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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
意外と観光どころじゃなかった
23/68

8

あれ? 変な時間に起きちゃったな。


時刻はよく分からないが、夜の帳があたりを包み込んでいるのでまだ深夜だろう。

寝なおせる時間なのか腕時計を確認しようとしたのだが、なぜか体が動かない。


あ、金縛りか。


国内海外問わず旅行に行くと結構頻繁に発生していたし、今回のだって広義に解釈すれば海外旅行みたいなものなんだからそりゃ金縛りにもなるか。


毎回重いんだよ・・・。


金縛りの経験者はご存知だと思うけど、やたらに重いナニカが乗ってきてプレスされるような独特の感覚があって地味ながら大変鬱陶しい。

大抵の場合数分もこの状態を我慢すれば体が動くようになるので我慢が何より重要だ。


だけど、いつもと違うものが視界の端に映る。

目を凝らして見ればそれは月の光で艶かしく光るナイフの刀身。


世界は全てが黒で染まっていて、唯一ナイフの刀身だけが白く煌く。

なぜかナイフを持つ人は見えない、そこだけが黒で塗りつぶされたようになっていて酷く不自然な光景が僕の目に映る。


ナイフを操る黒い塊はゆっくりと僕の上にまたがり、見せ付けるようにナイフを振り上げる。




ちょ、ちょ、おまっ・・・!




「うわっ!」


ガバッと布団をまくりながら上半身を跳ね上げる。

僕がいるのは王都の宿、隣を見れば小動物のように丸まったエルが気持ち良さそうに眠っている。

狭い部屋の中を見回したところでナイフを持った不自然な黒い塊なんてどこにもいない。


「あぁ、酷い夢だった・・・。はぁ・・・寝なおそ。まだ2時じゃないか・・・」


いくら治安が悪いこの世界だからといって、金縛り+ナイフを持った犯罪者の夢なんていうのは勘弁してもらいたい。

こんなのが続いたら不眠症になりかねないぞ。


武技大会三日目。

一度やってしまえばそれに新鮮味はなくなるし、どぎまぎすることもない。

僕は昨日とは打って変わって落ち着いた雰囲気を維持したまま控え室で待機。

もちろん試合の順番が決まった時にもきっちり対応、同じ失敗を二度しないことはこの世で生きるために何より重要だ。


今回の順番は三番目。

どうも無名の選手や予選を突破した選手は前のほうになる傾向があるらしい。

三番目だとギリギリお昼前か、前二試合のタイミングによってはお昼過ぎに開始となる。


四番目以降の場合はお昼の後が確定するので一度控え室から出て好きに行動して良いみたいなのだけど、僕はぎりぎりそれが許可されない順番だ。

なんて微妙なタイミングなんだろう。


周りを見るとぶつぶつと独り言を呟く魔術師の男性や目を閉じてじっとする剣士などしかいなくておよそ世間話が出来るような雰囲気ではない。

ちなみに今日の相手はこの独り言を呟く魔術師の男性。正直大分怖い。


茶色の髪に整った顔立ちなのでしゃんとしてればかっこいいだろうになにかに追われて憔悴しきった表情はかなり残念なことになっている。


たまに聞こえる“納期が・・・”や“今のうちに予定だけでも・・・”などの声から何かに追い詰められているのは間違いないのだけどそんな状態ならそもそもここに居るべきではないのではないかと思ってしまう。


そんなわけで、僕のやる事といえばエルと念話して時間を潰すくらいだ。


『主、体調は大丈夫か?』

『どしたの急に?』

『今朝の主の顔色は相当に悪かったのでな。まるで病気のようだったぞ』


ああ、やっぱ顔色は悪かったか。

っていうか病気のようってそれ土気色ってことだよね。

あれ? 結構やばくない? この良好な体調はダメージを知覚してないだけか?


『いやね、ちょっと変な夢を見ちゃってさ。別に病気ってワケじゃないから大丈夫だよ』

『夢って・・・一体どんな夢を見たのだ?』

『殺されそうになる夢』

『・・・・・・』

『いや、ほんとだから』


僕のことをジト目で見つめるエルの顔が容易に想像できる。

頼むからレスポンスを返してくれ。


『主が無抵抗に殺されるようなことはありえないぞ、少なくとも妾が気づくのだからな』

『あはは・・・。ありがと。期待してるよ』


嬉しいような悲しいような。

可能なら女の子に守られるのではなく、女の子を守りたいっていうのは贅沢なのかな。


『うむ。任せて欲しいぞ。だからちょっと面白い話をしてくれ』

『ん、ひょっとして暇な感じか。でもエルには武技大会があるし見なくていいの?』

『主が居ないと遠くてよく見えぬのだ』

『そっか。うーん・・・じゃあ今回は僕の世界における近接武器の歴史についてでどうだろう』

『おおっ! それは面白そうだぞ』


楽しそうなエルの声。掴みはばっちりのようだ。

よし、これで暇な時間の対処はばっちりだな。



長々とエルと雑談することおよそ2時間強。

時刻はお昼を食べるのにちょうど良い時間。


そういった時間帯なので昨日に比べて観客の数は少ないのではないかと思ったのだが、予想に反して昨日と変わらぬ超満員でどこにも空席が見当たらない。

パ・リーグの野球選手辺りが見たら号泣するのではなかろうか。


「さあ、両者揃ったところで紹介と参りましょう!」


昨日と同じセリフ。

僕にしろ相手にしろ一度説明されているだろうにまた説明するのか。

特に必要性を感じないのだけど、これがこの世界の様式美って奴なのかな。


「まずはユート・カンザキ選手だ。魔術師らしからぬ身体能力で魔剣を振るい、非常に高出力な魔力障壁で鉄壁の守りを見せるちょっと変わった魔術師だ。この試合でもきっと皆様を驚かせるような戦いを見せてくれるでしょう!」


あ、ちょっと内容が変わった。

さすがにでもこれ以上は変わらないかな。やること一緒だし。


「対する相手はユリス・カルシック選手だ。こちらは正統派の魔術師でなんと23歳の若さで宮廷魔術師の新人として活躍しています! 一発の攻撃の重さは無いものの多数の魔術を効率よく使うその戦闘スタイルには目を見張るものがあり、一瞬たりとも目が離せません!」


戦闘向けの比較的長い杖を持ったユリスさんは先ほどから相変わらずうつむきながらボソボソと何かを呟いている。

周りの喧騒で上手く聞き取ることが出来ないが、少なくともプラス思考な呟きでないことくらいはさすがの僕にもわかる。


「さあ! それでは武技大会三日目第三試合・・・始めっ!!」


開始と同時に突撃するが、ぞわっとした感覚が背筋に走る。

慌てて右にステップアウトするとほとんど同じタイミングで足元から火柱が吹き上がり、辺りに炎を撒き散らす。


続いて正面から飛来する氷の礫を魔力障壁を使って真正面から受け止め、さらに飛んできた火球を潜り抜けるように前進してユリスさんとの距離を詰める。

ほとんどタイムラグ無しで次々に魔術が飛んでくるので休む暇がない。


先ほどの魔術を受け止めた感じ一撃でダウンというほどのダメージは負わない程度の威力だが、全て避けきるのはちょっと難しいかもしれない。

おまけにこういう魔術師ってもっと大きな声でキーワードを叫んでくれると思ったのに、ボソッとした呟きで発動するもんだから見てからじゃないと避けようがない。


ユリスさんが振るう長い杖に果たしてどれだけの種類の魔術が格納されているのかはわからないが、このまま初めての魔術を連発されると結構つらい。


火球を潜り抜けるように突撃したのはいいけど足元から出力される氷の刃にたたらを踏んでるうちに再び距離を取られた。

今の距離は開始時から少しだけ離れて大体15m程度。


距離を縮めるどころか離れちゃったよ。


「僕はこんなところで負けられない! 負けたらボーナスが無くなっちゃうんだぁぁ!」


今、悲痛な叫びが聞こえた。

給料どころかボーナスが飛ぶって一体なにがあったんだろう。


しかし、悲痛な叫びと同時に複数の火球が発生してこちらに向かってくる。

え? それ、発動キーワードなの・・・?


慌てて魔力障壁を再展開して火球を防ぐが、再びゾクリとした感覚。

背後で発生したそれに反応したときにはもう全てが遅かった。

避けようがないタイミングで発動した魔術は強烈な衝撃波を辺りに撒き散らして僕を吹き飛ばす。


「けほっ・・・」


どういう手品を使ったのかはさっぱりわからないがどうも僕の背後で魔術を炸裂させたらしい。

幸い威力は低かったのでやや脳が揺さぶられたくらいで今後の戦闘に支障はない。


正面からの火球は防げているのでよかった。

アレは直撃したらちょっと不味いことになったと思う。


魔力障壁を全方位に展開しながら進むのは強度的な問題で結構厳しいし、その内側で魔術を炸裂されたら目も当てられない。


止めといわんばかりの氷の礫をごろごろ転がって避けつつ立ち上がりステップイン。

これはあれだ、全部の攻撃を避けるのはあきらめよう。

被弾したら決定打になりそうなやつだけ弾いて突撃、後は野となれ山となれだ。


先ほどの魔術が直撃したのに突撃してくる僕に驚いたのかやや慌てたような様子で火球を放つが、精度が甘いので何をするまでもなく命中しない。

すっころんだ際に消えてしまったスタンロッドを再展開してから杖を横に一振り。


向こうは僕のことを知っているのかやや余裕を持って弾かれてしまうがそれでも構わない。

こういうときは何より距離を取られないようにするのが重要だ。


対戦ゲームなどでは自分のレンジで戦うことが非常に重要だったが、それは現実でも変わらない。

ユリスさんはちょっと戦ってみた感じミッドレンジで効率的な戦闘行動を行うことが出来る。

僕はもちろん1m以内のショートレンジだ。


だから一回近づいたら離されちゃだめだ。

この距離で全ての魔術を全て捌くのは事実上不可能だと言ってもいい。

つまり、相手が魔力障壁を展開しながら他の魔術を扱える場合それを避けきるのがかなり困難ということ。


新人とはいえ相手は宮廷魔術師だ。たぶんそれくらいはやってのけるだろう。

それでも距離を取られたら手がつけられないし、お互い消耗が少ない場合一方的に叩かれるので先に僕の精神がやられかねない。


それにこの距離なら爆発系の魔術は自爆するから使えない。

ダメージは最小限に抑えられるはず。


やや適当気味に右へ左へとスタンロッドを振るう。

割とサクサクと弾かれるが、ユリスさんの顔からは明らかに余裕が消えている。


「氷の礫よっ!」


ステップアウトしながらの魔術は予想通り殺傷能力が極めて低い氷の礫。

だけど予備動作のない魔術が複数発同時に発動されればそれを避けきるのは困難。

右手の辺りにやっつけで展開した魔力障壁を使って決定打となりえる頭部と鳩尾への直撃を防ぎ、左肩への直撃は甘んじて受けるが距離は取らせない。


・・・イタイ。

だけどこれでいける。


ユリスさんは僕が距離を取ってからしっかり防ぐと思っていたのだろう。

今のユリスさんは次弾装填のために魔力障壁を展開していないからいまさら間に合わないし、間に合わさせるつもりもない。


「かはっ・・・」


僕の振るった横なぎの一閃は薄皮のような魔力障壁を一瞬で食い破り、わき腹辺りに命中。

ユリスさんはそのままぐらりと崩れ落ちる。


よし! これでベスト8進出決定だ。

確かコレ以降は負けたとしても賞金が出るはず。

なんだかんだこの大会に参加できたのはラッキーだったかもしれないなぁ。







「武技大会第二回戦勝ち抜きおめでとうございます。少々お怪我をなさっているようですので治療術師を用意してあります。こちらへ」

「ありがとうございます」


控え室に戻るとすぐにスタッフの人の声。

どうも左肩の怪我を治してくれるらしい。

そういえばこの世界に来て初めての怪我だ。

未だにアドレナリンが出ているのか痛みはそれほどでもないが、ほっとくと多分痛くなるのでこのサービスは結構嬉しい。


控え室の隣のカーテンで区切られたスペースに入ると緑色のローブの男性が待っていた。

30に満たないくらいの年齢の男性は僕と同じような短い杖を持っていて、およそ治療術師という言葉のイメージからはかけ離れた鋭い眼光で僕を見る。

もっともそのイメージは僕が勝手に持っているものなので、この世界の常識的にはこういうものなのかもしれないけど。


「さて、ちょっと肩を見せてもらいたいから服を脱いでもらってもいいかな」

「わかりました」


ジャケットとシャツを脱いでから男性の前に立つと肩をむんずとつかまれる。


「あたたたたたた・・・。ちょっとちょっと。イキナリなにするんですか!?」

「すまない。ほとんど後が残ってないな。痛みがないかと思って確認のため掴んでみたのだが」

「痛いに決まっているじゃないですか! そういうのはもうちょっとゆっくりやってください!」


脳内で痛みの信号がちかちかと点灯してまともに思考ができず、思わず口調も荒れる。

全く、患部を鷲掴みとかなんてことしてくれるんだろう。


「もうしないから安心してもらいたい。・・・といってももうつかまれても大丈夫になるがね」


男性が杖の先端を肩に向けて一言なにかを呟くと杖の先端に緑色の光が集まる。

緑色の光は杖の先端から肩へと流れていき、妙にあったかいような気持ちいいような、まるで温泉にそこだけ浸かっているかのような感覚がしてなんとも不思議だ。


「もう大丈夫だろう?」


再び肩をぐりっとつかまれる。


「イタッ!・・・くない?」

「そうだろうそうだろう」


いつの間にか男性の表情は悪戯っ子のような表情になっており、とても満足げだ。


「これは・・・凄いですね。こんな経験は初めてです」

「私はこれでも一流だからな。その他の治療術師と一緒にされては困る。もう大丈夫だろうから帰ってくれて構わないぞ」

「本当にありがとうございます。びっくりしました」


治療術か・・・これ、凄いな。

僕にも扱えるのかな? 可能なら是非取得したい技術No1だよこれ。

コレさえあれば料理の際のちょっとした切り傷ややけどなどを簡単に治せるし、あのちくちくとしたストレスフルな時間から金輪際オサラバできる。


そういえばエルも使えるみたいなことを前に言ってたし、ちょっと相談してみようかな。


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