうが、探す側からしてみれば溜まったものじゃないっていうか昔の試験対策本なんて誰も読まないでしょ。
もし僕が試験を受けるのなら読んだとしても5年前、これ以上古いのはまず読まないぞ。
それっぽい本を見つけることが無いまま時は過ぎ、気がつけば向こうのほうに居たはずのエルがすぐ側まで近づいていた。
小脇に本を抱えている辺りどうやらそれっぽい本はあったらしい。
「エル、こっちは駄目だった。見た感じ本もあったみたいだし一度に沢山読むのは時間的に困難だからその辺で切り上げてちょっと確認作業のほうに入ろう」
「了解だぞ」
この図書館は結構ユーザビリティが考えられていると思う。
壁には複数の長机が並んでいるので手に取った本をすぐに読み始めることが出来るし、あまり明るくないものの魔術による光源だって用意されている。
長机の利用者は結構まばらで、見た感じ僕と同じかちょっと若いくらいの人たちが多い。
彼らは必死に本を読みながらなにかを書いていたり、ぶつぶつと呟いたりしている。
ちょっと不気味なのだけど、この光景には思い当たる節がある。
そう、受験勉強だ。
僕だって3年前には毎日予備校に通い、休日は図書館で勉強したもんだ。
・・・なんだかよくわからないが負けてられない気分になった。
「さて、早速エルの持ってきた本を見せてもらっても良い?」
「うむ。どれから読むのだ?」
エルの持ってきた三冊の本を見る。
“ディンナの軌跡”
“ナンセナ村の悪夢”
“魔術の歴史”
どうみても最後以外のが小説に見えるのだが・・・。
でもエルが折角持ってきてくれたのだし、何らかの理由があるんだろう。
「これから読もうかな」
そういって一番近かった“ディンナの軌跡”を手に取り、ざっとページを開く。
厚みはちょっとした辞書並みだが、紙一枚の厚みがあるので実際のページ数はそこまで多くない。
これなら2時間もあれば斜め読みくらいできるだろう。
「ふう」
ディンナの軌跡を読み始めて2時間弱、予想通り斜め読みが完了。
ページ数は500弱、異世界特有の言い回しが多く内容はあまりつかめなかったが、とにかく僕と同郷らしき人物が登場しているのは確認できた。
まずこの物語の舞台は500年前(!)の名も無き小さな村。
同郷らしき人物の名前はジュン・イノウエ。
最終的に彼は元の世界に帰るのをあきらめて宿屋の娘と結婚している。
魔術に関する描写は無かったが、そもそも戦闘に全く巻き込まれることなく話が展開しているのでその辺は不明。
ちなみに作中で使用されている単位系が完全にSI単位系だった。
ひょっとすると昔に僕の世界の学者か何かがこっちに飛ばされて広まったのかな。
「はぁ・・・。この人帰ってないよ。第二の故郷を自分で作っちゃってるよ・・・」
「そうであったか・・・。ナンセナ村の悪夢に関しては妾が読んだから説明するぞ?」
「ありがと、お願い」
「うむ、この作品はナンセナ村の村長が書いたものなのだが、ある日村にサクラという黒目黒髪でこの世界の一般常識をほとんど知らない少女が登場する。興味を持った村長が村に泊めてどうのこうと話が進むのだが、最終的に大量の魔獣に襲われて村が存亡の危機に晒されたとき、彼女が強力な魔術を用いて村を救っている。この後サクラという少女は帰る方法を探すといって村を出るので詳細は不明だ」
おうふ。
彼女も帰り道を探す旅には出るけどその後の詳細は不明か。
「なんというか僕と似た境遇の人が結構居ることにかなり驚いた。出来れば会いに行こうかと思うんだけどどうだろう?」
「それは難しいと思うぞ、この話はおよそ800年前のことで、吟遊詩人の語りを本にまとめたものだし、サクラ自身も旅に出てしまっているのだからな。むしろディンナの軌跡のほうが会いに行きやすいのではないか?」
「この人帰る方法探してないから意味無いし、それにこの話も500年くらい前の話みたいなんだ」
エルには悪いから言わないけど、この世界の技術レベルの進歩は遅すぎるっていうか完全に止まってしまっているんじゃなかろうか。
おそらく中途半端に便利な――物によっては現代日本よりも便利――魔術のせいなんじゃないかなと思うんだ。
もしこの世界で科学技術が十分に発展すればコンセントのいらないノートPCとか、念話を利用したどこでもインターネットとか開発できそうだよなぁ。
なんだかそうやって考えると凄くもったいないような気がしてならない。
「ちなみにこの本はどうやって探したの?」
「ぺらぺらめくってあまり見ない名前の登場人物を探したぞ、見逃してるのも多いだろうし探せばもうちょっとあるはずだ」
「なるほど・・・」
名前か、意外な盲点だった。
こりゃ探せば100年に1人はこっちに来ているんじゃないだろうか。
ただ、不思議なのは最近風の名前だというのに話の舞台が何百年も前ということ。
こっちに飛んでくる際に時間も合わせてかっ飛ぶのかな。
まあ、考えてもわからないからどうでもいいや。
「うーん・・・。これ以上のことはちょっとわからなさそうだね」
「そうだな。残念ながら主の帰り道はわかりそうに無いぞ」
「だとまあとりあえずコレに関する調査はクローズで良いや、あとは観光本みたいなのがあればちょっと読みたいくらいかな」
「観光本? どこそこの地方では景観地として何があるか、というような本か?」
「うん、一度ガルトに戻るのは確定として次の目的地が無いからそれつかって探そうかと思ってるんだよ。どうせぶらぶらするなら楽しい場所のほうがいいでしょ?」
「主、予定が決まってないなら東のテューイに向かわないか? ここから乗合馬車で乗り継いで二日くらいのところにある港町なのだが、魚が美味しいと評判だぞ」
「それはいいねえ。是非そうしよう」
魚か、久しく食べてないな。
塩焼きにムニエルに香草焼き、それと魚介類のスープに地酒。
港町ってことは景観も今までの山と草原から随分と変わるだろうし楽しみだ。
「ふふっ、主は食いしん坊だな。顔がにやけておるぞ」
「あはは・・・。否定できない。よしっ、こんな話してたらお腹減ってきたからご飯食べに行こう。今日はまだお昼ご飯も食べてないのに15時回っちゃったし」
「もうそんな時間になっていたのか。そういわれると凄くお腹が減ってくるから不思議だぞ」
「とりあえず図書館出て来た道戻ろうか、確か定食屋があったはずだ」
「了解だぞ」
いまさら空腹に気づいた僕らはいそいそと図書館を出て定食屋へ
さて、今日は何を食べようかな。