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ああ、ついにこの日がやってきてしまった。
今日は武技大会二日目、つまり僕の出場日である。
会場を見上げて憂鬱な僕と楽しそうなエル。
何故にこの精霊はこんなに楽しげな表情なのだろう。
なんというか、こう、戦いに赴くパートナーに対する心配とゆーかそういうのはないのか?
「そういえばなんで僕が本戦に出るのが楽しみなの?」
「主のとこと違ってこちらは娯楽が少ないのだ。そんな中でほとんど唯一と言っても良いくらいの巨大なお祭りである武技大会に主が出場者としているのだぞ? 楽しみにならないわけがないっ!」
巨大イベントにかける心意気ってことなのかな?
納得できるよーなできないよーな。
「楽しみにしているからな? 妾は主のカッコいいところが見たいぞ」
「・・・期待に沿えるようなるたけ頑張るよ」
昨日と同じスタッフの人に挨拶をしつつ入り口を通過。
会場には本戦出場者用の案内看板がでかでかと置かれているので道に迷う心配は無い。
観戦場所もそうだったけど、なんてユーザフレンドリーな仕様なんだろう。
この世界のこういうところは非常に素晴らしいと思う。
「あ、そうだ」
「どうしたのだ?」
「バッグを持っててもらってもいい? さすがに試合中に背負ってるわけには行かないし、全財産がそこに詰まっている以上置いていくのは怖すぎる」
「うむ、了解だぞ」
僕は半銀貨を一枚だけ取り出してからバッグをエルに渡す。
エルはさっとバッグを肩にかけてからくるりと回る。
「どうだ、似合っているか?」
「ばっちりだよ」
僕の言葉に満足げな表情のエルを見ながら廊下を歩いて控え室の前へ。
「じゃあ一旦ここで別れようか。お金は銀貨1枚の範囲でなら自由に使ってくれて構わないから」
「わかった。妾は観客席で応援しているぞ」
「ありがと、頑張るよ」
エルが階段を上っていくのを見送ってから僕は控え室の中に入る。
控え室の中は既に何人かの参加者が待機していてなんともピリピリとした空気が辺りに漂う。
ああ・・・胃が痛くなってきた・・・。
遅くとも数時間後にはこんな剣呑な雰囲気をあたりに撒き散らすような人たちのうちの誰かと戦わなくちゃいけないのか。
エルには頑張ると言った手前できないけどさ、可能なら今すぐ帰りたい。
一番端のイスに小さく座って待つこと30分くらいだと思う。
ようやくスタッフの人がやってきてルールの説明を開始するが、一度聞いた話なので全く面白みが無い。
要するに殺しは禁止ですよっていうのを念押ししているんだけど、そんなことは百も承知である。
ふっと周りを見れば今日の参加者である16人が揃っていて驚いた。
人がこんなに増えているのにも関わらずそれに気がつかないなんて・・・。
どうやら僕は自分で思っているよりも周りの雰囲気に呑まれているらしい。
どうしたら落ち着けるかな、このままだときっとまともに戦うことすらままならないぞ。
あまりに間抜けな試合運びをしてしまったらなんだかんだ僕を買ってくれているエルが悲しむ。
それだけはなんとか避けたいところなんだけど。
「―――トさん、ユートさん。聞いていますか?」
「え? ああ、すいません、ちょっとボケッとしてました。なんでしょうか?」
「ユートさんとスイークさんの試合は2番目です。よろしいですか?」
「あ、はい。了解です」
だぁぁぁぁ。
完全にやられてるよ。
思考がどつぼに嵌って周りが見えてない。
時おり聞こえる笑い声はきっと今の僕の醜態によるものだろう。恥ずかしすぎる!
それから僕はただでさえ小さく座っていたにもかかわらず、余計に小さくなって待機。
ああ、早く出番よ来てくれ。恥ずかしくて死にそうだ・・・。
◆
小さく縮こまって待機すること1時間弱。
一試合目が終わり、ついに僕の出番がやってくる。
対戦相手のスイークさんはうらやましいことに身長が180センチ以上、彫りの深い顔には青い瞳。同じ色の髪は短く整えられていて、身に纏う雰囲気はエライ渋くてかっこいい。
扱う武器はその身長より長い槍。
シンプルながら金属製のそれは殺しに最適化されているようでなんとも物騒。
そんな大型で重そうな武器の割りに防具のほうは比較的軽装で、皮と金属で作られた胸当てと前腕につけている金属製の籠手くらいしかない。
対する僕は知っての通りの普段着。
武器は短い杖が一本、防具にいたっては軽装どころか何も無い。
・・・およそ武技大会に参加する服装と装備ではない。
傍から見たら“あいつは試合を舐めてるのか?”などと思われていそうだ。
「さあ、両者揃ったところで紹介と参りましょう!」
相変わらず不明な魔術を使っているので会場全体に声が響き渡る。
頼むから僕の紹介はさらっと流してくれ。
しっかり語られたところで待っているのは笑いくらいしかないのが目に見えてるってば。
「まずはスイーク・カンディア選手だっ! 冒険者ギルドに所属するスイーク選手はギルド内でも有数の実力者! 自らの身長より長い槍を自在に操り数々の危機を乗り越えてきた選手です。今回の試合でもその力を存分に発揮して皆様を興奮の渦に巻き込んでくれることでしょう!」
うわー、ギルド内で有数の実力者だってさ。
こりゃしんどいかもしれないぞ。
ただ、取り回しの悪い武器を使っているので十分に接近すればなんとかなる、かなぁ・・・。
「対する相手はユート・カンザキ選手。聞き慣れぬ名前だと皆様もお思いでしょうかそれもそのはず、彼は今大会が初出場となります。経歴、経験は一切不明。ですがここに立っている以上相当の実力を保持していると見てもよいのでしょう!」
『主! 主! 頑張るのだぞ!』
『あはは、怪我しない程度にね』
「両者準備はよろしいでしょうか! それでは武技大会二日目第二試合――」
審判の人が手に持った黄色い旗を振り上げる。
準備がよろしくない場合この人はどんな対応をするつもりなのだろう。
微妙に気になるところではあるけど、残念ながらその時間はなさそうだ。
「――始めっ!!」
スイークさんは審判の声と同時にこちらに突撃。
そりゃどう見ても魔術師の僕と距離を置こうとは思わないか。
こちらへ走る速度はやや鈍重というところがあるが、あのやたらに大きい槍を持っていることを考えればかなり早い。
さて、本来なら氷柱でも撃ち込んでおきたいところだけども仕様上の問題でそれは御法度。
相手の武器は槍だし、接近すれば使いにくいだろうからとりあえずは突っ込んでみるか。
現在の相手との距離はおよそ3m程度。
全力で飛べばスタンロッドの射程圏内までワンステップで届く。
先手必勝って言葉もあるし、僕はスタンロッドを構えつつステップイン。
そのままスイークさんを無力化するつもりで横なぎに振るうが、石突の側を器用に使って受け流されてしまう。
さすがに最小出力だと武器に当てただけで相手を感電ってワケにはいかないか。
もちろん最高出力にすればそれも余裕で実現できるのだろうけど、そんなことをしてもし皮膚に当ててしまったらその時点で僕が失格になるのは間違いない。
こんなところで人殺しや大怪我とかは勘弁こうむる。
僕の攻撃を受け流したスイークさんが後退しつつくるりと器用に回って槍を振るう。
遠心力で十分に加速された槍による薙ぎ払いは広い範囲に対して十分な殺傷能力を誇っており、受ける僕からしてみたら洒落にならない。
「うわっ!」
あわてて魔力障壁を展開してそれを受けるが、少し体が浮く。
信じられないことに魔力障壁の衝撃緩衝能力を上回るほどの衝撃だったらしい。
・・・いや、ちょっと待て、こんなものをクリーンヒットした日にゃ複雑骨折と内臓破裂であの世行きだぞ。仮に首に当たってたら文字通り首が飛んでる。
翌日のニュースでは“武技大会で事故! 安全管理に問題は無かったのか?”っていうテロップと同時に現場の映像が流れるに違いない。(もしくは“ポロリもあるよ”か?)
ともかく文句の一言でも言ってやろう。
「殺す気ですかっ!」
言った、言ってやった。
ここが武技大会ってことも忘れて思いっきり。
あ、集中力が途切れたからスタンロッドが消えた。
「おいおい、真正面から魔力障壁で弾いた奴がいうセリフじゃないぞ」
「そういう問題じゃありません」
「そういう問題だろう? 俺は楽しい。真正面から俺の一撃を受け止めるような奴を見たのは久しぶりだ。・・・全力で行かせて貰うぞ」
今の一撃は全力じゃないのか!?
じょ、冗談じゃ・・・。
エルには怪我をしない程度に頑張ると言ったし、こんなとこで怪我なんてしてられないぞ。
やってられないのでスタンロッドを再展開してスイークさんの方へ切り込む。
先ほどと同じように器用に石突を使ってそれをかわしてくるが、今度は後ろに逃がさない。
右へ薙ぎ、突き、さらに一歩近づいてからすくい上げるように左斜め下から右上に叩きつける。
さらに最後の打撃の際の勢いを利用して相手のすねを蹴りつけるが、残念ながらいずれの攻撃も有効打となることはなくて全て受け流される。
おまけに最後の蹴りの隙を突かれて距離を取られてしまった。
身体能力に物を云わせての攻撃で技の欠片も無いからこういう結果になるんだろうなぁ。
「やるな、その年齢からは想像も出来ん。今度はこちらの番だ」
わざわざ喋ってから攻撃に移るあたり本当に楽しんでやっているらしい。
表情も凄く楽しそうで、僕からすればおっかないことこの上ない。
そんな恐怖の笑顔のまま振りぬかれた槍を魔力障壁で受け流す。
先ほどとは違って斜めに弾いてやるので体が浮くようなことはない。
それでも衝撃が腕に伝わって来るあたりとんでもない威力なのがよくわかる。
次々と振るわれる槍をなんとか斜めに弾いて受け流す。
たまに突いてくるので、それはスタンロッドで弾いてから体をステップさせることで避ける。
剣と剣で戦った場合はお互いが打ち合うサッカーのような試合になるんだろうけど、近接戦闘に向いたスタンロッドと中距離戦闘に向いた槍の場合は武器の特性の都合、どちらかが攻撃に入りだすとそれを逆転するのが難しい。まるで野球のようだ。
それでもあんな金属製の槍を振り回せば当然疲れる。
一体何合受け流したのかもわからないくらいだけど、徐々に槍を振るうスピードが落ちてきてるのは間違いない。
「はぁ・・・・はぁ・・・。想像以上だな・・・」
「一撃でも貰ったら死んでしまいそうですし、僕としては生きた心地がしないのですが」
「息も、切らしてないのに、よく言う・・・。だが、これからだっ!」
突然、スイークさんの速度が上がる。
速度だけ見たら最初よりも明らかに早い。
『主! 相手は生命力を使って身体能力を強化しているぞ』
『それってまずくない? 放置したら死んじゃうんじゃないの?』
『いや、明日の筋肉痛が酷くなるくらいだな』
『・・・そうなんだ』
一瞬スイークさんの心配をしたんだけど、凄く損した気分になった。
まあここまでやらなかったくらいだ、あまり持続しないとかそういう別の問題もあるんだろう。
つまり、ここさえ乗り切れば勝てる。
足元目掛けた高速の横薙ぎを下に弾いてから跳んで避け、続けての突きの乱打はそれぞれを冷静にスタンロッドで弾く。
遠心力を利用した袈裟切りは弾くのが難しいのでまっすぐ垂直に魔力障壁を展開して受けると同時にバックステップで受け流す。
後ろに下がった僕に対して追撃を行うためにスイークさんがやや大振り気味に槍で突く。
・・・来た!
ついに僕が待ち望んでいたタイミングがやってきた。
疲労で判断能力が下がったのか、らしくない大振りの一撃を受け流しながら前進し、スイークさんの右肩にスタンロッドを押し付ける。
「がぁっ・・・・!」
全身の運動能力を一時的に無力化され、スイークさんは立っていることすら困難でフィールドにしりもちをついてから動けない。
「僕の勝ちですよね?」
「ああ、降参だ」
ややぎこちない感じの喋りだが、とりあえず僕もスイークさんも怪我無しで終われてよかった。
しなくて良い怪我はしないに限る。
「勝者は刃の嵐を乗り越え一瞬の隙を突いたユート・カンザキだぁぁぁあああああ!!!!」
フィールドの端で待機していた審判がこちらにやってきて僕の勝利を宣言。
一瞬の静寂の後、次に来るのは熱狂的な歓声。
ふう、なんとか勝てた。これで次の試合に負けたとしてもエルに申し訳くらいは立ちそうだ。
良かった良かった。
「そういえばさ、この世界の単位ってどんなのなの?」
「単位? なんの単位が知りたいのだ?」
「基本的にあれこれ全般なんだけどさ、特に時刻が知りたい。武技大会で長時間待機してたんだけどこれが結構しんどくて・・・」
「教えるといっても・・・、時刻については前に見せてもらった主の腕時計と同じだぞ」
「ありゃ、そうだったの? それにしてはあまり“何時”みたいなセリフを聞かないね」
「それは当たり前だぞ。時計は高いし、およそ個人が持てるようなものではない。主のとこの道具はいつだって非常識だ」
「じゃあどうやって時刻を知るのさ、概念だけあってもしょうがないでしょ」
「大体は教会の鐘だ、朝と昼と夕方に一度ずつ鳴るからそれで大体の時間がわかるのだ」
「・・・それってめちゃくちゃ不便じゃない?」
「町に住む者たちからすればあまり不便は無いぞ、ただ、妾たちのように冒険者は待ち合わせが多いから不便に感じることが多いだけだ」
「そ、そういうものなのかな」
「そういうものだぞ」
「僕の個人的考えだと現在時刻が30分単位でわからないのはかなりのストレスなんだけど」
「主のとこは一体どれだけ時間に厳しいのだ? 妾からすればそれはむちゃくちゃだぞ」
「んー・・・。学校に一分遅刻したら大目玉食らうくらいかな」
「そんなにか・・・。主のところは大変なのだな・・・」
「そんなことないよ、遅刻する人なんてほとんどいないし慣れちゃえば余裕だよ」
「そ、そうなのか? 妾は朝が弱いしちょっと自信が無いぞ・・・」