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異世界で生活することになりました  作者: ないとう
意外と観光どころじゃなかった
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7

『エルー、どこいるー?』


スタッフの人に明日の流れを聞いてからエルを探す。


時刻はお昼前には少し早いくらいの午前中。

もうあと一時間もすれば飲食店には長蛇の列が出来上がるだろう。

そんな中でお昼御飯を買うのは面倒極まりないのでとっととこの辺りからは離脱しておきたい。


『今観客席を出て階段を下りた辺りだ。主は今どこにいるのだ?』

『ありゃー。まだ中にいたのか。こっちはもう外にいるから一度中に戻ろうか』

『こっちは混雑が凄くてまともに歩けぬ、妾が行くから主はそこで待っていて欲しいぞ』

『ん、なら今朝通った入り口の辺りで待ってるよ』

『了解だぞ』


外はまだあまり混雑というほどではないが、会場内の廊下はあまり広くないのでスループットが比較的低い。

そんな状況なのにもかかわらず僕らを含む少し気の早い人たちが一斉に動いているもんだから廊下が詰まってしまっているらしい。

僕は都内の通学ラッシュで押し合い圧し合いにある程度慣れているが、たぶんエルは慣れてないだろうししばらく掛かるかな。


来た道を戻り、会場入り口で待つこと5分弱。

綺麗な銀髪が人の波に溺れているのを発見、これを確保。


「お疲れ、大変だったね」

「大変だったぞ・・・窒息するかと思ったのだ・・・」

「頑張ったエルに質問、お昼は何がいい?」

「うーむ・・・お腹も減ったしなんだか戦ってもいないのに疲れたし肉々しいのが良いな」

「おっけ、じゃあ早速探しに行こうか」


会場周辺だけでなく、今の時間帯ならばそこかしこで飲食店が開いている。

リクエストは肉々しい料理とのことなのでそれっぽいお店を探すこと30分。

知らない町でどうやって探すんだって話なんだけど、コレには秘策があるっ!


狙うのは看板に食肉の絵かステーキなどの肉々しい料理が描いてあるお店だ。


ガルトでそうだったからこちらでもそうだと思うのだけど、肉料理メインの店は看板が肉料理だったり食肉の絵だったりしてるのだ。

そういうお店は内に入るなり鉄板が置かれたカウンターが並んでいたり、もしくはベーコンやハムなどがギャフのようなもので吊るされたりしていて見ているだけでヨダレが出た。

当然料理も美味しかった。・・・ちょっと高かったけど。


もちろんほとんどの店で肉々しい料理――例えば鳥のから揚げや肉汁滴るビーフステーキなど――の注文が可能だが、やはり専門店とそれ以外ではかなり大きな味の差がある。


今回は試合にも勝てたし、どうせなら美味しいものが食べたいわけで。


「お、あの店はどうだろう」

「ここからでも香辛料と肉の焼ける良いにおいがするな。とてもおいしそうだぞ」


よし、今日のお昼はここで決定。

やや重そうだけど今日は既にかなり運動してるし大丈夫だろう。


「こんにちは、二人なんですけど入れますか?」

「こんちには~。ぜんぜん大丈夫ですよ~」


なんかぽやっとした女の人だな。

果たして大丈夫なんだろうか。


店内はやや落ち着いた雰囲気。

カラフルな装飾品などは少しも無くて基本的には茶色か黒なのだが、壁のみが白でアクセントになっていてとてもゆっくりとした気分になれる。


案内等は無かったので適当に角に座るとすぐにメニューを抱えて先ほどの女性がやってくる。

なぜ抱えているのかというと、ここは紙で出来たメニューじゃなくて黒板に文字が書いてあるタイプなのだ。

これは当たりを引いた確率が高いぞ、黒板に文字ってことはその日仕入れたもので美味い物を使うからこそなワケで。

こういうところではお任せにせずにこの黒板の料理を選ぶのが僕の中での常識。


「エルは何にする?」

「ん、本日の肉料理のセットでトーブベーコンとオレーシアのパスタにするぞ」

「僕も本日の肉料理でお願いします。セットのパスタはボロネーゼで」

「かしこまりました~」


そういってパタパタと戻るのを見送ると驚いた表情のエル。


「主がお任せじゃないのは珍しいな」

「いや、こういうところなら僕も選ぶよ。黒板ってことは毎日の仕入れでよかったものを書いてるんだろうし。何よりこっちにもボロネーゼがあるとは思わなくて」

「ん? 主のところにもボロネーゼはあるのか?」

「あるよ。ひき肉メインのトマトソースなんだけどこれが凄く美味しくてさ」

「ひょっとしたら主のところと同じような料理かもしれないぞ。トマトというのはちょっとよく分からないが、ひき肉メインのソースなのはこちらでも同じだ」

「エルの一言で凄く楽しみになってきた」

「お店もいい感じだし、きっと美味しいと思うぞ」



やや空腹に耐えつつ待つこと20分程度。

先に僕らのテーブルの上にやってきたのはパスタ。

エルの前に置かれたのはベーコンとレタスを塩ベースで味付けしたであろうもの、若干にんにくの香りがするので後に残りそうだけど実に美味しそう。

僕の前に置かれたのは確かにボロネーゼだった。・・・色が緑であることを除けば。


「久しぶりにこのタイプのカルチャーショックに出会ったな・・・」

「どうしたのだ?」

「僕の知ってるボロネーゼは赤いの、これは緑だから違和感が凄いんだよ。多分味は一緒だと思うんだけど・・・」


フォークを使って一口。

うん、確かにボロネーゼだ。

ひき肉のとソースのうまみが合わさって舌の上で絶妙なハーモニーを奏でる。

・・・これは相当気合を入れてソフリットを作ったと思う。旨みがかなり強い。

パスタはやや細めのスパゲティで肉が絡みやすくなっていて大変よろしい。

湯で加減もちょうどアルデンテになっているので文句なし。


そういえばこっち来てからはじめてのパスタだ。

これ、もし乾麺なら旅行に持ってけるんじゃないか?

普通の冒険者たちは水の都合難しいだろうけど僕の場合関係ないし。

(どこかの軍隊は砂漠の真ん中で茹でたおかげで行動不能になったらしいが・・・)


「どうなのだ?」

「やっぱ予想通りボロネーゼだった。美味い」


見ればエルの目線はボロネーゼに集中。


「ちょっと食べる?」

「いいのかっ!」


小皿にスパゲティを乗せて、スプーンでソースをすくってからエルに渡すとニコニコしながらそれを食べつくす。

毎度思うけどこのエルの表情は料理人冥利に尽きると思う。


「お待たせしました~、本日の肉料理です~」

「ありがとうございます」


テーブルに置かれた肉はおよそ250g程度のサーロインで、霜があるかは定かではないが見た感じ実にジューシーで素晴らしい。

料理を乗せているのも金属製のプレートで肉を冷まさないための配慮があってとても嬉しい。


早速ナイフで肉を切って一口。


「これは・・・美味しいぞ」

「肉料理の中では今まで一番のヒットかもしれない」


サーロインの端は脂身と肉のバランスが一対一程度で脂が多めなのだが、舌の上でとろけるような味わいがソースと混ざり合って絶妙な味わいになっている。

さすがに若干の脂っこさがあるので昼にはちょっと重いけどこれなら食べきれそうだ。







食べきっても大丈夫。そんな風に思っていたときが僕にもありました。


「ちょっと食べ過ぎたかも知れない・・・」

「うぇっぷ・・・」

「エル、そういうのは女の子らしくないからやめたほうが良いよ」

「そうはいうがな・・・少しボリュームが・・・」


昨日のやや遅い朝食の後に暴食はやめようと思ったのに、次の日にはこの様である。

ややどころでは済まないほどに満腹になった僕らはお会計を済ませて散歩がてら公園へ。

ちなみに代金は銅貨40枚、美味しかったから文句は無いけどかなり高かった。


腹ごなしのために歩こうと思って二人で公園に来たのだが、お腹が重くてしょうがない。

結局ここまで来たのはいいけどこれ以上歩くのは困難でベンチに座ってしまう。


「もう絶対暴食なんてしないぞ・・・」

「それは結構難しいことだと思うのだが」

「いやでもほら、こんなに食べてばかりだと太っちゃうよ」

「妾は食べたものを全て魔力に変換しているから大丈夫だ」


エヘンとエルが胸を張る。


「・・・すっごい羨ましい体質だね、それ」

「ただし、変換速度は決して速くないからこのようにふらふらになるのは主と変わらぬがな・・・げぷ・・・」

「大丈夫?」


どう見ても大丈夫そうではないのだけど、こういうときは聞くのがお約束でしょう。


「大丈夫だ・・・それよりも武技大会での主はかっこよかったぞ」

「ありがと。試合は見てて楽しかった?」

「最高だったぞっ! 主の最後の一撃は素晴らしいものだったのだ!・・・うぇっぷ」


「あはは・・・。なんだかエルが僕に対してそこそこやれる的なことを言ってたけどさ、なるほど理解できたよ」

「そうだぞ、主は主砲が使えなくとも強いのだ。もっと自信を持ってもらいたいぞ」

「主砲ってそれはまた強烈な表現だね。あながち間違ってないけど」


個人的に思うのだが、最大の勝因は武器の重量差だったと思う。

相手の武器は最低でも10kgはあっただろうが、僕の武器は300gもない。

どちらの武器もクリーンヒットが一発決まれば相手を無力化できる威力を持っているのに重量差は最低でも33倍もの開きがある。

これは圧倒的なアドバンテージだった。

(スイークさんの槍がフルにスチール製だったとしたら20kg弱だけど、さすがにそこまでの重量があったとしたら人には振り回せないでしょ)


この武器の差があったから体力的に有利に立ち回ることが出来た。

仮に僕が同様の武器を持っていたら同じかもっと早いタイミングで息が切れていただろうし、重い武器ゆえに動きが遅れるから攻撃を避けることすら出来なかった。


この辺が魔術師の強みだと思う。

武器も防具も超軽量、というより杖が攻防一体で僕の場合は300g弱。

相手からしてみたら反則だっ!って叫びたくなると思う。

・・・少なくとも僕が相手だったら叫んでた。


「試合に関しては明日以降も頑張るとして。結局、一体なんで僕は武技大会に参加することになったんだろうね」

「カーディス殿の推薦を受けたからであろう?」

「いや、そうなんだけどその推薦を受けた理由だよ。僕とカーディスさんとの接点って考えてみても多くはないよ?」

「そういえば戦闘能力を見せた場面なんてリーナの救出のときくらいしかないな」

「そうなんだよ、いっつも薬草採取ばかりだったしね。仮に若干実力が見えたとしてもミリアさんを含め実力がハッキリした人なんていくらでもいるでしょ?」


二人して頭をひねるが情報が少なすぎて仮説すら浮きやしない。

馬鹿の考えなんとやらだし、気分転換にジュースでも買ってくるかな。


「ちょっとそこいらでジュースでも買ってくるよ。なにか欲しいのはある?」

「ありがとう。主と同じのが良いぞ」

「ん、了解」




「そんなに泣くでない、きっと大丈夫だぞ」

「グスッ・・・ヒック・・・ホント?」


両手にカップを持ちながら先ほどまでいたベンチに戻るとなぜかエルが7,8歳の少女を慰めていた。

買い物の時間なんて10分も無かったんだけど一体その間に何があった?


「どしたの?」

「主が買い物に行ってすぐにこの子が現れたのだが、あまりにも泣いているものだから見ていられなくて思わず声を掛けたら余計に泣き出してしまってな・・・。ようやく落ち着いてきたところだ」


やや憔悴したような表情のエルを見るに、随分苦労したことがよく分かる。


「その原因ってわかった?」

「ちゃんと聞き取れているかが微妙なのだが、どうもプレゼントで貰ったヌイグルミを近所の悪ガキに取り上げられてしまったらしい。で、どうしようもなくなって泣いていたみたいだ」

「なるほど、了解」


僕は思う限りなるべく安心感を与えられる笑顔を浮かべてから少女のほうを向く。


「こんにちは」

「・・・ヒック・・・こんにちは」


クリッとした茶色の両目にいっぱいの涙を溜めながらの挨拶は精神的に結構辛いものがある。

悪いことをしているわけでもないのに悪いことをしている気分になるぞ。


「ヌイグルミの場所ってわかるかな?」


こくん、と少女が肯く。

どうやら場所はわかるらしい、これならさくっと済みそうだ。


「じゃあそこまで案内してもらっても良いかな?」

「うん」


ゆっくりと歩く少女の後ろを歩くこと10分弱。

少女が指差す木の上には確かに猫っぽいヌイグルミが挟まっていた。

木はやや細いがなんとか登ることができそう。

というかあそこにヌイグルミが挟まっている以上実績があるので大丈夫。


「よし、やるか」

「どうするのだ?」

「木に登って取ってくる」

「・・・大丈夫なのか? 登るにはいささか木が細いように思えるのだが」

「んー、多分大丈夫でしょ。仮に落ちても死ぬような高さじゃないしね。あ、ジュースは持ってててもらえる?」


ジュースをエルに渡し、地面にバッグを置いてから木登り開始。

有り余る身体能力をフルに生かしてするすると登りヌイグルミをゲット。

楽勝って思った瞬間。


「あぶない!」


足元からボキリという音。

続いて浮遊感、その次の瞬間には地面に不時着。

強烈な衝撃が全身に伝わって視界にノイズが走る。

イタタ・・・結構きついな・・・。


「主! 大丈夫か!」

「けほっ・・・。うん、大丈夫大丈夫。それよりもコレ」

「お兄ちゃんありがとう!」


ヌイグルミを少女に渡すと今までの表情から一転、花が咲くような笑顔に戻って凄く嬉しそうだ。


「もう取られないように気をつけるんだよ」

「うん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。ありがとう! またね!」

「またね」「またな」


走り去る少女を見送ってから満足げな表情のエルと僕。

今日はきっと良い気分で眠れそうだ。


※1 ソフリット:甘味野菜をオリーブオイルで炒めて飴色にしたもの。洋食の定番

※2 砂漠パスタはジョークです。弱小で有名なイタリア軍もさすがにそんなことはしてません。

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